十年越しのSilent Night(2011.12)

 本来クリスマスというのは、イエス・キリストの降誕を祝う日。
 欧米諸国では祝い方はそれぞれだが、基本誰もが家族だけの大切な時間を過ごす。
 だからクリスマス休暇というものがある。
 それなのに、日本ではクリスマスというのは恋人の日なのだ。イブは恋人とディナーを食べ、イルミネーションを見て、一夜を過ごす。
 一夜を過ごすような仲でなくとも、映画を見たりコンサートに行ったり、とにかくクリスマスは恋人と過ごす日と日本では広く認識されている。
 ようするに、コンサートを開催する側にとって、クリスマスは仕事の日………。
「いったい誰が決めたんだ?!」
「うーん。昔の女性誌が提案したらしいよ。『クリスマスは恋人と過ごしましょう』って」
 激高するオレとは反対に、託生はのほほんと答え暖かいホットワインを一口飲んだ。
「うん、美味しい」
 満足げな表情にオレの心も幾分浮上しそうにはなったが、さすがに今回はこの託生の笑顔でも納得はできそうにない。
「それ、邪道だぞ?クリスマスは家で家族と過ごす日だ」
「言われてもねぇ。仕方ないじゃないか。それが日本文化なんだから」
 いや、違う!絶対、間違ってる!
「ギイだって、仕事だろ?」
「でも、さすがにクリスマスは早いぞ。イブは大晦日。当日は正月みたいなもんだ。日本でも年末年始に働いているやつは珍しいだろうが!」
「と言ってもね」
 あぁ、あぁ、日本文化だろ?
 確かにクリスマスは元々欧米から入ってきたもので、キリスト教文化云々よりも日本ではイベント化している。小さな子供がいる家庭はともかく、その日はどこもかしこもカップルで溢れかえっているのは言うまでもない。
「ギイだって、結局は恋人の日にしようとしてるじゃないか」
 ……そうだけどな。じゃなくて、違うぞ!一緒に住んでるのだから家族だ、家族!
 だから、オレが託生とクリスマスを一緒に過ごしたいってのは、当たり前のことなんだ。
 憮然としたオレを呆れたように見つめ、託生は溜息を吐いた。
「あのね、ぼくの年間スケジュールが決まったのは一年前なんだ。ギイと再会する九ヶ月も前だよね」
「……そうだな」
「チケットももう発売されてる。今更言われても変更はできないよ」
 理性ではわかる。
 オレのいない場所で、託生は託生の生活があり、仕事があり、そうしてこの十年を過ごしてきた。オレの意見など全く無関係の生活。あの時再会しなければ、託生は今でも日本に住み、それまでと同じ生活を続けていたはずだ。
 しかし、二人一緒にいるために託生はアメリカに来てくれ、今はオレと一緒に暮らしている。
 少しくらい我侭言ったっていいだろ?十年ぶりのクリスマスなんだぞ?
「なぁ、クリスマス……」
「一緒にいることは無理だね」
 しつこく続けたオレに、託生はあっさりバッサリぶった切った。
 十二月早々、札幌からツアーが始まり、博多、広島、大阪、名古屋、ラストに東京二日間。しかもイブとクリスマス当日!
 クリスマス一色に染まるこの街に、オレ一人残されるのか……。
「あのさ。この際だから言っておきたいんだけど」
 がっくり肩を落としたオレに、託生がついでとばかりに声をかけ、オレは力なく託生に目を向けた。
「なんだ?」
「これから毎年クリスマスを迎えるたびに言い合いするの嫌だし」
「毎年………」
 あぁ、そうか。クリスマスは毎年あるものだった。この十年、クリスマスなんて眼中になかったからな。……と言えば、託生に突っ込まれるか。
「そう、毎年。ギイには悪いなとは思うけど、こういう仕事をしているんだし、やっぱり日本でのクリスマスコンサートってぼくにとっては仕事収めみたいなものなんだ。だからクリスマスに会うのは諦めてほしい」
 昔ならオレの意見も考慮して、もう一度考えてくれたところだろうが、こと仕事に関してはきっぱり諦めろと託生は言う。
 仕事だから諦めないといけないのか?このオレが?託生に会うのを?
 いや、あの小屋を処分したときに決めたんだ。もう二度と託生を諦めないと。
 託生が日本から動けないのなら。
「じゃ、オレがその時日本にいれば会えるか?」
「コンサートが終われば会えるけど、でもギイも仕事だろうし無理してもらいたくないんだ」
「無理じゃない!」
「そう言ってもね、忙しいだろうし。ギイがオフで日本にいたら会おうよ」
「絶対だな?」
 そんな都合のいいことなんて、どれだけスケジュール調整してもありえなさそうだけど、足掻けるものなら最後まで足掻きたい。
 クリスマスなんだから。
「うん。ギイがオフならね」
 ニコリと笑う託生に「約束だぞ」と合わせた口唇から濃厚なワインの香りが漂い、その香りに誘われるように口付けを深くした。


 十二月早々、託生は桜井と日本に飛び、オレはなんとか仕事を詰め込みオフをもぎ取ろうと懸命になったものの、すでに今日は二十四日。
 日本はあと少しで二十五日に日付が変わるだろう。
 イルミネーションが輝き、人々の姿が少なくなり、誰もが家族と大切な時間を過ごしていると言うのに……。
 やはり諦めるしかないのか……。
 大きな溜息を吐いたとき、ノックもなしに松本が飛び込んできた。
「なんだ、松本?」
「会長のスケジュールが変更になり、急遽代理で日本のパーティに出席してほしいと、島岡さんから連絡が入りました」
「日本?」
「はい、日本です」
「飛行機は?」
「パーティに間に合わないので、ジェットを使えと」
 天はオレを見捨ててはいなかった!今からなら数時間だけでもクリスマスを託生と過ごせる!
「副社長……?」
「なにをグズグズしている?松本、行くぞ!」
 託生のいる日本へ!
 グググと拳を握りこんだオレを覗き込んだ松本が、オレの叫び声にギョッとして後ろに一歩下がり、
「ははははいっ!」
 飛び込んできたときと同様、今度は慌てて飛び出した。
 今から行くぞ、託生!待ってろよ!
 約十三時間のフライト。到着するのは日本時間二十五日の夕方。パーティに出席したとしても、残りの数時間は託生と一緒に過ごせる。
 プライベートジェットに乗り込み、ここ数日睡眠不足が続いていたオレは、そのままシートを倒し横になった。
 十三時間後、松本の声に起こされ、すっきりとした頭で空港に降り立ち……。
「日本と言ったよな」
「はい。日本……ですよね?」
 予想していた風景と全く違う目の前の景色にクラリとした。だだっ広い滑走路の向こうにはターミナルビル。しかし、その周りには空港関係のビル以外は何も見えない。それもそのはず。確かにここは日本だが……。
「大阪じゃないか!」
 海に囲まれた関西国際空港。冷たい海風が頬に痛い。
 オレは、東京に行きたいんだ!
「なに、言ってるんですか?パーティがあるのは大阪ですよ」
 呆れ顔の松本に舌打ちし背後を振り返り、今乗ってきたばかりの機体に目を向ける。
「ジェットは、そのまま置いておけよ」
「あ、それは無理です」
「松本〜〜」
「このまま成田に飛んで、そのあと会長が使うそうです」
 なら、このままオレも乗せていけ!
「副社長、時間がないんですから急いでください」
 むっすり黙ったオレに頓着せず松本が急かし、オレを逃がさないためかSP二人が背後に張り付いた。
 くそっ、ジェットが使えないなら、新幹線を使うしかないのか。いいかげん日本もリニアを走らせろってんだ。
「僕、大阪に来たの初めてなんです」
 迎えの車に乗り込み湾岸線を走る車の窓から、暢気に外を眺めながら話しかけてきた松本に、
「大阪は粉もんが名物だからな。機会があったら食べにいけばいい」
 そう答えつつ、さりげなくタブレットを開き時刻表を確認する。
「粉もんですか?」
「小麦粉を使って鉄板で焼いたものにソースを塗った……お好み焼き、タコ焼き、イカ焼き、ネギ焼き、キャベツ焼き……あぁ、大概お好み焼き屋には焼きそばもあるぞ」
 松本がゴクリと喉を鳴らした。
 食い物の話題にかぶりついている松本を横目に、のぞみの最終は……。ラストの数便を頭に叩き込む。
 東京駅に着くのが日付変更の十五分前でも、クリスマスはクリスマスだ。なんとしてでも、今日中に託生に会ってやる。日本にまで来ているのだから。
 空港から約一時間。パーティが行われるホテルに着き、通された部屋はキャッスルビュー。
「あれが大阪城なんですね。すごいなぁ。日本の城って格好いいですね!」
 のこのことオレの部屋に着いてきた松本が、窓から見える大阪城に歓声を上げる。日系とは言えアメリカ生まれのアメリカ育ち。
 東京の皇居には天守閣がないからな。こんなに近くで日本の城を見たのは初めてなのだろう。
「天守閣の見学は夕方までだが、ライトアップは二十三時までやっているから、公園内は自由に歩けるぞ」
「本当ですか?!」
「パーティが終わったら行ってみたらどうだ?ここからなら、そこに見えている大阪城新橋を渡って大阪城ホールの裏に周り、青屋門から極楽橋を渡って道なりに上っていったら天守閣だ。ただし、昔合戦があった場所だからな。覚悟して行くんだな」
 目を輝かせて振り向く松本にニヤリと笑う。
「覚悟って……」
「鎧兜を被った人間と会わなければいいな」
「副社長〜〜〜」
「ほら、さっさとお前も用意してこい」
 松本を追い出しシャワーを浴びてタキシードに着替え、着てきたスーツはクローゼットにかけることなくスーツケースに入れた。
 どうせここには泊まらないのだから、散らかす必要もない。部屋に戻る時間がないのなら、松本に持ってこさせればいいだけの話。財布と携帯さえあれば事がすむ。
 あらかじめクロークにコートを預け、松本と合流して二階のパーティ会場入った。
「クリスマス当日にパーティをするなんて不道徳だぞ」
「なにか言いました?」
「いや、なんでもない」
 当てつけのように飾られている大きなクリスマスツリーに呟くも、このパーティがなければ日本に渡れなかったのだから、お門違いの八つ当たりなのだが。
 関西圏を中心とする企業のお偉方が揃ったパーティは、オレから見ればただの忘年会。それでも親父の代理だからと、にこやかに挨拶回りを開始する。
 飲み物片手に次々と足早に話しかけ、会場内を一回りした頃にはすでに一時間が経っていた。
「松本。一通りの挨拶は終わったから食ってこいよ。このホテルの料理は旨いぞ」
「はい!」
 オレの言葉に受け皿を手に取り松本がテーブルに近寄って選び出したのを確認し、そっと二階のバンケットルームを抜け出した。
 東京行き最終ののぞみが二十一時二十分。ホテルから新大阪までタクシーで約二十分。それも混んでなければの話だ。切符も買わなければいけない。
 所要時間を考えて逆算すると、ホテルを出るのは遅くとも二十時四十分。これがぎりぎりだ。
 腕時計を見て部屋に戻るだけの時間が残されていないと判断したオレは、そのままホテルを出ようと、エスカレーターで吹き抜けのエントランスホールに降りようとしたとき、
「副社長、どこに行かれるんですか?!」
 慌てて呼びかけてきた松本の声に舌打ちをする。
 食ってたんじゃないのか?!どうして、こいつは、こう目ざといんだ?!
「野暮なこと言うなよ」
「はい?え?」
「一時間出れば十分だろ?」
「いや、それは困ります!会長の代理なんですから!」
「もう義理は十分果たしただろうが。挨拶回りも終わった。オレは急いでるんだ」
「急ぐって……副社長、待ってください!」
 口論している内に、SPまでも追いかけてきて苛立ち紛れに前髪をかきあげた。
 廊下に置かれている置時計の針が八時三十五分を指している。タイムリミットまであと五分。
 力ずくでエスカレーターを駆け下りようと振り向いたオレの視界に、フロントでカードキーを受け取っている愛しい姿が目に飛び込んできた。
「託生………?」
「葉山さんですか?」
 オレの声に同じように一階を覗き込んだ松本が、
「葉山さーんっ!」
 手を振りながら大声で叫んだ。
 突然の大声にギョッとなる。お前、ここは一応名のあるホテルだぞ?
 松本の声にキョトンと顔を上げた託生は、一言二言フロント係と言葉を交わしたあとエスカレーターを上ってきた。
「託生、お前……」
 コンサートは、どうした?と続けようとしたオレの声をさえぎって、
「葉山さんっ!副社長が、副社長が!!」
 松本が託生の両手を握り泣きついた。
 おい、こらっ!託生はオレの物だと、初対面のときにあれだけ認識させたのに、お前の頭は鳩頭か?!
 松本の言葉に、託生がキッとオレの顔を睨みつける。
「ギイ、なにしてるの?」
 いや、オレこそ同じ質問を託生に返したいんだが。
「い……いや、ただの夕涼み」
「もう、夜だよ」
 しみじみと呆れた声に、苦しい言い訳だなと自分でも突っ込み、数週間ぶりの恋人の姿を眺め気がついた。舞台衣装のテイルコートの上にそのままコートを羽織り、手にはバイオリンケースのみ。
「託生こそ……」
「島岡さんにギイが大阪にいるって聞いたから来ちゃった」
「来ちゃったって……」
 お前、コンサートは?桜井はどこにいるんだ?それに、NYから持ち出したあの大きなスーツケース……。
「パーティはまだ終わってないんだろ?」
「あ、あぁ」
「じゃ、ぼく部屋で待ってるから、行っておいでよ」
 その言葉に、オレではなく松本がホッと溜息を吐く。
 あからまさまなその態度にムッとする。お前、託生をなんだと思ってるんだ?お前専用の救世主じゃないんだぞ。
 片手で松本とSPを追い払いエレベーターのボタンを押した。
「わかった。もう少しだけ出てくるから、待っててくれよ」
 監視カメラの前でキスをするわけにはいかず、そっと頬にかかった黒髪を指先で梳き親指で頬を撫でる。
 つと伏せた目を上げオレの視線に絡み合わせ、
「うん、待ってる」
 囁いた託生の瞳は、オレと同じ色に染まっていた。


 濡れた肌に手を滑らせ、やっと穏やかなキスを仕掛けると、託生がくすぐったそうにクスリと笑った。
「うん?」
「切羽詰っていたみたい」
「お互いな」
 部屋に戻り託生の姿を捕らえたと同時に腕が絡まった。どちらが先に伸ばしたのか、今となってはささいもないこと。言葉もなく湿った音だけが二人を繋ぎ、気付けば床の上で縺れ合っていた。
 飢えをしのぐ様な肉の疼きに限界はなく、ベッドに移動する時間さえもお互いの肌は離れることを知らず、白い波に倒れこみ何度も溺れた。
「今、何時かな?」
「んー、十時五十分……しまった!」
「ギイ?」
 ベッドサイドの時計を覗き込んで時間を確認したオレは、手早くガウンを羽織り、隣の部屋からグラスとシャンパンを持ち出した。
 オレの手にあるものを見て「あ」と短く託生が声を上げ、オレと同じように今日この日を忘れていたことに照れを感じたのか、いそいそと枕をベッドヘッドに置き上半身を起こす。
 シャンパンを注いだグラスを託生に手渡し、カチンとグラスを合わした。
「メリークリスマス!」
 せっかくクリスマスに間に合ったんだ。それなのに乾杯さえしていなかったのは、少々問題が残る。
 口の中で弾ける感触に、先ほどの自身の感情が弾けるさまを思い出し、また体が熱くなるのをとりあえず理性で押し殺した。まだまだ時間があるんだ。そう急がなくても夜は逃げない。
「美味しい。ね、ギイ、もう一杯」
「はいはい。運動のあとだから喉が渇いてるもんな」
「ギイ」
 声は怒りつつも目が笑っている託生のグラスに注ぎ、そのまま自分のグラスにもにも注ぎいれた。
 窓の外には暗い森の中に浮かび上がる古い城。NYの街を彩るイルミネーションもクリスマスらしくていいが、こういう静かなクリスマスもいいかもしれない。
「ここって、大阪城がよく見えるんだね」
「まぁ、住所そのもの城見だしな。でも託生も何度か大阪には来てるんだろ?」
「うん。つい数日前も来たけど、大抵SホールかFホールだから、宿泊先は大阪駅前か新大阪周辺なんだよね。隣のIホールは、初めて大阪に来たときに演奏したけど……あ、消えた」
「ライトアップは二十三時までなんだよ」
「そうだったんだ。最後に見れてラッキーだったね」
 周りはまだ明るく輝いている中、大阪城の敷地内のみ闇に包まれる。まるで大切な宝物を隠してしまったかのような光景にオレの心が重なり、託生を隠すように分厚いカーテンを閉めた。
 世間に閉ざされた二人だけの空間。
 ぼんやりとオレの行動を見ていた託生の瞳にぶつかり、片隅に置いていた疑問を思い出す。
 どうやって東京まで行こうかと思案していたのに、託生がここに来てくれオレ達はクリスマスの夜を過ごしている。しかし、どうやっても時間のイリュージョンがオレにはわからなかった。この託生がコンサートをボイコットすることは、絶対に考えられない。
「あのな。どうしてもわからないんだけど、コンサートはどうした?」
「もちろん終わらせてきたよ」
「でも時間………」
「あぁ。二十五日のコンサートはお昼なんだ」
「昼ぅ?!」
 聞いてないぞ、そんなこと!
「うん。アンコールが終わって楽屋に戻ったら島岡さんから電話がかかってきて、ギイが大阪にいるって教えてくれたんだ」
 なるほど。親父に同行している島岡なら、オレが大阪にいることはもちろん、スケジュールも把握しているだろう。
「それで……」
「うん、あとのこと桜井さんに任せて新幹線に飛び乗ったんだ」
 なんてことはないように託生は言うが。
 オレが日本にいる。それだけでコートを羽織りバイオリンだけを持って、文字通り飛んできてくれた。
 オレが託生を求めるように、託生もオレを求めてくれた。
「そんなにオレに会いたかった?」
「うん、会いたかったよ」
 嬉しさに茶化した言葉に、昔なら恥ずかしがって言わない台詞を、惜しげもなく口にする託生にオレの方こそ面食らった。
 クスクスと笑いながら、
「会いたくないとでも思ってた?」
 と聞かれ「まさか」と首を振る。
 さすがにそうとは思わなかったけど、託生の線引きした態度に不安になったのは事実だ。恋人と仕事。比べられるものではないのはわかっているが、初めから諦めているように見えて、オレの存在は託生にとって仕事以下のものなんだと勝手に落ち込んでいた。
「クリスマスだよ?日本人だからね。世間に踊らされているとは思うけど、やっぱりギイと一緒にいたかったよ」
 十年ぶりだし。
 囁くように続けられた言葉に、口付ける。
 同じ気持ちでいてくれたことが嬉しい。求めているのはオレだけなのかと感じた飢餓感が、少しだけ薄らいでいくのがわかる。だからと言って、薄らぐだけで消えることはない。
 オレはいつだって、お前を求めているのだから。
「十年ぶりだね。クリスマスを過ごすの」
「あぁ」
 託生と過ごした初めてのクリスマスは、人生初の風邪を引いたのと引き換えに、初めて『抱いて』と託生からの誘いの言葉を貰った。
 ただ笑ってくれるだけでよかった。それだけで幸せだったんだ。
 祠堂でふわりと心を包み込むような暖かな幸せを知ってしまったオレにとって、この十年は流れいく時間に任せるように漂い、虚ろに生きてきた。
 託生がこの腕の中に戻り、彩を取り戻したオレの人生。
 五年後、十年後と、この日側にいることが叶わなくても、お前の心はオレの側にいるのだと言ってくれるだろうか?
「来年のクリスマスの予約をしてもいいか?」
「うん。来年からはスケジュールをずらしてもらえるように、桜井さんに言ってみるよ」
「再来年は?」
 重ねて問うたオレに、託生は首に腕を絡ませ、
「これから先、ずっとね」
 耳元で悠然と笑い、鳥肌が立つように一気に煽られた。
 


わかる方にはすぐにわかってしまうホテルニューオータニ大阪がモデルでございます。
いや、別の場所でもよかったんですけど、調べるのが面倒で地元にさせてもらいました。
うん、大阪城なら初彼とよく行っていたから、隅々までわかる(爆)
本当は桜井さんもいたんです。
でも、さすがに時間的に無理で、ごっそりと抜きました。
ごめんね、桜井さん。
とにかく、PCの前に座れない、テレビが五月蝿い、ダンナも息子も五月蝿い。これが、邪魔でした。
なんとかクリスマスにアップ!
(2011.12.25)
 
PAGE TOP ▲