first (2003.1)*Night*

「託生………ごめん」
「……………」
「なぁ。謝るから、許してくれよ」
「……………」
「託生?」
「……………」
 背後から聞こえる、大きな溜息。
 ギイは壁側を向いて寝ているぼくのベッドの横に座り込んで、ぼくの機嫌を取ろうとかれこれ30分はそこにいた。
 そう。あの本を見つけてから、ぼくはギイとの会話を絶っている。
 男だからそのくらい興味があって当然だろうと人は言うかもしれないけど、ぼくにとってはお互いを知る為の愛の行為であり、それこそ遊びで体を重ねているわけではないのだ
 SEXそのものに興味があるんじゃないかとぼくが疑っても、おかしくないと思う。
「託生、あんな本読んで悪かったよ。ごめん」
「………謝るくらいなら、どうして読んでたんだよ?」
 反省している様子のギイに、許す許さないは別問題で理由だけ訊いておこうと、壁を向いたまま口を開いた。
「どうして………って、オレ、託生に『欲しい』って言ってもらいたかったんだ」
「はぁ?!」
 唐突になにを言ってるんだ?!
「いつもオレが欲しがっててさ、必ず託生は嫌がるし。もしかしたら、下手で託生に負担をかけて嫌がられてるのかもと思って、それで」
「……………」
「託生が感じるのを勉強………」
「うわぁぁぁぁ!!もう、いい!!」
 あまりの言い訳に耳を塞いだ。
 たぶん顔は火を噴くくらい、真っ赤になっていることだろう。
「わかった!わかったから、もう言わないで!」
 自分の情事を外から眺めているような感覚に、そのままシーツを被って潜り込んだ。
 あまりの羞恥に心臓がバクバクなっている。
 ギイの言わんとするところは、ぼくに求めてもらいたかったということだ。
 確かに、ぼくもギイに求められて嬉しくないわけじゃない。はっきり言って、嬉しい。
 でも、ぼくにはそんな恥ずかしい事、絶対出来ない!ましてや『欲しい』なんて台詞、天地がひっくり返っても言えそうにない!
 不公平じゃないかと言われても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「なぁ、託生。この際ついでだから、訊いておきたいんが………。返事はYESかNOかでいいから」
 シーツに潜ったまま身動き一つしないぼくに、遠慮がちにギイが言った。
 どんな質問をされるのか、恐ろしい予感が頭を過ぎったが、ギイの気持ちもわからないでもなく、
「………YES」
 と、覚悟を決めた。
「オレとするの、嫌じゃないか?」
「………YES」
「じゃあ、負担にはなってないか?」
「………YES」
「………オレ、下手か?」
「……………はぁ?」
 上手いか下手かと訊かれたら、他の人はどうかは知らないけど、ぼくが……その………そうなっちゃうってことは、上手いのかなぁとは思うけど。
 それにしても、どうしてそうギイはこだわるのだろう。
 シーツから目だけ出してコロンとギイに寝返りを打った。
「そんなに気になるの?」
「………いや………ちょっと訊いてみただけだ」
 そして、ふっと視線を外す。
 訊いてみただけにしては不可解なギイの行動に、彼の不安がわかってしまった。
 もしかして、ギイ、兄さんと比べてる?
 ギイにとって、ぼくが初めての人じゃないかと感じてはいたけれど、ぼくにとってギイは自分の意思はともかく初めての人じゃない。
 だから、ぼくが比べているのじゃないかと思っているのかも。
 そんな事ないのに。
 ギイに抱かれて兄さんを思い出したことは、初めてのあの日だけなのに。
 でも、ぼくが素直にならないから、そこまで君を不安にさせていたんだね。
 とは言っても『上手い』なんて、それこそ比べているみたいだし、まして口に出すのも恥ずかしい。
 ぼくはギイに向かって両腕を伸ばした。
「託生………?」
 問いかけながらベッドに腰掛けたギイの首に腕を廻して、口唇を重ねる。
「ぼくからキスをしたのは、ギイだけだよ」
 好きだよ、ギイ。
 ギイの全てが好き。
 ギイの右手を両手で包み込み、指先にキスをした。
「………っ!」
 そのまま指の上を滑らせて、手の甲に口付ける。
 すると、ギイは慌てて自分の手を取り戻した。
「え?」
「おまえ、突然突拍子もないことするのな」
 きょとんと見返すぼくに、ギイは苦笑を漏らした。
「突拍子もない事?」
「変な想像しちまうだろ?」
 取り返した手で、ゆっくりとぼくの頭を撫でる。
「あまりオレを煽るなよ」
「煽ってなんかいないよ、ぼく」
「だから………」
 大きな溜息を吐き、しょうがないなというような優しい瞳で、軽くキスを落とした。
「お子ちゃまの託生くんを汚しちまうような、とんでもない想像をしただけだ」
「なに?」
「わからなくていいよ」
 くしゃっと前髪をかき上げて、ギイはくるりと踵を返した。
「ギイ?」
「今日は大人しく寝るよ。お休み」
 え?え?
「ちょっ………ちょっと待ってよ」
 ぼくは起き上がり慌ててギイの腕を掴んだ。
「ぼく、なにか変なことした?」
「したわけじゃないけど」
「けど、なに?」
 ギイは困った顔をして、ぼくの手を取り指先を口に含んだ。
「んっ!」
 瞬間電流が走るように、快感が駆け抜けていく。
「わかったか?」
 溜息交じりの言葉に、ギイの言わんとしている事がわかった。
 首まで赤くして、こくりと頷いたぼくに、
「これ以上託生の側にいると理性なくなっちまうから」
 と言って、自分のベッドに向かう。
 ぼくはギイのパジャマの裾を握って、引き止めた。
「託生?」
「あ……の………初めてだから…………下手だと思うけど…………」
 言いながらギイの腰に腕を廻し、ズボンの上から口付ける。
「託生?!」
「下手でも………いい?」
 上目遣いにギイを見ると、驚きの表情のままぼくを凝視していた。
 這わせた手で前を開け、ゆっくりとギイを掌で包んで、ペロリと舐める。
「うっ………」
 とたん、じわりと先端から先走りの液が滲み出てきた。
 その液も絡め取り、下から上に口唇を這わしていく。何度も何度も繰り返すと、ギイの口から乱れた息が、せわしなく吐き出される。
 ギイの全てを感じたくて、舌先で丁寧に舐めていくと、ビクンとギイが跳ねた。
「託………生………」
 いつまでも舐めるだけで、咥えようとしないぼくに焦れたのか、愛しそうに髪を弄っていたギイが、自分自身に押し付ける。
 そして、口中深くに受け入れると、ギイの口から安堵の溜息と共に、うめき声が漏れた。
 吸い付きながら、上下にスライドすると、口の中に先走りの液が充満し、口唇から溢れた液が顎を伝って落ちていく。
 息苦しさよりも、ギイを喘がせている心地よさで、ギイを愛する行為に夢中になった。
「託生、ダメだ!」
 突然ガバッと剥がされ、濡れた口唇も拭わないまま放心したようにギイを見上げた。
 ギイの熱い視線が、ぼくの口唇に釘付けになる。
「託生………!!」
 シーツを蹴飛ばし、ギイは噛み付くようにぼくの口唇を覆った。
「んっ………!」
「愛してる………!託生………託生っ………!」
 ベッドに押し倒され、荒々しく服を剥ぎ取ったギイに、いつもの余裕は感じられない。
 受け止めかねる激しさが、ぼくの体を熱く奔放させる。
「はぁ………ギ………イ………ギ………」
「託生………託生………」
 熱いうねりの中、高まった熱に捕えられ、ぼくは成すすべもなく激流に飲み込まれた。
 
 
「託生………ごめん」
 ギイの腕枕でまどろんでいる耳元に、ギイが謝罪の言葉を言った。
「え………なにが?」
 きょとんと訊き返すと、ギイはぼくをまじまじと見詰めて苦笑し、
「本」
 自分のベッドを指差す。
「忘れてた………」
 ぼく、怒ってたんだ。
 託生らしいなと、クスクス笑うギイにつられてぼくも笑い出す。
 ま、いいか。
 ギイの気持ちもわからなくもないし。
 あそこまで怒ったら、ギイもあの本を使うこともなくなるだろう。
 今はただ、暖かい腕の中でまどろみたい………。
 
 
 そして、あの本はぼくの目の前から消えた。
 行方を知るのは、数年後の事となる。
 
 
続く………(ウソです〜〜〜〜・笑)
 
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