秘密(2003.6)
「一応、全部詰め込んできましたが」
「あぁ、すまなかった。島岡、助かったよ」 まどろみの中、漏れ聞こえてきた声に、うっすらと目を開けた。 ベッドサイドの時計の針は、10時少し前。 寝過ごしてしまったけど、日曜日だから許してもらおう。 「あれ、ギイ?」 隣にいるはずのギイの姿はすでになく、ドアの向こうから幾人かの足音が聞こえてくる。 「何してるんだろ」 ぼくはベッドを抜け出し、慌てて顔を洗いパジャマを着替えた。 ドアからそっと覗き見ると、ギイの部屋のドアが大きく開き、かなりの数のダンボールが積まれている。 もう既に運び終えたのだろう。部屋の中にはギイと島岡さんだけが残っていた。 「おはよう、託生」 ぼくに気付いたギイが、にっこり笑って手招きする。 「おはよう、ギイ。おはようございます、島岡さん」 手招きされるがままにギイの側に寄ると、すかさず 「おはよう」 と、ギイが頬にキスをした。 「ギイ!」 アメリカでは普通なのだろうけど、いや、いつも朝の挨拶のキスは受けるのだけど、ここには島岡さんがいるんだよ。 他人の前で頬とは言え、キスをされるのはかなり恥ずかしい。 そんなぼくにひょいと肩を竦めて、ギイは島岡さんに視線を移した。 「後は、自分でするよ。日曜日だってのに、悪かったな」 台詞とはうらはらに、ちっともすまなそうな顔じゃないギイに、島岡さんは苦笑をした。 「いいえ、これで何度も五番街に足を運ぶ事がないと思うと、このくらいどうってことないですよ」 「言うなぁ、島岡」 島岡さんの嫌味をさらりと受け流し、ニヤリと笑う。 相変わらず私事で島岡さんを使ってたんだな、ギイは。 呆れ返ると同時に、嫌味のひとつやふたつ言いたくなるよなぁと、島岡さんに同情してしまう。 「では、私はこれで失礼します」 島岡さんがドアを閉めたのを確認し、ギイはダンボールの山に向き直り、深い溜息を吐いた。 「さてと、一日仕事だな、これ」 何が入っているのかはわからないが、確かに丸々一日かかりそうな荷物である。 「ねぇ、これは一体何が入ってるのさ」 「本」 「本?」 「資料をいちいち実家に取りに行くのも面倒でさ。島岡に運んでもらった」 ちょっと違うような気がする。 実家に取りに行ったのは島岡さんであって、ギイは指示していただけじゃないの? 「でも、その前にブランチにしようぜ。腹が減っては戦は出来ぬと」 チロリと見たぼくの視線に、ギイはあからさまに話題を変え、キッチンに向かった。 ブランチを終え二人で食器を洗い、ギイはぼくの手を引いて自分の部屋に戻った。 「託生も手伝ってくれるよな?」 当たり前のように言われて癪に障ったが、これと言って予定のないぼくには、哀しい事に反論のしようがない。 仕方ないなぁ。 こっそり溜息を吐いて、目の前にあるダンボールに手を掛けた。 「どれから、並べるの?」 「とりあえず、大き目の本から………っと、大きさと種類書いてもらったから・・・・」 「じゃあ、これからかな」 バリバリとテープを剥がして、本棚の前に立っているギイに手渡す。 ギイは背表紙を確認しながら、順番に並べていく。 二人三脚の息の合った行動に、一日がかりだと思えた箱の山は、2時間ほどで残りひとつとなった。 「えっと、これは………『その他』って書いてあるよ」 「分けられないのを、入れてくれたんだろ。どれ?」 テープを剥がすと………なるほど。 雑誌や小説、果ては祠堂の卒業アルバムまで入っている。 「お、懐かしいなぁ」 ギイは、床に座り込んでアルバムを手に取りパラパラと捲り始めた。 「もう、早く終わらせようよ」 言いながら、箱の中身を取り出していたその時、一冊だけ書店のカバーが掛かっているのが見えた。 それも、日本の書店のカバーである。 「何の本だろ」 ギイを見ると、まだアルバムを眺めている。 一応英語は話せるようになったが、本を読むのならやはり日本語の方が読みやすい。 借りていこうかな。 「ギイ、この本貸して」 「うん?」 カバーの掛かった本をひらひらとギイに見せると、瞬間ギイは顔色を変えその本を奪い取った。 「な………なに?」 「これは、ダメ!」 「それ、日本のだろ?貸してくれてもいいじゃないか」 「いや、止めた方がいい」 「なんだよ、ギイのケチ」 「ケチで結構」 ぼくの視界から消すように本を後ろ手に持ち、ギイが珍しく顔を引きつらせる。 「………何の本?」 「たいした本じゃない」 「ふうん」 「日本の小説なら、まだ他にあるから、な?」 余りの慌てぶりに、ますますその本が気になる。 「一体、何の本なの?」 にじりと寄ると、ギイは座ったままずりっと後ろに下がった。 「託生の趣味じゃない」 「見ないとわからないだろ?」 もう一歩近寄ると、ギイも後ろに下がる。 「力ずくで見てやる」 「うわっ!託生、止めろ!!」 ギイに抱きつき背後に廻った本を手探りで探す。 その時、勢い余ってギイの上に覆い被さるように二人して床に倒れ込んでしまった。 「………って〜〜〜」 「ごめん、ギイ!」 「お前なぁ………」 「ごめんね、痛かったよね」 二人分の体重をもろ背中で受けたギイが、痛みで唸る。 ギイの上から体を退けようと慌てたぼくの腰に、いつの間にかギイの腕が廻り動きを阻んだ。 「ちょっ………ギイ」 「悪いと思うなら、行動で示しなさい」 「え、あの、どうやって?」 「お詫びのキス、プリーズ」 ニヤリと笑い、腰に廻した腕に力を入れる。 服を通して感じるギイが熱く変化して、ぼくの顔に血が上った。 「ギ………ギイ………!」 「襲われているみたいで、この角度もいいもんだな」 ぼくが恥ずかしがる事を承知で、わざと意地悪く言う。 「もう、離してよ」 「痛かったのになぁ。託生は悪く思ってないんだな」 「ギイ!」 離してくれそうにない力に、ぼくは諦めて顔を近づけ軽く口唇を合わした。 「それだけ?」 ニヤニヤと笑うギイを睨み、目を閉じてもう一度口付ける。 とたん、体が反転し驚きに口を開いた瞬間を狙って、ギイが熱い塊を差し込んだ。 「んっ………」 ジタバタと抵抗したのもつかの間、条件反射のようにぼくの体が無意識に応え、呼吸が浅くなる。 味わうようにゆっくりと口中を彷徨うギイを、ぼくの舌が追っていく。 からかうように絡んでは離れ、きつく吸い上げられ、飲みきれなかった甘い液が口を伝う頃には、ギイの大きな手は服の上からぼくの敏感な部分を焦らす様に玩んでいた。 「や………ギイ………!」 シャツの上からの愛撫に、もどかしい想いが込み上げる。ギイの肌を直接感じたい欲求が体を熱く駆け巡り、背筋を甘い痺れが走り抜けていく。 「ギイ………ギイ………」 この体をどうにかして欲しくて、ギイを縋るように見詰めると、ふっと微笑み目尻に口唇を落とし、 「ベッドに行こう」 ぼくを抱き上げた。 ギイに翻弄され眠りから覚めたのは、窓の外の太陽が傾きかけた頃。 ギイが「モーニングコーヒーだ」と笑って差し出してくれたカップに口をつけ、ふと本の事を思い出した。 また、誤魔化された………。 同じ手に何度も引っかかる自分に溜息を吐いて、ギイを盗み見ると悪戯っ子のような顔して視線を外す。 既にあの本は、ギイが片付けてしまったのだろう。 でも、いつか見つけた時には、今度こそ読んでやるとこっそり呟いた。 オモテのつもりで書いて、でも思わず深入りしそうになった自分に渇を入れ、えっちを途中で切り上げました(爆) えっちに雪崩れ込ませてしまうのは、私がスケベだって証拠でしょうか??? (2003.6.13) |