託生くんの悩み事 (2002.8)

「崎、葉山、いるか?」
 ノックと同時に舎監の先生の声がした。
「オレも託生もいますよ」
 ギイがドアを開けながら、顔を覗かせる。
 先生も毎晩毎晩、大変だな。寮の端から端までを二往復だもんね。ぼくだったら、一往復で息切れがしてそうだ。
「305号室は、OKと。そう言えば、この頃真面目だな、崎」
 先生はノートにチェックを入れながら、顔も上げずにギイに話し掛けた。
「何がです?」
「いや、1年の頃は、よく点呼の時にいなかっただろ?」
「そうでしたっけ?」
「あぁ。赤池相手じゃなかったら、俺も一言二言言ってたところだったがな」
「そんな昔の話は覚えていませんよ」
 ギイってば1年の頃から、不良だったんだ。
 初めて煙草を吸っている所を見たとき、ぼくは目を疑っちゃったよ。
「じゃな、お休み」
「お休みなさい」
 ギイがパタンとドアを閉めて、鍵を掛けた。
「よく抜け出してたの?」
「あ?あぁ、いろいろと忙しくてな」
「どうだか」
「何だよ。信じてないのか?」
 不服そうな声にクスリと笑って、ベッドに腰掛けギイに向き直る。
「そうじゃないけど。でも、点呼のときは必ずギイがいたから、初耳だなって思って」
「それはね、託生君」
 カチッと電気を消して、ギイが近寄ってきた。
「ちょっ……ギイ!」
「託生と1秒でも長く、二人きりいたいからだよ」
 そのまま、ベッドに押し倒されてキス。
「愛してるよ」
「んん!………待って………待ってってば………」
 ギイの肩を押し返し、熱い口唇から逃れる。これ以上口唇を合わせていると、話せなくなることは必至で、でも、今日こそはギイに言っておかなければならない。
「なんだよ?」
 さっさとぼくのパジャマの中に、忍び込ませていた手を止めて、不満たっぷりの顔でぼくを見る。
「あ………あのさ………多………くない?」
「何が?」
「何が………って……あの………その………」
「あぁ!SEXの回数か?」
 ぼくは思いっきり、ギイの頭を殴った。
「あたっ!………いってーな。お前、殴ることはないだろ?」
「そんな露骨に言わなくてもいいだろ?!」
 あまりのストレートな台詞に、僕のほうが恥ずかしくなってしまう。
「多いか?」
「だって………」
 一ヶ月前ギイを受け入れてから、体育のあった日以外は………その……ほとんど毎日といった状態で、ここのところ午後からの授業は欠伸を噛み殺しながら受けているのだ。
 いくら若くても、これはちょっと問題ではなかろうか。
「自覚なかったんだけどな。そんなに多かったか?」
「多い………と、思うよ」
 アメリカ人は知らないけど、たぶん日本では多いんだと思う。………訊いたことないけど。
「なぁ、もしかして、オレ無理させてたのか?」
「え………あ………そんなことはないけど………」
 ないけど、いかんせんギイの体力にはついていけない。それだけは明白。
 ギイは僕の上に乗り上げていた体を起こし、
「じゃ、今日はおとなしく寝るとするか」
「そうしていただけると、助かります」
「その代わり………」
 ベッドの上に正座して、素直に頭を下げた横で、ギイの低い声がした。
「なに………?」
 恐る恐る顔を上げると、不敵に微笑んだ艶やかな顔。
 嫌な予感がする。
「今日は、オレのベッドで寝よう」
「………は?今、おとなしく寝るって言ったじゃないか?!」
「だから、おとなしくオレのベッドに、二人で寝ようと言ってるんだ」
 なにが『だから』なんだろう。狭いベッドに二人で寝たら、体が休まないじゃないか。
「でも………」
「オレ、その気だったのになぁ。託生の言うこと訊いて我慢しているのに、託生はオレの言うことを訊いてくれないんだな」
「う………」
「ほら、来いよ」
 言葉に詰まったぼくにニヤリと笑い、腕を引っ張ってギイのベッドに連れて行かれた。
「落ちたら危ないから、託生、奥行って」
 そのままベッドに押し込まれる。
 とたん、ふわりとシーツから立ち上るギイの香りが僕を包み込み、ドキリとした。知らず知らず、胸の鼓動が激しくなる。
 一体、ぼくはどうしちゃったのだろうか?!
「オレのベッドに泊まるの、初めてだったよな?」
「う………うん」
 ぼくの横に体を滑り込ませながら、ギイがシーツを整えて掛けてくれる。
 上からも下からも、むせるように香るギイのコロンに、体が熱く反応していく。
 どうしよう………。
 今日はダメと言いながら、ぼくがこんなになっちゃってるのをギイに知れたら、絶対恥ずかしい!
「託生、どうしたんだ?」
「な………なんでもないよ」
「そうか?じゃ、お休み、託生」
 ギイは右手で腕枕をしたまま、そっと口唇を寄せた。
「痛っ!………た〜く〜み〜、お前、オレに恨みでもあるのか?」
「ご………ごめん!!」
 ギイの口唇を避けようと、とっさに突っ張った手がギイの顎にHITしてしまった。
 だって、今キスなんかしたら、絶対バレちゃう!
「お休みのキスから逃げるとは、託生はもうオレの事、愛してないんだな」
「どうして、そうなるんだよ?!」
「オレのこと、好きか?」
「………うん」
「じゃあ、お休みのキスはいいよな?」
 言うなり、ギイはぼくの上にガバッと乗り上げ、有無を言わさず口唇を重ねた。
「んっ………!」
 ジタバタともがくぼくを難なくベッドに押し付け、熱い舌先でそろりと入り口を辿る。
「く……ぅ………」
 力が抜けた一瞬を狙って、ギイの熱い舌が絡んできた。妖しくくすぐる様にぼくの舌を玩び、逃げる隙を与えてくれない。
「愛しているよ………」
 心地よい声色に体が過剰に反応してしまう。優しく滑るように頬に伝い、瞼に耳にキスを落とし、もう一度口唇に舞い戻ってくる。
「ギ……イ………」
 やっと口唇が離れたときには、息も絶え絶えでギイを力なく見ていた。ぼくとギイの体が密着して、二人の熱いモノがパジャマ越しに合わさっている。
 ギイに知られてしまった!
 瞬間、ぼくは恥ずかしさに耳まで真っ赤になって、目を反らせた。
「わっ!」
「相変わらず色気のない台詞だな」
 突然ギイがぼくを握り締め、クスクス笑いながらゆっくりと撫で上げた。
 それだけで、跳ね上がった心臓と一緒に、呼吸が乱れてしまう。
「う……ん………ダメ………だってば……」
「託生がその気になってくれたんだもんな。勿体無い」
 その時、ふとある疑問が頭に浮かんだ。
 妖しく攻め立てるギイの腕を掴み、動きを阻め、
「もしかして………」
「ん?」
「初めからそのつもりで、ギイのベッドに誘ったってこと………?」
「大当たり」
 ニッと笑って頬にキスをしようとしたギイの頭を、ポカリと殴った。
「ってーな。託生、お前殴りすぎ」
「自業自得だろ?!ぼく、自分のベッドに帰る!」
「いやー、これで託生がその気になってくれなかったら、自信なくすところだった」
「ギイ!降りてってば!」
「オレの匂いでその気になってくれるなんて、オレって愛されてるなぁ」
「ギイ!!」
 ギイの腕をすり抜けてベッドを降りようとしたぼくは、ぐいっと力強い腕に引き戻された。
「帰さない」
 笑ってはいない瞳で見詰められ、近づいてきた口唇に体が金縛りにあったように動けなくなる。
「愛してるよ、託生」
 幾度となく繰り返されるキスに、体も心も溶けて意識が遠ざかっていく。ギイだけが、ぼくの全てになっていく。
 ギイの腕に委ねて体の力を抜いたとき、ギイが優しく耳元に口唇を寄せ、囁いた。
「今日は、松葉崩しやってみような」
「うん………………え?!」
「了承の言葉、しかと訊いたぞ」
「な………こんな時に訊くなんて、ギイ、ズルイ!!」
「男に二言はないもんな、託生」
「ヤダ!絶対ヤダッ!!やっぱり、ぼく帰る!」
 
プロレス並の死闘の末、どうなったのかは書くまでもないだろう。
 
 
 
「ギイくんの悩み事」の続編だったりします。
もう、ダメですね。終わってます。
ボツってた原稿を拾い出して続きを書いたのだけれど、なんだかなぁ。
いいかげん託生くんに怒られそうだ(笑)
(2002.9.4)
 
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