ギイ

2013年01月05日(土)
「さすが、ギイ」
……生まれてこの方、数え切れないほど受けた賛辞。
そりゃ、オレでないと解決できないであろう事柄に対する言葉であろうが、その裏には「そうでないと、ギイじゃない」という思いが見え隠れして、賛辞ではなく揶揄されているような気分になって、苦々しく思っていた。
「さすが、ギイだよね。すごい!」
それが、どうだ?
託生に言われて、面食らいつつ照れてしまうことになるなんて。
どれだけ裏で動いていたことも頭を悩ませていたことも知らないのに、託生は真っ直ぐな賞賛をオレに送ってくれた。
「すごいだろ?」
だから、オレも素直に自分をさらけ出せるんだ。
そうやって、オレを受けとめてくれ。
お前の前でだけ、オレはオレという人間になれるのだから。


2012年12月28日(金)
「葉山、今日の図書当番に行ってくれ」
そう言い置いて、返事を聞かずにその場を離れた。そこにいたとしても、葉山の声を聞くことはないだろうから。
だからと言って、葉山が図書室に行かず、寮に帰ることなんてあり得ない。人一倍、責任感の強いヤツだ。
それを、オレは知っている。
案の定、了承の言葉も断りの言葉も口にせず、無言のまま足早に教室を出ていった。……オレに視線を向けることもなく。
同じ1−Cのクラスメイト。そして、オレはクラスを纏め、クラスメイトに連絡事項を伝える役に携わる級長だ。
葉山がどのクラブにも所属していない状態で交わる接点は、この環境の中、最善なものだと認識はしている。
どれだけ葉山に嫌われていようとも、話しかける口実となるのだから。
「託生ぃ。今日のクラブ早く終わりそうだから、一緒に晩飯食べような。部屋で待ってるから」
「………うん、わかった」
片倉が親しげに葉山に声をかけ、了承して小さく頷く葉山が視界に入り、口唇を噛み締めた。
たったそれだけのことで、血が逆流するほどの嫉妬心が己の内を渦巻く。
オレが、あと一歩踏み込めば、チラリとでも見てくれるだろうか。声を聞かせてくれるだろうか。
そう思った瞬間、即座に否定し、決してあり得ない望みに乾いた笑いがこぼれた。
心に秘めた恋心は、コップの淵まで満たした水のようで、少しでも波立てば、もう零れてしまいそうだ。
しかし、これ以上、拒絶されることを恐れ、気持ちを伝える勇気がない自分自身が情けない。
いつか……いつか、この想いを伝えるときが来るのだろうか。
葉山が教室を出て行く間際、ふと振り返ったように見えたのは、オレの都合のいい束の間の夢。


恋は永遠か?
ミステリアスな部分を残しておけるのなら。
愛は永遠か?
形を変えても許容できるのならば。
でも、出会ったときにわかっているはず。
この人が永遠の人なのだと。


2012年12月09日(日)
「や……ぁ……」
「嫌……か?」
ふるふると首を横に振っている託生には、自分がなにをしているのか、もうわからないのだろう。
ただ、体の奥から疼く感覚に抵抗することもできずに、ただどうにかしてほしいと訴えているだけ。
眉間に皺を寄せ、オレの二の腕をきゅっと掴んで目を開けた。
潤んだ瞳が、挑戦的にオレを射る。
売られた喧嘩は買わなきゃいけないよなぁ。
口唇をペロリと舐め、シーツの上に生贄を縫いとめた。
「正気でいてみろよ」
噛み付くようなキスにまぎれた、オレからの勝負。
勝つのは、どっちだ?


2012年11月01日(木)
ドサリと左側の机に荷物を置いた。
305号室。
これから一年生活する部屋。
同室者は、葉山託生。
部屋の空気を入れ替えるために窓を開け、冷たい風がオレの頬を撫でたとたん、まるで夢のように感じていた現実が流れ込んできた。
葉山………いや、託生………!
どう声をかけようか。
初めから託生と呼べば、驚くだろうが少しは馴染んでくれるだろうか。
あのとき、託生は他の誰でもない、オレに助けを求めた。
あれだけ高熱を出していて、覚えていることはないだろうか。
けれども、嫌われていないと本能が感じたんだ。
振り向いて部屋の全体を見回した。
この椅子に座って託生が机に向かい、あのベッドで託生が眠るんだ。
うっとりするほどの、これからの生活。
オレとの生活に慣れてもらってから告白するか。それとも………。
どうか、オレの心を受け止めてくれ。
愛してるんだ、託生………!


2012年07月09日(月)
託生に恋をしているんだと思っていた。
恋焦がれて、振り向いてほしくて、オレを認めてほしくて、この恋心を受け止めてほしくて…。
音楽堂で想いをぶつけ口づけをしたとき、それは間違いだと思った。
これは、恋じゃない。
託生の過去も現在も未来も、オレは愛おしいんだと。
嫉妬もした。壁を殴りたくなるくらいの怒りを感じた。
それでも、お前を形作った全てが、オレには大切なものなんだ。
愛されることに慣れていないお前に、どうこの想いを伝えればいいのか。
いや、焦る必要はないさ。今、お前は、この腕の中にいるのだから。
愛に飢えたお前に「愛してる」と囁き続けよう。
真綿で包むように、この腕の中がこの世で最上の場所であるように、オレは演じ続けるから。
だからオレだけを見てくれ。
オレだけに、愛を囁いてくれないか?
オレは、お前を愛しているのだから。


2012年04月15日(日)
抱かれている託生の目が、夢現に揺らいでいるのは気付いていた。
快感に流されながら、しかし、刹那の時間なのだと切羽詰まったものを感じていた。
なにが、お前をおびえさす?
まだ言葉が足りないのか?それとも、どこにも飛び立てないように閉じ込めたなら、安心するのか?
たぶん………いや、それはオレの願望なのだろう。
焦るな。
託生がオレの腕の中で安心して眠れるように。
オレは託生を真綿に包んで、何物からも守ってやる。


2012年04月03日(火)
恋人とは言えども、最初は口唇を触れ合わせるだけのキスだった。
一線を越えたとき、オレは初めて柔らかさを味わった。
しかし、それは、オレの一方的な行動。
チロリと舐めたそれに託生が絡ませ、応えてくれたあのとき。
覗き込んだ瞳に、同じ欲望の色を見たとき。
全てが溶け合うような甘く淫猥な夢に、オレは自ら飛び込んだ。


2011年12月30日(金)
手を繋ぐ。それだけで全てが絡み合ったような気がした。まだ、手、だけだけど。これ以上、近づくことはできないけど。それでも、託生と心が繋がっているような気がした。運命の人間だと感じたんだ。ゆっくりでいい。無理しなくていい。けれども、覚えておいてくれ。お前の隣には必ずオレがいることを。


手を繋ぐ。
熱く燃える指を絡ませ。
心を繋ぐ。
求める心が絡み合う喜び。
体を繋ぐ。
至上の幸せを感じる時間。
どれ一つ欠けることなく繋げる人間に会えた奇跡。
オレは、生きながら天国で生きる権利を手に入れた。


2011年12月29日(木)
お前な………。
抱かれたいと思うのは…なんて、あっさり言ってくれるなよ。
ここが真昼間の温室じゃなかったら、問答無用で服を脱がされているところだぞ?
そうやって、頬を染め潤んだ瞳を向けられてみろ。
誰だって誘われていると勘違いしてもおかしくない。
無自覚に醸し出す艶っぽさと、そういう自分に気付かない無邪気な鈍さ。
クラリとした視界に、キョトンとした託生が映り腕を伸ばした。
誘ったのはお前だからな。覚悟してもらおうか。
「なぁ。今すぐ、ここでオレに抱かれるのと、今夜、足腰立たなくなるまで抱かれるのと、どっちがいい?」
「ななななんだよ、その選択肢?!」
「託生、どっち?」
「どっちも、イヤだよ!」
「じゃあ、今すぐゼロ番な」
「ええっ?!」
となるわけですね(笑)


2011年11月25日(金)
「愛しているよ」
何度も言った。
「どうして、ぼくなんだよ?」
何度も聞いた。
理由が必要か?
葉山託生という人間が、そこに存在した瞬間に、たぶん決まっていたんだ。
オレがお前に恋することを。
見えない糸を手繰り寄せ、がむしゃらにお前の瞳に映ることを考え…。
そして、今、お前の瞳にはオレがいる。
手を伸ばせばお前に触れられる。
口唇を寄せば瞳を伏せ応えてくれるお前がいる。
心が打ち震える幸せ。
だから、もう、オレから離れるな。
何者にも目を向けるな。
何も見なくていい。
オレだけを見ていろ。


2011年07月25日(月)
暗闇を怖がるくせに、波の音が響く砂浜に連れてきたとたん、託生が目を輝かせた。頭上には落ちてきそうなくらい、所狭しと輝く星の数々。あんぐりと空を仰ぎ見る託生に、クスリと微笑が漏れた。「すごいね…」言葉を発した事さえ自覚はしていないだろう。この満天の星空よりも、お前の方が綺麗だよ。


2011年03月27日(日)
ビクビクしている託生の腕を掴み、足早に寮の階段を下りる。
「どこ、行くんだよ」
これからどんな無理難題を仕掛けられるのか、できるのなら行きたくないとの感情が見え隠れする。それでもついてくるのは、自分が不利だと悟っているからだ。
「食堂?」
そう。余りにも振り回されて、さすがに腹が減った。しかも、こんな時間だし。
一応、人が少ない一角のテーブルを選びトレイを置く。
「いただきます」
託生が味噌汁を一口飲んで、喉元を通り過ぎたのを確認し、
「託生、あーんって食べさせて」
嫌がる事を承知で要求した。
とたん託生の手から箸が転げ落ち、あんぐりと口を開けたまま頬が赤く染まってくる。
「ギイ……今、なんて?」
「あーんって、食べさせてくれ」
「バッ…!なに、考えてんだよ?!」
周囲を気にしてか、小声で噛みつく。
「これだけ振り回されたからには、それなりの代償があってもいいだろ?」
「だからって、ここ食堂!」
食べさせてもらうのに、食堂以外どこがあると?
「じゃ、反対に、オレがあーんって食べさせてやろうか?」
「ヤダよ!」
間髪入れずに否定して、でも、振り回した自覚があるのか上目遣いにオレを見る。
「他のじゃダメ?」
……毎回思うが、この角度を計算していない所が不思議だ。許してやりたい気分になる。
いやいや、それじゃ、オレが振り回され損だ。
「オレは別にいいけど、じゃあ、何を要求し・よ・う・か・な」
ゆっくり区切ってニヤリと笑えば、
「いい、考えなくていいってば!」
何を想像したのか託生は全力で阻止した。
どんな想像をしたのかは難くないが、オレはどちらでも万々歳だ。それなりの報酬をもらって当然。
「どうする?」
オレの言葉に、託生は、
「うーーーっ」
と小さく唸り、自分の皿の上のコロッケに怒りを込めて箸をぶすりと突き刺し、
「あーんっ!」
やけくそにずいっとオレの口の前に差し出した。
「……託生、大きくないか?」
「……あーん」
いじめすぎたか、涙で潤んだ目が座っている。
いいかげん、弱いよなぁ、オレ。
差し出されたコロッケを一口かじって、託生の腕を押しやる。
「ごちそうさん」
あっさりと引いたオレに拍子抜けしたのか、キョトンとして、
「それだけでいいの?」
コロッケに箸を突き刺したまま聞いてくる。
「もう一口、あーん、してくれるって?」
ぶんぶん首を横に振って慌てて食べだした託生を笑い、オレも空腹を訴えている胃袋を静めるために、大人しく箸を取った。
残りはベッドの上で請求させてもらうとして、実はそれほど怒っていなかったりする。それどころか、託生が遠慮なくオレを振り回した事に、感動すらしていた。
同時にこれから先も託生には勝てないだろうなと、身を持って悟ったのは成り行きとは言え、あまり気付きたくなかった事実である。
惚れた方が負け。古人の言う事は間違いなかった。


2011年03月25日(金)
この世にたったひとつしかない禁断の果実。芳醇な香りと甘い蜜が思考を狂わせ、誘われるがままに味わえば、もう二度と放す事はできない。もしも手放せば、永遠に飢えと渇きに苦しみ干からびるだろう。だから、お前が逃げる前に引きずり込んでやる。誰の手も届かない漆黒の闇へ。……お前はオレの物だ。


2011年03月18日(金)
お前の悲しそうな顔を見れば、オレも悲しくなる。お前の泣き顔を見れば、オレも泣きたくなる。けれども、泣きたい時は泣けばいい。オレが全部受け止めてやるから。そして泣き疲れて眠った後は、ほんの少しでも笑ってくれ。お前の笑顔が、なによりの元気の素だから。


2011年03月05日(土)
暗い闇に潮騒が聞こえる。頭に優しく流れ込む潮騒を求め、五感を頼りに自ら手を伸ばした。指先に触れる泡が熱く輝き、オレを包み込んでいく。遠く浅く聞こえていた波の音が耳に大きく響いた時、オレの全てが波に取り込まれ溶け合った。そして、波が消える。


2011年02月27日(日)
今では当たり前のように呼びかけられるオレの名前。でも、初めて「ギイ」と呼ばれた時の胸の高鳴りを、今でも覚えている。絶望的な片思いにあがいて、それでも諦められなくて、音楽堂で溢れ出た想いをぶつけてしまった入寮日。初めて触れた口唇に奇跡を感じたあの日。自分の名前が特別な物に感じた。


「ギイ」当たり前のように呼ばれた自分の名前にドキリとした。誰もが「ギイ」と呼ぶ中、「崎君」と遠慮がちに呼んでいた愛しい恋人の声が、やっと「ギイ」に変わったとき。触れる事はできないけれど、少しだけ心が触れ合ったような気がした。「託生」オレの愛しい最初で最後の恋人。


2011年02月26日(土)
肩に頬を乗せホッと吐き出された安堵の溜息に、クスリと微笑が漏れる。左腕で薄い肩を抱き右手でさらさらの黒髪をかきあげれば、猫が喉を鳴らすように安心しきった表情でオレに身を預け、気持ち良さそうに目を閉じた。そんな顔をされると何もできないじゃないか。風に揺れる305号室のカーテンの前。


2011年01月14日(金)
誰よりも信じたかったんだ。誰よりも愛されたかったんだ。傷ついた心を癒せるのなら、オレは道化師にでもなってやる。全てをかけて、命をかけて、お前を愛している。託生・・・・!


2011年01月09日(日)
それが恋だと自覚したのは、いつだったのか。気付けば、託生の事ばかり考えているオレがいた。たった一瞬の出来事。でも、永遠に続く切ない恋心。成就する可能性なんてゼロに等しいのに、それでも諦めきれなくて託生を追って、ここ祠堂まで来てしまった。


2011年01月09日(日)
「将来の夢は?」子供の頃、小学校の作文なんかで書かされた事がある。もうその頃には親父の後を継ぐ事を自覚していたから、優等生の答えを書いたけれど、事実、オレの夢なんて自分でわからなかった。だからこそ託生が憧れだった。楽しそうにバイオリンを奏でる姿を見て、わけもなく心が引かれた。


2011年01月09日(日)
シーツに残ったお前の香りがオレの気持ちを掻き乱し、満たされたつもりの心に破片となって突き刺さる。ドアの向こうに消えていく姿が、残像のように何度も脳裏を横切った。


2011年01月08日(土)
背中に柔らかな草を感じながら、ポッカリと開いた蒼を見ていた。まるで託生に会えない自分の心のようで。目を背けるように瞳を閉じると、微かな足音が耳に届いた。オレの隣で止まった足音。ふいに柔らかな唇が落ちてきて、思わず腕を伸ばした。突然訪れた幸せを手放したくなくて。託生、このまま…。


2011年01月02日(日)
お前への想いを鏡に映したなら、その中に見えるのはどす黒い嫉妬と独占欲。お前が思っているオレを壊したくなくて、醜いオレを鏡の中に隠している。お前が鏡に気付いたのなら、どうしてくれよう。そのまま鏡の中に引きずり入れようか。万華鏡に隠された狂気。


2010年12月15日(水)
<たぶんボツ>聞いてくれよ。前から可愛い可愛いと思っていたんだが、この頃託生がパワーアップしてきて、オレ、理性試されてるのかと悩んでいるんだ。朝起きるだろ?以前は、オレに慣れてなかったから、ちょっとした物音でも目を覚ましていたのに、今は熟睡してるんだよ。


<たぶんボツ>「安心してくれてるんだな」と、感動しているがな、この寝顔がまた可愛くて。あぁ、もちろん、その後30分ほど寝顔を堪能しているけどな。それで、寝起きなんて、飛びつきたいくらい可愛いんだぜ。


<たぶんボツ>ぽや〜んとして子供みたいなんだけど、多分託生自身も気がついてないと思うが、あいつベッドに起き上がった後、乾いた唇を湿らすようになめるんだ。
もう艶っぽくて、誘われてるとしか考えられなくて、でも、飛びついたら殴られるのわかってるから、今は我慢しているが。


2010年12月15日(水)
<たぶんボツ>オレは、わざと聞こえない振りをした。訂正してギイと呼んでくれるものと思っていたのに、託生は何も言わないままだ。そろりと、託生を振り返る。ギョッ?!
唇を噛み締め、オレを見詰めた託生の瞳に、こぼれ落ちそうな涙。「託生?!」慌てて立ち上がると、ポロリと涙が落ちた。


2010年11月28日(日)
ほんの数分前まで一緒にいたのに、もう、お前を求めている。託生の温もりをまだ覚えているのに、もうお前に触れたくなる。目を閉じれば、お前の吐息もお前の熱さも鮮明に甦るのに、腕の中にもうお前はいない。
 
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