沈丁花

2013年01月26日(土)
汗で湿った託生の前髪をそっとかき上げ額にキスをすると、くすぐったそうに小首を傾げオレの頬に左手を滑らせた。冷たい金属の感触が頬にあたる。
シンプルなリングの裏には『Love Eternal』の文字と小さな宝石。託生のリングにはピンクダイヤモンド。オレのリングにブルーダイヤモンド。
オーダーしたその帰りに、オレは事故にあった。
「島岡さんが、空港まで持ってきてくれたんだ」
当時を思い出したのか、懐かしそうに目を細めて指輪を見る託生に胸が痛む。
「本当はチェーンに通して託生に渡そうと思ってたんだけどな。バイオリン弾くときの邪魔にならないか?」
「大丈夫だよ。慣れちゃったし」
一度も外していないと章三に聞いた。
長い年月を写したかのように鈍く銀色に光る指輪に、嬉しくもあり。……そして、心苦しくもあった。
その刻まれた一つ一つの傷の変化をオレは見ていない。
「あ………」
「どうした?」
託生は寝返りを打つようにころりと体をうつぶせ、サイドテーブルの引き出しから何かを取り出した。
「ギイ、これ………」
ビロードの小さな箱。開けると、中にはオレの分の指輪が収まっていた。
託生の指輪と対のはずなのに、傷一つなく光るプラチナリング。
「………はめてくれるか?」
「うん」
託生は指先で取り出し、オレの左手の薬指に指輪をはめ、小さくキスをした。
16年遅れてオレの指に収まったプラチナリング。指輪をはめたことは一度もないのに、しっくりとオレの指に落ち着いた。
「チェーン。ぼくがプレゼントするよ。学校にはめていけないだろ?」
「それも、そうか。はずしたくないんだけどな」
ずっと、つけていたい。永遠と刻んだ誓いの指輪を。
「たった2年じゃないか」
不服な口調のオレに、苦笑しながら託生が指摘した。
これから二人で生きていく長い人生の中の、たった2年。
16年間、一人指輪をはめていた託生から見れば、ほんのひと時のこと。
「卒業するまで我慢するか」
「そうしてください」
クスクスと笑う託生の頬にキスをする。
今は、対に見えないほど輝きも傷も違う二つの指輪。
でも、いつか必ず追いつくから。
「託生、愛してる」
二人を繋ぐ絆は、決して切れることはない。


2011年10月28日(金)
『付き合いで遅くなるから、ご飯食べて先に寝ててね』
とメールが届いたのが、夕方。
「何がご飯食べてだよ。子供扱いするなよな」
そりゃ、実年齢20歳違うが、オレから見れば託生の方が危なっかしいのに。
それでも、仕事上の付き合いが大切なのは、前世で嫌と言うほど知っている。だから託生の仕事の邪魔をしたくないオレとしては『了解。気をつけて帰ってこいよ』と返信するしかなかった。
しかし。
「午前様か。メールくらい打ってこいよな。心配するだろうが」
リビングで見たくもない深夜番組を見ながら、何度目かの文句を口に出したとき、ピンポーンとお気楽なチャイムの音が響いた。
慌てて玄関に向かいドアを開けると、
「よかった。一也君、起きてましたか。鍵がわからなくて」
託生のマネージャーである桜井が、ホッとしたような表情で託生を抱きかかえていた。
オレ以外の腕の中にいる託生にムッとするが、
「あ、ギイだ」
オレに気付いたとたん、普段人目を気にする託生らしくなくオレの首に腕を回し、猫のようにゴロゴロと甘えてきた。
それだけで幾分気分が上昇するが、いったい、どれだけ呑んだんだか。
「呑んでいるときは普通だったんですが、車に乗ったとたん酔いが回ったらしく……」
「それは、ご迷惑おかけしました。あとはオレが運びますので」
申し訳なさそうに頭を下げる桜井ににこやかに答え、「お休みなさい」とドアを閉め、ぐたっと寄りかかっている託生を抱き上げた。
「託生、飲みすぎだぞ」
そのまま抱き上げベッドに横たえ、一応水を持ってきておくかとドアに向かおうとした時、
「ギイ、どこ行くの?」
そのまま寝たと思った託生が、クイとパジャマを引っ張った。
「水を取りに行くだけだよ」
言い聞かせるように胸をぽんぽんと叩いて宥めたのだが。
「ギイが、ぼくを置いていくーーーっ!」
布団を蹴飛ばす勢いで、託生が拳を突き上げた。
「おい、人聞きの悪いこと言うなよ。オレが託生を置いていくことなんてないだろ?」
オレの言葉に、キッと視線を険しくさせ、そして、
「嘘つき。置いていったくせに」
自分の言葉に余計感情が高ぶったのか、ポロポロと涙を零しながらオレの胸にすがりつく。
普段、責めることのない託生が零した、託生の本音。
オレが死んだとき、どれだけ傷つけたのか。思うだけでも胸が苦しくなる。
だから、罪滅ぼしではないけれど、これ以上泣いてほしくなくて、
「もう、二度と置いていかないから」
軽く口唇を合わせて囁いた。
「…絶対?」
「絶対」
「本当に?」
「本当」
二度と、あんな目に…自分で命を捨てさせるようなことに会わせるものか。
深く口唇を合わせオレを引き寄せる託生に、片膝をベッドにつきギュッと抱きしめた。
オレの罪と罰。
何一つ避けることなく全て受けてやるよ。
それが、オレの最上の幸せ。


2011年10月13日(木)
「なぁ。章三って結婚してんだよな?」
「うん。奈美子ちゃんとしてるよ」
「子供は?」
「えっとね。上の子が10歳で下の子が6歳だったかな。男の子と女の子でね。また、あの二人によく似てしっかりしてるんだ」
「へぇ」
「もう、赤池君と奈美子ちゃんの縮小版!みたいな感じで。すっごく可愛い」
「楽しそうだな。今度、行ってみようかな」
「そうだね。ぼくも長く会ってないし……って、なに考えてるの、ギイ?」
「なにが?」
「なんだか、変な事考えてるみたいに見えるんだけど」
「まさか。今、一番歳が近いのがオレだろ?だから、二人と遊ぼうかなと」
「悪いこと教えないでね。赤池家に出入り禁止にはならないけど、にんじんサラダをボール一杯出してきて『うちの子の教育に悪いことはしないよな?』ってすごまれるから」
「………やられたのか?」
「一度………」
「容赦ないなぁ」
「だろ?」


2011年08月29日(月)
「ギイ、荷物これだけ?」
「ん?あぁ、そうだが?」
「ふぅん。……あのさ」
「うん?」
「どうしてベッドがないの?買い換えるの?」
「あー、そうだなぁ。セミダブルだもんな。せめてダブル……いやクイーンくらいにはしたいよな」
「………ギイ、なんの話?」
「託生が言ったじゃないか。ベッドだよ」
「ぼくは、ギイのベッドの話をしてるんだよ」
「オレのベッドは託生のベッド。寝室は別だなんて、水臭いこと言わないよな?」
「え?」
「うんうん。ベッド選びは大切だから、二人で現物見にいって買おう。夜の生活は大切だもんな。ん、どうした?」
「ギイ、日本人だよね………?」
「おぉ、今回は正真正銘日本人」
「日本人は、男二人でベッドを選びにいくような恥ずかしいことしないよ!」
「そうか?」
「…………開けっぴろげなとこはアメリカ人だったからじゃなくて、ギイの素だったんだorz」


2011年08月28日(日)
「ギイ……」
「ん、どうした?眠れないのか?」
腕の中でもぞもぞと角度を変え、託生がオレを見上げた。
「う………」
「う?」
「浮気していいから」
「はぁ?!」
いきなりの浮気黙認宣言に、眠気がぶっ飛んでしまった。
「ちょ……託生、なに言ってんだよ?浮気なんてしたくないし、するわけないだろ?」
「………別に、ぼくのこと気にしなくていいから」
いやいやいやいや、託生が気にしなくてもオレが気にする。だいいち、そんな涙を堪えて言われても説得力ないぞ?
時を越えてやっと託生と巡り会えたのに浮気してもいいだなんて、これはちょっと、いやきちんと託生と話し合わなければ。
「なぁ。どこをどうなったら、オレの浮気に繋がるんだ?」
「だって」
とたん、ぶわっと託生の目から涙が零れ落ちた。落ち着くように、とんとんと背中を叩き、涙に口を寄せる。
「だって、ぼく、ギイについていけない……」
「はぁ?!」
オレ、なにかヘマをしたのか?!託生がついてこれないようなことを、押し付けた?!
「ちょっと待ってくれ!オレ、なにか託生に許されないようなことをしたのか?」
ふるふると頭を振る。
「じゃ、何がついていけないんだ?」
「……………体力」
「……………たいりょく?」
「ギイ、満足してないだろ?」
自分で言った台詞に悲しくなったのか託生の目からまた涙が零れ、慌てて指でぬぐった。詳しく聞こうにも、託生自身ある意味興奮状態だから、たぶんこれ以上聞いてもわけのわからない言葉しか返ってこないだろう。
体力。満足。
託生の言葉を反芻して、考えてみる。
………あー、そういうことか。
託生の仕事がそれほど忙しくないのをいいことに、毎日のようにベッドに誘った。いや、託生がこの腕の中にいるのに、抱かずにいられなかった。
「あのな。託生だから、だ。託生以外の人間に勃つわけないだろ?託生に無理をさせていたなら謝るから。そんな顔して、浮気を推奨しないでくれ」
「でも、満足してないだろ?」
「してる」
「してない」
「してるよ」
「してないってば」
むきになって言う託生に、はぁと溜息を吐いた。
「じゃあ、言うよ。満足してないと言えば、たしかに満足はしてない」
「やっぱり………」
だから、逃げるな!
「じゃなくて、オレが託生を抱いて満足することは、たぶん一生ない!抱いても抱いても、抱き足りないんだ!」
「…………は?」
「だーかーらー、抱いた側から抱きたくなるんだから、そういう意味では満足することはない。これは、託生を初めて抱いたときからだぞ。今になってからの話じゃないからな」
「……………」
「だから、浮気をしたって満足なんてできるわけがない。でも、託生には無理させたかもな。ごめん」
チュッとキスをして、託生を抱きしめる。
「じゃ、あの……」
「添い寝だけの日も作るから、そんなこと言わないでくれ」
「………うん」
こっくり頷いた託生に、大きな溜息が漏れた。と同時に、反省する。
託生が根をあげるくらい無理をさせていたのなら、やはり週5日は考えなければならないな。これ以上無理強いするとベッドを別にすると言われかねない。
そのためには、自家発電の回数を増やして………。
真剣に考えているオレの横で、託生はいつの間にか眠りの世界に入っていた。


2011年08月26日(金)
「葉山、少し痩せたか?」
「う……うん、ちょっとね」
「そんなに無理させてるつもりないんだけどな……(ぼそり)」
「ギイ!!」
「そんなことだろうと思った。崎」
「み…三洲、今、どこから出した?」
「赤池、そんな細かい事は気にするな」
「これなんだ?」
「等身大、葉山の写真プリント済みの抱き枕だ。それで、たまには我慢しろ」
「……どうせなら、裸の写真の方が…てっ!」
「なに言ってんだよ!!三洲君、こんな恥ずかしいもの!」
「それで安眠できるなら楽だぞ。それに、ほら」」
「写真はあれだけど、これ抱き心地いいな(頬ずり)」
「…………ギイ(涙)」
 
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