Life

2017年12月20日 Blogより転載
「託生、マリッジリングのデザインのことだけど」
「うん?」
「全体的に厚みは抑えるけど、手の甲側だけ少し厚くなっていいか?」
「……ダイヤモンドを入れるとか?」
「ぷ、そんなに、嫌か?」
「嫌というより、ギイの基準が高すぎて怖いんだよ。婚約指輪で懲りた」
「まぁまぁ。あぁ、石は入れないから安心してくれ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。ちょっと、ねじりたいだけなんだ」
「ねじる?」
「メビウスの輪ってあるだろ?あれを指輪にしたいなって思ったんだけど」
「あの終わりがない輪っか?」
「そう、あれも永遠って意味じゃないか」
「あ……あぁ、そうだね!」
「だから、ねじりの部分だけ、ちょっと厚みが出るんだ。それ以外は、託生の希望どおり、分厚すぎず太すぎずシンプルな感じ」
「うん、それがいい」
「じゃ、マリッジリングはそれで話を進めるな」


2017年12月16日 Blogより転載
「ただ、目が覚めたら隣に託生がいて、そのまま愛を確かめ合って、腹が減ったら二人で食べて……仕事も大学も人の目を気にせず体を重ねあって、託生でいっぱいになりたい。新婚ってさ、そういうものだろ?」
「……うん」
「ずっと託生の肌に触れていたい」
「うん」
「一つになって、幸せを感じたい」
「ギイ……」
「だから、今度の休暇は、オレの希望を優先してもらえないか?」
「……いいよ。ぼくも、ギイを……ギイにいっぱい愛してほしい」


2017年12月14日 Blogより転載
二度目のプロポーズ後。


「結婚式に何か希望あるか?親父もお袋も絵利子も楽しみにしているから、二人きりの結婚式ってのは無理だけど、どこそこの教会であげたいとかあったら……」
「ううん、全然ない」
「……ない?」
「うん。あっ……祠堂のみんなに来てもらいたいな。空港で約束したよね?」
「あぁ、それはもちろんプランに入ってるから心配するな」
「よかったぁ」
「あいつらを呼ぶ以外は?今、希望を言っておかないと、オレ突っ走るぞ」
「え?そ…それは、ちょっと……うーん……あ、そうだ。結婚指輪、もう作ってるの?」
「いや、まだデザイン段階」
「あのね、あまり太くなくて、分厚すぎないのがいいんだけど」
「え?太さも厚さもそれなりにあるエタニティリングを考えていたんだが……」
「エタニティって、なに?」
「ぐるっと一周ダイヤをはめ込む……永遠って意味」
「わぁ、ダメダメ!ギイ、絶対最高級のダイヤ使うだろ?!」
「……そんなことないぞ」
「そんなことなくても、そのエタニティってのは止めて。バイオリンが弾けなくなっちゃう」
「あ……」
「バイオリニストは右手に結婚指輪をする人が多いんだけど、ぼく、左手にはめておきたいんだよ。それを考えると、シンプルな指輪の方がいい」
「よし、わかった」
「いいの?」
「もちろん。託生がそこまで考えてくれてるなんて、あー、オレ、幸せ」


2017年12月9日 Blogより転載
「あぁ、早々役員が集まることがないから今言わせてもらうが、義一が婚約した。取引先からの見合い話は全て断ってくれ」
「えっ?!」
「か…会長!」
「なにか?」
「あの……その、ご婚約者の方は、どちらかのご令嬢なのでしょうか……?」
「そんな情報が、君に必要なのかな?」
「ひ……必要というわけではありませんが、その……」
「じゃあ、別にかまわないじゃないか。では……」
「いや、ちょっとお待ちください!」
「………」
「ご婚約者の方は、噂されている義一さんが日本から連れてきた女性のことでしょうか?」
「そうだよ。それが、なにか?」
「恐れながら進言させていただきます。Fグループ次期総帥である義一さんの結婚は、慎重になっていただけねばなりません」
「意味がわからないね」
「ご実家の大きさがFグループの繁栄に繋がるものでなければ、我々としても納得できかねます」
「確かにFグループとしては、義一がどこぞのご令嬢と結婚すると、企業同士のパイプが太くなるだろうし、なにかあれば助けてもらうこともできるだろうね」
「でしたら」
「君達はメリットしか考えていないか?その反対のことも言えるとは、考えられないのか?」
「え……」
「もしも相手の実家が倒産寸前になれば、こちらが助けなければならない。それこそ共倒れになる可能性がある。働いてくれている社員を、トップの親族関係のいざこざに巻き込むわけにはいかないんじゃないかい?」
「そのときには離婚という手が……」
「義一の家族が崩壊するのを想定内で、結婚を決めろと言いたいのか?他人である君が、そこまでの決定権を持っているのか?」
「そ……それは………」
「私の子供は、Fグループの歯車じゃない」
「………」
「本来は義一の婚約を話す必要はないはずだ。崎家のことだからな。ただ、君達を通して入る見合い話が後を絶たないから、事情を話したまでのこと。将来結婚するはずの絵利子にしてもそうだ。君達の意見は必要ない。あぁ、それと義一の婚約者の女性は、崎家にとってこれ以上ないほど素晴らしい女性だ。もしも妨害するようなことがあれば、崎家当主として全力で叩き潰すから、そのつもりで」


2017年12月7日 Blogより転載
「なぁ、絵利子」
「なぁに?」
「ウェディングドレスを袖付きにしたのは、意味あるのか?今は、ビスチェタイプが多いだろ?」
「……ビスチェがよかったの?ギイは嫌がると思ったんだけど」
「いや、露出が多いから袖付きでオレは正解なんだけどな」
「うーん、託生さんもそうだと思ったのよ。私やお母様がデザインしたって言えば、なんでも着てくれたんだろうけど、胸元や肩を出すのって女性の体をさらけ出すような感じじゃない?それって、やっぱりまだ託生さんの気持ち的に無理だと思ったのよね」
「そうだな」
「それと教会式での正統派ウェディングドレスは肌を隠すものだし、それはそれで託生さんの清楚な印象にあってるんじゃないかって」
「ありがとな、絵利子」
「どういたしまして」


2017年6月1日(木) Blogより転載
 わけもなく、むしゃくしゃしていた。
 煌びやかな摩天楼の影に隠れ、闇に包まれた区域。人々が近づかないゾーン。どこからともなく下種な笑い声が聞こえ、埃臭い匂いが充満している狭く汚い路地裏。崎家の長男が立ち入るには向こうから拒否されるような場所ではあるが、俺が勝手に入り込むのは自由だ。
 日中、燦々と照らされる日の光が今の俺には不釣り合いのように眩しくて、俺は夜な夜なペントハウスを抜け出し夜の闇に紛れ込んでいた。
 多忙ではあるが子煩悩な父。降り注ぐような愛情で育ててくれた母。少々生意気だけど素直な弟。真っ直ぐな瞳で慕ってくれる可愛い妹。絵にかいたような仲のいい家族。
 それなのに、いつ頃からか居心地が悪くなり自分を隠すようになった。
 そして有り余る金に、崎家の長男、Fグループの次期後継者と、肩書きばかりが先行し、俺自身が自分を見失っていた。
 本当の俺は、皆が思ってるほど聖人君子じゃない。
 そんな憤りを心の底に持ちながら、今夜もふらりと月の見えない街中を歩いていた。


 売られた喧嘩は買わなきゃ損。
 そんなことを考えながら、どこの誰だかわからない奴を相手に、乱闘を繰り広げていた。どっちにしろ、暴れる口実ができればそれでよかったのだが。
 相手が凶器を持っていなかったのはラッキーだった。ナイフくらいならなんとでもできるが、銃を持っていたらさすがに命がヤバい。
 しかし色々と体術を習っていても多勢に無勢。結構やられたところに車のヘッドライトが飛び込み、親父のSPがバラバラと現れた。そして俺を取り囲んでいた三人は、あっという間にSPに捕らえられ、俺の前から消え去っていく。
 残ったのは、無表情に俺を見下ろす親父と数人のSP。
 GPS付きの携帯を置いて家を出てきたのに、どうしてここがわかったんだ?
 そんな疑問を頭に浮かべながら息を整えていると、
「立て」
 無表情に見下ろす親父の有無を言わさない命令に、ガクガクする膝を叱咤しその場に立ち上がった。
 とたん、
「副総帥!」
「大樹様!」
「………っ」
 今まで殴り合いをしていて足元がおぼつかないところを、親父に本気で殴られ一瞬意識が飛ぶ。
 少しくらい手加減してくれよ。
 そして襟元を締め上げられ、壁に押し付けられる。親父の皺一つないオーダーメイドのスーツと、その背後にあるそぐあわない風景に、笑いそうになった。
 崎家の長男で跡取りの自分が、こんな薄汚い場所で殴り合いの喧嘩なんて、マスコミにでも知られたら狂喜乱舞されるスキャンダルだろう。ま、親父の力なら揉み消せるだろうが。
 ……あぁ、そういう家だったな、俺の生まれた家は。
 親父の怒りは当たり前だよな。面倒なことを起こした俺を、立場を考えずに行動した俺を……。
 もう一発殴られる覚悟を決めて目を閉じたとき、
「お前、自分の姿見てみろ?それで、託生が泣かないわけないだろうが」
 低い声色で告げられた言葉は、予想の遥か斜め上を行っていた。
「………え?」
 言われて視線だけ動かして己の姿を見てみると、ボロ雑巾のような、いや、雑巾のほうがずっとマシだ。あっちもこっちも埃にまみれ、服は破れまくっている。
 ではなく、お袋がなんだって?
 俺の疑問の視線に、
「お前のその姿を見て、託生が泣かないと思うのか?」
 再度、親父が俺に聞く。
 怪我だらけでボロ雑巾の俺を見たら………あのお袋だったら泣くだろうな。幼いころ、転んでひざ小僧に怪我をしただけでも、目に涙をためて、自分のことのように悲しそうな顔をしていた。
「託生を泣かすやつは、我が子でも許さんからな。先に殴っただけだ」
「……………は?」
「なんだ?不満か?」
「いえ、ではなく、それが理由ですか?」
 俺が殴られた理由は。
「それ以外に何がある?」
 崎家の長男だとかFグループの跡取りだとか、そういうことは関係なく、お袋を泣かせるから?それだけの理由?
 気力で踏ん張っていた体中の力が、一気に抜けたような気がする。いや、気がするだけじゃなくて、その場に崩れ落ちた。
 周りにいるSPの、なにか哀れなものを見るような複雑な視線が痛い。
 そんな理由かよ、親父……。
「さっさと来い。馬鹿息子。託生に泣かれて罪悪感にさいまみれろ」
 なんだか、どこか違うよなと思いつつリムジンに投げ込まれ、座り心地のいいシートに座ったとたん意識を失った。


ひんやりとしたタオルの感触に、目を開ければ自分の部屋。
「大樹?」
「………母さん」
「まだ真夜中だから。傷は痛む?」
「いえ……母さん、俺………」
「小言は明日言わせてもらうから、今は寝なさい」
「うん……」
 薬が効いているのか頭の中がぼんやりと弛み、前髪をかきあげるように撫でられる心地よさに促され、とろとろと睡魔に落ちていく瞬間、目の端に映り罪悪感が俺の中を占めていく。
 あぁ、やっぱり泣かせてしまったかと。

**************

「だいたいさ。ぼく、お義母さんから聞いてたんだけど」
「なんだって?!」
「ギイと結婚したら、こういうことがあるから、もしも止めるんだったら今よって」
「それで、託生との結婚がなくなったら、どうするつもりだったんだ……」
「さぁ?」
「いったい、息子の幸せをどう考えてんだ、あの人は」
「なに言ってるんだよ。ギイの幸せを考えたから、ぼくに忠告したんじゃないか」
「え?」
「もしも、ぼくがなにも知らずにギイと結婚して、想定外のことが起こったりしてギクシャクするだけじゃなくて、離婚になるかもしれないじゃない」
「離婚ってお前?!」
「だから、例え話!そうなったら、ギイが傷つくだろうから、そうなる前に話したんじゃないかな。お義母さんも」

**************

「ギ……ギイ、ここ見える」
「どこから見るんだよ。それに窓は全て抜かりなくミラー加工だ」
 それもそうかと頷きかけ、でも、こちら側からは広々とした景色が見えているわけで。というか、ここはギイのオフィス!
「神聖な仕事場で……ギ……んっ」
「ここがイヤなら、ベッドはあるぞ?」
「はぁ?」
「そこ、仮眠室」
 と指差した奥のドア。
 あぁ、あそこは仮眠室だったのか。………ではなく、ちらりと見上げた時計は、あれから二十分。
 そろそろ島岡さんが来るはず。ギイが呼びに来てくれって言ったんだから。
「ギイ」
「うん?」
 性懲りもなく口唇を寄せるギイの鼻を思いっきり摘まんで、
「………仕事しろ!」
 ぼくの声とノックの音が、部屋に響き渡った。

**************

「託生のドレスなのに、なんで絵利子の部屋で保管なんだ?」
「ぼくの部屋だと、ギイが探すからじゃない?」
 妹と言えど、女性の部屋に潜り込めることはできない。
「託生だったら、マーメイドラインかスレンダーラインか」
「うん?呼び方は知らないけど普通のだよ。あっ!」
「へぇ、普通のだったら、プリンセスラインかAラインだな」
「これ以上は、言わないからね」
「はいはい」


2017年5月27日(土) Blogより転載
「一颯、いってらっしゃい」
 聞こえてきた母の声に玄関ロビーに顔を出すと、一颯が振り返りもせずドアの向こうに消えたところだった。 
 心配そうにドアを見つめて一つ溜息を吐き、体の向きを変えたとき母と目が合った。とたん、曇らせていた表情が穏やかに変わる。
「あれ、大樹?」
「一颯、追いかけましょうか?」
 人のことを言えないような振る舞いをした過去があるけれど……当時、母に今と同じような表情をさせていたのだと考えると後悔するばかりだ。だからこそ、一颯の行動が己の過去と重なって胸が苦しくなる。
「ううん、いいよ。また帰ってくるだろうし」
 なのに、軽く手を振って、先ほどの哀しげな表情なんて嘘だったように明るく母が笑う。
 いつも、そうだ。
 俺達子供に心配させないよう、母はいつも笑っている。だからと言って、無理に表情を作っているわけでもない。
「でも……」
「時間があるんだったら、コーヒーでも飲まない?」
「えぇ、いただきます」
 てっきりリビングに行くのだと思ったら、両親のプライベートルームに招き入れられた。
 幼かった頃はともかく、今ではこの部屋に入るのは滅多にない。
「咲未もいないし、たまにはね」
 そう言って、俺にソファを勧め、母はコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
 一颯は十三になり、親の付き添いがいらなくなった。学校があったときはマシだったが、卒業式を過ぎたあたりから家に寄り付かなくなった。
「大樹は、歯痒いんだろ?」
「まぁ、そうですね」
 同じ道を歩いて、今考えれば、なんてバカなことをしていたんだろうと思えるからこそ、一颯の行動が腹立たしくもあり歯痒い。
 どれだけ逃げたって、崎の人間であることには変わりはないのだから。
「一颯を理解できるのは、崎に生まれ育った人間だけだと思うんだ」
 できあがったコーヒーをカップに注ぎながら軽い口調で言うも、裏を返せば母こそ歯痒いのだと思う。いつも、どんなときでも子供の気持ちに寄り添っていたのに、今、一颯の考えていることがわからなくて。
「まぁ、反抗期ってのがないのは問題らしいから、ごくごく普通に育ってるんだろうなぁって思ったら、嬉しいよね」
 俺の前にカップを置き、正面に座りながら母が笑った。
「そういうものですか?」
 あれだけ俺も心配をかけ、一颯に至っては現在進行形。
 あまりにも前向きでのほほんとした母の台詞に呆れると、
「そういうもの」
 クスリと笑ってコーヒーを一口飲んだ。
「母さんも、あったんですか、反抗期?」
「ぼく?」
 首を捻り宙を睨んで、
「うーん、どうだったかなぁ。忘れちゃったよ」
「都合の悪いことは、記憶にない、と?」
「そういうこと」
 笑いあって、
「大丈夫だよ。ギイとぼくの子だもん。あの子は、ここが帰ってくる場所なんだってわかってるから」
 そう言って、ふと真顔に戻り、母は俺を見詰めた。
「大樹に寂しい思いをさせたんじゃないかなって」
「そんなことないですよ」
 今ならわかる。
 精一杯、両親がオレを愛してくれていたことを。
「そのときは、最善の選択をしたつもりだけど、後悔ばかりだよね」
 溜息を吐きながら、カップに口をつける。
「大樹に頼っちゃうところ、たくさんあったし」
「それは、兄として弟妹の世話をするのは当たり前でしょ?」
「親としては、誰もが同じ子供なんだよ。一人に負担をかけさせたってのは、反省すべき点だと思うよ?」
「いいえ、なにも負担なんて感じてません」
「ありがとう。大樹は、優しいね」
「そんなこと………」
「照れるところは、ギイそっくり」
 幼かった頃、父の書斎で偶然見つけたアルバム。男子校のはずなのに、母の姿が写っているのを見て驚いた。
 だから父に聞いた。「どうして、母さんがここにいるの?」と。
「大樹が大人になったら話してやるよ。今、託生はここにいるんだ。それだけじゃ、ダメか?」
 そう言って頭を撫でた父の手の大きさに、子供ながらにこれは聞いてはいけないことなのだと思った。父の手と変わらないほど大きくならないと、自分には理解できない難しいことなのだろうと。
 父が留学を終えたと同時に、母をアメリカに連れ帰ってきたというのは聞いた。そして、二十歳で結婚し三人の子供を産み、今は国際的バイオリニストとして活躍している。
 アルバムに残っているのだから、母が男子校にいたのは事実なのだろう。
 たまに訪ねてくる両親の友人を見ても、父を介して知り合ったのではなく、母個人の友人でもあることがわかる。
 けれども、アメリカに来る前の話は、一切聞いたことがない。
、両親共、故意に隠しているらしいことを聞くのは、ずかずかと土足で上がりこむような行為に思えて、今でも聞けずにいた。
「大樹はさ、普段と変わりなく一颯に接してほしいんだ」
「それで、いいのですか?」
「うん。一颯を理解できるのは大樹だと思うから」
「わかりました」
 母がそう言うのなら、昔の自分を見ているような苛立ちを、今のところ胸の奥底に置いておくことにしよう。


2017年5月25日(木) Blogより転載
咲未「初めてのホワイトデーに、なにをあげたの?」
託生「……ミンティア」
咲未「ミンティアってなに?」
託生「小さな錠剤のお菓子?薄いプラスチックの入れ物に入ってたよ」
一颯「あ!それって、このくらいのプラスチックケース?」
託生「一颯。それ、もう売ってないはずなのに、どこで見たの?」
一颯「父さんの部屋。まだ中身入ってた」
託生「入ってた?!」
一颯「うん。カラカラ音がしたし」
託生「………賞味期限過ぎてるよね」
一颯「どっぷり20年くらい……」
咲未「お母様、大丈夫だって。お父様のお腹頑丈だから」

**************

 地響きのような音が近づいてきて、
「託生っ!」
「へ、なに……え……ぎーーいーーーー………」
 目の前にいたはずのお袋の姿が一瞬の内に消え、ドアの向こうでドップラー現象のようにお袋の声と親父の靴音が遠ざかっていく。
「いったい、なんなんだ……」
「とうとう、父さん、ブチ切れた?」
「お母様不足だったのかしら?」
 動じず、咲未が手元にあるミカンを一粒食べた。
「お兄様も食べる?」
「あぁ」
 兄貴と二人、居間のボードの上に、大きく「みかん」と書いたダンボールを覗き込んで……。
「咲未………」
「なぁに?」
「この、みかんが届いたのって、いつだ?」
「んとね、昨日」
 昨日……。たった一日で、箱の半分までなくなるものなのか?
「食べたのは、母さんと咲未なんだよな?」
「うん、そうだけど、お母様が食事代わりに食べてたから」
 とたん、兄貴の顔が引きつった。
「兄さん?」
「もしかして……いや、赤でも緑でもないな……じゃあ、違うのか?……でもなぁ……」
 赤?緑?なんの話だ?


2015年5月9日(日) Blogより転載
「なにカレンダーを睨んでるんだ、一颯?」
 どうもなにかしら引っかかるものがあり、5月のカレンダーを見ながら記憶の引き出しを片っ端から開けていたオレに、兄貴が不思議そうに声をかけてきた。
「あのさぁ、今、日本ではゴールデンウィークだよね。端午の節句以外に、なにかイベントなかったっけ?」
 そうなのだ。お袋が新聞紙で兜を折ってくれたり、小さなこいのぼりをみんなで作ったりと、子供の頃のオレ達にとって一大イベントであった端午の節句は、今でもお袋が玄関ロビーに菖蒲を飾りシェフがちまきと柏餅を作るおかげで、印象が強く、我が家の年間行事の一つを認識しているが、それとは別になにかを忘れているような気がする。
「昭和の日、憲法記念日、みどりの日、こどもの日だろ?それ以外の休みは土日が続いてたりするだけだから、これと言ってイベントはなかったと思うが?」
 オレと同じようにカレンダーを覗き込みながら、すらすらと日本の祝日の名前を読み上げた兄貴はあっさり否定した。
 ついでに言うと、このカレンダーは当たり前だけどアメリカ製なのだから、日本の休日なんてものはどこにもない。
「それはそうなんだけど………」
 喉元まで出かかっているのに形にしようとすると霧の中に溶けていくような、あー、気持ち悪い!
 口ごもったオレに頓着せず兄貴が顎に手をやりながら、
「5月1日……5月2日……」
 確認するように日にちを口に出し、
「5月5日……5月6日………あぁ、思い出した、ゴムの日だ」
 うんざりしたような表情で答えをくれた。
「ゴムの日?」
「5月6日のごろ合わせのゴムの日。咲未が産まれる直前の5月6日に、お前とゴム鉄砲を作って遊んだことがあったよ。翌年からはなくなったけど」
「へぇ。そんなことがあったんだ」
 ゴム鉄砲で遊んだ記憶はないけれど、たぶんそれなのだろう。兄貴が言うのなら間違いない。
 しかしスッキリとはしたものの、兄貴の表情が気になる。まるで思い出したくなかったというような脱力加減に好奇心がむくむくと沸き起こり、
「どうして次の年からなくなったの?」
 スルッと言葉が零れ出て瞬時後悔した。
 ニヤリと口元を緩め、ギギギとオレに視線を移した兄貴の目がきらりと光る。
 兄貴がこんな顔するのは、十中八九両親絡みだ!
「理由聞きたいか?」
「いえ、遠慮します」
「聞きたいだろ、一颯?」
「いえいえ、そんな恐れ多い」
「聞きたいと言え」
「………はい、聞きたいです、お兄様」
「素直な弟で嬉しいぞ、一颯」
 絶対、うんざり仲間を作りたいためだろうが!完璧な脅しじゃねぇかよ!断れば兄貴にどれだけネチネチ言われるかわかっているから言わないけど!
「一颯、ゴムの日だ」
「うん」
「輪ゴム以外にもゴムってのはある」
「うん」
「そして隠語にも使われる」
「うん?」
「お前と遊んでるとき父さんが帰ってきて、『ゴムの在庫を確認する』と言って部屋に戻ったんだ」
「………あー」
 ゴムはゴムでも、あのゴムね。
「母さんに意味がバレたんだろうな。それ以来、ゴムの日どころかゴム鉄砲で遊ぶこともなくなった」
 頭痛を感じる………。
 世界経済を束ねていると言っても過言じゃないほど力のある親父なのに、なぜお袋が関わると一気にスケベ親父になるのだろう。
 てか、両親の避妊方法なんて知りたくなかった!恨むぞ、兄貴!


2015年05月06日(水)
「ダディ、おかえんなちゃい」
「お帰りなさい、父さん」
「ただいま。なにやってたんだ?」
「ゴム鉄砲」
「ごむでっぽー」
「へぇ、マミィに教えてもらったのか?」
「うん。日本は今日、ゴムの日だからって」
「ゴムの日?あぁ、5月6日だからゴムの日な。………うん、ゴム?」
「ダディ、どちたの?」
「そういえば、ゴムが少なくなってたか」
「ゴム、ここにあるよー」
「いや、そのゴムじゃなくて」
「「???」」
「ちょっと在庫見てくる。今日は早く帰れたからなぁ。足りなさそうなら買いに行かせないと」
「「???」」
「あれ、ダディの声がしたような気がしたんだけど」
「父さん、帰ってきたけど在庫見に行くって下に下りた」
「在庫?なんの?」
「ごむのー」
「はぁ?」


2015年01月07日(水)
「やっぱり働かざるもの食うべからずだよ。それに、ギイ、結婚するとき言っていたじゃないか。いつか総帥になるって。それって、Fグループ全社員の生活を守るってことだろ?男なら自分の言葉に責任持ちなよ」
「オレ、託生のそういう堅実なところ大好き」
個人的に、こういう感覚なんだよねぇ。


2014年12月5日(金) Blogより転載
「咲未、あーんは?」
「ぶー」
「ほら、お兄ちゃん達も食べてるだろ?」
じー。
「咲未、美味しいよ」
「咲未、僕も、食べてるよ」
「………あーん」
「ほら、美味しい。お口もぐもぐして」
もぐもぐ。
「咲未、上手だね〜」
「咲未、すごいね〜」
「咲未、美味しいね〜」
にまぁ。
「……母さん、いつまで、これするの?」
「ごめんね、大樹、一颯。もう少しだけ、誉め誉め作戦付き合ってもらえないかな」


2014年11月12日(水) Blogより転載
「あのさぁ、ギイにお願いがあるんだけど」
「なんだよ、改まって。託生の願いなら、なんでも聞いてやるぞ」
「じゃあね、この子の名前、決めてくれないかな?」
「はい?」
「もうすぐだし」
「そりゃ、名前は決めなきゃだけど、オレはお互い候補を出して、そこから決めたらいいと思うんだが……」
「うん、でもさ。ギイは、崎義一って日本でも通じる名前だけど、アメリカ人だろ?」
「まぁな」
「だったら、アメリカ風にジェイソン・サキでもいいわけじゃない」
「……お前、どこからジェイソン出した?」
「だから、日本風でもアメリカ風でも、どちらの名前をつけてもいいってことだから、ぼく、こんがらがっちゃって」
「と言いつつ、丸投げしようとしてるだろ?」
「そんなこと……ないよ?」
「………はぁ、わかった。その代わり、生まれるまで秘密だぞ」
「うん!」


2014年11月9日(日) Blogより転載
「ただいま」
 キッズルームを覗いたオレに向かって、
「だー」
 片付けていただろうおもちゃを放り投げて、大樹が駆け寄ってくる。
 この前までヨロヨロとおぼつかない足元をしていたのに、数日見ないうちに走れるようになったようだ。腕の中に飛び込んできた大樹を抱き上げ、ただいまのキスをした。
 もう甘いミルクの匂いはしないけれど、まだまだ柔らかく弾力のある頬に、そのまま小さく齧りつくと「キャッキャ」と声をあげて笑う。
「お帰り、ギイ」
「ただいま」
 そして、大樹が放り出したおもちゃを片付け、遅れて近づいてきた託生の口唇にキス。
「大樹が寝る前に帰れてよかったよ。寝顔しか見れなかったからな」
 ウインクをつけて言うと、託生が困ったように苦笑した。
 以前、寝ている大樹を突いて起こして、
「自分の我儘で、寝た子を起こすな!」
 と、襟首を絞めるような勢いで託生に激怒され、以後ベビーベッドを覗くだけになっていたのだ。
 しかし、まだ生まれたばかりの頃は寝ている時間が長かったけれど、今は時間が合えばこうやって大樹と触れ合えるから、顔を忘れさられるようなこともないだろう。
 オレの顔を小さな手で触りながら、わけのわからない言葉で一生懸命しゃべっている大樹に相槌を打ちつつ、なにか言いたげにオレを見詰める託生に気付いた。
「どうした、託生?」
「ううん、なんでも」
 慌てて首を横に振り、しかし、託生自身気付いていないだろうが、ほんの少しだけ尖った口唇に笑みが浮かぶ。
 なるほど。大樹ばかり相手にしてるから、拗ねてるんだな。
「たーくみっ」
「なに………ギイ!」
 左腕で大樹を抱き上げたまま、オーバーアクションで勢いよく右腕で託生を抱き寄せ、そのまま託生の髪に顔をうずめた。
「やっと家に帰ってきた気がする」
「随分前に帰ってるけど?」
「相変わらず、男心のわからんヤツだなぁ」
 大げさに溜息を吐いたオレにクスリと笑いを零し、託生はオレの肩に頬を預けて力を抜いた。
 変わらない託生の香り。変わらない託生の癖。
 この愛しい重みに慣れるまで、この幸せは本当に現実のものなのか、白昼夢じゃないのかと、疑ったこともあった。
 真っ直ぐに向けられる眼差しがオレを映す喜び。馴染みはしても慣れることはない。そのたびに、オレは幸せを噛みしめているのだから。
「あーあー」
 大樹の声にハッとして、同じように顔を上げた託生と目を合わせ吹き出した。
 忘れていたわけじゃないぞ。だから、そんなに叩くな。
「除け者にするなってさ」
 拗ねたようにペチペチ叩く大樹に、喜怒哀楽がわかりやすくなったなぁと感心しつつ、
「大樹も託生も、オレの大切な宝物だよ」
 もう一度二人を、腕の中に閉じ込めた。
(おわり)


2014年10月31日(金) Blogより転載
 ドドドドと階段を数段ぬかしで駆け下りる靴音が聞こえてきたなと思ったら、プライベートの居間のドアが勢いよく開いた。
「託生、子供達は?!」
 両手になにやら大荷物を抱え、肩で息をしながら飛び込んできたギイに驚きつつ、
「寝たよ」
 勢いに飲まれたようにぼくが答えると、ギイはピシリとその場に固まり壁掛け時計に目を向けた。
「七時……だよな?」
「うん、だけど、三人ともはしゃぎ疲れてコテンと寝ちゃったんだよ。一颯と咲未なんて、食べながら寝てたし」
 あれは笑った。
 口は動いているのに、こっくりこっくり船を漕いでいた咲未と、右手にフォーク、左手にパンを持ったままけっして離さず、机に突っ伏していた一颯を思い出し、また笑いがこみあげてくる。かろうじて起きていた大樹も、機械のように手を動かすだけで、目はうつろだった。
 普段なら、もう少し遊んでいる時間だけど、さすがに可哀想になってそのままベッドに連れていったのだ。
「急いで帰ってきたのに………」
 ぼくの言葉に、ギイはその場に座り込んで、がっくり肩を落とした。
 こんなに早く帰ってくることなんて滅多にないのに、子供達が寝ていたのは残念だけど、これだけは仕方ないと思う。眠いのに起きてろなんて、鬼のようなことは言えないし。
 ギイの隣に同じように座り込み、しかし紙袋が邪魔になり、ギイと直角に座るしかなかったぼくは、
「ところで、この荷物はなに?」
 ギイがいまだに大切そうに抱えている荷物が気になって聞いてみた。
 パンパンに膨れた紙袋が二つ。中から、ガサガサと音が鳴っている。
「昼に、動画を送ってきたろ?」
「うん?」
「子供達が仮装した」
「あぁ!可愛かっただろ?」
 今日はハロウィン。近所の家を回るようなことはできないけど、気分だけは味あわせてやりたくて、毎年ペントハウス内を子供達が仮装して練り歩き、メイド達もそれに付き合ってくれていた。
 今年は咲未も一歳になり、大樹と一颯のあとをトテトテとついてお菓子を貰い、三人大喜びしている姿が可愛くて思わずビデオカメラを回したのだ。自分でも親バカだと思うけど、可愛かったんだもん。
 それを、ギイと本宅に送った。
 や、だって、可愛かったから誰かに見てもらいたくて、でも、あまりにも親バカかなと思ったから、許してもらえそうな人に送ったんだ。
 午後にお菓子をどっさり抱えたお義父さんとお義母さんが訪ねてくださったけど……って、まさかこの荷物は………。
「オレも、子供達にTrick or Treat!と言ってもらいたかったんだ!」
 あ、やっぱり?
 ということは、この大荷物全てお菓子………。
 ぼくも親バカだけど、ギイも相当親バカだ。
「でも、もう寝ちゃってるし、これ以上お菓子を渡したらご飯が食べれなくなっちゃうから、少しずつ渡してもらったら助かるんだけど」
 今でも三人の部屋には、ペントハウスの皆から貰ったお菓子とお義父さん、お義母さんから貰ったお菓子でいっぱいだ。当分、おやつはいらないだろうなと思うくらい。
「オレも子供達の仮装見たかった………」
「うん、ギイに送ったのは一部分だけだから、あとで見ようよ」
 直に見れないのは気の毒だけど。
 がっくりと意気消沈している様子のギイに、今すぐビデオの用意をした方がいいかなと立ち上がろうとしたそのとき、
「託生」
 ポツリと呼ばれてギイの顔を覗き込むと、ガシリと腕を掴まれた。
「Trick or Treat」
「はぁ?」
「託生、お菓子」
「なに言ってんだよ。そこにあるじゃないか」
「これは、子供達に渡すお菓子。託生、オレにお菓子をくれ」
「あるわけないだろ。ぼくだって、子供達に全部渡したんだから」
 用意していたお菓子はもう、すっからかんだ。
「じゃ、いたずらしても文句はないな」
 ニヤリと笑うギイに呆気に取られ、ポカンと口を開けた。
 さっきまでの悲壮感は、どこにいったんだよ!
「ギイ、君、何歳?」
「花の二十九歳。オトコノコ」
「なにが、花のだよ。そんな大きな子供知らないよ」
「知っても知らなくても。子供達は熟睡だし、まだまだ宵の口だし、あー、今日はいい日だなぁ」
「いや、ちょっと待って、ギ……っ!」
 捕まれた腕を引っ張られバランスを崩したぼくを、なんなくその場に押し倒し、長い長いキスでぼくを黙らせたギイは、
「今夜はじっくり大人のフルコースが楽しめそうだよな、託生?」
 嬉しそうに耳元で囁き、その響く低音にぼくの体温が上がったような気がした。


「「トリックアトリー」」
「とぃくあといー」
「あらあらあら。お菓子あげるから、いたずらは止めてね」
「「「わーい」」」
……だと思うのですよ。籠の中にキャンディーやらチョコやらクッキーやらを貰って、キャッキャしてるの。………とてつもなく、原作から離れているのは自覚してます。


「一緒に風呂に入るか?」
「ヤダ」
「おい」
「だって…その…お風呂で…始めちゃうだろ?」
「え…そりゃ、まぁ、ないとは言い切れないが」
「じゃ、ダメ」
「なんでだよ?!」
「こんな子供達が寝ている時ってないから、あの、その、ゆっくりしたいっていうか……」
鼻血ブフォが希望。


2014年5月30日(土) Blogより転載
「明日は、大阪に行くんだ」
「大阪?」
「うん、子供達がUSJに行くのを楽しみにしてて」
「………葉山。タオルを多めに持っていっておけよ」
「はい?」
「全員分の着替えは大変だろうからな」
「着替え?」
「覚悟して行くんだな」
「???」


………よく、わかったよ、赤池君。
ジュラシック・パーク・ザ・ライドで水を被り、ジョーズで水を被り、バックドラフトで多少乾いたような気もしたけれど、ウォーターワールドで諦めた。
ど真ん中の席に座っただけではなく、ギイはもちろん、大樹も一颯も咲未もバケツで頭から水をぶっかけられるために、喜んで立ち上がった時には眩暈がしたよ。
びしょびしょのぐしょぐしょで、レインコートを着ていたぼくまで、びちょびちょ。
楽しかったけど、楽しかったけどね!
………今が冬でなくてよかったって、心底思ったよ。


USJに崎ファミリーが行ったら、どうなるかなぁと思って。


2014年5月22日(水) Blogより転載
「やっぱり確認した方がいいよな」
「だな。あとでグダグダ言われるのも面倒だ」
「おはよう。皆で集まってどうしたの?」
「お、葉山。おはよう」
「うん?なんだ、神妙な顔して」
「おはよう、ギイ。二人に確認しておきたいことがあるんだが」
「なに?」
「片倉は別として、僕達は葉山のこと、これからどう呼んだらいい?」
「え?」
「『葉山』じゃないだろ?」
「あー、そうか。ぼく、苗字が変わるんだ」
「『崎』は変だろ?」
「だなぁ。オレも崎だし」
「同様に『崎さん』も、なんだかなぁって感じだし」
「他人行儀みたい」
「で『託生』にしたら………」
「片倉以外、認めんぞ」
「だろ?なら『託生さん』『託生ちゃん』」
「……気持ち悪い」
「で結局『葉山』に戻るんだが」
「ぼくは『葉山』でいいけど。皆にそう呼ばれるの慣れてるし。ギイは?」
「うーん。せっかく結婚したのに『葉山』はなぁ……」
「でも、他に呼び方ないよな?」
「………仕方ない。『葉山』というあだ名だと思うことにするよ」


ということで、ずっと葉山と呼ばれてます。
やっと表に出せた。


2014年5月15日(金) Blogより転載
「ぞうさん体操ってのがあるんだぞ」
「ぞうさん?」
「ぞーたん!」
「腰に手を当てて……あたたたたた。託生!耳、耳!」
「マミィ?」
「大樹、一人で着替えできるかな?」
「できるよ」
「一颯も風邪ひいちゃうから、先に着替えようか」
「ぞーたんは?」
「(ピキピキ)明日、動物園に見にいこうね」
「動物園!」
「ぞーたんぞーたん」
「………ギイ。子供達連れて、本宅に戻ってほしい?それとも、お義母さんと絵利子ちゃんに遊びに来てもらう?」
「………ヤメテクダサイ。オレが間違ってました」


2014年5月14日(木) Blogより転載
バスルームにて。
「ダディ、おっきぃ」
「すごいだろ?」
「うん、すごい」
「しゅごいしゅごい」
「でも、大きいだけじゃダメだぞ。テクニックも身につけないとな」
「ギイっ!子供にいったい、なんの……!」
パァァァァン!
「え?」
「あー、マミィ、シャボン玉壊したーっ」
「こわちたーっ」
「ご、ごめんね。シャボン玉、作ってたんだね」
「……ふぅん、託生」
「ギクッ」
「なにを想像したんだろうなぁ?」
「ううん、なにも想像してないよ!お邪魔しましたーっ!」


2014年4月22日(火) Blogより転載
「暇だったら葉山も来るか?」
「え、なに?」
「上田の秘蔵品をみんなで見ようかって話してたんだ」
「秘蔵品?」
「おい、託生」
「あれ、ギイ?用事は終わったの?」
「終わったよ。お前、明日の古典当てられるかもしれないのに、さらっておかなくて大丈夫なのか?」
「え、明日、ぼくまで回ってきそう?」
「野村の体調が悪いんだ。明日、休みかもしれないから、出席番号が一つずれる」
「うぇ……」
「あー、だったら無理か。葉山、またの機会にな」
「うん、誘ってくれてありがとう」

「おい、ギイ。上田の秘蔵品って………」
「十中八九、AVだろうな」
「男ばかりの環境で理解できるから取り締まる気はないが、見るくらいいいじゃないか。葉山だって男だし」
「必要ない。章三、託生に余計な知識をつけるなよ」
「お前、どれだけ狭量なんだ(呆)」
「なんとでも言え」


2014年4月3日(木) Blogより転載
「あなた、お帰りなさい」
「ただいま」
「ほら」
「まぁ、副総帥夫人の?すごく豪華じゃない?」
「十周年だからな、今回は凝ってるぞ。DVDまでついてる」
「珍しい……というか、初めてじゃない?」
「まぁな。随分前から話には出ていたんだが、副総帥の許可が下りなかったんだ」
「じゃあ、今回だけが特別?」
「……になるのかなぁ。ご子息の助言で許可が下りたようなもんだし」
「そうなの?お綺麗なのに勿体ない。でも、ここまで引っ張りダコになったら、個人事務所でもお作りになられるってことはないの?あなたのお仕事がなくなりそうで心配だわ」
「まさか。タクミさんは、そのあたりは大雑把なんだ。自分の仕事はバイオリンを弾くことって名言されているからな。スケジュールからなにから、全て事務所に任せてくれているし、個人事務所を作るような面倒なことはされないと思うよ」
「でも、もしも副総帥がそういう案を出されたら……」
「んー、いや、大丈夫だろう。副総帥はタクミさんに弱いから」
「あらあら。そんなこと言っちゃって大丈夫?」
「でなければ、タクミさんに暴言を吐いた俺が、未だに事務所にいれるわけないだろ?」
「そうだったわね。聞いたときは、なんて馬鹿なことをしたのかしらって眩暈がしたわ」
「反省してるよ。若気の至りってやつだ」
「でも、許してくださってるのよね?」
「それどころか、お礼を言われて呆気に取られたよ」
「それでファンになっちゃったのよね?」
「まぁな」
「いつか恋心に変わりそうで心配だわ」
「なに馬鹿なこと言ってるんだ。そもそも、俺に副総帥と張り合う度胸があると思うか?」
「全然」
「だろ?それより、俺の仕事の出来栄えを見てくれよ。CDを流しながら」
「えぇ」


2014年4月2日(水) Blogより転載
「Mrs Sakiが、シーメールだと知ってましたか?」
「タクミがシーメールなわけないでしょ?女同士の貸し借りなんてものもしているの」
「でも、男子校に所属していた事実が……」
「それが、なに?貴方達に関係あるの?」
「仮面夫婦だと言われてますが、それについては……」
「あの夫婦が仮面夫婦だって言うのなら、世の中の夫婦全員仮面どころか離婚してるんじゃない?」
「では、サンダース嬢の子供は……」
「ギイの子供なわけないじゃない。そんな暇があるのなら、その木の下でタクミを待っているわよ。普段の二人を知らないのに勝手に決め付けないで」
「そうよ。貴方達のせいで、タクミはクリスマスコンサートに出演できなくなったのよ。コンサートマスターに決まっていたのに」
「貴方達に都合のいい台詞を引き出したいのでしょうけど、バイオリン科全員の反感を買っていることに、いいかげん気付きなさいよ。私達は、ギイとタクミの友人なの」


2014年03月17日(月)
けんかをするほど仲がいいとは言うけれど、なぜか二人揃って帰ってきた親父とお袋の間の空気が険悪だ。
暮れなずむ夕方の車内はいい雰囲気に包まれそうなのに、なぜこんな状態なんだよ。
「ネックレスの値段が、バレたのかしら?」
「また、母さんの仕事に口を出したとか?」
「いや。仕事を放ってきたかもしれないぞ?」
色々と理由を考えてみるも、誰もが原因は親父だと疑ってはいない。それは、日ごろの行いを見ていればわかること。
さて、そろそろお袋の雷が落ちるかな。ちらちらと親父がお袋の顔色を見始め、話の糸口を探し始めている。
巻き込まれないうちに、オレ達は退散しますか。

greenhouse_rikaさんは、「夕方の車内」で登場人物が「ケンカをする」、「雷」という単語を使ったお話を考えて下さい。 #rendai shindanmaker.com/28927
名前を出していないから、大丈夫だよね。久しぶりのお題でした。


2014年3月16日(日) Blogより転載
「仕事で出るときは、それなりの服を着て出るだろ?そのとき、このペンダントをつけてほしいんだ」
「でも、これって、高いんじゃないの?」
「そうでもないけど……あのな、託生」
「うん」
「これは、オレの事情なんだけど」
「なに?」
「オレってFグループの次期総帥だよな?」
「うん、そうだね」
「だから、託生がFグループ所属の社員の一人だとして考えてくれ。もしも、Fグループのトップが……総帥がみすぼらしい格好をしていたら、この会社大丈夫か?潰れそうなのか?って心配にならないか?」
「………言われてみれば、そうかも」
「安心して働いてもらうためには、オレ自身、身なりに気を付けないといけないんだけど、託生も仕事で表に出るときには、それなりに着飾ってほしい」
「ぼくも?」
「あぁ、これに関しては、託生の意思を無視することになるから、本当にすまないと思う。でも、Fグループに所属している社員の精神状態を安定させるためには、託生の協力が必要なんだよ」
「ようするに、それなりの格好をしろと?」
「あぁ。でも、普段は……子供達の送り迎えなんかは、今までどおりでいいんだけど、これからは、バイオリニストとして表に出ることになるだろ?託生が、次期総帥夫人ってのは、もう既に認知されていることだから、服やアクセサリーにも注目されてしまうんだ。それなりのものを身に着けないと、Fグループの社員のやる気が失せてしまう」
「あー、そっか。そうだよね。でも、仕事で表に出るときだけでいいの?」
「もちろん。そのネックレスを普段使いにしたら、咲未に引っ張られるだろ?」
「うん。たぶん、一日で千切れる」
「だから、仕事のときだけでいいから、それをつけていってくれないか?」
「……うん、わかった」
「巻き込んで、すまない」
「謝らないでよ。ぼくだって覚悟を決めてここにいるんだから。でも、気付かないことも多いから、こうやって教えてもらえると嬉しいな」



プレゼントしたのは、「ハリーウィンストン ザ・ニューヨーク・コレクション トラフィック・ダイヤモンド・ペンダント」のつもり。
パンツスーツに似合いそうかなと。


2014年3月4日(木) Blogより転載
「あのさぁ」
「うん?」
「あのとき、別の選択をしていたら、こんな幸せなかったんだよね?」
「え?」
「ギイがいて、子供達がいて、お義父さんがいて、お義母さんがいて、絵利子ちゃんががいて……。この頃、幸せすぎて考えちゃうんだ。あのとき選択を間違えていたら、ぼくは、どうなってたんだろうって」
「間違いじゃないと思うぞ?」
「そうかな?もしも、男であることを選んでいたら、子供達と出会えなかったよ?」
「確かにな。でも、託生が納得して選んだのなら、それはそれで、やっぱり幸せな人生を歩んでいたと思うな。選択の延長線上に、オレがいないわけないし」
「うん、違う幸せがあったのかもしれないけれど、子供達はいないんだよね?」
「そう思うのは、今の幸せを知っているからだよ。オレだって、託生が今の人生を選んでくれたことに感謝してる」
「ギイ?」
「今だから言えるけど、子供のことは最初から諦めていた。託生が大切だからだ。託生以上に大切なものなんてオレにはないから。でも、託生は選んでくれた」
「それは、だって、もしかしたら……」
「子供ができるかもと思ったんだろ?」
「うん」
「託生がベストな選択をしたというより、なにか大きな歯車が回っていたような気がするよ。託生とオレの歯車がかっちりと噛みあった上で、なにか別の大きな歯車が方向を決めて運んでくれたって」
「ギイは、今、幸せ?」
「当たり前だろ?でも、これ以上の幸せはないと思うほど幸せだけど、オレ達はもっと幸せになる」
「……欲張りだね、ギイ」
「託生と幸せになるのに遠慮してどうする?一度しかない人生なんだぞ。何事も貪欲に行かないと」
「諦めたらおしまいなんだよね?」
「そう。もっともっと幸せになろうな」
「……うん」
「過去も現在も未来も。託生だけを愛してる」
「うん、ぼくも………」
「託生、たまには言えよ」
「う………え………」
「ほら」
「あ……いして……る?」
「疑問形にするなよ………」


2014年2月20日(木) Blogより転載
 初めて託生を抱いたとき、気が付いた。
 無我夢中で、あの白い肌に口唇を落とし、そこに行き着いたとき、託生は身を捩ってオレから体を隠そうとした。
 それは、同じ男として似て非なるもの。
 達したとき出るはずの液が、オレの腹を濡らすことはなかった。生まれつきなのだろうが、託生は生殖能力を持っていなかったのだ。
 オレとこういう関係にならず普通に女性とつきあえば、子供は望めないだろうことがわかる。
 二度目の夜を誘ったとき、
「………見たんだろ?」
 ポツリと呟いて託生は顔を隠すように俯いた。
「個性だろ?」
「でも………」
 託生を抱き寄せ、安心させるように口唇を寄せる。
 それが、なんだと言うんだ。このさらりとした黒髪も、吸い寄せられるような、しっとりとした肌も、眩しく映りオレを惹き付ける。オレにとっては、託生を形作っている全てが愛おしくて堪らないんだ。
「世の中の人間、みんな同じなら、みんな同じ顔になるじゃないか」
 軽口を叩き、託生の不安を取り除いていく。
 今まで、人知れず……兄貴だけは知っていた可能性があるが、一人で悩んでいただろう託生に語りかけた。
「オレにとっては託生の一部なんだから、愛おしい以外の感情はないんだ」
「でも、変だろ?」
「どこが?託生の体なんだ。変なところなんて、なにもない」
「ギイ………」
「託生を形作っている全てが愛おしいんだ。愛してるんだ。なにも気にする必要はない」
 髪をゆっくり梳きながら何度も繰り返し「愛してる」と囁き、俯いている託生の頬に手を当てた。
「このままで、いいの?」
 手の動きに逆らうことなく顔を上げた託生が、ポツリと聞く。
「このままの託生を愛してるんだ」
「………うん」
 重ねた口唇が震えていた。羞恥と不安で押しつぶされそうな託生を納得させるには、言葉だけじゃ足りない。
 細い体を抱きしめ、ゆっくりとベッドに体を倒した。
「ギ…イ………」
「愛してるよ、託生」
「ぼくも………」
 オレが、どれだけ託生を愛しているか教えてやるよ。体だけじゃない。葉山託生という人間の存在そのものを、オレは愛してるんだ。
 お前が、自分の体を愛せなくても、オレは愛してるんだ。


2014年1月28日(木) Blogより転載
「ねぇ、ねぇ、ダディ」
「なんだ、一颯?」
「マミィ、赤ちゃん、いつ生まれるの?」
「……………赤ちゃん?」
「うん、赤ちゃん」
「……………た……託生っ!」
「なんだよ。すぐ、飲み物持っていくから、子供たちを……」
「できたのか?!」
「なにが?」
「あー、飲み物はオレが持っていくから、向こうで座ってろ!ていうか、お前、さっき走ってただろ?あれほど、走るなと………ぐぇ」
「落ち着きなよ。いったい、なんの話をしてるんだよ?」
「い、一颯が………」
「一颯?」
「赤ちゃん、いつ生まれるんだ?って」
「……………は?」
「それで、できたのか?!なんで、オレに言ってくれないんだ?!」
「ちょ……ちょっと、待って。落ち着いて、ギイ。できてない、できてないってば!」
「……できてない?」
「できるわけないだろ?自分の胸に手を当てて考えてみなよ」
「………あ、あぁ。だな。うん」
「だろ?」
「じゃあ、一颯は、どこから子供が生まれるのかなんて考えたんだ?」
「さぁ。本人に聞いてみるしかないよ」
「一颯」
「なぁに?」
「どうして、赤ちゃんが生まれると思ったんだ?」
「だって2歳だから」
「え?」
「お兄ちゃんが2歳のときに僕が生まれて、僕が2歳のときに咲未が生まれたから」
「あー、咲未が2歳になったから、生まれると思ったのか?」
「うん」
「残念だが、マミィのお腹の中には赤ちゃんはいないんだ」
「どうして?咲未、2歳なのに」
「まぁ、忙しくて命中しそうな日にできるような……いてっ」
「子供相手になに言ってるんだよ。一颯、コウノトリさんが忙しいからじゃない?」
「マミィ」
「世界中飛んでて、なかなか、ここまで来てもらえないんじゃないかな」
「ふぅん。いつか飛んできてくれるかな?」
「一颯、赤ちゃん、欲しいのか?」
「ギイ!」
「んとね、みんなでサッカーしたいの!」
「サッカー?」
「一颯、FIFAワールドカップのニュース見たんだろ?」
「うん!」
「お友達たくさん作ったら、サッカーもできるようになると思うよ」
「そうなの?」
「そうそう」
「わかった。お友達たくさん作る。喉かわいた〜」
「大樹と咲未と一緒に飲んでおいで。うん、ギイ?」
「11人だから、あと8人か。年子は大変だから、やはり2年くらいは空けて……ということは、16年かかるから……痛い、痛いって、託生!」
「真剣に考えなくていいから」
「でも、一颯も欲しがってるんだから」
「生むのを代わってくれるならいいよ(にっこり)」
「………無理です。無茶を言いました。ごめんなさい」
「わかってもらえば、よろしい」


2014年1月20日(木) Blogより転載
「千手観音が羨ましい」
「……はぁ?」
「だってさ、あれだけ腕があるんだよ?大樹と一颯と咲未を一気に抱っこしても、まだまだ腕が余るんだよ?絶対、便利だよね!」
「………その前に、腰を痛めそうだけどな(ぼそり)」
「三人と遊びながら、バイオリンの練習もできたりしてさ。あー、いいなぁ、千手観音」
「おーい、託生、戻ってこい」
「そうだ!ギイは、どうする?」
「なにが?」
「もしも、千手観音のように腕があったら、ギイはどう使う?とりあえず電話取り放題だよね」
「そこまでして、仕事がしたいわけないだろ?そうだなぁ……子供たちを抱きしめる以外の腕は、託生を抱きしめる」
「はい?」
「絶対逃げられないように抱きしめて、あっちこっち触りまくって、託生を全身で確認する!」
「………ギイのスケベーっ!(逃げ)」
「託生が話を振ったんだろうが………」


2013年12月05日(木)
「旅行?」
「そう。オレも数日休み取ったからさ」
「ダメだよ。その日はお誕生日会なんだから」
「誰の?」
「もちろん、ギイのに決まってるだろ」
「………はぁ?」
「去年は、当日までギイがお仕事だったし、最終的に二人でアイスランドに旅行になっちゃったからさ」
「あのな、託生。オレ、二十歳だぞ?」
「うん、ギイ、成人になるんだね」
「だからな、成人ってことは大人なんだから、今更誕生日会なんてものは………」
「え、成人したらお誕生日会したらダメなの?じゃ、去年のぼくのお誕生日会って、最初で最後………」
「あー!いや、別に大人だって誕生日会を開いてもいいんだけどな!オレは託生と旅行………」
「よかったぁ。もう、お義父さんにもお義母さんにも絵利子ちゃんにも予定空けててもらってるんだ。絵利子ちゃん、とんがり帽子を用意してくれるってさ」
「………とんがり帽子?」
「お誕生日会の主役は、とんがり帽子を被るんだろ?ぼくのとき忘れていたから、今回はきっちり用意しておくねって」
「………オレにとんがり帽子を被れって?」
「お誕生日会の主役はギイなんだから。普通は、そうなんだよ……ね?違うのかな………」
「そ……そうなんだ。オレも忘れてたよ」
「よかった。だから29日はお誕生日会だから、皆でケーキ食べようね」
「…………絶対、結婚と同時に本宅を出てやる」


2013年11月23日(土)
これ、咲未に着せたいなぁというか、ファミリーで着てほしいなぁというか。……アホな妄想です; 【本商品限定!2点で送料無料】ワンピースサンタ [楽天] a.r10.to/hGqWEP #RakutenIchiba pic.twitter.com/Zz0cwIAEjX

「ん?絵利子からか………おぉ?!」
「どうしました、義一さん?」
「見てみろよ、島岡!」
「これは、可愛いですねぇ」
「だよな、咲未のサンタ!次は、一颯、こいつも様になってるじゃないか」
「大樹君も、いい感じですね」
「クリスマスが近付いたって実感できるな。ん?また、絵利子?」
「どうしました?」
「…………………」
「足、ですね」
「…………………」
「義一さん、上にスクロールしたって無理ですから」
「くーーーっ、なんだ、この生殺しは?!赤のブーツだけで納得しろっていうのか?!膝が見えてるってことは、ミニスカサンタだろ?!」
「義一さん」
「そりゃ、託生の足は綺麗だけどな、この上が大切なんだろうが!」
「義一さん、落ち着いてください。もう一通、メール入ってますよ」
「あ…あぁ。全身が見たかったら、新作バッグよろしくねだとぉ?」
「なるほど。新手の人質ですね」
「絵利子ーっ!買ってやるから今すぐ送れ!」


2013年11月20日(水)
「いつまで持っている気だ?」
「ずっと」
「いいかげん蒸発するぞ?」
「蒸発してもいいよ。ペットボトルは残るだろ?」
「ポリエチレンテレフタラートだって、いつかは劣化するんだし。今まで、よく持った方だ」
「もう、いいじゃないか。置いてたって」
「でもなぁ、それ、子供のおもちゃみたいなもんだぞ?託生が気に入ってくれてるんなら、もっとマシな入れ物で作るからさ」
「やだ」
「託生」
「………初めて幸せという感情を教えてくれた大切なものだから、バラバラになっても持ってる」
「託生………」


2013年11月14日(木)
「今日は、若い娘達が多いですな」
「崎夫妻が出席されるらしいですぞ」
「あぁ。崎副総帥目当ての娘が多いってことですな」
「いやいや、逆です。副総帥夫人目当ての娘が多いらしいんですよ」
「………は?」
「なにやら、タクミ・サキファンクラブなるものが存在するらしく、崎夫人自身、フェミニストの中のフェミニスト。崎副総帥を足蹴にしても、女性を大切にするようで」
「レズ……では、ないんですよね?ご結婚されてることですし」
「えぇ。ですから、ファンクラブの第一条に「お姉さまの笑顔を守るために、テキトーに崎副総帥を扱うべし」という項目があって、夫人の状態によっては容赦なく連れ出していいときと、さっさとお姉さまの笑顔を取り戻しがやれという、両極端な行動があるらしく、どうも、こういうパーティでは副総帥がピリピリしているようですよ」
「………副総帥夫人ってのは、どんな方なのですか?」
「隠れて見たところ、副総帥を尻に敷いておられる方です」


2013年11月01日(金)
託生はフェミニストだ。
女性は守らないといけない存在だからと、自分のことは棚上げで、どこででも気を使っている。
あぁ、夫婦で招待されたパーティー……は表向きで、自分の娘をオレの愛人にでもさせようとしているような状態でも、だ。
鬱陶しい娘の襲来にうんざりして、片手で追い払おうとしているオレに気付いた託生に睨まれることが数知れず。
でもって、オレのフォローをしている間に、いつの間にか、ターゲットがオレから託生に移動していることに気付かず、
「お姉さま」
なんて言われて、驚きつつも懐いてくれる娘を無下にすることはできなくて。
それは、まるで日本の某歌劇団のファンのようだ。
そして、今では招待される場所場所で、あっという間に囲まれる託生。
なにか間違ってないか?託生の両腕はオレのものだぞ?勝手に連れて行くんじゃない!
てか、託生!
もう、これ以上、誰彼構わず笑いかけるんじゃない!


2013年10月09日(水)
「ハリー、これ」
「ん、なんだ?」
「お袋のコンサートがあるんだ。それで、ハリーに来てもらいたいからって、チケットを預かってきた」
「………あのさ、お前の母ちゃんってバイオリニストなんだよな?」
「あぁ」
「クラシックの」
「そうだな」
「招待してもらって、すごくありがたいし、お前の母ちゃんに会えるのも嬉しいんだけど」
「なんだって?」
「俺、たぶん寝ちまうような気がするんだよ」
「は?」
「だからさ、すごく失礼なことしてしまうだろうから、申し訳ないけど………」
「寝ているのを見ると、嬉しくなるって」
「……へ?」
「それだけ心地よい音楽を奏でているってことだろ?」
「うん?そう言われれば、そういうことかな……」
「だから、遠慮なく寝てくれ。お袋、喜ぶから」
「なにかが違うような気がするんだけど、それは俺の気のせいか?」
「あぁ、深く考えても理解はできないと思うぞ?」
「そういうもんか?」
「お袋にとっては、そういうもんらしい」


2013年10月04日(金)
「大樹の言ったとおり、女の子だったね」
「だな。女の子用の服とか、色々揃えなきゃあな」
「あ、でも、絵利子ちゃんが、女の子だったら着せたいのがたくさんあるから、今度持ってくるって言ってたよ?」
「………リボンとフリルが満載の服だろうな」
「え、なに、ギイ?」
「いや。それより、託生、大丈夫か?」
「うん、なにが?」
「ほら、女の子って、初めてだろ?」
「う……ん。不安と言えばそうなんだけど……男として育ったんだし、大樹も一颯も男の子だし。でも、赤ちゃんって、そんなに変わらないかなぁって」
「でも、一人で抱え込むなよ?お袋や絵利子だっているんだし……オレも男だから、よくわからないことばかりだけど、助けてくれる人間はいるんだから」
「うん。実際にわからないときは、お義母さんに聞くことになると思う」
「そっか」
「でも、不思議だよねぇ」
「なにが?」
「今は、お腹の中にいるけどさ。将来、恋をして、ぼくと同じように、次世代の子供を宿るんだなぁって思ったら、人間の神秘だよね?」
「…………え?」
「だって、女の子なんだから、そうだろ?」
「……………宿るってことは、馬の骨と………(ブツブツ)」
「ギイ?」
「やらんぞ!どこぞの男に、大切な娘を………ぐはっ!」
「はい、運転中は前を見てね、ギイ。それと、子供達の邪魔するんだったら、離婚ね」
「…………はい」


2013年09月29日(日)
「ちょっと、ギイ……!」
「二週間ぶりなんだぞ?」
「う……ん、でも、あの………帰ってきて寝室直行って………」
「はぁ………あのな、託生」
「うん?」
「オレ達、もう十年経ってるよな?」
「え?」
「恋人になって、結婚して、子供も三人生まれて」
「そうだね?」
「そろそろ、こういうことも、夫婦生活の一部なんだと、恥ずかしがらずに認めてもらいたいんだけど」
「……もしかして、ギイ、ぼくに嫌気さしてる?」
「は?」
「ギイとそういうことするの、嫌じゃないんだけど、恥ずかしいだけなんだけど、鬱陶しい………ん、だ……よね」
「お……おい、託生」
「ぼくから誘える……ことって、なかなかできないし………ギイには盛り上がりにかけるのかもしれないけど……でも、ぼくだって………(潤んだ目でキラリン)」
「…………そのままでいい」
「え?」
「これ以上、色気振りまかれたら、オレ、抱き潰すぞ!」
「ちょ、な……ギイっ!」


2013年09月18日(水)
「お?」
「野球ボールか?よく、あんな所から飛んできたな」
「イブキ、投げろって言ってるみたいだぞ?って、さすがに無理………嘘?」
「ハリー、なんだ?」
「お前、よく届くな?!無茶苦茶、肩が強いじゃないか!」
「そうか?兄貴も同じくらい投げるけど」
「リトルリーグに入ってたとか、なにかのスポーツクラブに入ってたとか」
「まさか。そんな時間あるかよ」
「いやぁ、でも、あんな距離投げられないって」
「あー、そう言えば、泥団子を投げる練習をしていたな」
「………はぁ?泥団子?」
「そう、泥団子」
「泥団子をピカピカに磨くのに嵌ったことはあるけど、投げる練習?」
「あぁ。ある程度固くて、割れたときに泥がべったりつくような配合を、兄貴と研究したときに、ついでに投げる練習もした」
「………お前ら、なにやってんだ?」


「泥団子、飛ばせるようになったかしら?」
「「絵利子さん!」」
「はい、これ」
「バッグ……ですか?」
「泥団子、そのままポケットに入れるわけにはいかないでしょ?そんなに数も入らないし、託生さんにバレちゃうからね。だから、ここ」
「隠しポケット?」
「そう。バッグそのもの防水になってて、この下のところに泥団子を入れれるようになってるの。上にはカモフラージュで、なにか物を入れておけばいいでしょ?」
「すげぇ……」
「ありがとうございます!」
「絵利子さん、ありがとう!」
「その代わり………邪魔者は必ず潰すのよ」
「「はい!」」


2013年09月07日(土)
「お前ん家ってさ………」
「なんだよ、ハリー?」
「歩くだけで運動になるよな。これだけ廊下が長いとスケボー使いたくなる」
「あー、スケボーは使ったことないけど、ローラースケートはあるぞ?」
「あるのか?!」
「一瞬だけ。廊下の向こうに仁王立ちのお袋が現れてさ。そのまま首根っこ引っつかまれて、一時間説教された」
「イブキが一番恐ろしい人間って……」
「お袋だ(きっぱり)」


2013年08月05日(月)
わざと託生の携帯を借りて子供達に電話したあと、秘書に自分の携帯を持ってこさせた。
「お仕事は………」
「本宅に電話するだけだ。すぐに電源は切る」
そして、さっさと秘書を追い出し、親父の携帯を鳴らす。
「義一か?!」
「はい。ご心配、ご迷惑おかけしました」
本宅の方も軟禁状態だったと聞いた。さぞ、心配させたことだろう。
「いや、君がこうやって、電話をできる状態なのがわかって安心したよ」
「父さん………」
同じFグループの総帥をしていた人間だ。もしものときの覚悟はしていただろう。だから、直接電話をした。安心してもらうために。
「託生さんは?」
「ここで眠っています」
「………そうか」
託生の強さも脆さも理解しているが上の返答。どのような状態なのかは、予想していただろう。
「それで、父さんにお願いしたいことがあるんです」
「私に、なにかね?」
「SPの話は、聞いてますよね?」
とたん、ピリリとした空気が伝わってきた。
「あぁ、よーく聞いている」
抑えても溢れ出す怒りを隠そうともせず、親父の声が低くなる。
「託生を泣かせたんですよ」
「あぁ」
「子供達も泣かせたんですよ」
「あぁ」
「オレはここから動けません。……ですので、父さん。頼めますか?」
断られるなんて露とも思わず、確認するように依頼する。
本来ならオレがこの手で八つ裂きにしてやりたいのだが、まだ体が思うように動かないのは事実だ。
だからと言って傷の完治まで待てない。そんな日数が勿体無い。いや、それだけの日数、無事に生かせているのが腹立たしい。
「承知した。君は、安心して休め」
「よろしくお願いします」
そうして切ったライン。
明日……いや、今日中だ。これで、あの男の消息は、誰にもわからなくなるだろう。


「金魚のフン」
「なにが?」
「父さんが」
オレの視線を追いかけて、
「………あぁ、なるほどな」
兄貴が深く頷いた。
そこにはお袋の膝枕で横になっている親父がいて、たまに左手を伸ばしお袋の頬を撫でたり、ちょっかいをかけたり。
自宅療養中であるけれど、大人しくベッドの中にいるわけがなく、ずっとお袋のあとを付いて回っている。
食事はもちろん、咲未の送り迎えも、バイオリンの練習中も、仕事で自室に篭っている以外は、とにかくひたすら側にいる。
あれだけベタベタ引っ付きまわっていれば、鬱陶しがられても仕方がない状態だと思うのだけど、お袋も親父の好きなようにさせているようだ。
そして、隙あらば肩を抱いてキスしている光景を、よく目にする。
「………諸刃の刃作戦だな」
「なに、それ?」
「自分ひとり我慢するのは理不尽だってとこかな」
「…………」
あー、なるほど。親父の魂胆がわかってしまった。この年中無休のスケベ親父め。
「勝つのはどっちかな?」
「さぁ?どっちにしても、家にいる間中は、あぁだと思うし」
「確かに」
滅多にない連休だもんな。
昼食後に飲んだ薬が効いていたのか、うつらうつらし始めた親父の髪を、お袋が指先で梳きながら譜読みを始めた。
お袋の仕事の邪魔になるとか二人の甘い時間の邪魔になるとか、口実はなんでもいいけれど、兄貴と顔を見合わせクスリと笑って静かにその場から立ち去った。


2013年08月04日(日)
「ダメ…だよ………」
と言いながら、託生が目を反らした。頬を染めながら。
「でも、こんな状態なんだぞ」
「言われても………」
自分の下半身を指差しながら、我慢も限界なのだと訴える。
無理矢理退院してきて、着替えも風呂も託生に手伝ってもらって、あちらこちら託生の手が触れるこの状態で、欲情しないわけないじゃん。
「傷口が開くから、ダメだって」
「なら、託生が上になってくれたら、いいじゃないか」
「な………っ」
絶句して、これ以上ないくらい顔を赤らめたけれど、普段なら訪れる鉄拳はない。
怪我をしているから。………というのは建前で、託生もその気だということがわかっているから。
託生が心配するのはわかるし、そりゃ、まぁ多少は痛むけれど、この分身の辛さに比べたら、どうってことはない。
「託生………」
「ダメだって………」
「愛してるよ」
「ん……ギイ………だ……め……………げ」
「………げ?」
「ギイ!血が滲んでる!」
「ぐっ……た………おま………急に動くな」
ベッドが軋み、これこそ傷に響く。
「もう、なにやってんだよ!だから、ダメって言っただろ?!ガーゼ替えなきゃ!包帯、包帯!」
ガバッと飛び起き、救急用具を取りに行きざまベッドマットの端を蹴った振動が、ぼよよ〜んとオレの体を揺らし、
「このくらい、大丈………てーっ!」
上半身に痛みが走ったと同時に、下半身がきゅるきゅると萎えていく。
いい雰囲気だったのに、あー、もう、くそっ!
あの狙撃犯、絶対許すまじ。


2013年07月08日(月)
「あの、ギイ」
病院を出て、駐車場に向かうギイの背中に呼びかける。
「本宅に行ってもらえないかな?」
「それは、いいけど」
「みんなに謝らなきゃ」
本当は、病院に行くよりも先に、みんなに会いたかった。会って、謝りたかった。
「どうして?」
「だって、この一ヶ月、ずっと避けてたし……」
心底わけがわからないと顔に書いたギイに、ぼそぼそと説明する。
本宅に行くことも、ペントハウスに来てもらうことも、全部拒否して我侭を通してしまった。
そんなぼくの頭を撫でて、
「バカだな。『ただいま』でいいんだよ」
ギイが、目を細め優しく微笑む。
「………ただいま?」
「家族だろ?」
「………うん」
素敵なお義父さん、優しいお義母さん、可愛い妹。そして、ギイ。
血は繋がっていないけれど、ぼくの大切な家族。
ぼくは家族の暖かさを知っている。愛されることを知っている。
いつかぼく達に子供ができても、ぼくはその子を愛せるよ。そして、ぼくが受け取った見返りのない無償の愛を伝えていける。
そう遠くない未来に、それは訪れるような気がした。

永遠〜後日談に入れる予定だった部分を、シュート。


2013年07月06日(土)
キッズルームから、キャッキャと大樹の笑い声が聞こえ頬を緩ませた。
今日は、起きているうちに帰れたな。
「ただい…………は?」
意気揚々とドアを開け、部屋の中の光景に目が点になる。
「あ、ギイ、お帰り〜」
「うん、ただいま」
ゴロリと床に転がり、自分の足の裏に大樹の腹を乗せ、高く上げたり、自分の顔のほうに引き寄せたり、遊んでいるというよりは体操をしている?
「託生、なにやってんだ?」
「赤ちゃん体操だよ〜。大樹も喜ぶし、ぼくも運動不足解消になるし、一石二鳥だよね」
少し上気した頬で、顔だけこちらに向けて、説明してくれるのはいいけれど。
お前、自分の格好わかってるか?
足を動かすたびに尻の丸みが強調され、言うなれば、あのときのような足の角度に、素直なオレの下半身が元気になっていくんだけど。
「ギイも、やる?」
「いや、オレはいい」
元気になりすぎて、たぶんナニが引っかかる。
「そろそろ風呂の時間だろ?今日はオレが大樹と入るよ」
「そう?じゃ、お願いしようかな」
勢いをつけて起き上がった託生から大樹を受け取り、ついでに託生の腕を掴んで立ち上がらせる。
さっさと大樹を疲れさせて寝かせなければ。
オレの野望を叶えるために協力しろよ、大樹。


2013年07月05日(金)
「ギイ、お帰り」
「ただいま………ん?」
ただいまのキスをしたとき、吸い寄せられるような瑞々しさを感じ、そのまま託生の頬に自分の頬を摺り寄せた。
「ちょっと、ギイ、痛い痛い」
「あ、すまん」
髭が伸びてたか。
「もしかして、エステ行った?」
「うん、絵利子ちゃんに連れられて」
「式が終わってから、行ってなかったもんな」
「そうだけど、でも、贅沢だなぁって思うんだよね……」
贅沢って、お前………。
「あのな、託生」
「うん?」
「託生は、大財閥崎家の若奥様ってやつだから、そんなこと気にしなくても……」
「でもさ。別に生活に必要ないよね、エステなんて」
そう言われれば、そうなんだが、オレ的には、このすべすべの託生は垂涎物の一品で、「絵利子、グッジョブ!」と新作バッグを手に本宅に行きたいような気分なんだけど。
「ぼくは、エステより、あん摩や指圧の方が好きなんだよね」
「あん摩……指圧………」
せめて、マッサージと言わないか、託生?
そりゃ、あん摩は服の上から、マッサージは素肌に直接という違いはあるが、今は混同しているのだし。
「あ、ギイ疲れてない?指圧してあげようか?」
「オレ?」
「うん、指圧の心は母心〜って」
「……なら、へそから8cmほど下を押してもらおうかな」
ニヤリと笑って指示するも、なんのツボかわからずキョトンとした託生に、
「『大赫(だいかく)』と言って、精力減退によく効くツボらしいぜ?」
と、耳に口を寄せて囁いた。
カチンと固まって、しかし、みるみる間に頬が赤く染まってきたと思ったら、キッとオレを睨みつけ、
「…………ギイには必要ない!」
きっぱり言って、
「もう、寝る!」
と、ベッドルームに逃げ込んだ。
「ひでぇ」
そりゃ、オレも必要ないとは思うけど、このまま、すべすべの託生をオレが逃すわけがないだろ?
「ではでは、美味しくいただきます」
宙に向かって宣言し、ベッドルームに飛び込んだ。


2013年06月29日(土)
一週間の出張への、出発間際の玄関ホール。
「ギイ、いってらっしゃい」
「あぁ、あとを頼むな」
託生の頬にキス。
「父さん、いってらっしゃい」
「大樹、母さんの手伝い、よろしくな」
この頃、やけにしっかりしてきた大樹の頬にもキス。
「ダディ、いってらっしゃい」
「一颯、母さんの言うこと、よく聞くんだぞ」
咲未が生まれてから、自分が大きくなったような気分の一颯にもキス。
そして。
「咲未、ダディにバイバイは?」
託生の腕に抱かれた咲未の頬にキス………。
「………う」
「え?」
「びゃーーーん!」
「さ、咲未?」
「咲未、どうしたの?!」
「咲未、泣いちゃダメ!」
「あー、とうとう始まった………」
ぼやく託生の声が耳に届いたが、オレに手を伸ばし全身で行かないでと訴える咲未に、胸の奥がぎゅーっと絞られる。
なんて可愛いんだ!
大樹も一颯も、同じ時期があったけど、託生とそっくりの咲未がこうやって手を伸ばしているのを見ると、まるで託生がオレに「行かないでくれ」と言っているように見えて、後ろ髪を引かれるどころじゃないぞ。
「義一さん、お時間です」
「嫌だ」
「ギイ、時間だから、咲未は気にしないで」
「無理だ」
そうは言われても、オレを求めて大粒の涙を流して咲未が訴えているのに。
「島岡、出張は中……止………うぐっ」
「………つべこべ言わずに、さっさと行って来い!」
………託生。お前、その足癖どうにかしようか。
両手が咲未で塞がれているからって、靴を履いたまま………絶対、スーツに靴跡ついてるぞ。
まぁ、はらえばいいけど。
「島岡さん、連れていってください」
「了解しました」
「げほっ。お前ら………咲未………」
「ギイの姿が消えたら泣き止むんだから、さっさと行って」
首根っこをつかまれるように島岡がオレのスーツを引っ張り、放り込まれたエレベーター。
「さーくーらーーーっ」
「…………託生さんからのメールです」
エレベーターのドアを拳で叩く寸前、鼻先に滑り込まされた携帯のディスプレイに、涙の粒を残しながらも、大樹と一颯にあやされて満面の笑顔を浮かべた咲未の顔が………。
あれだけ、オレに手を伸ばして「行かないで」と全身で表していたのに……。
「納得しましたか?しましたね。はい、仕事してください」
「島岡………」
がっくり肩を落とし心の内で涙を流す。
一瞬か?一瞬でダディを忘れるのか?
「………詰め込んで前倒しにすれば、1日くらい短縮できそうですが」
「……2日、いや3日だ」
「義一さん、さすがにそれは………」
「やってやる。島岡、余った日数はオフにしろよ」
オレは、子供達といちゃいちゃするんだ!なにがなんでも、帰ってきてやる!


2013年06月06日(木)
「どうしたの、ギイ?溜息なんか吐いて」
「咲未のことなんだが……」
「咲未がどうかした?」
「もう5歳になるんだよな?」
「うん、そうだね?」
「オレは、この5年間、ずっと待ってたんだ」
「なにを?」
「『大きくなったら、ダディのお嫁さんになる』ってのを!」
「…………」
「それなのに、全然言ってくれる気配がない」
「たぶん、無理だと思うけど(ぼそり)」
「なにか言ったか、託生?」
「ううん。でも、ギイ。仮に大樹と一颯が『大きくなったら、母さんと結婚する』って言ったら怒るだろ?」
「当たり前だ!」
「だったら、いいじゃない」
「………そういう問題か?オレは、咲未に言ってもらえないのか?これは父親の夢だろ?」
「あー、もう。………ギイはぼくのモノなのに、プロポーズされたいの?」
「え?」
「ギイは、ぼく以外の人からのプロポーズを待ってるんだ?もう、ぼくのモノなのに」
「い、いや、そんなことはない!だよな、オレは託生のモノだったな」

「咲未の初恋が、ギイにバレたらうるさいもんね」


2013年05月15日(水)
「ギイ!葉山!」
「お前ら………」
「みんな………」
 出国ロビーに向かっていた、ぼく達の背後からかけられた声に振り向くと、そこには、事情を知っている人間全員が集まっていた。
 みんな大学の準備で忙しいはずなのに。それに、終業式が終わって実家に帰っているはずの祠堂の後輩達までもが来てくれていた。
 卒業式翌日の退寮日。名残惜しげに麓の駅で別れて、もうなかなか会うことはできないだろうと思っていたのに。
 鼻の奥がツーンとなって、咄嗟にギイのコートを握り締めたぼくの肩に手を回し、ギイがみんなに向かって歩き出した。
「黙って出国なんて、水臭いぞ」
「あー、すまん」
 文句を言う矢倉に素直に謝ったギイだけど、なんとなく知らせなかった理由はわかる。
 この三年間、アメリカに帰ることは何度もあったけれど、数週間経てば、また祠堂に戻ってきた。
 でも、今回はただの帰省ではない。本来、ギイがいるはずの場所に戻るのだ。
 次は、いつ、みんなに会えるかわからない。
 だから、うやむやの中、戻るつもりだったのだろう。
 しかし、
「こんなチャンスを、みすみす見逃せられるか?」
 ニヤリと笑う矢倉の顔に、嫌な予感が背中を走った。
 その証拠に、真行寺と駒澤が、なにやらごそごそしているなと思ったら、左右に別れて走り出し………。
「げ…………」
「これが、嫌だったんだよ………」
 『祝!ギイ&葉山、婚約おめでとう!』とデカデカと書かれた横断幕に、涙も引っ込んでポカンと口を開けた。
 周囲の人間が、物珍しそうにクスクスと笑いながら通り過ぎていく。
「いい出来だろ?」
 自画自賛して頷く矢倉の横で、同情を瞳に浮かべた八津がいて、利久なんて、両手でなぜか拝んでいる。真行寺は楽しそうだけど、駒澤は口を真一文字に引いて、いつもより怖い。
「章三、止めろよ」
「紙吹雪と紙テープは止めたぞ」
 自分が詰め寄られるのがわかっていたのか、章三はむっすりと腕を組み、ギイを睨みつけている。
 でも、紙テープって、なにかちょっと違うような?と、現実逃避をしようとしたのに、
「それでは、諸君!ギイと葉山の前途を祝して!」
 矢倉の一声に引き戻され、気が遠くなった。
「ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」
「ギイ………」
「耐えろ」
 ギイが、出国を知らせなかったのは、このためだったのか。
 ぼく、今すぐ、ここから離れたい………。
 ひとしきり騒いで、やっと納得したのか、矢倉が満足そうな顔して数度頷いた。
 そのとき、頭上にアナウンスが流れ、ぼく達の間の空気がふと引き締まる。
「託生」
「うん」
 もう、行かなくちゃ。
 みんなと向かい合ったものの、なにか言いたいのに、なにも言葉が出ず焦っていたら、
「託生、またな!」
 利久が、帰省するときのような気軽さを装い、目を真っ赤にさせて手を上げた。
「………うん。みんな、またね!」
「ギイ、結婚式には呼べよ!」
「おう!二年後、楽しみに待ってろ」
 ギイがぼくの手を握った。
 いつか、また必ず会おう。そのときには、色々な土産話を持って、思い出話に花を咲かせ、時間の流れを忘れて笑いあおう。
「またね!」
 いつか、また、きっと………。


2013年05月03日(金)
「父さん、寝てるね」
「でも、ダディと遊びたい」
「たーい」
クスクスと可愛らしい笑い声が、遠くから聞こえる。
完璧に覚醒はしていないが、声も気配もしっかりと認識できている。
こんな可愛らしい目覚ましなら、毎日でもいいけれど。
かすかに水音が跳ねる音がしているから、託生はシャワーでも浴びてるんだろ。
さて、どうしよう。
近寄ってきたところを、いきなり起き上がって驚かせるか。
それとも、三人が起こしてくれるまで狸寝入りを続行するか。
うーん、究極の選択だ。


2013年04月22日(月)
「託生」
「うん?」
「花びらが付いてた」
「ギイ、ありが………ギイ。お腹が空いてるからって、花びら食べないでよ」
「いや、こいつ、オレに無断で、勝手に託生にくっついていたから」
「なに、意味わかんないこと言ってるんだよ?絵利子ちゃん達、もうすぐ来るから我慢して」


2013年04月21日(日)
「お前ら、経験くらいは、してるんだろ?」
「え、まぁ、それなりに」
「成り行きで」
「でも、相手はアメリカ人だろ?」
「えぇ」
「です」
「だったら、絶対、日本のAVは見るべきだ!」
「なんで、ビデオ?」
「今は、BDだろ?」
「そんな時代の流れなんてのは知らん。けどな、絶対見て損はない。日本人女性ってのは、奥ゆかしいんだ。閨の空間ってのは、秘密に満ちてるんだ」
「閨………」
「閨ってなに?」
「お前ら日本人の血を引いてるんだろ?人を生み出す厳かな儀式を知らないってのは、ちょっと問題だぞ?」
「そうなんですか?」
「あれが、厳かなのか?」
「Jr.達。思い人と成功させたいのなら、とりあえず見ろ。ギイだって、目から鱗だったんだぜ?」
「父さんが?」
「だったら……」
「ただし、葉山には内緒な」
「「はい!」」

矢倉、なにを教えるんだ?


2013年03月27日(水)
『あら、なにかしら、義一?』
「母さん、そろそろ託生を返してください」
『別にいいじゃないですか。託生さんもウィーンフィルの演奏会を楽しんでますし、どうせそっちに戻っても、義一に襲われるだけです』
「…………申し訳ありませんでした!託生に無理はさせませんので、オレの託生を返してください!」
『安定期に入ったとたん、毎日襲う野獣の言葉なんて信用できません』
「う………あの、それは託生が………」
『貴方の思考回路を考えれば、すぐにわかることです。心配して絵利子とペントハウスに行ったら、案の定、疲れた顔で出迎えに出てきましたし。あぁ、ここまで我が息子の性欲が野獣だったとは!』
「違い……いや、そうですけど!そこのところは謝りますから、託生を返してください!」
『託生さんのことを考えれば、もう少し独り寝を味わってもいいくらいだと思いますが?』
「いや、もう、充分味わいました!反省してます!お願いします!」
『返したとたん襲うなんてことは………』
「絶対しません!」


2013年03月15日(土)ブログより転載

 朝食に託生を誘うのは、毎日のオレの習慣。
 いつものように、意気揚々と託生の部屋のドアをノックなしで開け、
「おはよう、託生」
「ノックくらいしてよね」
 覗き込んだと同時に、頭から怒鳴られた。
「絵利子?なに、やってんだ、託生の部屋で」
 こんな朝っぱらから。
 憮然としたオレに、
「ギイ。ぼくが、絵利子ちゃんに来てもらったの。ごめんね、絵利子ちゃん」
「ううん。じゃ、託生さん、あとでね」
「うん、ありがとう」
 託生は、オレを睨んだあと、絵利子をにこやかに部屋から送り出した。
「なにか絵利子に用だったのか?」
 オレじゃなくて、絵利子に?
「うん。ギイに聞いたって、仕方ないし」
「なんだよ、それ。オレを呼べよ」
 オレは託生の婚約者なんだぞ。仕方ないって、ちょっと失礼じゃないか?
 ムッとしたオレを見て、託生は呆れた顔で溜息を吐き、
「ギイを呼んで、どうしろって言うんだよ」
 そう言って、なぜかオレに基礎体温計を手渡した。
「なんだ?」
「それ、見て」
 託生の言葉に基礎体温計のスイッチを入れ、表れたグラフを目にしたとたん、その図形の形に思考が固まり、ギギギと託生に視線を移した。
「低温期になったからさ。今日から始まりそうだと思って、絵利子ちゃんに聞いたの」
 わかった?
 と託生が説明してくれたが、珍しく脳がなかなか動いてくれない。
 手術後、皮膚が定着するまでの半年間。託生は月経を止める薬を飲んでいた。
 そして半年が経ち、手術跡に支障がないということで、7月の通院でその薬は処方されなくなり………。
「たたたたくみ」
「なに?」
「始まったのか?!」
「まだだよ。でも、たぶん、今日中だろうって」
「大丈夫なのか?!」
「別に、なんとも。あ、朝食の時間、遅れちゃうよ」
「朝食なんていい!」
「大食漢のギイがなに言ってんだよ。ぼく、お腹ぺこぺこなんだよね」
 そう言って、ドアに向かう託生の腕を引きとめる。
「もう、なんなんだよ!」
「朝食は、ここに持ってきてやるから、ベッドで休め!」
「はぁ?」
「腹が痛くなるかもしれないだろ?!あぁ、ALPも今日はやす………ぐっ!」
「ギイ、落ち着きなよ」
 託生の右手が、オレの鳩尾に沈んだ。
 託生、お前、手加減しなかっただろ………。
「あのね。これから先、月に一回、絶対来るんだろ?そのたびに、休めるわけないだろ?」
「でもな!」
「きちんと絵利子ちゃんに聞いたし、お腹が痛くなったときのためにって鎮痛剤ももらった。これ以上、どうしろって言うんだよ?」
 どうしろって………たしかに、どうすることもできないけどな。
「病院に運んでくれたのがギイだから、心配になるのはわかるけど、大丈夫だよ」
 苦笑しながらオレを覗き込んだ託生は、きっぱりと言い切った。
 あのときのような激痛は、もうないだろうし、世の中の女性は、十三歳前後からそのような生活をしているだろうことはわかっているけれど、それが託生と考えると、なぜかうろたえてしまう。
 いやいや、オレがうろたえてどうするんだ。当の託生は、完全に腹が据わっているのに。
「わかった。具合が悪くなったら、すぐに保健室で休ませてもらえよ」
「うん」
 この話は終わりとばかりに、
「お腹空いた」
 と、オレの腕を引っ張る託生の度胸に感服しつつ、でも、今日はどうも落ち着きそうにない自分自身に、ALPまで迎えに行こうと決める。
 過保護と言われるかもしれないけど。いつか慣れるから、許してくれ。


2013年02月11日(月)
「あれ、ギイ、なにしてるの?」
「うん?竜頭を巻き上げてるんだよ」
「………もしかして、その時計、手巻き?」
「オレのはな」
「じゃ、ぼくのは?」
「クォーツだよ。普通に電池が入ってる」
「………面倒じゃない?」
「ははっ、託生ならそう言うと思った。クォーツで正解だったな」
「ギイは?」
「オレ?全然。巻き上げながら、託生も同じ時計をつけてるんだなぁと幸せに浸れるし」
「………///」


2013年02月10日(日)
キッズルームのドアを開け、ギョッとして足を止めた。
「ギイ、お帰り」
「父さん、お帰りなさい」
「………ただいま。なにしてるんだ?」
足元に寝転んでいる託生、大樹、そして一颯。
「あーあー」
「はいはい」
一颯の声に託生が起き上がり、そのまま一颯を抱き上げると思いきや、180度回転させて、またその場に置いた。
ころん。
「お?」
ころん。
「おぉ」
ころん、ころん、ころん。
部屋の隅から隅まで、コロコロと一颯が転がり、その後を追って大樹が笑いながら同じようにコロコロと追いかけていく。
「寝返りから戻ることができるようになったんだな」
「うん、そうなんだけど、右回りしかできないから、ずっと部屋を縦断してるんだよね」
「目が回らないか?」
「さぁ、一颯に聞かないとわかんないよ」
「それも、そうだ」
そう言っているうちに部屋の向こう側にたどり着き、
「あーあー」
文句を言う。
「はいはい」
また180度向きを変えて置くと、キャッキャと笑いながらコロコロと転がった。
「ずっと、これ?」
「そう、一颯のマイブームなんだよね」
呆れたような溜息を吐きながらも、可愛くて仕方がないというように目が笑っている。
「でも、そろそろご飯の時間だから、止めないといけないんだけど」
「止まるのか?」
「止まるよ」
「どうやって?」
「一颯、まんま」
とたん、ぴたっと動きを止め、キョロキョロ託生の姿を探し、手足をばたつかせ、
「まんまんまんまん………」
「ね?」
と可愛らしく見上げてくれるが、託生。
なにか、犬のしつけをしているように見えるんだけど。
「なに?」
「いや、なんでも」
「そう?ギイも早く着替えておいでよ」
「あ……あぁ」
この頃、たまに託生が肝っ玉母さんのように見える……とは、絶対言ってはいけない禁句だ。


2013年02月09日(土)
マネス音楽院のドアを、こうやって見るのも、そろそろ慣れてきた。
託生のスケジュールは完璧に頭に入っているので、少しでも時間が重なれば、できる限りここに来るようにしている。
なぜなら、また勘違い男が湧き出てくるかもしれないからだ。
託生が本気でぶち切れして以来、そういうヤツは現れていないらしいが、念には念をということだ。
「ギイ!」
「よ、お疲れ」
「今日は早かったんだ」
「あぁ、午後から休講になったから」
小走りに走ってきた託生の頬にキスをし、肩にかけてある鞄に手を伸ばしたのだが、なんだ、これは?
「託生、今日は荷物重いんだな」
「そうかな?いつも、こんなもんだよ」
「本か楽譜が増えたのか?」
チラリと鞄の中に目をやったものの、以前とそれほど変わらない数の書籍しか見当たらない。
「別に増えてないけど………あ、もしかして、これ?」
と、鞄のサイドにあるファスナーを開け、託生が取り出したのは………。
「扇子?」
「うん」
冬に扇子?てか、扇子なんて軽いものなのに、鞄が重い理由になんてならな………おい。
「託生、これ………」
「絵利子ちゃんに貰ったんだ。護身用だって」
優雅に広げて風を起こすような華奢なものではなく、日本の鎧を思い出させるような、不気味なほど黒光りしている、それ。
もしかして、これは鉄扇(てっせん)ってヤツなんじゃ。
「これで刀を受け止めたりするらしいよ。十手みたいなものだって。絵利子ちゃんが使い方を教えてくれたんだ」
にこにこと笑顔で説明する託生の可愛らしさと、禍々しい凶器のギャップに冷たい汗が吹き出ているような気がした。
SPが付いているとは言え、自身が護身用になにかを持っていることは大切だ。
託生のことだから、表立って武器になるようなものは、嫌がるだろうし。
だからと言って、鉄扇を持たせるなよ、絵利子。オレに向けられたら、どうしてくれるんだ?!
「まだ使いこなせてないんだ。ギイ、練習に付き合ってくれる?」
………小首を傾げてのお願いに、オレがNOを言えるわけがない。
「ギイ?」
「あぁ、いつでも、付き合ってやるぞ」
痣だらけになろうとも、託生の為だ。こうなりゃ、とことんまで、やってやる!


2013年02月08日(金)
「タクミ。婚約者がいるって聞いたんだけど」
「うん。そうだけど……」
「それって、ストラディバリウスの持ち主?」
「うん、それがなに………」
ガシッ!
「俺が助けてやるから!」
「は?え?なに?」
「ストラディバリウスの為に、結婚なんて止めろ!」
「いや、別に、バイオリンは関係ないん……」
「自分を偽るな、素直になれよ!」
「だから、バイオリンが!」
………というような勘違い妄想男がいたら、ギイ、どうするんだろうねぇ(妖笑)

がんばって、妄想してみたよ。勘違い男。

「顔と金だけだろ?タクミが自分を偽っているのは、わかっているんだから」
瞬時、怒鳴りつけようとしたオレの袖を託生が引っ張った。と同時に感じる。
託生の空気が変わったのを。
「ぼくが、どう偽っているって?」
そろそろと横目で託生を伺うと、ゾクリとするほど綺麗な笑顔でそいつを見ていた。
「素直に自分の気持ちを出しているように見えないから」
「うん、だから、どういう意味かって、ぼくは聞いてるんだけど?」
バカだ、こいつ。
託生の上っ面だけしか、見てなかったんだな。
ライバルにもならない勘違い男だけれど、託生の逆鱗にふれたのは同情する。
「じゃ、君は、ぼくが誰を愛してるんだと思ってるんだよ」
「それは………」
と言いながら、なぜか頬を赤らめた。
その面と、全然、似合ってないぞ。
「言わせるなよ」
「言ってくれないと、わからないんだけど」
「あー、もう、俺だろ?」
………バカだ。本当に究極のバカだ。
「いつ、ぼくが君を好きって言ったかな?」
「言わなくても、わかるって。タクミの気持ちは伝わってるよ」
「………ギイ」
「うん?」
「キスして」
「いいのか?」
「わかんないみたいだから」
と睨まれながら言われる台詞じゃないような気もするが、託生からの誘いなら喜んで。
「ん………」
「愛してる、託生」
キスの合間に、囁いて、
「ぼくも………」
なんて、託生からの言葉も貰って。
いつの間にか、外野がいることなんて忘れてしまった。


2013年02月07日(木)
「ギイ、名前決めてくれた?」
「あぁ。『さくら』」
「………だと思ってた」
「バレてたか」
「漢字は?」
「それが、迷ってるんだよ」
「え?」
「これ」
「………これ全部『さくら』?」
「そ。どう思う?」
「うーん。みんな漢字を使ってるから、かな文字は除外して……」
「『桜』の文字を使うか、『咲』を使うか、『彩』を使うか、『沙久』を使うか、」
「だよね。『花』一文字で『さくら』っていうのも読みにくいし、『朔』の文字は女の子っぽくないし」
「託生がバイオリンやってるから『作楽』もあるけど、なんとなく違うだろ?」
「うん………あ、これも『さくら』って読むの?『さくみ』じゃなくて」
「あぁ、らしいんだ。こじつけっぽいところは、あると思うけど」
「ぼく、この文字がいいな」
「『咲未』か?」
「うん。未来に咲くっていいと思う。でも、読みにくいかな」
「いいんじゃないか?日本の戸籍登録にしか使わないんだし」
「じゃ、これがいい」


2013年02月03日(日)
「赤池家は、節分イベント終わったんだ」
「あぁ、ちょうど日曜日だったから、朝から巻き寿司を作ったよ」
「いいなぁ。赤池君お手製の巻き寿司なんだね」
「いつも、家のことは奈美に任せきりだから、たまにはな」
「そっか」
「そっちは、これからだろ?豆まきするのか?」
「一応恵方巻きは食べるけど、豆まきはしないよ」
「まぁ、日本の行事だから、無理にしなくても……」
「じゃなくて、昔やろうとしたんだよ。鬼役の人も準備してたんだけどさ、できなくなっちゃったんだ」
「はぁ?咲未ちゃんはともかく、上の二人は、豆まき楽しみそうなのにな、ギイに似て」
「それ!ギイに似てるから、豆を全部食べちゃったんだよ」
「…………なるほど」
「だから恵方巻きも大変でさ。シェフが朝からものすごい数を作ってるよ。ギイも今日は早く帰ってくるって言ってたし」
「心からシェフに同情するよ」


2013年02月02日(土)
「イブキ、昨日のは彼女?」
「は?オレ付き合っている女なんていないぞ」
「隠すなよ〜。日本人の姉妹と歩いてたじゃないか。お前が付き合ってるの、どっち?姉?それとも妹?」
「……………それ、オレのお袋と妹」
「またまた〜、照れるなよ。紹介するのが恥ずかしいのか?うん?」
「紹介してほしいのなら、家に来ればいいじゃないか。どっちもいるから」
「…………………嘘だろーーーっ!」
「嘘じゃねぇよ」
「どう見たって20代前半じゃないか!」
「日本人は若く見えるからじゃないのか。たぶん、お前の母親とそう変わらないと思うぞ」
「……………お前の母ちゃん、紹介してくれ!」
「殺されるぞ、親父に」


「ツレが、母さんのこと、20代前半にしか見えないって言ってたよ」
「………その子、目が悪いんじゃない?」
「そうかな」
「うん、そうだよ。一度、眼科検診行ったほうがいいって」
「お母様、これ、見て」
「うん、なに、咲未?」
「………普通の女性なら、若く見られて嬉しいはずなのにな」
「一颯。母さんに普通を求めるのは野暮だ」
「自分に無頓着だしね」
「父さんが褒めすぎるから、受け流す癖がついてるんだよ。本気で言ってても、冗談にしか聞いてもらえない」
「うん、父さん、いつも本気だよな」
「あ、一颯」
「なに、母さん?」
「一度、家に連れておいでよ。ぼく、一颯の友達に会ってみたいな」
「いや、あいつ忙しいから、無理だと思うよ。………ツレの不毛な恋を後押しする気はないし(ぼそ)」
「そうなの?機会があったら、遊びにおいでって伝えておいて」
「うん、わかった」
「………人一人の命を救ったな」
「だろ?」


2013年01月31日(木)
「キャベツ畑の中心で妻に愛を叫ぶ、略して、キャベチュー」
「………突っ込みどころ、満載なんだけど」
「そうか?」
「そうだよ。だいたい、なんでキャベツ畑?」
「そりゃ、コウノトリと同じ理屈じゃないか?キャベツから子供が生まれるっていう」
「今時の子供でも信じてないよ、それ」
「と言いながら、甘い夜をだな」
「へ?ちょっ………ギイ、待って!」
「オレは、ベッドの中心で託生に愛を叫ぼうかな」
……本当のところ、意味は知りません;キャベチュー。
⇒bit.ly/xgxM5f


「託生、これに合わせて足を置いてみてくれ」
「これは、なに?」
「ハグマット新聞」
「………今度は、なんの計画?」
「愛妻の日記念、倦怠感削減愛情持久力向上プログラム、略して、ハグタイム計画」
「略してないけど」
「午後8時9分に世界同時ハグだぞ。これほど、すごい計画はない!」
「………とりあえず、地球上で24に分けてハグタイムがあるってことだね」
「そういうことかな」
「同時じゃないよね」
「まぁまぁ」
……本当に世界でやっているのだろうか。ハグタイム計画。
⇒bit.ly/hB7YLk


2013年01月26日(土)
「ぎい?」
「うん、ただいま」
「ごめん、また寝ちゃってたんだね」
「いいって。妊娠中は眠くなるんだってさ」
「そうなの?寝ても寝ても寝足りないみたいで……ふぁ〜」
「寝る子は育つって言うだろ?」
「なんか違うような気がする……」


「2Dとか3Dとか4Dとか」
「見たよ」
「見たのか?!」
「2Dだけど、写真見る?」
「見る!」
「今は3センチくらいって」
「……………」
「ここが頭で、体で、手と足だって。パタパタしてたよ」
「……………」
「ギイ?」
「…………オレも見たかった!次の検診はオレも行く!絶対行く!」
「それはいいけど、仕事をサボらなければ」
「島岡に調整させるから大丈夫だ。で、これは貰っていいか?」
「写真?いいけど、どうするの?」
「もちろんデスクの上に飾る!」
「…………ギイ、それ止めたほうがいいと思う」


「孫よ孫!」
「託生さんの子供なんだもん!絶対可愛いわよ!」
「あのね。託生の子供でもあるけど、オレの子供でもあるんですけど」
「まぁ、そうとも言うな」
「なんですか、それ?!」


「はい、どうぞ〜」
「失礼します」
「義一様のお荷物が届きましたので……」
「それ、なに?」
「アカデミックドレスでございますよ」
「アカデミックドレスって……あの、卒業式で着る?」
「はい」
「うわぁ、ぼく、初めて見た」
「これって、みんな一緒なの?」
「いえ、修士、学士、博士とデザインが異なりますし。これは博士のデザインですよ」
「へぇ、博士の……ん?」
「どうかされましたか?」
「ううん、なんでもない」

「お帰り、ギイ」
「託生、ただいま」
「ギイ、あれ」
「うん?あぁ、届いたのか」
「あのさ。ギイ、コロンビア大学に行ってたんだよね?」
「そうだけど?」
「それって、コロンビア大学院の間違いじゃないの?」
「え……?」
「これ博士のデザインだって聞いたんだけど?」
「えーと?」
「どういうことなのか説明してもらえないかな」
「あの……な……」
「なに」
「隠していたわけじゃないぞ?」
「へぇ」

今となっては、ボツった設定;


2013年01月12日(土)
「母さんってさ。携帯だけは必ず持ってるよな。性格的に、忘れそうなのに」
「………あぁ、お前は小さかったから覚えてないんだな」
「なにが?」
「俺達が小さかった頃、よく携帯を忘れて、父さんが小言を言ってたんだよ。それで、今の携帯を無理矢理渡したんだ」
「………よく、わからないんだけど」
「一度、母さんの携帯アプリを見せてもらったらいい。メトロノームにチューナー、簡易ピアノや、直接書ける五線紙メモなどが入ってるぞ」
「ようするに、電話やメールなどの連絡ツールじゃなくて………」
「母さんにとっては、音楽関連の便利ツールの宝庫」
「………思い出したんだけど、確か演奏家のプロが愛用しているアプリって、Fグループの子会社が開発してなかったっけ?」
「それ、父さんが母さんのために作った会社」
「………携帯を持たせておくために、そこまでするか?」
「いいんじゃないか?今では、音楽関連アプリのシェア1位独占だろ?」
「母さんって、すごいんだな」
「………あぁ、Fグループの命運を握っている人だ」


「父さん」
「なんだ、一颯?」
「兄さんに聞いたんだけどさ。携帯アプリの開発をしている会社って、母さんのために作ったんだよね?」
「あー、どちらにしても、いつか手を出す予定の分野だったんだ。ただ、いまいち方向性が決まっていなかったから、音楽関連という大まかなカテゴリーにピントが定まってよかったよ」
「もしかして、他にもあるとか?」
「なにが?」
「母さん関係のところ」
「そうだなぁ……。防音設備、音響設備、オーディオ機器とスピーカー開発。あぁ、レコーディングスタジオも作ったな。託生が国外に行くようになってからは旅行会社……チケットを取りやすいから。あとは、ホテルの買収とグループ化。それから………」
「………父さん」
「うん?」
「よく、母さんにバレないね」
「当たり前だ。オレに抜かりはない!」
「………これで、いいのか、Fグループ?」


2013年01月08日(火)
「日本から帰るだけなのに、ファーストクラスなんて、なに考えてんだよ?!」
「そりゃ、コンサートで疲れてるだろうし、やっぱりゆっくり横になりたいだろ?」
「ぼくはエコノミーでもいいくらいなのに!」
「いや、お前、総帥夫人としてそれはどうかと思うぞ?せめてビジネスと言ってくれよ」
「じゃ、ビジネスにするよ。だからファーストはキャンセルにして!」
「でも、絶対ファーストの方がいいって」
「無駄遣い、禁止!」
「そのくらい無駄じゃ…………」
ふとギイが口を噤み、そしてぼくの後方に視線を向けた。
「ギイ?」
ギイの視線を追って振り向くと、細く開いたドアの前に見慣れない物が置いてある。
「なに、あれ?」
ぼくの声に反応したように、それ、は、ピカピカくねくねと勝手に踊った。
「さぁ?」
答えたギイの声に反応して、またもや、ピカピカくねくね。
「で、ファーストでいいよな?」
ピカピカくねくね。
「いや、だからビジネスでいいって」
ピカピカくねくね。
真剣に話し合いしているぼく達の声に反応して、ピカピカくねくねと、おちょくるようにサングラスをかけた花が踊る姿に、笑いがこみ上げて会話が続かなくなってきた。
ドアの隙間から4つの目が見える。あれは………。
「いーぶーきーーっ!さーくーらーーっ!」
「きゃーーっ!」
「逃げろーっ!」
どたどたと遠ざかる足音に呆れつつ、ドアの前に置いてあるフラワーロックを手に取る。
「もう、笑うしかないじゃないか」
ピカピカくねくね。
「あいつらなりの思いやりだろ?」
ピカピカくねくね。
まったく、いつ日本から取り寄せたんだか。
「これ寝室に置こうか?」
「……なに考えてるの?」
「いやぁ、託生の声に反応……てーっ!」
容赦なく踏んだ足音に、ピカピカくねくね。
とりあえず、持ち主に返しにいこうか。たぶん一颯だと思うけど。
話し合いは、そのあとで。


2012年12月22日(土)
「そのまま使える婚姻届」&「ほんとうの妄想用婚姻届」&「婚姻届を永遠(とわ)に残せる封印アルバム」愛極まる3点セット………。

「島岡?あ、オレ」
「……なんでしょうか」
「お前、今、日本だろ?」
「買いませんよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「貴方のことですから、ゼク●ィを頼まれるかと思いましたが?」
「ナーイス、島岡。よく、わかってるな」
「だから、買いませんってば」
「今回は封印アルバムがついてるんだ。オレと託生の愛を永遠に封印しておけるなんて、買うしかないぞ」
「ギイ、何回婚姻届を書けば気が済むんですか………」


2012年11月22日(木)
「お兄様〜。できたわよ〜」
シェフと厨房に篭っていた咲未が居間の入り口から顔を覗かせた。
「お疲れ、咲未」
兄貴がソファから立ち上がり、ニコニコと笑っている咲未の頭を撫でる。
咲未の手には、大き目のバスケット。
「見てもいい?」
オレの言葉に、胸に抱えたバスケットを開け、オレと兄貴の目の前に、ずいっと自信たっぷり掲げた。
「うまそ〜〜」
「可愛いね、咲未」
「お母様に教えてもらったものだけどね」
猫型稲荷ずしに、ひよこ卵に、タコさんフランクフルト。
………激しく違うと、赤池さんには言われたけれど、これは形じゃない。作った人間が重要なんだ。
「じゃ、母さんに声をかけるか」
兄貴の声を受け、お袋が篭っている防音室に足を向ける。
分厚いドアをノックし、しばし待つと、中からドアが開いた。
「大樹?一颯?咲未?どうしたの、三人揃って」
勢ぞろいしたオレ達に、視線を往復させながら、お袋が驚く。
まぁ、そうだろうな。
基本、お袋がここに篭っているときは、オレ達も「仕事中」だと暗黙の了解で邪魔はしないようにしていたから。
「実は、父さんの夜食を咲未が作りまして」
と、兄貴が口実を言う。
「咲未が?」
証拠にと、咲未がバスケットを目の前に上げる。
「島岡さんにメールで聞いたら、ロビーまで取りに行きますと返事が来たので、一緒に行っていただけませんか?」
「……島岡さんの邪魔したんじゃ」
「一応、メールで………咲未が作ったんで」
苦笑しつつ小声で言葉を紡いで、妹思いの兄貴を演じた役者一人。
そう言われれば、お袋だって文句は言えまい。
「そっか。ギイも咲未の手作りのお弁当だったら、大喜びするだろうね。一緒に行こうか」
よっしゃ。
こっそり、三人で親指を立てたのを、お袋は知らない。
本社の車寄せに島岡さんの姿が見えた。
「お母様、はい」
「え、咲未?」
「マスコミがどこに隠れているかわからないだろ?」
肖像権にうるさい親父は、オレ達の写真に関して細心の注意を払っているから、こういう場所ではお袋が表に立つのが適当だ。
それを認識してか、お袋が咲未から素直にバスケットを受け取った。
車が止まり、兄貴がドアを開ける。
お袋が車の外に足を踏み出し、島岡さんに向き直ったそのとき。
バタン!
「え?」
「早く!」
急発進した車の車窓から、慌てたお袋の姿が遠くなっていく。
「11月22日だからな」
「いい夫婦の日だもんな」
「お父様とお母様の日なのね」
あとは島岡さんに任せておけばいい。
たまには、夫婦水入らずで、二人の時間を楽しんでもらえればと、数日前から用意していた、オレ達からのプレゼント、
「でも、お父様とお母様は、毎日ラブラブだけど」
咲未の素直な台詞に、オレと兄貴は大きく頷いた。


2012年10月24日(水)
「プライベートジェットなんて贅沢だよね……」
「昨日の今日だから、これは勘弁な」
「うん。ギイ、いつ休暇が取れるかわかんないし、旅行する予定もなかったもんね」
「マイアミについたらマリーナ行きのバスだからさ」
「バス?」
「そうそう。久しぶりだろ、バス?」
「なぁ、兄さん」
「なんだ?」
「ほんとにバスに乗るのか?」
「断言しているんだから、バスで移動するんだろ」
「節約してますって?」
「一応な」
「……もしかして、他の客って全員SPとか?」
「当たり前だろ?」
「やっぱり……」


2012年10月21日(日)
「うーん」
ふんわりとした光が僕を包み込んでいるような気がして、目を開けた。
そこは、ペントハウスの僕の部屋………のはずだったのに。
「あれ?」
空色の壁は?飛行機が飛んでいる天井は?
いつもと違う光景に、右を見たら、なぜか大樹お兄ちゃんが寝ていて、左を見たら、同じように咲未が寝ていた。
いつのまに引っ越しちゃったの?
ベッドの正面に大きな窓があって、カーテンが引かれていた。
そこから、ふんわりした光が入っていたようだ。
ベッドを降りて、ぺたぺたと裸足のまま窓に近寄り、カーテンを開けた。
「…………孔雀?」
窓の向こうに一羽の孔雀。
じっと見詰め合っていたら、バサッと羽を広げて、ビクリと一歩後ずさった。
「本物の孔雀だ………」
ここがどこなのかわからないけれど、もしかしたら夢の中かもしれないけれど、こんな綺麗な孔雀を見たのは初めてだ。
「お兄ちゃん!咲未!孔雀!孔雀がいるよ!」
わっさわっさと二人のベッドを揺らして、
「なんだよ、一颯………ここ、どこだ?」
「んー、おにいちゃま、なーに?」
「孔雀!孔雀だってば!」
窓を指差して二人に起こす。
「おぉ!孔雀だ」
「くじゃく……ってなぁに?わぁ、綺麗な鳥さん!」
窓の前で三人、大騒ぎしていたら、
「朝から元気だなぁ」
と、父さんが入ってきた。
「父さん、孔雀だよ、孔雀!」
「だろ?喜んでもらえてよかった」
嬉しそうに笑った父さんも一緒に窓の前まで来て、四人でとことこ歩く孔雀を見ていたら思い出した。
………ここは、どこ?

「家族の食卓」のラストに出てきた孔雀話でした。


2012年10月19日(金)
「専務?」
「あぁ。親父が、『このまま肩書きなしだと、なにかと不便だから』ってさ」
「へぇ。でも、前に言ってたよね。幹部の人達が意見するって」
「そうだけど、結局は親父が決めることだから、口出しはできないさ。それに、オレが次期総帥なのは公表していることだし、親父代理で動くことも今まで以上にあるから」
「ふぅん」
「今はないポジションだけど、数年後には副総帥の席を作って、15年後までには、隠居したいって言われてる」
「15年後って……ギイ、まだ30代だよね。総帥には若くない?」
「そうか?親父だって、その頃には総帥だったぞ?」
「あれ?……そっか。祠堂にいたときには、お義父さん、総帥だったね」
「そういうこと」
「ギイの体が心配だな……」
「大丈夫だって。大樹に兄弟を作ってやれるほど、オレはまだまだ元気だぞ」
「ギイ!」

ということで、Resetとおふぃすらぶが副社長。Lifeでは専務で。違いはないと思いますけど(笑)


「なぁ、崎専務って言って」
「………ギイ、なに考えてるの?」
「昼下がりのオフィスラブ?」
「………大樹ー。スケベなダディは放っておいて、マミィとねんねしようねー」
「お、おい、託生ーっ」


2012年10月08日(月)
「ギイ、このバッグ買って♪」
「おい、絵利子。なんで、オレが………なんだ、これ?!」
「シ○ネルの新作バッグ」
「頑丈すぎるだろ。ってか、お前いったいなに考えてる?」
「あらぁ、新作バッグが欲しいだけよ」
「なわけないだろうが。底に錘を入れてぶん回すか、円月輪のようにぶん投げるかしか考えてないだろ?!」
「このまま相手に転がすこともできるわよv」
「お前、バッグの使い方間違ってる」
⇒http://t.co/Vppxvhlt
うん、昨日のシ○ネルのバッグ


2012年09月24日(月)
その日はなぜだか、朝からおうちの中が変だった。
ダディが珍しくお仕事がお休みで、朝からおうちにいる。なのに、マミィは嬉しそうじゃない。
「託生。無理しなくてもいいんだぞ?」
「う……ううん!無理じゃないよ!」
「……無理だって言ってくれよ」
なんてダディの言葉がボソリと聞こえて、なにかマミィが無理をするんだと思った。
「だって大統領主催なんだろ?」
「……そうだけどな」
「お義父さんもお義母さんも招待されてるんだろ?」
「……そうだけどな」
「だったら大丈夫だよ」
と言ったマミィの顔がひきつってる。
「それとも、やっぱり………ぼくじゃダメ……かな」
「そんなことないぞ!本当は、見せびらかしたいくらいなんだ!………ただ見せるのが勿体ないだけで!」
「ギイの言ってること支離滅裂だよ」
「いい加減、わかってくれ。複雑な男心を」
ふくざつなおとこごころってなんだろう。
ぼくには、わかんないや。


2012年08月27日(月)
「ねぇ、ギイ」
「うん?」
「ギイの給料日って、いつ?」
「………は?」
「あ、だって、あの……ほら!給料日は、ちょっと食卓が華やかにしたほうがいいとか、ケーキ用意したほうがいいとか!………ちょっとサービスしたほうが……いいとか」
「……託生。お前、またなにか女性雑誌読んだだろ?」
「……うん」
「いいけど。正確には、365日24時間、口座には随時入ってくる」
「え?」
「不動産とか証券とかの関係で、自動的に入ってくるんだよ」
「……え……と……?」
「だから、給料日はいつ?と言われたら、毎日」
「毎日?!」
「託生、サービスしてくれるんだ?」
「いや、あの」
「どんな、サービスしてくれるのかなぁ」
「言えるほどのサービスなんてできないから!」
「毎日、託生がサービスしてくるのか。オレ、幸せ者だよなぁ」
「無理!絶対、無理だから!ぼく持たない!」
「なに、考えてるんだよ?」
「!!!」
「託生……スケベ」
「〜〜〜〜〜ギイのばかーーーーっ!」


2012年08月23日(木)
妄想用婚姻届。書かせたい。あの二人に。「キスの有無」なんて有はあっても無はないよ。ってか数は無制限だろ。てか、この紙欲しさに、ゼクシィ買いたいと思う私は終わってるorz   http://t.co/eoUdJp7L @TwitPicさんから

「託生。日本側に婚姻届出すんだろ?」
「うん。あ、それ」
「あぁ、用紙送ってもらった。オレの分は書いたから、託生も記入してくれ」
「うん、わかった。……葉山託生、と。挙式日程?んと、○月○日。相手の呼び名……はぁ?献立?キス?」
「ほら、書けよ。オレはきっちり書いたぞ。帰宅時は『それとも、あ、た、し』にチェックして」
「……この婚姻届おかしい」
「どこがだよ」
「全部!」


「兄さん、どうかしたのか?」
「一颯か……」
げんなりした様子の兄貴の背後。リビングの中から、親父とお袋の怒鳴り声がする。
またやってるのか。
どうせ、犬も食わない夫婦喧嘩だろうけど。
いいかげん慣れたもので、オレの後ろについてきた咲未は、キョトンとしてドアを眺めている。
「今度はなにが原因なんだ?」
「婚姻届がどうとか言ってるぞ」
「はぁ?」
婚姻届って、日本の戸籍システムに必要な書類のことだよな。確か、日本のお袋の戸籍謄本の身分事項欄に婚姻した事実が書いてあったから、婚姻届は出している。
今更、婚姻届でもめるなんて、どういうことなんだ?
ゆっくりとリビングのドアを開き、3人で覗き込んだ。
「けど、サインはしただろうが!」
「サインって……一番上が名前の欄だから、気付かずに名前を書いただけだろ?!」
「自筆でのサインじゃん」
「そうかもしれないけど、だいたいね。あれは婚姻届じゃなかっただろ」
「立派な婚姻届だと思うぞ」
「違う!」
親父の手にはラミネートコーティングされた一枚の紙。
婚姻届というのを見たことはないけれど、あれが婚姻届なのだろう。
「父さん、母さん。なにを揉めてるんですか?」
代表して兄貴が二人に声をかけた。
とたん、クルリと親父がオレ達に視線を移し、
「飯と風呂とあたしだったら、あたしだよな?!」
この答えが当然だよな?とばかりに、親父が噛み付く。
………普通、我が子に聞くか?
あれだろ?
『ご飯にする?お風呂にする?それとも、あ、た、し?』ってか?
そりゃ、オレも男だから、たぶん好きな女にそう聞かれたら、有無を言わさず襲うだろうけど、親父の口を慌ててふさごうとして、反対に腕を取られたお袋の顔を見れば、素直に答えるわけにもいかず、兄貴と顔を見合わせた。
「あー、それは……」
「そのときの状況により………」
「ご飯とお風呂とあたしだったら、あたしでしょ?」
口ごもったオレ達を尻目に咲未が目を輝かせて、きっぱりはっきり答えた。とたん、その場にいた全員が固まる。
「さ……咲未………」
お袋は血の気を引き、親父に至っては冷や汗までかき、顔は土気色に変わった。
「ご飯よりもお風呂よりも、お父様はお母様が好きってことなんでしょ?」
無邪気な問いに親父はコクコクと首を振り、そのままお袋を横目で見て、その視線にお袋もコクコクと首を振って、なぜだか、オレも兄貴も首ふり人形に変化した。
ニコニコと笑う咲未と首ふり人形4人。
……崎家の夜は、こうして更けていく。


2012年07月26日(木)
「貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました」
Fグループの次期総帥崎義一氏へのインタビューが終わり、周りが片付け始めたとき、
「あの…」
声を少し落として、もう一度崎氏に声をかけた。
「はい?」
「先月お子様のお誕生日だったんですよね。おめでとうございます」
3年近く前、崎夫妻を突然襲ったスキャンダルと収拾のきっかけとなった夫婦の固い絆を見たときから、実はこの夫婦のファンだったのだ。自分よりも随分若い人間ではあるけれど、もしも会うことができたら一言でもお祝いを言いたかったのだ。
「え……あぁ、ありがとうございます」
「あ、これは個人的に、です。あの事件はもちろん承知しておりますが、我が社はビジネス関係専門ですので」
暗に、プライベートは一切掲載しないと滲ませて、
「可愛いでしょう?」
と、続けた。
「それは、もう!」
本当に嬉しそうに笑う次期総帥に、思わず自分まで笑顔が浮かぶ。
「でも、これだけお忙しかったら、なかなかお子さんと過ごす時間がないのでは?」
「わかりますか?」
「えぇ。私もそうだったんで」
「貴方も?」
「えぇ。今は中学生になってますが、まだまだ赤ん坊って頃は、まだ私も下っ端でして残業続きで寝顔しか見れなかったんですよ」
「そうですか……」
「なにか、あったのですか?」
「えぇ。先日、出張に出る朝に『次はいつ来るの?』と言われまして……」
ドーンと背景に縦線トーンが見える。
しかし、その台詞に、こちら側のスタッフの間に同情とも同意とも取れるように皆が大きく頷き、特に若いスタッフも己の状態を思い出したのか、次期総帥と同じようにドーンと縦線トーンを背中にしょった。
「世の中の父親が、乗り越えなければならない大きな山ですよね」
「そうなのでしょうか?」
「あ、奥様に毎日写真を見せてもらうとか……」
「えぇ、それはやってくれてるんですよ。妻が毎日『ダディだよー』と写真を見せてるので顔は覚えているんですが、2Dと3Dでは違うようで……。久しぶりに会ったら『おっきぃ』と引かれました」
可哀想だ。あまりにも可哀想だ。
なんとかしてあげたいけれど、こればかりはなにもできない。
「もう少し大きくなれば、わかりますから」
「そうですね。あと少しの我慢なんですね」
遠い目をした次期総帥に、大きく頷いた。


2012年07月14日(土)
「ギイ、お帰り」
「ただい……どうしたんだ、大樹?」
「んー、なんか今日は機嫌が悪いみたいでさ。起きてからずっとグズグズ言ってて、ぼくもイライラしてきたから、気分転換に遊んでみた」
「………で、七三分け?」
「うん、可愛いだろ?写真も撮っちゃった」
「たしかに可愛いけど……」
「次はちょんまげにしてやろうかなって。絵利子ちゃんに言ったら、可愛いゴム持っていくねって」
「大樹。あまりマミィを困らせるなよ。お前の恥ずかしい写真が増えるだけだからな」


「ギイ、お帰り」
「ダディ、おかえんなさい」
「あぁ、ただいま、大樹。ただい……託生……」
「一颯、可愛いだろ?」
「かわい…い……けど」
「あのね、一颯、ずっと泣いてたの。抱っこしてもダメだったの」
「そうか。大樹もお手伝いしてくれてたんだな」
「そうなんだ。あまりにもギャンギャン言うから、遊んじゃった」
「けどな、託生。モヒカンは止めてあげたほうがいいと思うぞ?」
「なんで?可愛いのに、ねー?」
「ねー?」
「……我が息子ながら不憫だ」


2012年06月21日(木)
日本で術後半年と言われていた。
だから次の通院でOKを言われるのはわかっていたけど、日にちが近づくにつれ、そわそわとしているようなギイに、ぼくの方こそそわそわとしてしまい、気恥ずかしくなって今回だけは一人で病院に行きたくなった。
ぼくの通院に合わせて仕事を休んでくれているギイには感謝しているけど、それとこれとは別。
OKが出たから、はい、しましょう、は、少し違うような気がする。
だから、通院の日の夕方からギイが出張だと聞き、ホッとした。
いつまでも逃げられるとは思ってないし、ぼくだって、その……ギイとそうなりたいと思ってるけど、この体になってそういうことをするのは初めての経験になるから、心の準備を整える時間が欲しかった。


2012年06月05日(火)
「あの、お義父さん……」
「ん?託生さん、どうしました?」
「あれ、ショベルカーですよね?どうして裏庭にショベルカーなんか……」
「あぁ。大樹と一颯にお砂場を作ってあげようと思ってね。公園の砂は固まらないと言っていたから」
「固まらない……ですか?」
「あー、いやいや。思いっきり、砂遊びをしたいそうなんだよ」
「そうですか。でも、わざわざ隣に水道をつけていただかなくても」
「泥団子を作るためには…いやいや、いつでも手を洗えるようにしておかないと、目に入ったら危ないからね」
「そうですか。でも、あまり甘やかさないでくださいね?」


2012年06月04日(月)
「お前達、託生を好きか?」
「「好き!」」
「託生が大切か?」
「「もちろん!」」
「なにかあったんですか?」
「託生を狙ってるやつがいるんだ」
「狙う……って、どういう意味ですか?」
「オレ達から、マミィを奪うヤツだ」
「誰なんです、それは?!」
「マミィを狙うヤツなんて、やっつけてやる!」
「だから、オレが守れないときには、お前達が守ってくれ」
「ぼく達が、母さんを守る……」
「そうだ。大樹、一颯。お前達が託生を守るんだ。でなければ……」
「……どうなるんですか?」
「託生が泣くぞ?」
「母さんが泣いちゃうんですか?」
「マミィ、泣いちゃ駄目!」
「なら、わかるな?」
「泥団子を投げていいんですか?」
「許可する」
「キックしてもいいんですか?」
「許可する」
「噛み付いてもいいんですか?」
「許可する」
「なにをしてもかわない。あとのことは、オレに任せろ」


2012年05月27日(日)
「ギイ、いってらっしゃい」
「うん、留守を頼むな」
「ほら、大樹。ダディにいってらっしゃいは?」
「………ダディ、次はいつ来るの?」
「………………………」
「だ……大樹!ダディのおうちはここ!」
「うん???」
「大樹………夜に3回寝たら帰ってくるからな。ダディと遊ぼうな」
「ちょっとギイ!出張、一週間じゃ!」
「3日で帰る!絶対帰る!オレは帰ってくるんだーーーっ!」


2012年05月26日(土)
「上の二人はギイに似てるけど、咲未ちゃんは葉山そっくりだな」
「すっげ可愛いだろ?」
「ギイ!」
「外見もそっくりだけど、性格も託生そっくりなんだぜ」
「そりゃ、ギイも猫かわいがりだな」
「たった一人の女の子だしな」
「じゃあ、ギイの遺伝子入ってないかもね」
「の……野沢君!」
「あー、マジにギイの遺伝子どこにあるんだ?って感じだな」
「矢倉君!」
「そのとき、お前出張でも行ってなかったか?」
「赤池君!」
「オレの遺伝子……まさか、託生……」
「なわけないだろ?!馬鹿なこと考えるな!」
「あ、また父さん殴られてる」
「からかわれてるだけなのに、真剣に取るから……」
「お父様とお母様、ラブラブね〜」
「咲未……。お前、どうやったらそう見えるんだ?」


2012年05月25日(金)
(Ayaさまの小話の続きです。FavologにてAyaさまの小話が読めます♪)
「ギーーイーーー」
「た…託生!」
「こんな子供になにを教えてるのかなぁ」
「い…いや、日本の伝統行事をだな」
「節分は4ヶ月前に終わってるよ!」
「だから、次の節分の予行練習を!」
「えろまき?」
「こらっ、声が大き…っ」
「大樹。少し向こうで遊んでてくれるかな?」
「うん、マミィ、わかった!」
「こら、大樹、ダディを見捨てるのか?!」
「ギイ、じーーーっくり話をしようか」
「託生〜〜〜」


「えりまき…はらまき…こしまき……こしまきと言えば、着物用の下着…うっ」
「マミィ!たいへーん!ダディの鼻血がとまらなーい!」
「……今度はなにを妄想したのかなぁ、ギイ」
「いや、日本古来の着物を……」
「ダディ、こしまきって言ってた」
「…話したりないようだね」
「た…託生…」


ちょうど夕食の時間だろうからと連絡は入れずペントハウスに帰り着き、食堂のドアを開けて飛び込んできた風景に眩暈を覚えた。
「た…くみ……」
「あ、ギイ、お帰り」
「父さん、お帰りなさい」
「おかえ……なさい、ダディ」
「あ……あぁ、ただいま」
一颯、大樹とただいまのキスをし、託生の口唇の横にキスを……甘い。
たぶん皆わかってるんだろうなぁと思いつつ周りを見ると、生温い目をしてメイド達が見ている。ついでに、大樹もじーっとオレを訴えかけるように見ていた。
あの頃2歳だったけど、覚えているんだな。
「あれ、あるか?」
「はい、準備できております」
通じるところが、なんとも………。
「なに、ギイ?」
「あとでいいから、妊娠判定薬使ってみてくれ」
「なんで?」
「たぶん、三人目」
ポカンと口を開け、フォークに突き刺したものを凝視して、オレに視線を戻し、
「赤くないよ?」
今度は、そこか?!
赤繋がりじゃなくても、瓜繋がりだろうが!じゃなくて、食べ物は違っても行動は一緒じゃないか!
ぽけっと見ている託生の横に座り、肩を両手で掴んだ。
「たぶん三人目できてる」
「でもメロンだよ?」
だーかーらー!
「母さん、たぶん女の子」
「大樹?」
「だから、緑」
「あ、そうか!それで緑なんだ。大樹すごいねぇ」
それで納得するのも、どうかとは思うけど……。
というか。
「女?」
「うん、たぶんだけど。そんな気がする」
大樹の言葉に、託生にそっくりな女の子が脳裏に浮かんだ。
「ダディ、楽しい?」
「あぁ、すっげ、嬉しい」
ニヤける顔そのままに、今回も。
「大樹」
「うん」
「「ぃぃぃぃぃいいいよっしゃーーーーっ!!」」


2012年05月24日(木)
出張を終え1週間ぶりに帰ってきて、託生と大樹にただいまのキスをし、ディナーの席についたものの、その食卓の風景にデジャ・ヴを起こした。
「あのな、託生……」
「うん?」
きょとんと見返す託生は可愛いが、それ以上にテーブルに置いてあるヤツの存在感が半端なく指さした。
「それ……」
「ギイも食べる?おいしいよ?」
託生の前には、真っ赤に熟したスイカ。
「マミィ、これしか食べられないんだって」
大樹の言葉にゴクリと喉が鳴る。
周りを見回すと、メイド達の視線がなにかを訴えかけている。
「なぁ、託生」
「なに?」
「もしかして、できたんじゃないのか?」
「なにが?」
「二人目」
「え…………?」
フォークに突き刺したスイカを見つめ、小首を傾げる。
「でもトマトじゃないよ?」
託生の言葉に力が抜ける。
また気付いてないのか?そうか?そうなのか?
「あれ、来てないだろ?」
「うん?」
指を折って数えて、
「そういえば」
ぼんやりと呟いた託生に、行儀悪くテーブルに懐き、目の端に入ったメイドを指で呼んだ。
「妊娠判定薬、用意しておいてくれ」
「準備はできております」
……だろうな。
周りは気付いているのに、どうして託生は気付かないんだ?!
「ギイ?」
「ダディ?」
でも、とりあえずは。
「ぃぃぃぃぃいいいよっしゃーーーーっ!!」


2012年05月14日(月)
「兄さん、母の日のプレゼントどうする?」
「うーん」
「大樹兄様と一颯兄様と三重奏したい!咲未もピアノ去年よりうまくなったし、お母様すごく喜んでくれるし」
「……だな」
「毎年同じだけど、それしかないか」
「じゃ、咲未。自分が弾けそうな曲選んでくれるか?」
「うん、わかった!」
「問題は親父だよなぁ」
「今年は休みだって言ってたな」
「お父様がいらっしゃるとダメなの?」
「咲未は覚えてないだろうが、昔一度だけ母の日に親父がいたんだよ。で、兄さんとオレがバイオリンとビオラで二重奏してお袋が大喜びしたんだけど、親父がヤキモチ焼いてさ」
「どうして?」
「親父、楽器はてんでダメだから、お前らずるいって」
「で、殴られてたよな、お袋に」
「ふぅん?」
「島岡さん、どっか親父を連れてってくれないかなぁ」
「あー、それはいいな。あとで連絡しておくよ」


2012年05月13日(日)
「あー、パクッ」
「お、よく食べてるなぁ」
「お帰り、ギイ」
「ただいま。美味いか?」
むぐむぐむぐ。
「でもね、なんでも食べてくれるのはいいんだけど量がね……。まだまだミルク以外のものに慣らすくらいで、栄養はミルクで取らないといけないんだ。内臓にも負担がかかるだろうし」
「ミルク飲まないのか?」
「ううん。ミルクもものすごく飲む」
「オレの子だからなぁ……」
「あぁ、そうか……。ギイの子だもんね」
「あー、あー、あー」
「はいはい」
「パクッ」


2012年04月08日(日)
まだまだ豆粒みたいなものだろう。
まだまだ尻尾みたいなのがついているんだろう。
それでも、オレに取っては、全力をかけて守りたいものだった。
ぺったんこの腹の中で、ピコピコと動いているらしい小さな小さなものだけど。
まだまだ目に見えないものだけど。
託生が少し誇らしげに……そして、愛しげに包み込むオレ達の結晶に、込み上げる感情に追いつかない熱い想いが初めての愛情なのだと、オレは託生の柔らかな手のひらで知った。
まだ目に見えぬものが、これほどまでに愛しいなんて。
そして、この幸せをオレに贈ってくれた託生に、限りない感謝を。
………ありがとう。
何物にも変えられない、幸せを。
ありがとう。


2012年03月31日(土)
廊下からバタバタと近づいてくる足音に顔を見合わせ、やれやれと首を振った。指摘せずとも、この足音が誰の物なのか兄貴にも妹にも予想がついている。
「託生!」
案の定飛び込んできた親父に、
「飛行機の関係で、少し遅くなると連絡がありましたよ」
兄貴が片手に持ったままの携帯を、ひらひらと親父に見せた。
あからさまにガックリと肩を落とした親父だが、すぐに立ち直ったばかりか今入ってきたばかりのドアを出て行こうとする。
まさか、迎えに行くつもりか?
「父さん。もうケネディ空港には着いてるんですから、入れ違いになりますよ」
半分呆れた兄貴の声に、
「そ……そうか?」
情けなさそうな顔をして、親父が振り返った。
マジに、行くつもりだったんかい?
というか、仕事は?放っぽりだして帰ってきたのなら、お袋に怒られるぞ?いつも笑顔で優しいお袋だが、本気で怒らすとこの世の誰よりも怖いからな。
「お母様だって急いでお帰りになるから、お父様も一緒に待ちましょ?」
とことこと歩み寄り親父の腕を無邪気に引っ張る妹の姿に、親父の目尻が下がる。
「そうだな。家族揃って出迎えたら託生も喜ぶよな」
いそいそと、しかし、すぐに立ち上がれるように浅く座る親父に溜息が出る。
どれだけ、お袋不足なんだ、親父?


「ただいま、大樹(だいき)」
「母さん、お帰り」
すこし屈んで、お袋が兄貴の頬にキスをする。
「ただいま、一颯(いぶき)」
「お帰り、母さん」
そして、オレにもキス。
「咲未(さくら)、ただいま」
「お母様、お帰りなさい」
膝をついて、ギュッと抱きしめ小さな妹の頬にキス。
そして。
「ただいま、ギイ」
「託生、お帰り」
親父がお袋を抱きしめ、口唇に軽くキス…………?
「何秒持つかな」
「10秒は持つんじゃね?」
「お父様とお母様、ラブラブね〜」
抱き締めるの言葉より羽交い絞めの言葉が相応しい抱擁に、兄貴とオレは生暖かい眼差しに変わり、妹は小首を傾げて天然に(素直に)感嘆の言葉を口にした。
ブゥゥゥゥウァキッ!
「てーーーーーっ!」
「なに、するんだよ?!」
蛸のような親父のキスに、お袋が切れた。
「何秒?」
「んー、12秒」
「お袋にしては、我慢したんだな」
ゲシゲシと足蹴にされている親父に、自業自得だなと納得した兄貴とオレの横で、
「これも、愛情表現なのね」
と、キラキラと目を輝かす妹。
誰だよ、これを愛情表現なんて教えたのは?!
お袋の前で土下座をしている親父を、あとで締めようと決意した。


2012年03月14日(水)
「ぎい……お帰り……」
滑り込んだベッドの振動で薄く目を開けた託生に軽くキスをし、そのままシーツに潜り込んで託生の腹に、
「ただいま」
とキスをした。
直後、ポコと口唇に託生の内部から、押されたような気がした。
もしかして、これが胎動なのか?
なので、その押された箇所に人差し指を当て、ツンと突いてみる。
ポコ。
ツンツン。
ポコポコ。
ツンツンツン。
ポコポコポコ。
「ダディが、わかるのか?!」
ポコ。
「お前、むちゃくちゃ賢いなぁ」
親バカ全開!
託生の腹に向かって、ツンツンポコポコやっていたら、
「ぎーーーいーーーー」
頭上から託生の低い声が聞こえてきた。
「ものすごく眠いんだけど、なにやってるの?」
「あぁ……親子のコミュニケーション」
ポコ。
「ぼくは眠いの。普段眠りたくてもなかなか眠れないんだから、少しでも眠らせてくれてもいいじゃないか」
「あー、ごめん。返事してくれるから、つい」
ポコ。
「うん、いいけど。ぼく、寝るから」
「あぁ、お休み」
目を閉じて深い寝息に変わった託生を確認して、腹をツンと突いてみる。
ポコ。
「起きてたか。ダディはお前と会える日を、すごく楽しみにしてるんだぞ」
ポコ。
「こっちに来たときには、一緒に遊ぼうな。キャッチボールしたり、冬になったらスキーしたり。いろんなことして、マミィに怒られることもあるだろうけど、お前と一緒にいろんな思い出を作りたいんだ」
ポコポコポコ。
「お。お前も、そのつもりだな。よし。今から計画立てるからな。楽しみにしてろよ」
と、突いたとたん。
「二人とも、いいかげんに寝なさい!」
託生の声に、ピシッと固まった。
「ギイ。寝た子を起こさない」
「はい」
ポコ。
「産まれた時には、好きなだけ遊べるんだから、今は眠らせて」
それだけ言って、託生が目を閉じた。
「マミーもそう言ってるし。今日は寝るか」
ポコ。
「おやすみ」
ポコ。


2012年02月20日(月)
「託生さんの具合はどうかね?」
「えぇ、悪阻の方も治まったらしく、今はトマトばかり食べてます」
「……トマト?」
「冷たくて食べやすいとか」
「あー、母さんもそうだったかな」
「トマト?」
「いや、義一のときはチーズバーガー。絵利子のときはフライドチキン」
「……なんというか、肉食系だったんですね」
「そう。朝から晩までそればかりで、さすがに心配になって、他のも食べてみたらと言ったら……」
「言ったら?」
「『貴方は私に食べさせたくないのね!』って泣くんだ」
「……妊娠中は情緒不安定になるって言いますもんね」
「だから、今は食べたいものだけ食べさせるのがいいぞ。それとなニンニク要注意だ」
「ニンニク?」
「ベッドに入れてくれなくなるからな」
「わかりました。外食に注意します」


2012年02月19日(日)
「長期休暇のときは、大抵こんな状態だったかも」
ペロッと舌を出し、託生が笑う。
「それは困るかなぁ。こいつの教育に悪い」
「もうっ」
からかうと安心したようにホッと息を吐いてオレを軽く睨み、ポスンと託生が胸を叩いた。その手を取って膝の上にゆっくり乗せる。
「ギイ、重いよ」
「大丈夫。託生と赤ん坊くらい」
託生がオレの頭を抱きしめ、髪を優しく梳いてくれた。
それだけで、オレを支配していた血に飢えた獣のような激情が静まっていく。
「託生、離さないからな」
「うん。ぼくのいる場所はここだから」
オレの頬を包みそっと託生がキスをした。


2012年02月03日(金)
「ねぇ、ギイ。なんか道路が白っぽいんだけど」
「あぁ。塩をまいてるんだよ」
「塩?!お葬式でもあったの?」
「違うよ。水が凍るのって0度だろ?でも塩水の氷点は0度より低いから、あらかじめ塩をまいておくと雪が溶けるんだよ」
「へぇ。でもさ、塩をまいたら、車とか錆びない?」
「そんなこと気にするやつは、いないと思うぞ?」
「そんなものなの?」
「そんなもんだ」


2012年01月30日(月)
「こないだは、ありがとな、章三」
「いや。喜んでもらえたのなら、よかったよ。葉山の具合はどうだ?」
「あぁ、悪阻もおさまったようで、元気にしてるよ」
「そうか」
「なぁ、聞きたいことがあるんだが」
「なんだ?」
「ほら。あの騒動のときに『託生は承知している』と、お前言ったろ?裏づけがあるのか?」
「あー、あれか。夏に日本から帰った後、変わったことがなかったか、葉山に?」
「託生に?……そういえば、急にマナーやダンスを習ったりしていたな」
「自覚したんだと」
「なんの?」
「Fグループ次期総帥の妻だってことを」
「別にオレは、託生にそんなこと望んでないぞ」
「葉山だって、そんなことはわかっているさ。だからって甘えてばかりじゃいけないってな。『ギイに守られてばかりの弱い自分じゃダメだから、ぼくもギイを守れるように努力しないと』って」
「いつ?」
「居酒屋で呑んだとき」
「あいつ、そんなこと一言も……」
「そりゃ、そうさ。お前に言ったら『無理しなくていいんだぞ』と止めるだろ。昔の諸事情もあるようだし」
「章三………」
「まぁ、とにかく、お前に恥をかかさない立ち居振る舞いくらいは身に着けておいたほうがいいだろうって話になったんだよ」
「……オレのライバルも増えそうだけどな」
「それこそ、お前が側で守っていれば問題ない」


2012年01月28日(土)
「あ、ギイ!」
到着ゲートを抜けてきたギイに手を振って、それに気付いたギイが手を振りかけ……固まった。
そして。
「義一さん?」
隣にいた島岡さんが立ち止まったギイを振り返ったとたん、ギイが口元を押さえてしゃがみこんだ。
「ギイ?!」
慌ててギイの側に走って覗き込むと、
「お前………」
恨みがましそうな目で、ぼくを見た。
「気分悪い?」
「いや、気分はいい。半分だけ」
「半分?」
「その格好はオレの前だけでいいんだよ!他人に見せるなんて勿体無い!」
鼻を押さえながら、言い募るギイに己を格好を確かめた。
だって、たまにはこういう格好をすると浮気防止になるって女性誌に書いてあったんだもん。
ちょっと恥ずかしかったけど、どうせ、ぼくなんかに他人は目を向けないだろうしと、絵利子ちゃんに相談して選んでもらったミニスカート。
「やっぱり、似合わない?」
「似合ってる!似合いすぎて、このままホテルに篭りたいくらい」
え、そこまでの威力?
「………帰ろう」
「はい?」
「明日の朝まで、部屋から出られないと覚悟しろ」
マジ?!
女性誌の内容って、間違ってたの?


2012年01月24日(火)
「パパとママじゃないの?」
「ダディとマミーだろ?」
「へぇ」
「………なに笑ってんだよ」
「だって、ギイも小さな頃はそう言ってたのかなって」
「……いっそのこと親父とお袋でもいいな」
「んー、じゃ、短く、おとんとおかんとか、おっとうとおっかぁとか」
「………却下」


2012年01月13日(金)
「では聞きますが、朝食は誰が作るのですか?」
「それは、手の空いてるどちらかが。二人で作っても構いませんし」
「そんな優雅な時間があると思いますか?1日2日ならともかく、これからずっとなのですよ?貴方も託生さんも、料理が得意というわけではないでしょ?」
「母さんよりはマシかと……」
「なにか言いましたか、義一」
「いいえ、なにも」
「では洗濯は?」
「手の空いているどちらかが」
「掃除も、そのつもりですか?」
「はい」
「ようするに、朝早く夜遅い義一と比べれば、手の空いている託生さんがするということですね」
「あ、いえ!それなら当番制に統一……」
「朝早く夜遅い貴方が家に帰り着いてから動く姿を見て、あの優しい託生さんはどう思うでしょうね。当番制なんて関係なく、たぶん託生さんが全てをしそうな気がします」
「それは……」
「貴方は、託生さんがこちらにきた目的を忘れているようね」
「は?」
「第一に心と体の治療。第二に語学力。第三にバイオリン。貴方との結婚なんて、ついでのようなものです」
「ついでって……」
「貴方の案では、託生さんに右も左も言葉もわからない街で、一人暮らしさせるようなものじゃないですか。二人で生活したいというのは、単なる貴方の我侭。治療だけでもかなりの負担がかかるのに、これ以上託生さんの負担を増やしてどうするのですか?!」
「母さん………」
「結婚どころか2年経たずに日本に帰ってしまうかもしれませんね」
「それは困ります!」
「ではどうすればいいか、計算が速い貴方には答えを弾きだせるでしょ」
「………わかりました。本宅に戻らせていただきます」


2012年01月10日(火)
「託生の決めたことは、オレだって全力でサポートしてやりたい。でもな、これだけは、もっと考えたほうがいい」
「どうして?ギイはアメリカ国籍。この子だって、一応日本国籍も持っているけど、アメリカ国籍。それに、ぼくだって、これから先、一生アメリカで暮らすつもりなんだ」
「アメリカで暮らすだけなら、今のままグリーンカードで大丈夫だ。わざわざ市民権を取る必要はない」
「でも、ぼくは取りたい」
「託生!」
「なにかあったとき、強制送還されるような不安定な状態でいたくないんだ。ぼくは、家族で一緒にいたいんだ」


2011年12月30日(金)
手を繋ぐ。
恥ずかしがって街中で繋げなかったぼくに、君は呆れながら拗ねた振りをしたけれど、今はただの一風景に見てもらえるから。
だから、ぼくから手を繋ぐ。
嬉しそうに目を細める君に、ほんの少し視線をそらせてしまうけど、繋いだ手はそのまま。
いつだって、ギイと繋がっていたいから。


2011年12月30日(金)
「崎さん……」
先生の咎めるような呆れたような声に、
「すみません」
小さくなって頭を下げたギイにならって、ぼくも隣で頭を下げた。
「許可を出すまではと……」
はい。ギイに聞いたのに、そのときはすっかりぽっかり頭から抜けてしまって、勢いのままギイに迫って………あ、顔が熱い。
日本で祠堂の友人達に会ったり、兄さんのお墓参りに行ったり、夜は夜で、その……ギイと……。
そういう数日を送っていたから、
「一日早く帰ろう」
とギイに言われてもすぐに意味がわからず、ギイらしくなくボソボソと説明されて、血の気が引いた。
先生の許可、貰ってなかった……。


2011年12月16日(金)
「ぼくが大学生だっていうのは、わかってる?」
「もちろん」
「大学生ってのは、大学に行くものだよね」
「一般的には」
「それじゃ、どうして、ぼくが大学に行っちゃいけないのさ!」
「行くなとは言ってない!車で行けと言っているだけだ」
「徒歩10分の距離なんだよ?!」
「……去年、初雪が降ったのが10月29日だったな」
「あぁ、確かいつもより早かったんだよね」
「で、みぞれまじりで、少し積もったんだよな」
「そうだっけ?」
「そうだったんだ。ってか、お前覚えているだろ?」
「うーん?」
「……まぁ、いい。それで、しっかり、ずっぽり、滑って転んだんだよな?」
「………たまたまだよ」
「たまたま…ね。たまたまの割には、3日に1回滑っているのは何故だ?」
「でも、転んでないよ?」
「それは、SPが支えているから転んでいないだけだろ?!こんな状態で歩いて大学に行くなんて、絶対ダメだ!お前、妊婦なんだぞ?もう少し考えてくれ。雪が積もらなくなったら、歩いていっていいから」
「でも、その頃になったら、それなりにお腹も出てくるし、それはそれでギイが反対しそうだもん」
「いや、それはない」
「なんで?」
「その頃には、運動をした方がいいらしい。散歩なんてのは打ってつけなんだと。だから、歩いて通学するのは推奨する」
「………ギイ、なんで、そんなに詳しいの?」
「それは、あれだ。本で読んだから」
「そんな本、家にあったかな?」
「いやオフィスに」
「……島岡さんが怒ってる理由が今わかったよ」


2011年12月15日(木)
「日本行けなくなっちゃったね」
「医者の許可が出たら行けないこともないだろうけど、13時間のフライトはキツイと思うぞ」
「そうだよね。赤池君のお鍋食べたかったな……」
「…………」
「で、なんで、僕がアメリカまで拉致られないといけないんだ?!」
「託生が章三の鍋を食いたいってさ」
「だから二人で遊びに来いと!」
「流産したらどうするんだ?」
「……………できたのか?!」
「葉山、どんどん食えよ。締めはネギたっぷりの雑炊だからな」
「うん、ありがとう、すっごい美味しい!」
「さすが、章三。ロブスターで鍋ができるんだな」
「栄養取らないと元気な赤ん坊産めないぞ。鍋が体の芯から暖めるからな。普段からも体冷やすなよ。妊婦に冷えは大敵だぞ」
「うん、でも、まだまだ先なんだけど……」
「なんか、章三、小うるさい姑みたいだな」



「つわり……?」
「そう、つわり」
「つわりで入院………」
「あるみたいだよ?」
「じゃ、託生は………」
「吐く回数が多かったから、脱水になっちゃったみたいだね。胃が弱ってるんだと思ってた」
「オレはてっきり心労が重なったからと……」
「まさか。どう思われてもかまわないって言っただろ?」
「言った。言ったけどな」
「言いたい人には、勝手に言わせておけばいいじゃないか」
「………託生的発想を忘れていたよ」
「ギイだってそうじゃないか。利久みたいなこと言うな」

入院の原因はこれでした(笑)



「あのな、託生」
「うん?」
「3ヶ月目に入ったってことはだな。月のものが2回来ていないってことだよな」
「そうなの?」
「はい?」
「2回来てないの?」
「いや、オレが聞いてるんだけど………って、託生」
「なに?」
「お前、まさか、妊娠したら月のものがなくなるってこと知らないのか?」
「なに、それ」
「そもそも月のものってのは、排卵があって、それが受精しなかった場合、翌月の排卵に差し障るから排出してるんだ。だから、月のものが予定通りに来ない、イコール、妊娠を疑わないと」
「そうなんだ」
「もしかして知らなかったとか……?」
「うん、知らなかった」
「じゃあ、月のものってのは、なんだと思ってたんだよ?」
「うん?女性なら誰にでもあること」
「…………託生、保健体育の授業やりなおし」



「やっぱりダメかな?」
そんな上目遣いでお願いされたら、オレの自制心がグラつくじゃないか。
「次は無理かもしれないし」
確かにな。生後数ヶ月の子供を連れて……は、オレとしてもあまり賛同できない。だからと言ってシッターに預けてというのも、託生が嫌がりそうだ。
それに、知らなかったとは言え誘ったのはオレだし。
「暖かくして滑りにくい靴を履いて短時間なら」
「ありがとう、ギイ!」
ロックフェラーセンターのクリスマスツリー。
もう、クリスマスは終わってしまったけれど、毎年楽しみにしていたイベントを諦めさすのも可哀想だ。
「じゃ、着替えてくるね」
「あ、託生」
「なに?」
「腹巻と毛糸のパンツも……てっ!」
こらっ、室内履きを投げるな!
ってか、
「走るなーーっ!!」


2011年12月14日(水)
「裁判が長引いても胎教に悪そうですし」
「体協?」
「それは体育協会です」
「滞京?」
「東京でなにか用事でもあるんですか?」
「退京?」
「ここは都かっての?」
「「「…………胎教ーーーーっ?!」」」
「それしかないでしょう?」


2011年11月29日(火)
「ギイは、どう思ってる?」
「オレ?……託生が手術を受けたいと思うのなら受けたらいいと思うけど、オレは受けなくていいと思ってる」
「ギイは、体にメスを入れたくないんだよね?」
「当たり前だろ。そりゃ、手術しなければいけない病気なら仕方がないけど、わざわざ託生の体を傷つけてまで受ける手術じゃないと思ってる。それに、なんらかの後遺症が残る可能性もあるんだ。生活に支障がないのなら、自然のままがいい」
「このままでいいって?」
「あぁ。でも、託生が受けたいのなら反対はしない。託生の気持ちしだいだよ」
「でも、普通の人と違うんだよね……」
「個性だろ?だいたい、他の人と違うからといって、同じような形を作るってのも乱暴な話だと思うけど」
「だよね。やっぱり手術って怖いし。あとが痛そうだし」
「そのままでいいって」
「わかった。手術は止めるよ」



「託生は形成手術、受けたいか?」
「それ以前に、よくわからないんだけど……見たことないし……。自分が普通の女性とは違うらしいのはわかるけど」
「医学書に絵が載ってるから、帰ったら見てみるか?」
「うん………ギイは見たことあるんだよね?」
「え………?」
「何人も」
「あ…のな、託生………」
「ギイ、見慣れてるんだよね……」
「お……おい、託生……」
「その人達と、ぼく違うんだよね……」
「いや、だから……!」
「なに?」
「………ごめんなさい」


2011年11月27日(日)
「ギ……ギイ、手、離して」
「なんでだよ。別にいいじゃん。夫婦なんだし」
「でも………」
ギュッと握った手をそのままに、ギイはぼくの耳元に口唇を寄せて、
「オレ、託生と手を繋いで、麓の町をデートするの夢だったんだよな」
優しく笑った。
祠堂にいた当時は男同士だからと、ぼくが恥ずかしがって手を繋ぐことなんてなかった。
今なら、手を繋いでいても好奇な目にさらされることもない。
「ささやかな夢だね」
「だろ?だから、おとなしく繋がれておきなさい」


2011年11月12日(土)
「猫いなりは、言いたいことはあるが、まぁ、いい。ひよこ卵も、鶏卵だがOKだろう。でもな、そのタコはなんだ?!」
「託生が愛情を込めて作ってくれたタコさんウインナーだ」
「どう見てもウインナーじゃないだろ?!フランクフルトだろ?!」
「章三。そんな細かい事を言ってるとハゲるぞ」


2011年11月11日(金)
「美味しそうなのを食べているね、義一」
「なんですか、父さん?ノックもしないで」
ドアの隙間から顔を覗かせた親父に眉を寄せ、片手で弁当箱囲った。
珍しくここに来た魂胆はわかっている。オレの愛妻弁当を狙っているんだ。
「託生さんが作ってくれたそうだね」
言いながら興味津々に覗き込む親父を、
「あげませんよ」
ピシリとぶった切る。
「そんなにたくさんあるのだから、一つくらい…」
「あーげーまーせーん」
託生がオレのために作ってくれた猫いなり。誰が食わせるものか。
「そうか……。じゃあ、今度託生さんにお願いしてみるよ。義一が独り占めして貰えなかったってね」
………このやろ。
託生がそんなこと聞いたら、「ギイのケチ!」ってオレが怒られるだろうが。
「……ひとつだけですよ」
言うなり、親父はひょいと摘んで、満面の笑みで猫いなりをほうばった。
「さすが、託生さん。美味いなぁ」
と言いつつ、視線がひよこ卵に狙いを定めている。
「そのひよこも……」
「あげません」
こんなにこんなに可愛いひよこ卵を食べさせる義務はない。猫いなりで我慢しやがれ。
「父さん。そんなに愛妻弁当が食べたいのなら、母さんに作ってもらったらいいでしょう?」
「……君、あの人に言えるかね?」
溜息交じりの親父の言葉に、グッと詰まる。
親父が言えば、お袋も作ろうとするだろう。一応、仲のいい夫婦だからな。
しかし、両手で持った包丁を斧のごとく振り下ろしリンゴを切った姿を一度見れば、あの人に弁当を作ってくれなんて絶対言えない。
あまりにも危険でシェフさえも近寄れず、リンゴ一つ切るだけなのに、何故かあっちこっちに物が飛び厨房は壊滅状態に追い込まれた。
「ということで」
「あーっ!!」
オレのひよこ卵!!
「義一は幸せ者だな。愛情たっぷりの愛妻弁当を作ってもらえて」
ほくほくと息子の愛妻弁当を摘むFグループ総帥に、がっくり力が抜ける。
託生は…託生は……託生はオレのもんだーーっ!!


2011年11月08日(火)
「もしも、ぼくが生まれたときから女の子として育ってたら、ギイどうしてた?追いかけてきてくれてた?」
「当たり前だろ?あー、でも、そうなると、託生は女子寮に入っているかもだから、そうだなぁ。とりあえず、その学校の周辺の学校に進学して、自分を売り込むしかなかったかな」
真剣な顔して宙を睨む。
「売り込むって?」
「託生に存在を知ってもらえるように、その辺りをウロウロしてさ。……って、ただのストーカーだよな」
「じゃあ、ギイ的には、よかったってこと?」
「まぁな。悪い虫が寄ってきたって追い払えたし」
「だから、それは惚れた欲目だって」


2011年11月07日(月)
「あのさ……」
「うん?」
「………ごめん、いいや」
「おい、こら。途中で話を止めるな」
「うん、でも、いい」
「お前な。そんなところで切られたら、気になるだろうが?」
「でも、聞いていい気はしないだろうし」
「それはないぞ。託生が考えていること、出来ることなら全て知りたいんだから」
「でも………」
「とりあえず、言ってみろって」
「う…ん………。入院中に、神崎さんから言われたんだけど……」
「うん」
「ぼくが男として育ったことに関して『もしかしたら崎君、安心していたかも』って」
「………それは、出会った頃、託生に恋人がいたかもしれないって意味か?」
「うん………だけど、ぼく………」
「安心ねぇ。したかもしれないけど、あの時はそれ以上に託生が心配だったから、その比重はオレが思い出せないくらい低い。それにさ、お前、忘れてるよ」
「なに?」
「オレは、執念深いんだ。もしも託生が女性として育って、想定外のことが起こっていたとしても、オレはお前を捕まえてた」
「ギイ?」
「もしもその時、託生が命より大切にしているモノがあったとしたら、そのモノもひっくるめてオレは奪ってたよ」
「ギイ………」
「オレが託生の側にいない人生なんて有り得ないんだから。オレこそ託生のいない人生なんて御免だ。愛してるの意味、忘れるなよ」
「……うん。ありがとう、ギイ」


2011年11月03日(木)
和食が食べたいとおっしゃった託生様の言葉に、散らし寿司を作ったその夜。
おずおずと託生様が厨房のドアから顔を出した。
「どうしましたか?」
「あの、これって、ぼくでも作れるかな?」
プリントアウトされた紙を私に差し出し、小首を傾げた。
渡されたレシピを見て……これは、また、可愛らしい。
「これでしたら、大丈夫ですよ。これとこれは小さな型抜きで抜いて、こちらは混ぜるだけですし、……昔、工作でハサミ使ってましたよね?」
「うん。これは、自分でも切れるとは思うんだけど」
「それなら、あとはスプーンで詰めるだけですから、大丈夫ですよ」
「明日の朝、手伝ってもらえるかな?」
申し訳なさそうに託生様が、私なんかにお伺いを立てる。
詳細はよくわからないが、なんとなく義一様の様子がピリピリしているらしい事だけは、わかっていた。一番、側にいる託生様こそが、その空気に触れているだろう。
少しでも和んでもらえばとの気持ちから、このレシピを持ってこられたというのは、よくよくわかる。
「もちろんですとも。材料の準備はしておきます」
そう言うと、託生様はパーッと笑顔を浮かべられ、
「あの、ギイには内緒にね」
と、人差し指を口の前に立て出て行かれた。
プリントアウトされたレシピの写真と義一様のギャップがあまりにも大きいのだけれど、託生様から見ればそれほどでもないのかもしれない。
その辺りは、ご夫婦の仲の良さのせいかもしれないが。
さてと。
準備するものは………。
これ以外にも、フランクフルトとゆで卵を用意しておくか。


島岡さん、行きます。


何度話し合いを重ねても進まない案件に、義一さんの苛立ちがピークになっているのは手に取るようにわかっていた。
「利益を求めるのはいいが、限度を越えてはどうにもならん!」
どれだけ義一さんが妥協案を出しても、お互いのプライドが引き際を見間違えている。
「島岡、次のスケジュールは?」
「本社に戻って、託生さんの愛妻弁当を食べていただくことです」
言ったとたん背もたれに投げ出していた体をムクリと起こし、
「愛妻弁当?」
と瞳を輝かす。
あー、どうして、こう託生さんに関することは素直なんでしょう。
「はい、愛妻弁当です。朝、お預かりしてきました」
私の言葉に、さっきまでの苛立ちはどこかに行ったらしく、その場でダンスを踊りそうな様子の義一さんを引っ張ってオフィスへと戻ってきた。
「島岡」
はいはい。わかってますよ。
なんだか、お預けを待っている犬のようですね、義一さん。
義一さんの両手の上に紙袋を置くと、いそいそとデスクの上に中身を取り出した。
水筒と大き目の箱。
蓋を開けると………。
「可愛いですね」
「託生〜〜〜〜」
猫型の稲荷ずしにタコさんフランクフルト(けっしてウインナーではない)、プラス、ひよこ型のゆで卵(もちろん、うずらの卵ではない)
猫型の稲荷ずしに頬ずりしそうな状態の義一さんに、先ほどの険しい様子は微塵とも感じない。
箸を持って食べようとして、ふと義一さんが眉間にしわを寄せた。
「どうしました?」
「いや、せっかく託生が作ってくれた猫を、どこから食べたらいいかなと」
耳から?頬から?口から?
角度を変え、試行錯誤をしつつ噛む位置を考えている義一さんを放って部屋を出た。
託生さん。貴方はFグループにはなくてはならない存在です。

クッ●パッドの猫型のおいなりを見て、ふと思いついたものでした。落ち。


2011年10月25日(火)
昼食会を終え車に乗り込んでマナーにしていた携帯を確認すると、託生からメールが1通入っていた。
ニヤけそうになる顔をポーカーフェイスで隠し、メールを開いてみると…。
「は?」
「義一さん、どうかしましたか?」
これは、なんの暗号だ?
しばらく画面を見て、島岡に携帯を渡した。


本文
『L4L(小さなハートマーク付き)』


同じように画面をじっと見つめていた島岡が、
「いえ、私にはなんのことやら…」
「だよなぁ」
オレがわからないのに島岡がわかっても腹立たしく思うだろうけど、でも、これはどういう意味なのだろう。
「直接、託生さんに聞いてみた方がいいのではないですか?」
「そうだな……」
と言いつつ、たぶん教えてくれないだろうこともわかっていた。
「L4L、L4L………」
ブツブツと呟いているうちに、車は本社に滑り込んでいた。
「うー、わからん」
「まだ、考えてたんですか?」
呆れたような苦笑を浮かべ島岡がコーヒーを持ってきた。
「だってなぁ。託生のメールだぞ。なんとなく悔しいじゃないか」
こういう事は、オレの得意分野だ。それなのに、たった3文字の意味がわからないなんて。
その時、秘書室の女性職員が書類を持って現れた。
わからないだろうけど、一応、聞いてみるか。
「『L4L』って、わかるか?」
女性はキョトンとして、そして、
「もしかして奥様からですか?」
口元を手で覆い、クスリと笑った。
「意味わかるのか?!」
「はい。L4Lの意味は………」
託生のやつ、やってくれるじゃん。
メール画面を開き『L4L』にハートを3つくらい付けて、送信した。
『Love for Life  ずっと大好き。一生愛してる』


2011年10月11日(火)
「ギイ、見て見て!タコさんウインナー!」
「おぉ、すごいな、託生!食べていいのか?!」
「もちろん!ギイのために作ったんだもん」
「では、遠慮なく!」
「………あの、あれ、ウインナーですか?」
「いいえ、島岡さん。フランクフルトです。託生様に、あの小さなウインナーを切る事はできませんから」
「ですよね。タコさんウインナーにしては大きいと思いました………」


2011年09月13日(火)
義一様がサンドウィッチを喜んでいたと、託生様から聞いていた。
しかし、なんとかバーベキューの串に刺して体裁を整えたところで、あのマスタードたっぷりの厚切りタワーサンドウィッチが、義一様のお口に合うわけがない。
なので、託生様には申し訳ないが、義一様が気を使ってメールを送られてきたのだと思っていた。
思っていたのだが………。
「すっげぇ、美味かった!もう、瞬殺で完食!」
「ほんとに?」
「また作ってくれよ、愛妻弁当!」
「あいさ………ギイ!」
「島岡から聞いて、オレ、仕事がんばったんだぜ。託生の愛妻弁当だーって」
………マジっすか?
シェフ暦18年。フランスの三ツ星レストランで修行を積み、師匠と共に崎家の本宅に雇われ、義一様と託生様の結婚と同時にペントハウスのシェフ長に選ばれ………。
あのタワーサンドウィッチに負けた私の立場ってのは………。
「あの………」
「は…はいっ」
知らず視線を落とした私の足元に影が映り、顔を上げれば秘書の島岡さんが微妙な表情をして立っていた。
「あまり、お気になさらず」
「はぁ。あの、本当にあれ、全部、義一様が食べられたのですか?」
「えぇ」
「瞬殺で完食ですか?」
「その辺りは、部屋を追い出されたのでわかりませんが、大喜びされてましたよ」
「そうですか………」
あぁ、やはり、私の立場ってのは……。
「『託生さんお手製』と名がつくものなら、石でも食べるかもしれませんね」
「は?」
「たとえハバネロがたっぷり入っていたとしても、砂糖が一袋入っていたとしても、託生さんお手製なら、義一さんにとっては最高の物になるようです」
そして、島岡さんは生温い目をして、背後でラブラブな空気を増殖させているお二人に目を向けた。
託生様をべた褒めしてしまいには逃げられ、慌てて追いかけていく義一様を見ていると、なんだか悩むのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
蜜月期間真っ只中の新婚カップルだもんな。
とりあえずは、気を取り直して軽食の用意でもしてきますか。

タワーサンドウィッチ騒動、終わり!(笑)


2011年09月12日(月)
「義一さん、会議の時間に間に合わないので急いでください!」
「……はいはい。でもなぁ、島岡。これだけ分刻みだと、さすがのオレもふてくされるぞ」
「ふてくされても、仕事は待ってくれませんけどね。とりあえず、この会議が終わったらご褒美がありますから」
「……なんだよ」
「今朝、託生さんからサンドウィッチを預かっているんです。昨日のパンが残っていたからとか」
「託生が?!」
「シェフに手伝ってもらったらしいですが、義一さん。”愛妻弁当”ですよ」
「愛妻弁当………愛妻……弁当………愛妻………島岡!さっさと終わらせて、愛妻弁当食うぞ!」
「………託生さん、毎日、作ってもらえないだろうか(溜息)」


「おや、託生様、おはようございます」
「おはよう!あのね、昨日のパン、残ってる?」
昨日のパン…なにやら義一様への文句をブチまかしながら叩きつけて作った、あのパンのことだろうか。
「昨日のパンでしたら、まだございますよ。朝食にもお出ししましょうか?」
「ううん。ギイが美味しいって言ってくれたから、サンドウィッチにして持っていってもらおうかと思って」
「それはそれは。義一様、お喜びになるでしょうね」
あの義一様のことだ。託生様がお作りになったものなら、手放しで喜びそうだ。
「今からお作りになりますか?材料は、すぐにお出しできますが?」
「うん!」
ということで、エプロンをつけた託生様が包丁を持っておられるのだが……。
「切る、塗る、挟むくらいだったら、ぼくでもできるから!」
材料を並べお手伝いしようとするとにっこりと拒否され、鼻歌交じりで次々とスライスされて……託生様、パンはもう少し薄く……それ、そのままトーストできそうですけど。
あ!トマトも、やはり、もう少し薄く……あぁぁぁ!きゅうり、それ、たぶん、ゴリゴリになるかと。
「託生様!メインはローストビーフはどうでしょう?」
「ローストビーフ、ギイ好きだもんね。うん、それにする」
はぁ、これだけは元から薄切りにしているから、なんとかなる………託生様ぁぁぁ。
「なに?」
「あの、マスタードとバターは、あらかじめ混ぜておいたほうが……」
「そうなの?口に入ったら一緒だよ?」
一緒かもしれませんが、そんなにまっ黄色になるまでマスタードはお付けにならない方が……。あぁ!バター、パンに水分が染み込まなくていいのですが、厚さ一ミリも塗らなくても……。
「レタスだろ?トマトにきゅうりに卵にチーズに………」
え、まさか、全部一つに挟まれるとか?
「それから、ローストビーフ、と………でーきた!」
厚さ、20センチ。どこぞのタワーバーガーならぬ、タワーサンドウィッチ。土台のパンが重みで潰され見えません。
「どうやって、切ったらいいかな?」
「あとは、私が切って籠に詰めておきますので!」
託生様には、無理だ!絶対、倒れる!
「そう?じゃ、あとはお願いします」
素直にその場を私に譲り、託生様は厨房から出ていかれた。
これを食べる義一様に同情するべきか否か。
せめて喉に詰められぬよう飲み物の準備もしておくかと、コーヒーメーカーをセットした。


「おぉっ!」
スキップしそうな勢いで部屋に戻られた義一さんに、催促されるがままお預かりしていた紙袋を渡すと、いそいそと水筒と大きな籠を取り出しデスクに乗せた。そして、うきうきとした表情で蓋を開ける。
託生さんがお作りになったというサンドウィッチを興味津々に覗き込むと………。
「………斬新ですね」
「いや、託生は大胆なんだよ。お、食べやすいように串まで刺してくれてるんだ」
義一さんは目を輝かせているが、たぶん、違う。
全てが分厚すぎてバラけるのを、シェフが試行錯誤してバーベキューの串に刺したように見えます。
「さすが、託生。外食続いてるから、野菜たっぷりにしてくれたんだな」
いや、それもたぶん違うと思います。
それにしても、ここまで匂ってくるマスタードの香りに、どれだけ塗りたくられているのか、興味が沸きますが。
「辛くないですか?」
「うん?いや、ここまで野菜が多いと、このくらいあった方が美味いぞ?」
そうですか。そういうものですか。
たぶん、マスタードの辛さも、そのめいいっぱい大口開けても収まらない厚みも、『託生さんお手製』の前には気にならないんですね。
「島岡も食べてこいよ。休憩時間はここにいるから」
「そうさせていただきます」
義一さんは水筒からまだ暖かいブラックコーヒーをカップに注ぎ、一口飲んで満足げに私を促した。
はいはい。ゆっくり託生さんお手製サンドウィッチを召し上がりたいのですね。
それでは、邪魔者は普通のランチを食べに行ってまいります。
それにしても、義一さん。尊敬します。


2011年08月03日(水)
「お帰りなさいませ、義一様」
「あぁ、託生は?」
上着を渡しネクタイを緩めながら問いかけたオレに、
「キッチンにおられます」
複雑な顔をして執事が答えた。
「キッチン?珍しいな。何か、作ってるのか?」
「はぁ、パンです」
「パン?なんで、急に」
「それは存じませんが……」
視線をそらして執事が言葉を濁す。
首を傾げつつ、
「ちょっと覗いてくる」
「あ、義一様!おやめになった方が……」
方向を転換しキッチンに向かおうとしたオレに、慌てて執事共々メイド数人が焦った顔をして止めた。
「……なにか、あるのか?」
問いかけてもお互い顔を見合わせながら、ふるふると首を振る様子に疑問を浮かべつつ、
「オレが行ってはいけないわけじゃないんだな?」
「はい……」
確認を取り、キッチンに足を向けた。
うん?なにか、音がする?
キッチンに近づくにつれ、ドンドンと何かを叩きつけているような、乱暴な音が大きくなってきた。
そして。
「ギイのばかーーーーーーっ!!」
扉を開ける寸前、中から聞こえてきた託生の絶叫。
「ペテン師!我侭男!自己中!それからそれから……エロ魔人!!」
………ゴン。
ドアノブを手にしたまま、思わず扉に頭を打ち付けた。執事の不憫そうにオレを見る視線が、背中に突き刺さる。
「………託生は、何を作っていたんだっけ?」
「パンです」
そうだった。パンだった。
中から、ドッタンバッタン、オレへの文句と共に大きな音がするのは、単純に種を捏ねてるだけか。
確かに昨晩喧嘩して、託生の文句を聞きもせずバスルームに行ったものだから、託生の怒りが未消化なのはわかるけど。だからって、託生………。
目頭が熱くなっているのは、気のせいではないみたいだ。
そこにどのくらい、いたのだろうか。
投げつけるような音が止み、二言三言ボソボソと声が聞こえたあと、唐突に扉が開き、中から託生が出てきた。
「あれ、ギイ?」
さっぱりとした顔をして、頬に白く粉をつけ、キョトンとオレを見上げる。さっきまでの絶叫がまるで夢だったかのような、さわやかさ。
「あ…あぁ、ただいま」
「お帰り、今日は早かったんだね」
にっこり。
託生の可愛い笑顔に、「あれは夢だったんだ。夢に違いない」と、オレの願望が見て見ぬふりをしたがった。
「なにしてたんだ?」
託生の汚れた頬を指ではらい、一応聞いてみる。
「パン作ってたんだよ。発酵はシェフがやってくれるって言うから、任せてきちゃった」
「ふぅん、そうか」
あっさりと答える託生に、がっくり肩を落としたくなった。やっぱり、パンを作っていたのは現実だったのか。
「あとで、ギイ、食べる?……食べるよね?」
ゾクリ。
ほんの少しトーンの下がった託生の声に、恐る恐る託生を見ると、楽しそうな口調とは裏腹に目が笑っていない。
これで食べないと言えば、自分がどうなるのか、簡単に予想できてしまうのが哀しい。
「……はい。食べさせていただきます」
辛子が入っていようが、わさびが入っていようが、この際なんでも食べましょう。これで、託生の機嫌が直るなら。
夕食と共に出てきた食パンは、驚くほど美味かった。
「美味しい?」
「すっげぇ、美味い」
「どんどん食べてね」
それだけで託生の機嫌は直ったが、心中複雑な気分になったのは言うまでもない。
喧嘩は翌日まで長引かせない。
心に誓った教訓だった。


2011年05月19日(木)
「ねぇ、ギイ。話があるんだけど…」
「なんだよ、あらたまって」
「あのさ。アルバイトしていい?」
「……ごめん、託生。もう一度言ってくれ」
「だからね、バイトしたいんだけど」
「…もしかして、金が足りないとか?」
「なわけないだろ?使い切れないくらい毎月口座に入れてくれてるのに。貯まる一方だよ」
「じゃ、バイトしたい理由は?」
「暇だから」
「……あのな、託生。お前、自分の立場わかってるか?」
「わかってる…つもり」
「つもりじゃなくてだな。れっきとしたMrs.Sakiなんだ。託生の言う事わかるけど、バイトは許可できない」
「ふぅ。やっぱり、そうか」
「託生?」
「お義父さんとお義母さんにも迷惑かかるよね」
「そりゃ、まぁ、そうだが…」
「ごめんね。言ってみただけ……」
「……あのな、託生」
「大丈夫。ここで大人しくしてるし」
「…でも暇なんだろ?」
「そうだけど、こればかりは仕方ないよね」
「……大学関係なら、いいぞ」
「え?!」
「勉強の一貫なら口実になるだろ」
「ほんとに?ギイ、サークルとかぼくが入るの嫌がってたよね?」
「そりゃ、男も多いし。託生に言い寄られそうだし」
「もう、それ、惚れた欲目だよ。じゃ、明日から学校に顔出していい?」
「あぁ、疲れない程度にほどほどにな」
「うん!」
そして………。
「託生は?」
「今日はカルテットの練習だそうです」
「……昨日は、オーケストラの練習だったよな」
「はい」
「で、一昨日は、チャリティコンサートの受付で、その前は教授の娘さんの結婚式での演奏」
「明日は、子供向けのクラシックコンサートに出演するそうです」
「…………一度言った方がいいと思うか?」
「いえ、お止めになられたほうがいいかと」
「だよな。これでへそ曲げられても困るし」
「義一様のお言いつけは守られてますが?」
「男と二人きりなるな、か?だからと言って、毎日数人の男が送迎していたら一緒じゃないか!」


2011年05月06日(金)
「もしかして、俺達ヤバイんじゃないか?」
「ギイ、葉山の事になると、しつこいからなぁ」
「独占欲バリバリだし」
「視野狭くなるし」
「暑苦しいくらい、うざくなるよなぁ」
「大丈夫じゃないか?」
「三洲?」
「あの葉山見たら、溶けるぞ」
「あぁ、ドロドロだな」
「デレデレにね」
「目尻も鼻の下も、伸びまくり」
「ま、放っておこう」


2011年04月29日(金)
「体温計の事なんだけどな」
「あ、あれ!なんだか、壊れちゃってるみたい」
「壊れた?」
「うん。一応毎朝計ってたんだけど、全然グラフが下がらないんだよ」
そうか。託生は自分が変化したのだと思わず、体温計が壊れたと思ったのか。託生らしいと言えば託生らしいのだが、そうか、壊れたか。
…なわけないだろ?!
いや、落ち着け。託生の言うとおり、本当に壊れているのかもしれない。
基礎体温より最終月経だ。
「……じゃあ、最後の月経はいつだ?」
「うーん?………わかんない」
「…わからない?」
「でも、体温計につけてるよ」
「………うん、見た。5ヶ月近く前だったな」
「そうだったっけ?」
あっけらかんと言われて、目の前が遠くなる。あれは、つけ忘れじゃなく事実だったんだな。
やっぱり、そうか?そうなのか?
スザンヌが戻ってきたら、即調べてもらおう。ただでさえオレの寿命が刻々と縮んでいくような気がするのだ。とにかくはっきりさせなければ、対処の仕様がない。
だいたい、もしも今回気付かなければ、一体どうなっていたんだ。そろそろ腹が膨らんでくる頃だろう。膨らんで初めて気付くなんて……託生ならありえる。それどころか、妊娠なんて思わずに病気と勘違いしそうだ。
託生に任せずに、オレがきちんと見ていればよかったんだ。あの時婦人科の本を読み漁ったオレと違って、託生はそれほど正確に知っているわけではなかったのだから。
でもな、託生。壊れたと思ったのなら、その時言ってくれ!
「忘れてた」と言われるだろう事が予想できて、深い溜息を吐いた。


2011年04月28日(木)
「きゃっ!」
資料を取りに自室に向かっている途中、寝室からメイドの声が漏れ聞こえてきた。
「トリア、どうしたの?」
「落としちゃった、どうしよう…」
心底困った声に、ドアをコンと一回叩き、
「どうしたんだ?」
顔を覗かせた。
「義一様!」
ビクトリアの手には、託生の婦人体温計。
「申し訳ありません!落としてしまいました!」
泣きそうな顔でビクトリアが謝罪するのを片手で制し、
「ちょっと貸してみろ」
体温計を取り上げ電源を入れる。
「あぁ、大丈夫だ。壊れていな…………」
さっと現れたグラフに、言葉が途切れた。なんだ、これは?
「義一様?」
不思議そうに立っているビクトリアとスザンヌに、
「ちょっと聞きたいんだが」
「はい」
「女性の基礎体温ってのは、低温期と高温期が2週間ずつ交互に来るんだよな?」
「そうですが」
そうだよな。普通はそうだと聞いた。
「じゃあ、高温期が13週続いてるのは、どう考えればいい?」
託生の様子に変わったところもないし、食べ物の嗜好が変わった様子もない。ただ、少し胸が大きくなったかな、なんて美味しい事を思ったりもしたんだが。まさか、そんな都合のいい事あるわけないよな。………おい、最終の月経マークが5ヶ月前ってのは、どういうことだよ。入力し忘れただけ…だよな?



「あの、つわりの軽い人もいらっしゃるんで」
今まで気付かなかった事に対する慰めか、ビクトリアが小さく声をかけた。その辺りは個人個人で違うだろう事はわかるが、それよりもこの4ヶ月どれだけ託生を抱いた?昨日だって、3日ぶりだからと何度も……。 
いや、それ以前に妊娠初期ってのは、夜の生活ってのは禁止じゃなかったか?
背中に嫌な汗が流れていく。
もしもそうなら、知らなかったとは言えとんでもない事をしていたんじゃないか。
「キャーーーッ!託生様、走らないで!!」
グルグルと考え込んだ思考が、ドアの向こうから聞こえてきた台詞に、即座に中断させられた。反射的に立ち上がり廊下に飛び出すと、廊下の向こう、こちらに向かって走ろうとしている託生が目に入り血の気が引く。
「託生、走るな!」
「あ、ギイ」
オレの声が耳に入っていないのか、託生は嬉しそうに手を振り、またパタパタと走り始める。
「だから、走るな!オレが行く!」
頼む、走らないでくれ!
オレの言葉にピタリと足を止め、不思議そうに託生は小首を傾げた。


2011年04月25日(月)
どう考えても、オレが行くのが得策だと思っている。もちろん親父も、ここにいる幹部達もわかっているはずだ。しかし…。
静かに、だが慌しく島岡が親父の元に駆け寄り耳打ちをした。親父はハッとしたような顔をして島岡を見返し、そしてそのままオレに視線を定める。
なにが……?
「15分間の休憩にする!」
親父の一声に緊張感はそのままなれど、あちらこちらから溜息が聞こえる。
「義一、一度部屋に戻れ」
「父さ……会長?」
「義一さん、早く」
島岡に急かされるように退室し階段を駆け上り、1階上の自分の部屋を開けると、
「託生?!」
結婚式以来見た事がない化粧をした託生が、そこにいた。きっちりとルージュを引き、どこからどう見ても、崎夫人として隙のないいでたち。
「ギイ」
託生の不安定な体調に、慌てて近寄ったオレの顔を見上げ、
「ギイ、行っておいでよ」
「託生?!」
「お義父さんはここを離れられないだろ?だからと言って、崎の人間が行かないわけにはいかない。ギイが一番役に相応しいと思う」
「でも、お前?!」
「ぼくは大丈夫。お義母さんも絵利子ちゃんもいるし」
不安でないわけがないだろうに、笑みを浮かべる託生に堪らなくなる。オレも親父も託生が頭に過ぎり言い出せなかったんだ。
なのに、託生…。
「ぼくが、自分のすべき事忘れるような、ギイの足を引っ張る存在なら、ぼく日本に帰るからね」
「それは困る」
そっと腕の中に閉じ込め髪にキスする。侮っているわけではないが、託生はオレより強い。こんなとき、その強さにオレはいつも助けられるんだ。
「着替え、トランクに詰めてきたから」
「用意周到だな」
軽く笑い、潤んだ託生の瞳に気付かないふりをした。
顔を寄せると託生は目を閉じ、静かにオレのキスを受けた。ここに来たのは初めてだが、普通の託生ならこんなオフィスでキスをするなんて、受け入れられない事だろう。
右手を託生の腹に滑らせ足を折り頬を寄せた。
「行ってくるからな。ママを困らせるなよ」
オレの言葉に反応したように、ドンと託生の中から響いてくる。
「こいつ、足癖悪いんじゃないか?」
「ギイに似たんだよ」
「託生だろ?」
クスクス笑いながら自分の腹を撫でる託生は、何気に誇らしそうだ。
「無理はするなよ」
「うん、わかってる。ギイこそ気をつけてね」
もう一度キスをして抱き締める。
いつ終わるかはわからないが、必ず間に合わせてみせる。絶対に…!


2011年04月23日(土)
「な…なに、ギイ?ぼくは、まだ怒ってるの」「すげ」「は?」「ん〜〜」「ちょ…ちょっとギイ、なに頬ずりなんか」「無茶苦茶気持ちいい。託生のほっぺ。吸い付きそう」「もう、くすぐったい」「ほら、腕も足もぷるぷる」「や…ん…」「ここもすべすべ」「だめだってば…ぁ」「エステ恐るべし」


「ねぇ、ギイはどうするの?」
「オレ?フロックコートでいいだろ?なぁ、父さん」
「そうだな。正礼装だしな」
「でも、義一、一度合わせてみた方がいいんじゃないかしら?もしサイズが変わっていたら、今から仕立てないと間に合わないわ」
「そうですね、母さん。じゃ、一度合わせてみます」
「ぼく、見てみたい」
「託生のドレス見せてくれるならいいぞ?」
「…………ぐすん」
「あー!ギイ、なに意地悪してるのよ!」
「そうですよ、義一。大人気ない」
「女性を泣かせるなんて、男の風上にも置けないな」
「え、いや、そういうわけでは……」
「「「義一(ギイ)」」」
「た…託生、今から試着するから部屋に行こう」
「でも……」
「新婦が式まで見てはいけないって決まりはないからな。では、失礼します」
「本当に、託生さん、あの子でいいのかしら?」
「義一に目をつけられるなんて、お気の毒としか言えないのだが」
「やっぱり私が目を光らせなきゃ」
「……っ!(ゾクリ)」
「ギイ?」
「いや、なんでもない」


2011年04月22日(金)
「託生さん、今からエスティシャンが来るから」
ギイと他愛ない話をしながらのんびり過ごしていると、絵利子ちゃんがぴょこんと顔を出した。
「エスティシャンって?」
「ブライダルエステよ」
「ブライダルエステ?」
エステって、あの女性がよく受けているエステの事?って、ぼくが受けるの?!
「あ…あの、絵利子ちゃん…」
「絵利子。それ、もしかして託生に全裸になれって言ってるのか?」
少し険しい声で、ギイが聞く。
形成手術に関して。ギイと話し合った結果、ぼくは手術を受けていなかった。
『託生が受けたいのなら受けたらいいと思うけど、オレは受けなくていいと思ってる』
ぼくの意見を尊重すると言いながらも、ギイはやはり体にメスを入れる事に難色を示した。ぼく自身、悩まなかったというわけではないけれど、ギイがこのままでいいと言うのならそれでいいかと、医師に伝えたのだった。
「それは大丈夫よ。上半身はともかくちゃんと下着はつけるもの」
「本当か?」
「うん。Tバックだけど」
「T…!!」
絶句するぼくに構わず、
「お式の当日は、最高の託生さんになってほしいの。もちろん今でも肌が綺麗なんだけど、お手入れすれば今以上になるから、ね、託生さん、お願い」
小首を傾げて絵利子ちゃんがお願いする。
この兄にしてこの妹あり。この顔でお願いされたら承諾するしかないじゃないか。
「結婚式までね」
「やった!30分後に到着するから、それま………」
絵利子ちゃんの声が途切れ視線が横に逸れた。それを追って横を見ると、ギイが身動き一つせずソファの肘置きに突っ伏している。
「ギイ?」
「……この頃、ギイの妹である事が恥ずかしくなるときがあるわ」
「絵利子ちゃん?」
「放っておいて大丈夫よ。どうせ、よからぬ事を考えているんだし。託生さん行きましょ」
「うん………」
少し恥ずかしい思いをしながらエステを受け、よろよろと戻ってきた部屋にはギイが買ってきたらしい紙袋があった。
「ギイーーッ!!!」
そのまま紙袋をギイの顔に投げつけ、ついでに蹴りを一つ入れて部屋から飛び出した。
ギイの周りをひらひらとTバックが舞っていたなんて、思い出したくもない!



「スケベ!!」
「そうだよ。スケベでなにが悪い?」
「開き直らないでよ!ぼくのし…下着を買ってくるなんて、なに考えてんだよ」
「恋人の下着を買うのなんて、アメリカでは当たり前だぞ」
「へ?」
「二人で選んでるカップルもいるし、恋人にこういうのも身につけてほしいと思うのも普通だと思うが?」
「アメリカではそうかもしれないけど、でも……」
「第一、エステじゃTバック穿いたんだろ?」
「……そうだけど」
「だったら、オレも見たいって思ったっていいだろ?」
「でもね、普通のだったの!こんなスケスケでヒラヒラじゃなかった!」
「……これはオレの趣味だ!」
「言い切るなーーーっ!」


2011年04月21日(木)
「ギイは見ちゃダメ!」
「なんでだよ?!」
「新郎はお式まで見ちゃダメなの!」
「絵利子〜」
「託生さん、デザイン画はこれよ」
「え…と、仮装になりませんか?」
「絶対託生さんに似合いますよ」
「お義母さん」
「ほぉ、これはなかなか」
「お義父さん」
「でしょでしょ?」
「オレにも見せろ!」
「ダメ」
「でも、あの…」
「どこか気になる点でも?」
「頭に乗っているこれは、ちょっと…」
「ティアラの事かしら?」
「このヴェールには、よく似合うと思いますよ」
「あ、ティアラなら、託生は無理だ」
「義一?」
「それなりの重さだろ?頭が痛くなるらしいんだ。晴れの日に頭痛なんて洒落にならない。な、託生?」
「うん」
「まぁ、そうだったの?じゃあ、何がいいかしら」
「託生なら、もっと柔らかい…あぁ、オードリー・ヘップバーンがウェディングドレスでつけてたやつ」
「ウェディングドレスなんて着てたかしら?」
「幻のと言われてるやつだよ」
「あの婚約破棄したときの。ボンネかしら。こう楕円形の細長い?」
「そうそう、それ。そういう方がいいと思う」
「じゃ、もう一度検討してみるわ。ね、お母様」
「そうしましょうか」
「あの、ギイ、ありがとう」
「いや、託生の言いたい事わかってるから」
「うん。なんだか本物の宝石を使いそうで」
「使いそうでじゃなくて、絶対使う。親父まで絡んでるんだから」
「……やっぱり」
「まぁ、あれだ。一応釘は刺すけど、止められなくても文句は言わないでくれよな」
「うん。すごい迫力だもんね」
「でも、託生に似合う最高のを作ってくれるから」
「…着なくちゃダメ?」
「今更、あの二人の前で着ないと言えるか?」
「………言えません」
「諦めてくれ」
「うん」


2011年04月17日(日)
「「「あぁぁぁぁ、葉山さ〜〜〜ん」」」「うるさいぞ、お前ら」「だってよ〜。あんな可愛い人が、もう人妻だなんて〜」「そんで旦那が、あんなイケメンなんて〜」「俺達に勝ち目ないのわかってるけど〜」「「「葉山さぁぁぁぁぁん」」」「………諦めろ」
「あ、赤池くーーん!」「葉山?!」「「「は葉山さん!」」」「お前、なんでここにいる?!ギイは?!」「……ギイなんて知らない」「はぁぁぁ。お前らまた…ん?もしもし」『章三!託生が!託生がぁぁぁ!!』「ギイ、落ち着け。葉山ならここにいるぞ」『今すぐそっちに行くから、託生捕まえてろ!』
「葉山さん、よかったら食事にでも」「いいお酒の飲める所があるんです」「アミューズメントパークはどうですか?」「あ…あの……」『……』「……」『章三…』「なんだ?」『さっさと託生とっ捕まえて、隔離しろ!』
「元はと言えば、お前が連れまわしたせいだろうが!」『自分の愛妻自慢してどこが悪い?!』「「「葉山さん、行きましょうか」」」『おい、こら、章三!なんとかしろ!!』「あのなぁ…。地球規模の夫婦喧嘩なんかするなぁぁぁぁぁ!!」


2011年04月16日(土)
「赤池!」「なんだ?」「この間会った葉山さん、今度いつこっちに来るんだ?」「…そんな事聞いて、どうする?」「どうするって…ポッポッポ」「あいつは諦めろ」
「いや、ちょっと待て!赤池の友人なんだろ?モデル並の美貌なのに、笑った顔は子供みたいに可愛くて、俺には手が届かないかもしれないけど、もう一度会いたいんだ!」「…無理だ」「なんでだよ?あ、もしかして赤池も惚れてるとか?!」「んなわけないだろ?!」「じゃ、なんで?」
「葉山は人妻だ」「……え?」「葉山の隣に居たあいつが旦那だ」「………ひとづま?」「そう、人妻」「ひとづま……」ふらふら〜「はぁ、これで何人目だよ。自慢したいのはわかるが、あっちこっちに見せびらかすなよ」


2011年04月14日(木)
20歳になったと同時に、要望どおり手続きを始めた。
親の戸籍からの分籍。そして、戸籍法第113条【違法・錯誤・遺漏の記載の訂正】により、家庭裁判所からの許可を取り性別を変更。これは、日本にいる弁護士が代理で手続きをした。その後、変更後の戸籍謄本を送ってもらい、パスポートの再取得。
これらの手続きが全て終わった夜。オレはもう一度、託生にプロポーズをした。
「託生、愛してる。オレと結婚してほしい」
そう言ったのに、あいつは目を真ん丸くして、
「え?」
ポカンと口を開けて絶句しやがった!
「たーくーみーー」
「ご・・・ごめん。突然でびっくりしたんだ」


2011年04月11日(月)
「お二人揃って、どうしたんですか?」
「次の託生さんの通院日がいつか聞きたくてね」
「託生の?来週の金曜22日です。それがなにか?」
「金曜日…」
「金曜日ね…」
「父さん?母さん?」
「じゃあ、その日の夕方から1週間出張」
「なっ?!ちょっ…ちょっと待ってください!いくらなんでも横暴です!その日は…!」
「お黙りなさい!」
「母さん」
「そのまま貴方を託生さんの側に置いておくと、あまりにも託生さんが気の毒です」
「どういう意味ですか?!」
「君、襲うだろ?」
「っ!!」
「さすがに、それはちょっと可哀想だから」
「いや、でも、その辺りはオレだって紳士的に…って、どうしてそこまで意見されなければいけないのですか。オレと託生の仲を」
「嫁入り前の娘さんを、お預かりしている身としては当然です」
「母さん…」
「ですから、お父様の言うとおり、仕事に行ってきなさい」
「嫌です」
「拒否権は、君にはないよ」
「……一体、貴方方は、自分の息子をどう見てるんですか?!」
「「飢えた野獣」」
「……………orz」


「そうだよ。託生がバージンロード歩くの一人じゃ心細いからって」
託生が申し訳なさそうに頼んだときの崩れ具合、世の中の人間に見せてやりたかったさ。これがFグループの総帥なんだってな。
親父でさえ、オレより先に託生のドレス姿を見るって言うのに。
「なんだって、オレが見れないんだーっ」
「あと少しの我慢だろうが」
そうは言うがな、章三。
あの可愛い託生が、オレの為にウェディングドレスを着てくれるんだぞ。それだけでも感動しているのに、実物が目の前に現れてみろ。オレ、アホ顔を晒さない自信がないぞ。だからこそ、衝撃に備えるために事前に見たいと言ったのに。


2011年04月08日(金)
【ボツ】何かが、おかしい。
「寄っていくだろう?」
「ううん、少し疲れちゃったから、今日は部屋に戻るよ」
確かに、ここから東京の往復は、託生の体には負担をかけただろう。それに、申告どおり疲れた顔もしている。
しかし、それだけじゃないとオレの勘が言っていた。
「わかった。朝、迎えに行くからな。ゆっくり休めよ」
「うん」
寮の廊下。キスが出来ない代わりにさりげなく指を絡ませ、そっと離す。
託生は、片手を挙げて2階の廊下の奥に歩いていった。
上着をベッドに放りネクタイを緩めながら、今日の出来事を思い返す。
いつからだ。
朝食を取り、二人で祠堂を出た。
診察が終わって、一旦昼食を取り、午後から1時間ほどのカウンセリング。それから、担当医からの説明と注意事項。これから先、渡米するまでの治療方針と治療方法。
オレも一緒に話を聞いた。
そのとき託生の様子は、どうだった?
あぁ、真剣な顔をして担当医の話を聞いていた。
全てがスライド写真のように克明に残っている記憶を、一枚一枚捲っていく。
病院を出て、託生が疲れているかもと喫茶店に寄った。オレがブラックで、託生がカフェ・オ・レ。
その時は、寮の荷物をどこに送るかが話題だったな。
店を出て歩いて、駅に着いて電車に乗り……。
乗換駅でホームを移動しているとき、ヨチヨチ歩きの赤ん坊が託生の側で転んだな。託生は膝を折って泣いている赤ん坊を抱き上げ、慌てて飛んできた母親に手渡したっけ…。
その一枚が、クローズアップされた。
ベッドからカバッと起き上がり、もう一度その場面をなぞっていく。
なぜそんな辛そうな顔で笑ってるんだ。
まさか、託生………。

3種類のうちの、残りのボツでした。落ち。


2011年02月23日(水)
<ボツ>G「どこからどう見ても、男」T「えっと、ちょっと前に女の子だとわかりました…けど」G「託生、どうした?」T「だって、言ったって見えないだろうし、見えてもなんとなく複雑だし…」G「託生はそのままで充分可愛いぞ」T「惚れた欲目だよ、それ」
G「ちまたでモデル並と言われているのに(ボソリ)」T「ギイ、なにか言った?」G「いや、別に」
G「おせっかい」T「そうかな?」G「どれだけ他人の恋路に顔突っ込んでるんだよ。そのたびに振り回されてるんだぜ」T「…ごめんね?(上目遣い)」G「い…いや、それが託生だから。気にするな。それより、オレはどうだ?」
T「うーん、責任感が強くて、統率力があって、友人思いで、サプライズ好きで…ギイ、どうしたの、口押さえて気分悪い?」G「いや、なんでもない(照れてる)」
T「色が違った」G「はい?もしかして『外人?!』とか一歩下がった感じ?」T「あ、違う違う。ギイのまわりだけキラキラしてて、色が違ったんだよ」G「たまに、こっちが恥ずかしくなるような事、さらって言うんだよな(はぁ)」
T「えっ?!」G「一応、行きつくところまで」T「ギイ!」G「でも、現在、禁欲中」T「ごめんね」G「気にするな。(どうせ半年の我慢だ!)」T「……???」
G「許せる」T「ギイ、見逃してくれるんだ」G「その代わり、閉じ込める(ジロリ)」T「げっ、浮気なんてしないってば!」
G「いつも可愛い可愛いと思ってるんだが、そのときはもう、色っぽくてってか、思い出すだけでヤバいんだけど(ただいま禁欲中)」T「ギイ?」G「半年半年…」


2011年02月14日(月)
<ボツ>「1年の頃の葉山と今の葉山は別人のようだな。お前が側にいるようになってから・・・というのは把握はしてある」
「でもな。先日の葉山の両親と会った時、根が深いと思った」
「根・・・・ですか?」
「俺が考えているのは憶測でしかないし、たぶん全てを知っている崎も俺に言う気はないんだろうが、葉山の深い部分は、まだまだ癒されていないだろうし、これから先もフラッシュバックが起こる可能性もある」
それは、渡辺綱大に対するような状態を表すことなのか?
「崎が心の傷を癒すのに一役買っているとは思うが、過大評価するなよ?崎は傷口にガーゼを当てたようなものだ。根本的な治療はプロに任せた方がいい」


2010年12月17日(金)
「うーんとね、月経が始まった日から平均14日間が低温期でその後の14日間が高温期なんだって。それで、低温期から高温期の境目辺りが排卵日で、たぶん今日が排卵日なんだろうって……」「………それ、三洲に聞いたのか」
「そうだよ?」「託生………」
 
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