Reset

2017年12月17日 Blogより転載
繋がっている場所から、身に覚えのある何かがせりあがってくる。それに抗うのは本能なのか、それとも、もっとギイを感じていたいからなのか。
でも必ず飲み込まれるのを、ぼくは知っている。なぜなら、もうぼくの理性が蜘蛛の糸ほどになっているから。
「あ……んんっ………」
「そのまま、流れろよ」
「ん……で…も……はぁっ!」
「オレも、もう……託生……っ!」
白く弾ける感覚と共に、体の奥にギイの全てを受け止める。
じわりと広がっていく、ギイの熱い欲望。二人の体の間に流れる、ぼくの熱い欲望。
荒く吐き出す息が、ギイのそれと交差した。
そして酸素すら摂取するのが難しいのに、どちらともなく乾いた口唇を合わせた。熱い吐息の中、湿った音が重なる。
「愛してる、託生」
「ん……ぼくも、愛してる」
まるで、お互いの渇きを共有するように舌を絡め、汗に滑る肩を必死に抱きしめる。
この時だけは、この世に二人だけが存在しているように思えて、ギイの暖かい腕に包まれながら、ゆっくり目を閉じた。


2017年08月25日(金)Blogより転載
「なんだよ」
 クスリと笑ったぼくを、ギイが不審げに振り返った。
 寄せては返す波がぼく達の足元をくすぐり、白い泡となって砕けていく。
「ん……なんだか、お決まりのようだなって」
「なにが?」
「このシチュが」
 誰もいない砂浜。赤く染まる夕日。聞こえてくるのは波の音と恋人の声。
 できすぎた映画のワンシーンのような中に自分がいるのが、おかしくなったのだ。
 それに気づいたギイがふと微笑み、繋げている手を自分の方に引き、
「それなら、ひとつ足りないな」
 そっと顔を近づけて、キス。
 ギイの腕がぼくを包み込み、体温と心臓が跳ね上がる。
 いいかげん慣れてもいいと思うのに、そのたびにトキめいてしまう自分が不思議であり、ギイなら仕方がないかと納得してしまう。
 柔らかく包み込まれ、熱い舌先がぼくを捉える。絡め合いながら薄く目を開け「愛してる」と囁けば、背中に回った腕に力が入り、その場に押し倒されてしまった。
 体を濡らす海水は少し冷たくて、火照った体を冷やすにはちょうどいい。でも、たぶんこの熱さが冷めることはないだろう。……ギイがここにいるのだから。
 抱きしめたギイの肩越しに見える空がオレンジから紫へ、そして夜の闇へと色合いを変えていく。まるで、不埒なぼく達を隠すかのように。
 しかし、器用にぼくの服をはいでいくギイの手を止めた。
「ここじゃ、ダメ」
「なんでだよ」
「満ち潮になったらどうするんだよ」
「現実的だなぁ、託生」
 と言われても、さっきより水位が上がってきているのは、気のせいじゃない。腰辺りを濡らしていた波が肩を濡らしているのだから。
「続きはコテージでしよ」
「だな」
 片目を綺麗に閉じて、ギイがぼくを引っ張り上げる。そして、濡れた髪にキスを落とした。
 砂浜に残った二人の足跡を見ているのは、ひっそりと輝く月のみ。


2017年06月16日(金)Blogより転載
 一睡もせず夜を明かし、二度と入ることのない300号室のドアを開けた。そして一階に下り章三の部屋のドアをノックする。
 やや間があり章三が顔を出した。同室者はいないらしい。
「なんだ、こんな朝早くに。葉山は?」
「………別れた」
 信じられないような顔をして、章三が目を見開いた。
「ギイ、お前………!」
「頼みがある」
 章三の言葉を阻み、
「託生が無事、家に入るまで見届けて欲しい」
 無茶なことを言っている自覚はある。託生の家まで行き、こいつが自分の家に着く頃には深夜に近いだろう。
 しかし、どこで監視されているかわからないんだ。
 オレ達が別れたことを知る人間は、今のところ章三のみ。まだ恋人であると思っているであろう知らない誰かが、また託生を襲う可能性がある。
 もうオレには託生を守ることすらできない。章三に頼むしかなかった。
 じっと睨みつけるようにオレを見据え、
「わかった。見届けてやる」
 無茶な要望に頷いてくれた相棒に、ホッと息が漏れた。
 章三には何も言ってはいなかったが、勘のいいこいつは気付いているんだろう。ここ一連の事件が、オレのせいだってことに。
「もう、行くのか?」
「あぁ」
 こいつとも、もう二度と会えないかもしれない。
 託生だけじゃない。オレと関わった人間全員が、ターゲットになるかもしれないんだ。
「今まで、ありがとう。最高の相棒だったよ」
「馬鹿が………」
 差し出した右手を、唇を噛み締めて章三が強く握った。赤くなった目には気付かない振りをしてやるよ。
「元気でな」
 後ろ手にドアを閉め薄暗い廊下を歩き寮を出たとたん、痛いほど冷たい風がオレの頬を撫でていった。
 まだ託生は眠っているだろうか。
 振り向いて仰ぎ見た270号室の窓には、カーテンが引かれている。
 東の空がようやく変わり始めた頃、バス停に着いた麓行きの始発バス。これに乗るのも最後だな。
 座席に座り、走り出したバスの窓から祠堂を振り返った。鬱蒼とした木々の隙間から見える校舎が小さくなっていく。……夢が遠ざかっていく。
 眠る振りをして俯いたとたん、ポツリと水滴が足を濡らした。
「託生………」
 奥歯を噛み締め嗚咽を堪える。
 生きていてくれるだけでいい。もう二度と会わないから、託生の命だけは狙ってくれるな。
 ……呆気ない夢の終わり。


2014年09月04日(木)
「子だくさんになってたりして」
「めでたいことだが、彼が気の毒だな。そのたびに寿命が減るぞ」
「うーん、ぼくは、過保護のような気がするな」
「………お前が男でよかったと心から思うよ」
「え、何か言った?」
「いや、なんでも」


2014年08月15日(金)Blogより転載
「山」「寒い」「包む」を使って感動する短文を作りなさい。 #voitekatyan http://shindanmaker.com/103535

感動はないけれどReset設定で。


 間接照明だけの薄暗いリビングに、もう託生は寝ているのだろうと音を立てずに開けた寝室のドアの向こうで、黒い影がもぞもぞと動き、その場で足を止めた。
「………なにやってるんだ?」
「遭難ごっこ」
「は………?」
 ただいまの挨拶をすっ飛ばして質問したオレに短く答えた託生は、動いた拍子に落ちた毛布の端を再度自分の体に巻き付ける。
 カーテンを開け放した窓の下で小さく座り込み、毛布に包まれた託生を見れば、遭難中に見えなくもないが、なにしろここは空調設備が完璧なペントハウスであるからして、当たり前だが全くもって寒くはない。それどころか、ここまで完璧に毛布を巻き付ければ、暑いだけだろう。
 それでも、自分が極寒の山中に佇んでいるような錯覚を受けるのは、それだけ託生が至極真面目だからだ。
 理由を聞いても、託生は答えないだろう。プロの意地というやつで。
 一緒に暮らし始めて知った、託生の歯を食いしばり見えない何かに向かって真っ直ぐに睨みつけるような眼差し。
 納得できない音に何時間も防音室に籠り、それでも自分の思っている音に近づけないとき、託生は常人には理解不能な行動を取ることがある。
 今は、気分だけでも遭難したように自分を極限まで追い込んで、なんとか乗り越えようと足掻いているところなのだろう。やっていることは子供染みているようでも、託生なりに真剣なのだ。
 脱いだ上着をベッドに放り、託生の横に座って肩を抱き寄せ、改めて毛布で包む。
「ギイ?」
「明日の朝、二人で山を下りようか」
「下りれるかな?」
「下りれるさ、きっと」
 少し汗ばんだ頬にキスを落とし、疲れ切った体をほぐすように、ゆっくりと黒髪を梳いて眠りに促すと、オレの意図を察した託生は小さく微笑み、そっと瞳を閉じた。
 何事からも託生を守りたいけれど、こればかりは託生自身の力で乗り越えるものだと、オレは知っている。他人に癒しをもたらす託生の音が、自分の血肉を分け与えるような努力の上に成り立っていることも。
 だから、せめてオレの腕の中で眠ってくれ。
 窓の外で煌びやかに輝く摩天楼も、夜明け前はひと時の眠りに落ちるのだから。


2014年05月15日(金)Blogより転載
琥珀色の紅茶にミルクが混ざりゆくようなトロリとした空間に静粛が満ちる。
重なり崩れる輪郭。共有する体温。
現実を忘れ二人で溺れる快楽の海は、どこまでも深く底が見えない。
肩から滑り落ちた手と耳元にかかった細く長い吐息が合図となり、止まっていた時間が動き出した。
震える瞼がゆっくりと開き、幸せそうに微笑む。
何度見ても見飽きないオレしか知らない笑顔に、いつも抱いている飢餓感が薄らいでいるような気がした。
「疲れたか?」
「少し……」
体を移動させながら託生を腕の中に抱き、少し乾いた口唇にキスをした。
鼻先に立ち上る託生の香りに、もう一度体を繋げたい欲求が体を駆け巡るが、もう今夜は無理だろう。
髪を梳くオレの指の動きに、目を閉じて委ねる託生に疲れの色が見える。
離れていた時間を取り戻すかのように、凝縮され濃密になってしまう時間を申し訳なく思うも、ひとたび体を重ねれば我を忘れ、貪るがごとく求めてしまう。
そして、あと何度抱けるのかと恐怖する。
あのモノクロの世界に戻る日が、いつか必ず来るのだから。
しばらくすると、安らかな寝息が聞こえてきた。
安心しきった無垢な表情にホッと溜息を吐き、託生の体を引き寄せ目を閉じる。
今だけは闇のベールの陰に隠れて、二人きり………。


2014年05月05日(月)
「ちくしょーーーっ!」
「ひっ!」
玄関ロビーで副社長を待っていたら、廊下の奥から絶叫が聞こえ体を竦ませた。
今日は、なんなんすか?!
「そろそろ充電させないと、効率が悪いですからね」
と、昨日は島岡さんが早め帰宅できるようスケジュールを調整したから、今日は機嫌がいいものだと思っていたのにぃ!
角から現れた副社長の背後に、悶々とした禍々しい渦が巻いているような気がする。
「お…おはようございます、副社長」
直角90度に頭を下げ、副社長の視線から逃れた。お願いですから、無理難題言わないで下さいよ〜。
「………松本」
「は……はいぃ!」
言わないでくださいってば!
「今夜も早く帰るから調整しろ」
「えぇぇぇ?!」
「お前、Fグループ副社長付き優秀な第二秘書だろ?このくらい簡単だよな?」
僕の顔を覗き込む副社長の目が据わってる。
「ぜ……善処します」
「そんな頼りないこと言うなよ。頼んだぞ、ま、つ、も、と」
「ひぇっ!」
神様、仏様、誰でもいいです!か弱い僕を助けて!

続きの松本君サイドでした。


2014年04月20日(日)
「よ、桜井。今日はオフなのか?」
「ジェームズ、君こそ……あぁ、副社長もオフなのか」
「そういうこと。しかし、せっかくのオフなのに射撃訓練だとは、相変わらずだな」
「日本にいる間は、全然撃てなかったからね」
「あー、そうか。日本は銃に厳しい平和な国だもんな。何年行ってたんだ?」
「ちょうど5年かな………」
バンバンバンバンバン!
「…………と言いつつ、全弾命中って……化けもんか?!」
「いや、やっぱり鈍ってるみたいだ。数センチずれてる」
「なぁ。本当に5年間触ってなかったのか?これっぽっちも?」
「おもちゃなら、触ったことがあるが……」
「は?おもちゃ?」
「日本の夏祭りの夜店に射的という出し物があって、事務所のみんなと毎年行っていたんだ」
「おもちゃの銃で、的にでも当てるのか?」
「そう。棚に景品が並んでいて、当てて落としたら貰える遊びだったよ」
「………俺は今、その店の店主にものすごく同情したぞ」
「???」


2014年3月20日(土) Blogより転載
【 蛍 】
 まるで蛍のようだ。
 身の奥深くに受ける激しさと対照的に、緩やかなせせらぎを飛び交う柔らかな光がギイに重なった。
 思い浮かべたとたん、ほんの少しだけ楽しく口元がほころび、重ねた口唇がそのわずかな動きを読み取って、
「なんだよ?」
 不服そうに動きを止める。
「ううん」
「思い出し笑いができるほど、随分と余裕があるんだな」
「違うって………ば……っ!」
 えぐるように体を突き刺され、声が裏返る。
 余裕なんてあるわけがない。受け止めるのが精一杯で、いつも汗に滑る背中を抱きしめているだけじゃないか。
 心が交じり、体も交じり、けれども、いつもぼくは必死にギイを掴んでいる。
 彼のテリトリーに、ぼくが飛び込んだだけ。ギイは、ここから動けないし、動かない。
 もしも、ぼくが姿を消したならば、探すことなく諦めるだろう。ホッと安堵の溜息を吐きながら。そして、また時間の流れに立ち止まったまま、未来を考えることなく生きていくんだ。
「待っ……ぅ………」
「待たない、託生……たくみ………」
 気を削いだお仕置きだとばかりに体を進めるギイに不満を口にするも、あっさりと退けられ、熱い指がぼくを翻弄する。体中を駆け巡るうねりが出口を求め、
「ギイ…もっと………」
 ポツリと音が零れ落ちた。
 もっと、側に。二人の輪郭が融けるほど、近くに。
 口内を探るように忍び込んだ熱い塊に、甘い水はこちらにあるのだとばかりに深く絡ませた。
「愛してる、ギイ………」
 ぼくにあるのは、この心と体だけ。今、ギイの腕の中にある、ぼく自身だけだ。それ以上の物はなにもないけれど、ぼくの全てはギイの物だから………。
 激しさを増す愛に、不要な物がそぎ落とされ、むき出しの欲望がぼくを包み込んでいく。君を求める心だけが浮き上がり、研ぎ澄まされていく。
 何物にも代えられない極上の頂を駆け上がり二人で落ちた先は、甘い水の中だろうか。

 ほ ほ ほたる こい。


2013年10月30日(水)
「ギイ……」
「ん、なんだ?」
振り向いたと同時に、託生がべったり抱きついてきた。
条件反射で、背中に回ったオレの腕と、超元気になる下半身。
なのに、ついっと下半身を離し、その分重力に誘われた上半身がオレの肩にかかり、右足を後ろに下げ託生を支えた。
「託生……」
「うー」
「託生くん?」
「あー、やっと落ち着いた」
「は?」
にっこり笑った託生は可愛いが、この中途半端に置き去りにされたオレをどうしろと?
「ギュッてするの習慣みたいになっていたみたいで、出張に行っている間、落ち着かなかったんだよね」
「ぎゅっ?」
「うん、そう」
「それを追求して、オレが欲しいとかなかったのか?」
「うん。全然」
あっさり、ばっさり言われて、力が抜けた。
オレは、出張中、四六時中、託生が欲しかったぞ!
キョトンとオレを見ている託生に、まだまだなのだと思い知った。
「託生」
「なに?」
「オレは、落ち着いてない」
言うなり濃厚なキスを仕掛け、舌を絡ませたオレの背中を、託生の手がすーっと撫で上げた。
「同じだね、ギイ」
口唇を触れ合わせたまま悠然と微笑んだ託生に、オレは一瞬で煽られた。


2013年10月26日(土)
「なぁ、託生」
「うん、なに?」
「お前、いつの間に、そんな技を身につけたんだ?」
「そんな技って?……わっ!」
「オレを悶々とさせつつ、我慢限界まで色気を増大させる技」
「………ギイ、落ちたんだ」
「このやろ。……あぁ、落とされたよ。覚悟しろよ」
「望むところ」


口唇を合わせ、誘われた遊びに戯れ、彼を引き寄せた。
重ねた口唇が「積極的だな」と笑う。
「……ぼくだって、我慢限界だから」
余裕があったのは、そこまで。
茶色の瞳が熱く変化したのを見た瞬間から、ぼくは……ぼくの体は輪郭を無くした。


2013年10月08日(火)
「……ィ……ギイ……!」
肩を揺さぶられ、暗く哀しいドロ沼に沈みこんでいた意識が覚醒し、ハッとして目を開けた。額に浮かぶ汗が冷たく米神を流れる。
自分の乱れた呼吸が、他人事のように耳に届いた。
オレを覗き込む心配そうな瞳に、ギクリと体が硬直した。
「たく……み……どう………」
どうして、ここに?
そう口に出そうとして、うっすらと現実を思い出す。
心配そうに揺らぐ瞳はあの頃と同じなれど、薄暗い部屋に暗順応してきた視界に映るのは、十年の時を経てこの腕に戻ってきた託生だ。
………あぁ、そうだ。今、託生はここにいるんだ。
「なにか、怖い夢でも見た?」
「…見ていたかもしれないが、覚えてない
「そういうことあるよね。目が覚めたと同時に忘れちゃうの」
邪気のない表情に、心配ないと微笑み返す。
しかし、オレが忘れるわけがない。託生がゼロ番を出て行くあの光景を、今まで何度も夢で見、何度飛び起きただろうか。
繰り返される絶望感。心が空になり、オレの体がただの器のように感じる一瞬。
「ギイ?」
「ちょっとシャワー浴びてくるよ。起こしちまって悪かったな。託生はこのまま寝てくれ」
ベッドをおりようとしたオレの上に託生が滑り込むように乗り上げ、オレの肩を押し戻した。
「託生?」
「汗かいたのなら今更だよね」
「え………?」
汗で冷えたオレの頬に手を伸ばし、託生が囁く。
首筋に託生の熱い吐息と柔らかな口唇の感触を感じたとたん、すがるように引き寄せ、自分の体の下に引き込んだ。
手のひらで、口唇で、絡む足さえも、託生を感じているのに、まるで霞のように消えてしまいそうな恐怖感。
また暗い闇に吸い込まれそうになり、抗うようにオレは託生を求めベッドに沈んだ。


2013年07月05日(金)
託生さんとの接点がわからないように、私宛に届く義一さんへの荷物。
「義一さん。桜井さんから定期便が届いてますよ」
「あぁ、サンキュ」
デスクの上にそっと封筒を乗せ部屋を辞した。
誰にも邪魔されない空間で優しく封筒を撫で、ペーパーナイフで丁寧に封を開けるのだろう。
CDが終わるまでの時間、義一さんの心は託生さんの音に包まれる。
ともすれば、心を失ってしまいそうな義一さんを引き止める最終手段だ。
この時間だけは誰の邪魔も入らないよう、全てをシャットアウトするのが私の仕事。
でも、できるのならば、もう一度輝きを取り戻してほしい。あのお二人でいたときの、義一さんらしい笑顔を、もう一度見たい。
いつか、そのようなときが来るのだろうか。
嫌味なくらい青く透ける空の向こうで、彼の想い人は生きている。


もう、起きただろうか。薬は抜けているだろうが、体は大丈夫だろうか。
考えるのは、託生のことばかり。
この数日、夢のような日々を送らせてもらった。
託生の口唇が「ギイ」と動き、オレを見て微笑んで、オレだけのためにバイオリンを弾いてくれた。
もう、充分だ。
オレは、未来を考えてはいけない。これ以上、望んではいけない。
託生に恋したことそのものが間違いだったんだ。
だから、託生。
日本に帰ったら、オレのことは忘れてくれ………。


「あのさ、ここってギイの部屋?」
「まぁ、個人的な居間かな。そっちが、デスクとか置いてる部屋で、あっちがベッドルーム」
「うん、それはいいんだけど」
「なに?」
「どうして、ぼくの荷物、この部屋に持ってきたのさ?」
「どうしてって……恋人が別々で寝る方が変だろ?」
「………ギイ。パリで電話したとき、ぼくのこと、なんて説明したの?」
「恋人。恋人を連れて帰るから、メシは二人分にしてくれ。ベッドルームの用意はいらないって」
「………ギーイーッ!」
「本当のことだろ?使用人達に、最初から説明した方が、お互いやりやすいし。託生が客室に行きたいって言うんなら、オレもそっちに移るだけの話だ」
「………もう、いいよ。ギイに羞恥心を求めるのが間違いだった」


いつものように最上階でエレベーターを降り……その人の多さにギョッとした。
………自分と同じSPの人間ですね。同じ匂いがします。
「桜井じゃないか!」
「ジェームズ!」
親しげに自分を呼ぶ声に周りの視線がいっせいに集まり、その奥から昔なじみの顔が、にこやかに近づいてきた。
「4年…いや5年ぶりか。いつこっちに帰ってきたんだ?」
「1週間ほど前に。そういう君こそ、副社長の?」
「あぁ、今はチーフをやっている」
チーフとは、また出世したものです。
しかし、この離れない視線はなんなのだろう?そんなに悪人顔はしてないつもりなんですが……。
「桜井がここにいるってことは、副社長の大切な人が見れるんだな?」
「え?」
「おいおい、仕事でここにいるんだろ?」
「それはもちろん」
その含みのあるようなジェームズの台詞に首を傾げる。
副社長にとって託生さんは大切な人ではあるだろうけど、私とどう関係があるのでしょうか。
「大切な人には違いないだろうけど……」
「相変わらず謙虚な人間だな。一人で十人力の君がついているだけで、副社長の特別な人だとわかるってもんだ」
バシバシ肩を叩かれて機嫌よさそうにジェームズが笑う。
そして、
「おい、お前ら、伝説の桜井の顔を拝めるなんてラッキーだぞ。しっかり覚えておけよ」
と好き勝手なことを言い出して、なぜかむさくるしいSP軍団から両手を合わせられた。
あの、私を拝んでも、なんの願いも叶えられないんですが………。
というか、そろそろ中に入らせてください。


2013年07月02日(火)
「島岡さん、大変です!」
「……なんですか、松本君」
「副社長が行方不明なんです〜!」
「はぁ。いつからですか?」
「最後に副社長室で見たのは20分前でした」
「20分前ということは………今日で5日だから………」
「島岡さん!すぐに副社長を探さないと!」
「松本君。15分後に託生さんの事務所に向かってください」
「……は?」
「十中八九、事務所にいますから」
「わかってるのなら、今すぐ行ってきま………」
「ダメです」
「はぁ?」
「どうせならフル充電させないと、持ちが悪くなりますからね」
「持ち?」
「えぇ。まだまだ今日は予定が詰まってますから、途中で電池切れされても困りますし」
「あの〜」
「はい?」
「僕、副社長の話をしているんですけど?」
「えぇ。私も義一さんの話をしてますが?」
「………副社長って、人間の皮を被ったロボットだったのだろうか」


2013年06月15日(土)
留学を終え、フランスから帰国された託生さんを空港まで迎えに行き、その足で事務所に顔を出してスタッフへの紹介と事務所内を案内し、そしてお疲れだろうからと、事務所から徒歩圏内のマンションへ足を向けた。
もちろん、私の部屋も同じマンション内にあります。
「託生さんの部屋はこちらです」
ドアの鍵を開け「どうぞ」と託生さんを促すと、
「お邪魔します」
ご自分の部屋なのに、なぜかそう挨拶して託生さんは入室し、
「え、階段?」
部屋の中にある階段に目を丸くされた。
下階は10畳ほどのリビングダイニングと8畳の防音室。上階はプライベートルームと洗面関係があるメゾネットマンション。
すっきりとしたシンプルな部屋。
「あの………」
「なにか、足りないものありますか?すぐに、用意させていただきますが」
「いいえ!とんでもないです!そうではなくて、こんなに広いところいいんですか?」
家賃高そう………。
「こちらは社宅扱いなので、託生さんは気になさらないでください」
「そう………ですか?」
と言いつつも、部屋を見ながら「やっぱり広い」とポツリと呟かれるのを見て思い出した。今まで屋根裏部屋で、慎ましい生活をされていたことを。
フランスでの託生さんのステュディオと比べられているんですね。
「こちらが防音室ですので、いつでもお好きなときに練習できます」
そう言いながら重いドアを開けて照明をつけると、キョロキョロと部屋を見回し、壁際に置いてあるアップライトピアノの蓋を開けられ、
「えぇ?!」
と叫ばれ、なにか粗相があったのかと慌てて側に寄ると、
「これ……ベーゼンドルファー………ですよね?」
戦々恐々とした風情で、心細そうに私を見上げられたのだが、託生さん、申し訳ありません。実はベーゼンドルファーだと知ったのは、たった今だったりします。
「こんなすごいピアノ、ぼくには必要ないのに………」
と言われましても。
託生さんにはお伝えできませんが、この部屋は副社長が用意したものなんです。
私も日本に来られた島岡さんから鍵を預かり、確認の為に一度部屋に入ったきりで、詳しいことはわかっていないんです。
「プロの方には、それなりの楽器が必要かと………」
「そ……うですか。………そうですね。プロ…なんですね。ぼく、がんばらなきゃ」
苦し紛れに言い訳をした私の言葉に力強く頷いて、
「これから、よろしくお願いします」
「こ……こちらこそ、よろしくお願いします」
真っ直ぐに私を見つめ、深く頭を下げられた託生さんに慌てて頭を下げながら、託生さんの礼儀正しく謙虚な人柄に、感動で胸がいっぱいになりました。
このような方のガードにつかせてもらえるとは、SP冥利に尽きるというもの。
内ポケットに入れた託生さんの注意書きを、スーツの上から確認し心に誓う。
不肖桜井。我が命に代えましても、託生さんをお守りいたします。


2013年05月27日(月)
紫のチューリップを劇場スタッフの人から受け取り、ホテルに向かって歩き出した。
そのとき一陣の風が頬を撫で、どこからか、ふわりと懐かしい香りを運んできたように感じて、
「……ギイ?」
思わず振り向き、そして、そこにギイの姿がないことを認識して苦く笑った。
あの不思議な花の香りをまとい、ほんの一瞬、つむじ風のようにぼくを包み込みんだ風。
……ここに、いるわけないじゃないか。
わかりきっている現実と、諦めきれない想いが交差する。
「託生さん、どうしましたか?」
立ち止まったぼくを、不思議そうに桜井さんが振り返った。
「いえ、なんでもありません」
そして、後ろを振り返ることなく、一歩を踏み出した。
もう、二度と一緒に歩くことはないけれど、彼が歩いていく道は、幸せに包まれていてほしい。
それだけが、今のぼくの願い。


2013年01月25日(金)
さすがに今回の報告書の封筒は分厚かった。
パンフレットやプログラム、写真数枚。
デビューコンサートあれこれの詰め合わせってヤツだな。
眩い光の中、黒のテイルコートでバイオリンを弾いている託生の写真を手に取る。
「託生、デビューおめでとう」
バイオリニストとしての第一歩を踏み出した愛しい人に、心からの祝福の言葉を送った。
これから先の未来が、宝石のように輝くことを願って。
コンサートの様子を思い浮かべながら読んでいた報告書の最後に、それは書いてあった。
「さすが、章三」
小さく吹き出し、夜明け前、まだ薄暗い廊下で最後に会った相棒の姿を思い出す。
「悪いな。まだ終わってないんだ」
まだだ。まだ早い。あと半年………。
終わっても、会えないがな。託生にも。章三にも。
込み上げる奴らへの憎悪と、郷愁にも似た遥か遠い山奥の楽園への想いが入り混じる。
丁寧に一式を封筒に入れ、デスクの上に置いた。
指を滑らせると、冷たい紙のはずなのに、なぜか包み込むような温もりを感じた。


2013年01月24日(木)
佐智さんが託生さんのマンションに遊びに行かれた翌日。
「託生くんの部屋で、いいものを見つけたんですよ」
満面の笑顔で事務所に入ってこられた佐智さんの背後には、おろおろとした託生さんの姿が。
「これ、見てください」
重そうなバッグから取り出し、スタッフルームのデスクの上に広げたのは、膨大な数の手書きの楽譜だった。
「あの、これは………」
「託生くんが作曲したものです」
「え……託生さん、作曲もされてたんですか?」
託生さんのマネージャーを一年近くやっていたのに、作曲されるなんて全く知りませんでした。
「ででででも、ただの暇つぶしの趣味なんで………」
あたふたと胸の前で両手を振り謙遜されているようだが、この佐智さんの様子だと、全ての楽譜に目を通し、そしてなにかしらの考えを持って事務所に持ち込んだのであろうことがわかります。
「一度、聴いてみてくれませんか、託生くんの曲。ね、託生くん、弾いてみて?」
そうして、佐智さんの勢いに押されるがまま、指示された数曲を弾かれた託生さんの曲に、スタッフ一同深い溜息を吐いた。
なんと奥深く、優しさに包み込まれた曲なんでしょう。胸に突き刺さるような切なさまで感じます。
「どうですか?」
「これは………」
にっこり笑った佐智さんの笑顔に、交渉専門のスタッフが大きく頷いたと思ったら、そのまま録音したMDを持って事務所を出て行き、数時間後。
「番組のテーマソングに決まりました〜♪」
と、意気揚々と帰ってきた。
事務所内、拍手喝采。さすが、マネージメントのプロ。
「ただですね」
「はい?」
「タイトルを聞いていくのを忘れてしまって、自分勝手なイメージで『始まりのとき』と言ってしまったんですが、託生さん、タイトル教えていただけますか?すぐに相手方に訂正しますので」
頬をかきつつ「すみません」と頭を下げたスタッフに、そういえば私も聞いていなかったと思い出しました。
曲の印象があまりにも衝撃的で、タイトルを忘れてました。
全員の視線を受け、
「あの………」
託生さんが口ごもった。
「タイトルはないので、それでお願いします」
「は?」
タイトルがない?
「ぼく、ネーミングセンスないんで、作った順に番号を振っているだけで……」
確かに、楽譜には数字が書いてますが、これがタイトル代わりってことですか?
「じゃあ、作っているときに浮かべていたイメージを教えていただければ……」
「イメージですか?」
あんなにも印象的な曲なのだから、なにかしらイメージを思い浮かべながらでないと、作れないような気もするのですが、その辺りは素人の私に考えが及びません。
スタッフの問いかけに小首を傾げた託生さんの表情が、ほんのすこし苦く曇ったように感じたものの、それは私の気のせいだったようです。
いつものように穏やかに笑い、
「………いえ、イメージはないので適当にお願いします」
と、頭を下げられた。
「じゃあ、曲のイメージでつけさせていただきますね」
「はい」
そうして託生さんが作られた曲については女性スタッフが中心となって企画がなされ、『恋』と関連性のあるタイトルをつけられることが決まった。
それが託生さんの代表作となる『恋シリーズ』の始まり。
女性の感性というのは、我々男には、よくわからないものですが、託生さんの曲とタイトルがミスマッチなものは一つもありません。



クラシック業界に新風を巻き起こすという触れ込みと留学時代の賞の数々がメディアによって紹介され、佐智さんはもちろん、音楽関係者を招待した託生さんのデビューコンサートは、華々しい晴れの日となりました。
この日を迎えるにあたり、託生さんが血の滲むような努力を重ねていたことを知っているスタッフ一同は、コンサートの大成功の裏で目を潤ませつつ、より一層バイオリニスト葉山託生の名を広めることを心に誓ったのです。
そしてアンコールが終わり控え室に戻った託生さんの下へ、佐智さんが花束を持って駆けつけてくれた後ろに、一人の男性がいました。
「赤池君!」
「よう、葉山。デビュー、おめでとう」
話をお聞きすると、託生さんの高校時代の友人だそうで、赤池さん以外にも何人もの方がこのコンサートを聴きにきてくださっていて、しかし全員で控え室に来るのは邪魔だろうと、代表で佐智さんと訪れてくれたそうです。
もう、他のお客様もいらっしゃらないだろうとロビーに移動した託生さんを、ご友人たちが取り囲みました。
皆さん、ご自分のことのように喜んで、あっという間に託生さんの両腕が花に埋もれた姿を見て、苦笑しつつ花を受け取り控え室に向かおうとした私に、赤池さんが声をかけてきました。
「貴方のボスに伝えてください。逃げても無駄だぞって」
「あの、ボスって………」
この事務所がFグループと繋がっていることは一切表には出していない。ましてや、副社長が関わっていることなどスタッフ以外誰も知らないのに、赤池さんはどなたのことを言っているのだろうか。
「本当にあいつは頑固だから。終わったのなら、さっさと姿を現せって付け加えておいてください」
「赤池さん………」
「NYにいる、貴方のボスにですよ。言えばわかります」
ニヤリと笑って赤池さんは託生さんの側に歩いていかれました。
やはり副社長のことを言っているのでしょうか。
今日の報告書と一緒に赤池さんのことも書いておかねば。


2013年01月11日(金)
シャワーを浴びて居間に戻ると、ギイがソファで寝ていた。
「だよね。仕事忙しそうだし、松本さんもよれよれの顔してたし」
こう……なんとなく……そういう気分だったのだけど、ギイの疲れきった表情を見れば、ぼくのそういう個人的事情なんてものは、我侭でしかないような気がして。
「ギイ。ベッドに行ってくれるかな。疲れが取れないよ」
ギイの肩を揺さぶって、寝室への数歩だけでも覚醒を促した。
「ん……託生………?」
「こんなところで寝たら、風邪引いちゃうよ。………うわっ」
ギイの背中に腕を回し、起き上がるのを手伝おうとしたぼくの腕を、ギイは力任せに引っ張り、自分の体の下に敷いた。
「ギイ!」
「託生、その気だったろ?」
ズバリ核心をついた台詞に、言葉が詰まる。
そうだけど。
はしたなくも、ギイが欲しくて堪らなかったのだけど。
「託生が誘ってくれたんだもんなぁ」
と言いながら、ぼくの首筋に口唇を寄せたギイの吐息に寝息が混じっているのに気づいて、思わず右手が動いた。
「ぐはっ」
「………寝ろ」
「た……く……おまっ………」
「中途半端な状態なのは、ぼくが困るんだよ。義務で抱いてもらいたくないし。ギイがその気になったら、するから」
「でも、その気だったろ?そういう目でオレを……おい、こら、殴るな!」
「今、その気がなくなったから!バカなこと言っている間に、ベッドに行って!」
足蹴りしてギイを立ち上がらせ、隣の寝室に引っ張っていき、ベッドに放り込んだ。
「ほら、疲れてるんだから……」
「一人でするなよ」
「………は?」
「オレが抱くまで、一人で………うっ!」
「寝ろって言ったよね?」
これ以上、恥ずかしいこと言われると、それこそ意識してしまいそうで、ギイの頭を枕に押し付けた。
1、2、3、4、5。
「ほら、疲れてたんじゃないか」
カウント5で深い寝息に変わったギイに、大きな溜息が零れた。
「今日の分は、次に上乗せしてもらうから」
そんなことされたら、ぼくの体が壊れてしまいそうな気がするけど、ギイは深い夢の中。
これ以上、自分がそういう気分にならないように、とりあえず、もう一度シャワーを浴びてこよう。


2012年12月10日(月)
葉山託生のSP兼マネージャーの桜井。
ラジオ体操第一をこよなく愛する男。
ちゃーんちゃんか ちゃんかちゃんか♪
「いっちにっ さんっしっ にーにっ さんっしっ」
「マイケル。きちんと筋を伸ばさないと、いざというときに怪我をしますよ」
「はっ!」
「ジョン。手首がまだほぐれてませんね。もう一回」
「はっ!」
エレベーターホールに流れるラジオ体操の曲に乗って、ビシバシと体を動かす大男が三人。
「………桜井さん、わざわざ日本からCD持ってきたんですか?」
「みたいですよ」
「ラジオ体操って、あんなに真剣にするものでしたっけ?」
夏休みに首からかけたカードに、スタンプをぽんと押してもらうことしか覚えていない。
「一度、桜井さん並に真剣に体操したら、結構汗かきましたよ」
「へぇ、そうなんだ。運動不足だから、明日からやってみようかな……」
「ダイエットにいいんなら、やってみようかしら」
「じゃあ、私は腰痛予防に………」
そうして、事務所の朝は、ラジオ体操第一で始まることとなった。

ごめんなさーい。これです、これ!『櫻井孝宏 「ラジオ体操第一」』
⇒http://t.co/MPVdwgAB


2012年12月06日(木)
バスルームから出てきた託生が、ソファに置いている物を見て足を止めた。
ミニスカサンタに、ミニスカとなかいに、特大サンタの袋(赤いリボン付き)。
「なに、その荷物?」
「あのな」
「うん?」
「これを着てくれ!」
「…………別にいいけど」
某国で、遥か昔にあった見合い番組の交際申し込みのように頭を下げたオレの上空から、あっさりとした返事が聞こえて、聞き間違いか?と恐々顔を起こした。
「ぼくに着て欲しいんだろ?」
オレの訝しげな視線に、小首を傾げて反対に聞く。
ブンブン首を振り、しかし、まるで夢の中のできごとのような錯覚になった。
これは、ほんとに託生なのか?照れもせず恥ずかしがらず、素直に着てくれるなんて!
脳内で勢いよく紙吹雪を散らし、勝利のラッパを吹き鳴らそうとした瞬間、
「それで、ギイはどれを着てくれるの?」
真っ逆さまに突き落とされた。
「……………は?」
「まさか、ぼくだけ着ろなんて不公平なこと言わないよね?」
と、託生がにっこり笑う。
………オレがミニスカサンタ?
ダメだ、ダメだ!絶対、吐き気を催すだけだ!
しかし、なにかを選ばなくては、託生の可愛らしい姿を見せてもらえない。
この重要且つ最大の問題を、どう乗り切る?
オレのこめかみに冷たい汗が流れた。


2012年12月05日(水)
『サンタとトナカイとサンタの袋、どれがいい?』
「…………は?」
『さっき見かけたからさ、買って帰ろうと思って』
………サンタとトナカイと袋?
これは、やはり、あれか?コスプレしてくれるってことなのか?
ここはサンタで………いや、託生のことだ。以前の看護師のときだってパンツだったのだから、ミニスカサンタではない普通のサンタだよな。
ならトナカイで、と浮かべてみる。
もこもこで可愛いだろうが、少し色気がないような気がするな。
しかし、サンタの袋はどういう使い方を………入ってくれるつもりなのか?託生が袋の中に?
あぁ、託生がプレゼントになってくれるのか!
直球じゃ照れくさいからと遠まわしに言ってくるとは、可愛いヤツめ。
これは、託生の期待に応えないと男が廃るってもんだ。
「オレは、袋がいいと思う」
キリッとした声のわりには、たぶん顔がにやけているだろうが、どうせ繋がっているのはラインだけだ。託生には見られる心配もない。
『サンタの袋だね?わかった。買って帰るから楽しみにしててね〜』
その夜。
「託生、これはなんだ?」
「サンタの袋だよ?」
見てわからない?と差し出された、お菓子入りサンタの袋。
「じゃあ、もしオレがサンタかトナカイを指定したら………」
「うん、お菓子の靴を買ってくる予定だったんだ。でも、さすがギイだよね。一番お菓子が入っているのを選ぶんだから」
キラキラした目で見上げてくれるが、託生。オレは、そんな褒め言葉嬉しくない。
「ギイ、食べる?」
「あぁ………電話が一本残ってるんだった。すぐに戻ってくるから」
「うん」
私室に戻るなり、携帯を手に取った。
「松本ーっ!ミニスカサンタとミニスカトナカイとサンタの袋、今すぐ持って来い!」
『は………はいぃぃぃ?!』
期待した分の落差は大きいんだ。絶対、託生に着せてやる!


2012年11月02日(金)
「ケータリングサービスです。ご注文いただきまし………に、忍者ぁ?」
「担当者を呼んでくるので、待っててくれ」
「はぁ…」
「先輩、ここすごく凝ってますね(こそこそ)」
「ハロウィンでも、ここま飾り付けるところ、なかなか見ないな(こそこそ)」
「お待たせしました」
「ケータリングサー………ひっ!」
「フ……フランケン……?」
「テーブルの準備はできてますので、こちらに運んでもらえますか?」
「はぁ」
Ave!Ave Versus Christus〜!
「終わりましたら、声をかけていただけますか?受付付近におりますので」
「はい!………早く、終わらせようぜ」
「えぇ、マジにここ怖いですよ」
数分後。
「終わったぞ」
「じゃ、さっさと帰りましょうか」
ガチャ。
ぺたぺたぺたぺた。
「…………」
「今、河童通りませんでした?」
「………気のせいにしておこう。頭が痛くなってきた」


2012年10月03日(水)
異国の街角に、変わらないお前がいた。
その瞳に映ったオレは、恋に落ちたまま立ち尽くしている愚か者。
「ギイ」と呟いた声に、色あせない思い出が切なく脳裏を駆け巡っていく。
もう、あの頃には二度と戻れないと言うのに……。


2012年09月28日(金)
「『無事、日本についてます。お休みなさい 託生』………と」
空港まで迎えに来てくれた桜井さんと事務所に行って、あれやこれやと用事を済ませ、一ヵ月半ぶりに帰ったマンション。
ぐったりとした体に鞭を打ち、シャワーを済ませて、ふと思い出して鞄の中から取り出した。
アメリカから帰るとき、ギイに渡された携帯。
祠堂で使っていた携帯とデザインはまるきり一緒なれど、たぶん、機能は格段にアップしているのだろう。
ぼくには、使う当てもないけれど。
ギイに、十年ぶりにメールを打った。
ハートマークを忘れたけれど、まさかそのくらいで拗ねないよね。
そのまま、サイドテーブルに置いた携帯をじっと見詰めていると、着信ランプが光った。
ギイ、早すぎないかい?ちゃんと、仕事してる?
そう思いながらも、頬は緩み、素早く携帯を手に取る自分に笑ってしまった。
『オレの夢見ろよ。愛してるよ、託生。お休み。 ギイ』
何度も画面を見て、ギイからのメールを読み返す。
この二週間、ギイと一緒にいたけれど、ここ日本に帰ってくれば、まるで夢を見ていたかのような気分になる。
でも、現実だよね。ギイともう一度、一緒に歩いていけるのは。
幸せな気分のままベッドに潜りこんだとき、月の光に反射して、ハートのストラップがキラリと光った。
「でも、ギイ。この歳でハートはないと思うよ」
今度ギイに会ったら、これだけは言ってやろうと、心に決めた。

「松本君の、これが本当の日常 」の託生くんサイドでした。


2012年07月25日(水)
「桜井」
「副社長?どうされたんですか?」
「託生のブログを開設したのか?」
「いえ、まだです。今朝、託生さんからお聞きしたところでしたので、今から……」
「こっちで今日中に用意するから待ってろ」
「はい………?」
「肖像権の問題があるからな。右クリック、印刷、コピー&ペースト、画面のキャプチャ、ソースの表示、キャッシュの保存。全て禁止させるから」
「……副社長、それって相手のPC側にインストールさせて操作させるものですよね?」
「そんなもの、託生のブログを開いたと同時に勝手にダウンロードさせればいいだろ」
「それってスパイウェア………」
「なにか言ったか、桜井?」
「いいえ。でも、そんなプログラム誰が……」
「IT部門に作らせばいいだけの話だろ?託生の写真をこれ以上バラまくわけにはいかないんだ!」
「副社長………」


2012年07月24日(火)
「託生くん、ちょっと隣に立って」
「佐智さん?えと、ここ、ですか?」
「そうそう。はい、笑って」
パシャリ。
「これで、よし、と」
「あの、佐智さん?」
「ブログにアップしようと思って。いいかな?」
「それはいいんですけど、ブログを書かれてるんですね」
「大木さんに言われてね。託生くんも言われてない?」
「そうなんです。桜井さんに言われてるんですけど、ぼく書くことなくて……」
「毎日書かなくても、コンサートの告知だけでも大丈夫だよ?たまにこうやって写真載せてもいいし。『友人の葉山託生くんが聴きにきてくれました』……と」
「佐智さん、早いっ!……こんなに短くていいんですね」
「そうだよ」
「それなら、ぼくでもできるかな………」
♪♪♪♪♪
「もしもし?」
『佐智ーーーーっ!お前、なにをブログに載せてるんだよ?!』
「なにって、託生くんとのツーショットだけど?」
『託生の写真は事務所を通して……!』
「プライベートだから構わないよね。ね、託生くん?」
「はい。って、ギイですか?」
『託生!お前、佐智とツーショットなんて!』
「佐智さんファンに怒られるかな」
『そうじゃなくて!』
「気にしなくていいよ、託生くん。僕と託生くんの仲がいいのは有名だし」
「そうですか?」
『こらーーーっ!佐智!託生とツーショットを撮っていいのはオレ………!』
ブチッ。
「託生くんのブログにも、ツーショット載せてくれるかい?」
「もちろんです!桜井さんに用意してもらいますね!」


2012年06月21日(木)
「島岡、幸せな夢を見たよ。そして果てしなく愚かな夢だ」
そう微笑んだ義一さんの目が、揺らいだように見えた。
「義一さん……」
「予定どおり明後日NYに帰る。すまないが、事後処理をしておいてくれ」
「わかりました」
そうしてシャトー・ルフェビュールに戻った義一さんに、私がなにを言えるのか。
あのとき、死ぬのも辞さないような義一さんを引き止める為に、私は託生さんのコンサートチケットを用意した。
結果、NYに帰ってきた義一さんの目に生命力が宿り安堵はしたが、この人の心は深く傷ついたままだった。
義一さんの心は痛いほどわかる。
けれども、これでいいのか?この人は、このまま一生を終えるのか?
あれから10年。もう一度幸せを求めてもいいんじゃないだろうか。
そう考えていたのは私だけではなかった。
しかも彼の大切な幼馴染は、義一さんだけではなく、今でも託生さんと密接な繋がりがあり、私が側で義一さんを見ているように、彼もまた託生さんを案じていた。
自分の心を隠す義一さんを揺さぶるには、託生さんしかいない。
だから、二人のオフをぶつけた。
数日一緒にいれば、頑なになっている義一さんの心が溶けるだろうと望みをかけて。
なのに、どうしてこういうことに……。
義一さん、自分の幸せを諦めないでください。
託生さん、どうか彼を救ってやってください。


2012年04月09日(月)
「たーくみっ」
「………なんだよ」
「なんだよって、ご挨拶だなぁ。早く帰ってこれたのに」
「……お帰り。でもね、その大きな箱はなんなんだよ」
「託生、よくぞ、聞いてくれた!」
「聞いてない、聞いてない。ぼく、興味ないからね」
「まぁ、まぁ」
「もう、なんなんだよ?!」
「松本の友人がこういうのを扱っていて、回してもらったんだ」
「…………」
「セーラー服は気に入らないか?なら、看護師の服も婦警もあるぞ。客室乗務員とかOLの制服とか」
「あのね………」
「あぁ、女性用じゃなくて、パイロットとか警察官とか宅配便とか医者とかもあるぞ」
「………で?」
「濃厚な時間にするための、愛のエッセンス代わりに」
「ふぅん………じゃ、ぼく、これね」
「お、託生も、やる気満々………ちょっと、待てーーーっ!」
「一度、化学防護服、着てみたかったんだよね」
「いや、それは、止めてくれっ」
「すごいなぁ。ガスマスクまでついてる。よいしょっと」
「………これで、どうやって甘い雰囲気を出せと……orz」


2012年03月28日(水)
『来週のスケジュール確認をお願いします 松本』
のメモを添えて島岡さんに送ったデータが、送り返されてきた。
「えーと………はいぃぃ?!」
就業時間は一時間早まり、早まった分、帰宅時間が早まるかと思いきや今までと一緒で、しかも会議も商談も今までの二分の一以下の時間に縮まり、一日の仕事量が一気に今までの三日分くらいに詰め込まれている。
「島岡さん、これは無茶っすよ」
慌てて部屋を飛び出し、第一秘書室のドアをノックして返事を待って扉を開けた。
「どうしました?」
「島岡さん、これ、本気ですか?」
電子手帳をデスクを上に置き問いかけると、
「えぇ、大丈夫ですよ」
あっさりと島岡さんが頷いた。
「でも、こんな短い時間で会議が終わるなんて、絶対ないと思うんですけど?」
「いや、絶対終わりますよ」
「そんなこと………」
ありえません……と続けようとした僕の背後から、
「おい、島岡」
副社長の声が響いた。
「義一さん、どうしました?」
「あー、今週末、なんとかならないか?」
「なんとかとは?」
「託生のコンサートなんだよな」
「で?」
「でってな………。だーかーら、休みが無理だったら、5時までには終わらせてくれ!」
「5時はちょっと………」
「じゃ、5時半!ぎりぎり6時でもいい!」
どっかりと椅子に座った島岡さんに、すがりつくように懇願する副社長。
5時に仕事が終わることなんて、今まであっただろうか。
首を捻っている僕の電子手帳を副社長の前にスライドさせ、
「今週こういうスケジュールでよろしいのなら、なんとかなりますが」
島岡さんが澄ました顔で提案する。
いや、だから、島岡さん。そのスケジュールは、無理ですってば。
じーっと電子手帳の画面を見詰めていた副社長が、ニヤリと口角を上げた。
「わかった。詰め込め」
「えぇぇぇぇ?!」
「なんだ、松本?」
「いや、あの、会議………」
「あぁ?こんなもん、すぐに終わらせてやる」
マジっすか?!終わるんですか?!
「わかりました。スケジュール調整しますので、今のうちにデスクワークを終わらせておいてくださいね」
「了解」
部屋を出ていった副社長を呆然と見詰めていた僕に、
「目標があればあるほど、義一さんの仕事の効率がよくなるんですよね。こういうときにこそ、義一さんを存分に使わないと」
覚えておいてくださいね。
島岡さんの悪魔の微笑みに、僕の背中をぞくぞくと寒気が走り抜けていった。


2012年02月01日(水)
晴れやかな顔をして、ぼくを抱き上げたギイだけど、シャワーを浴びて寝室に入ったとき垣間見えた後悔の表情。
どれだけの傷を、ギイは受けたのか。
もしも、今、ぼくがこの場から逃げ出したとしても、ギイは後を追わないだろう。
だから、ぼくからキスをした。
君が欲しいのだと。君しか、欲しくないのだと。
抱きしめた腕が震えていた。
まるで、抱きあうことが罪だというように震える腕に気づかない振りをして、ギイをかき抱いた。
もう二度と離れない。


勢いのままベッドにギイを押し倒した。
口唇を離して目に映った、昔とは違う風景。
ギイの震える指先が、ぼくの頬を覆った。
「愛してる、託生」
「うん……ぼくも、愛してるよ。ギイを、誰の目にも触れさせたくないほどに」


2012年01月31日(火)
なんだ、あの車は。
タイヤを替えていないのか?
バスを降りたところに、危なっかしい車が目に入った。
雪が降り積もり、けれども、こんな山奥の道を通るような車は地元民しかいないような状態なのに、その車はそこにいた。
その余りにも危なっかしい運転に、オレは身構えた。そんな事は有り得ないと思いつつ。
しかし、危惧していたオレの予想通りの軌跡を、その車をたどったのだ。
「託生!!」
「え?」
間に合ってくれ!
まっすぐに向かってくる車に身動き一つできず立ち尽くした託生を抱きかかえ、地面を蹴る。
「ギイ!!」
「葉山!!」
ドサリと転がった背後で鈍い音がし、車が祠堂の外壁に当たり、車が大破した。
「なに………?」
今だ状況を把握していない託生に、
「怪我は?!」
怒鳴りつけるように問うた声に、
「だい……じょうぶ………」
言いながら、目の前で煙を上げて停まっている車を目にしたとたん、抱きしめている託生がガタガタと震えだした。
「ギイ………」
「見るな!」
言いながら、あの脅迫状の文字が浮かんだ。


2012年01月16日(月)
「荷物を纏める」とペントハウスに戻った副社長を迎えに行き、しかし、特大の苦虫を噛み潰したかのような副社長の登場にビビりつつ、無言のままケネディ国際空港に到着した。
夕刻出発の飛行機を待てるほど時間に猶予はなく、すでにプライベートジェットが準備されているはず。
一般客とは別の税関に向かっているとき、ピタリと副社長が足を止めた。
「副社長、どうしました?」
「………松本」
低い低い声色に、ゾゾゾと悪寒が走る。
今回は何でしょうか?!
やっぱり行かないなんて、言わないでくださいよ!!
思わず両手を組んで祈った僕を振り返り、
「今からペントハウスに戻って、託生をドイツまで連れてこい」
「はいぃ?!」
人間一人をドイツまでなんて、そんな無茶な………。
「連れてこなかった場合は……わかってるな?」
いえ、わかりません!全然、わかりません!!わかりたくもありません!!
「お…お言葉ながら、葉山さんにもお仕事が……」
「託生は元々オフなんだよ」
「あ、それなら……ではなくて!葉山さんが素直についてきて下さるか……ひっ」
「連れてこいと言ってるんだ」
副社長〜〜目が据わってます〜〜。
もう、いったい荷物を取りに帰ったときに何があったんですか〜〜。
「わ…わかりました!ドイツまでお連れします!!」
だから、ネクタイ引っ張らないでください〜〜〜。
「よし。もしも、ドイツ行きの飛行機に乗っていないことがわかったら、オレもトンボ帰りするからな。オレに仕事をさせるのが秘書の仕事だろ?」
そんなこと社則に載ってません!
「今日は桜井も休みだから」
そう言ってSPを一人僕の側に残し、ゲートをくぐった副社長が視界から消える。
「あー、もう!どうしろって言うんですか?!」
拳を突き上げて叫んだ僕の声が、ターミナルビルの中に木霊したような気がした。


2012年01月15日(日)
「悪い!本当にすまない!」
「仕事だったら仕方ないよ」
明日から二人合わせて三日間のオフを取っていたのだが、聞けば、ドイツの支社で問題勃発。急遽オフ返上で出張になったというわけだ。
ぼくだってバイオリニストとしての仕事を持っているから、こういう予定外の仕事には理解はできる。
できるのだけど。あれを見なかったら、ぼくだって素直に見送れたのになぁ。
先日、仕事を抜け出し事務所に来たギイを迎えに来たのが、島岡さんでも松本さんでもなく、綺麗な女性だった。
しかも、いつもならあーだこーだと言い訳をつけつつ居座るギイが、溜息を一つ吐いただけですんなりと帰っていったのが、それはそれで気に入らなかったのだ。
あの女性も同行するのだろうか。
「帰ったら絶対埋め合わせするから!」
慌しく手を動かしながらも、ぼくへ謝り続けるギイに、なぜだか無性に腹が立って、
「やだ」
スルリと口から零れ落ちた。
こんな我侭言うつもりなかったのだから、これはギイのせいだ。
ぼくの言葉に、ポカンとしてギイが振り返る。
「やだ?」
「うん、やだ」
「と言われても……」
ギイの心底困りきったような表情に、今度は悪戯心がむくむくと湧き上がり、
「帰ってくるまで待てないから、今、埋め合わせして」
「はい?」
スーツケースの蓋を閉めようとしていたギイの頭を抱きしめて、口唇を重ねた。
深く深く舌を絡め、ベッドの中でしかしないような濃厚なキスを堪能し、1分後ギイを開放した。口唇を離すときにぺロリとギイの口唇を舐めたのはご愛嬌。
「はい、終わり。気をつけて行ってらっしゃい」
これで浮気してきたら、蹴りだしてやるからな。ここはギイのペントハウスだけど。
「お……おまえ……悪魔……」
体が多少前かがみだけど、大丈夫だよね、ギイ。
ヨロヨロと出て行ったギイに満足しつつ、三日間なにをしようかとソファで考えていたぼくは、一時間後に飛び込んできた松本さんにドイツまで拉致された。


2011年12月30日(金)
手を繋ぐ。
十年ぶりに繋いだ手は、とても暖かかった。
少し怯えたように震えた手でぼくの手を握った君の手を、引き止めるようにギュッと握った。
君がいなかった十年。
君が守ってくれた十年。
大きな愛に包まれ生きてきた十年。
これからは、ぼくが君を守っていく。
命の限り、愛してる。


2011年12月27日(火)
「託生さんが何も言わずに大阪に向かうとは、さすがに驚きましたよ」
「こちらも、副社長がパーティを抜け出して外出されかけていたので、葉山さんが来られて助かりました」
「あー、託生さんにはわかってらっしゃったのでしょうか。(副社長が夜遊びに出られることを)」
「そうですねぇ。わかってらっしゃったんでしょうね。(副社長が葉山さんの所に行かれることを)」
「でも、今は(夜遊びにも行かず)お二人でおとなしくホテルにいてくださるので、やっと一息つけますね」
「えぇ。(葉山さんが側にいれば)ホテルから出る必要もなくなったんでしょうけどね」
「明日は(夜遊びにも行かなかったので)早いんでしょうか?」
「いえ、(一ヶ月分を発散して)お疲れでしょうし、ゆっくりされると思いますよ」
「じゃ、私達も今夜は呑みましょうか?」
「いいですね!」

ボツの桜井さんと松本さんの会話〜。


ギイの手が頬に触れた。
愛おしげにゆっくりと撫で上げる指に、ぼくの心が赤く欲望に染まる。
ギイに会いたくて、ギイが欲しくて、なにもかも放ってここまで来てしまった。
もう、ギイはわかってしまっただろう。
エレベーターのドアが閉まる隙間に見えたのは、ゴクリと喉を鳴らした肉食獣のような瞳。
それすらも喜び、体を熱く振るわせたぼくがいた。


2011年12月26日(月)
「今日はもう外出されないということだったので、これから食事にでも行こうと思いまして」
「なら、松本」
「は、はい?!」
「お前、ほとんど食ってないだろ?桜井に連れていってもらえ。おい、お前らも」
 少し離れた場所にいるSP二人も呼ぶ。
 大阪は初めてだという松本に、日本語を話せないSP二人。こいつらだけでもなんとかなるだろうが、ここは桜井に任せるのが賢明だろう。こいつも何度か大阪に来ているはずだし。
「へ?あの、桜井さん、いいでしょうか?」
「もちろんです。あ、なにか食べたいものありますか?」
「お好み焼き食べたいです!あと、なんでしたっけ、副社長?」
 人見知りなんて言葉を知らない松本が遠慮なく桜井に要望出し、オレを振り返る。
 秘書なんだから、そのくらい一回で覚えろよ。行動力はあるんだけどなぁ。
「たこ焼き、イカ焼き、ネギ焼き、キャベツ焼き」
「あぁ、粉もんですね。京橋まで歩けばあると思いますよ」
「やった!桜井さん、よろしくお願いします!」
 カップルだらけのクリスマスに男四人は浮くだろうが……。
 ま、オレには関係ないな。


2011年11月15日(火)
副社長のマンションに着き、連打しそうになる呼び鈴を理性で一回にとどめ、
「松本です。副社長はいらっしゃいますでしょうか?!」
繋がったと同時に、叫ぶ勢いで呼びかけ、オートロックの解除をじりじりと待ってドアを転がり込むように開けた。
これほどエレベーターを遅く感じたのは初めてかもしれない。
最上階につきエレベーターのドアが開いたと同時に飛び出した。
「副社長は?!」
「少々お待ちください。連絡をしますので」
執事さんの言葉に、ホッと胸を撫で下ろしたものの、なにやら廊下の奥の方から怒鳴り声が聞こえるような気がする。
内線で連絡を取ってくださった執事さんの受話器から、
『帰らせろ』
無慈悲な声が漏れ聞こえ、その場に膝をつきたくなった。
副社長〜〜〜〜〜。
泣きたくなるような状況の中、
『てーーーーっ!』
と、副社長の叫び声が受話器から聞こえ、廊下からドタバタとどなたかが走ってくる音がした。
「あの!ご迷惑おかけしてすみません!絶対仕事に行かせますので!」
ペコペコペコ。
「いえ!休暇の延長なんて初めてだったので、僕こそパニックになってしまって、ご迷惑おかけしました」
ペコペコペコ。
「いえ、ギイの我侭が原因なんで!」
ペコペコペコ。
「いえいえいえ、とんでもない!」
ペコペコペコ。
初対面の人間とお辞儀合戦を繰り広げる中、
「松本。休暇は延長だと言ってるだろうが」
低い低い声が響き、頭を上げると不機嫌そうな副社長の顔が目に入った。…、と同時に、目の前の人物が殴りかかった?!
どなたか存じませんが、相手は副社長ですよ?!
「我侭言うなって言ってるだろ?!」
「でもな、託生、オレの休暇が終わったら帰っちまうだろうが!」
「当たり前だろ!ぼくだって、日本でやることがあるんだから」
「だから、オレも日本に行くって言ってるんだ!」
「人様に迷惑かけるな!」
いつも冷静沈着でストイックでクールで、感情を表に出すことなんて全くなかった副社長を、こんなにも激変させてしまうタクミさんというのは、一体ナニモノ?
お二人のやり取りをオロオロと見ていた僕は、内ポケットから携帯を取り出し、
「島岡さーーーんっ!」
無意識に携帯に向かって叫んでいた。
「松本君。そんなに叫ばなくても聞こえてます」
「す…すみません!でも、あの……!」
「義一さんが休暇を延長しろとでも言いましたか?」
「そうなんです!って、どうしてわかったんですか?」
落ち着き払った島岡さんが、ラインの向こうで「やれやれ」と溜息を零し、
「そこにいる葉山託生さんに代わってください」
葉山託生さん…あ、タクミさんは葉山託生さんとおっしゃるのか。
目の前で言い合いを繰り広げているお二人の間に入りたくはないのだけれど、
「あの!!」
勇気を出して声をかけると、邪魔をするなと言わんばかりに副社長が振り向き、葉山さんは僕がここにいるのを忘れていたのか一瞬驚いた顔をして赤面した。
「葉山託生さん…ですか?」
「はい、そうです」
「秘書の島岡が電話を代わっていただきたいと……」
おずおずと携帯を差し出し、葉山さんに手渡すと、
「もしもし、お久しぶりです」
島岡さんが目の前にいないのに、またもやペコペコとお辞儀を繰り返した。
日本人特有の謙虚な態度になんとなく和み頬が緩みそうになったものの、副社長の厳しい表情に慌てて引き締める。
うわ、こんなに機嫌が悪い副社長初めてだよ。
その間にも島岡さんと葉山さんの会話は続き、ほんの少し困ったような顔をして、
「わかりました。はい。いえ、島岡さんのせいじゃないです。気になさらないでください」
そう言って葉山さんが今度は副社長に携帯を差し出した。
「ギイ、島岡さんが代わってって」
嫌そうに携帯を耳にあてた副社長を横目に、葉山さんが僕に向き直る。
「もう大丈夫ですから。スケジュールはそのままで」
ニコリと笑った葉山さんに、パニックなっていた心がパーッと明るくなった。
「ありがとうございます!」
感動に葉山託生さんの右手を両手で握り締め、深く頭を下げた。
年に一回ではあるものの10日間の休みを確保するために、休暇前後のスケジュールはどうしてもハードになる。もうすでに副社長の仕事が山積みだ。
これ以上休みと言われても、にっちもさっちもいかない状態で、マジにどうしようかと肝を冷やしていたのだ。
またもや葉山さんとお辞儀合戦をしていた僕に、携帯を切った副社長が目を向けた。と、目が吊り上ったぁ?!
「………松本」
「は、はいっ!」
「触るな」
「は、はいっ?!」
慌てて手を離したと同時に副社長が葉山さんを背後から抱きしめ…………あの、ここはどこ?私は誰?
眼前で突然始まったフランス映画ばりの濃厚なキスシーンに、思考が停止する。
さすが副社長。キスも上手いんだ。
「仕事は行ってやるから、早く帰れるように調整しろ」
「はい………」
ボケッとアホ顔になっているだろう僕に、そう言い置いて副社長は力が抜けた葉山さんを抱き上げ、廊下の向こうへ消えていった。
「ギイのばかーーーーーーっ!!!」
数秒遅れて木霊のように響く託生さんの声で、我に返る。
今のはいったい、なんだったんだ………。
ギクシャクと執事さんに挨拶をし、ペントハウスをあとにした。
副社長と葉山さんって………。
「えーーーーーっ?!」
NYのど真ん中で情けなく叫んだのは僕です。
最後の最後までお騒がせして、申し訳ありません。


2011年11月14日(月)
経済界のカリスマこと崎義一副社長付き第二秘書。これが、僕の肩書きだ。
あ、初めまして、松本です。
MBAを取得しFグループ本社に就職できた僕は、色々なテストを受けた結果副社長付き第二秘書に抜擢されたのが二年前。
生粋のサラブレッドである副社長の第二ではあるけれど秘書となり、もちろん仕事は思っていたよりもハードで、毎日が修行の連続ではあったけれども、副社長の手腕をこの目で見れるのはとんでもなくラッキーだった。
ストイックで仕事に対していつも冷静な判断を下し、それどころか仕事が趣味かもしれないほど副社長は毎日世界中を飛び回っていた。
そして男から見ても羨ましいくらいルックスは抜群でセレブ。
女性なんてより取り見取りの状態で、近づく女性は後を絶たない。それなのに女性をスマートにエスコートしても、副社長はなびくことがなかった。
僕にとっては男の中の男。
その副社長が毎年恒例のフランス行きのため、休暇を取ったのが9日前。
明日で休暇が終わる副社長に伝えるため、スケジュールの最終調整を行っていたとき、携帯が鳴った。
お、副社長だ。
「松本です」
「あ、休暇四日間延長な」
「は?」
ブチッ。ツーツーツー。
一言で切れたライン。
今、副社長はなんて言った?
『四日間延長な』
四日間…延長…………。
「マジっすかーーーーーっ?!」
慌てて副社長の携帯にかけるも、
「おかけになった電話番号への通話は、お客様のご希望によりおつなぎできません」
まさかの着信拒否?!
僕は、なにかをしてしまったのだろうか?
島岡さんに相談しようにも、副社長誘拐事件の件で彼はフランスに飛び、副社長の休暇明けと同時にNYに戻ってくる予定になっていた。
どうしよう………。
そのとき、脳裏に浮かんだのが、
「まずは行動しろ!」
の副社長の言葉。
あたふたしていても仕方がない。とにかく動かなければ。
僕は慌てて車ーのキーを手に取り、駐車場に向かった。


2011年10月31日(月)
抱き上げた体が、記憶にある重みより軽く感じ胸が痛んだ。
綺麗に微笑んで眠りの世界に落ちた託生から目が離せない。
部屋を出て行かねばと思いつつ、髪をかきあげる手を止めることができなかった。
こんなに近くに託生がいる。
それだけで満足しなければいけないはずなのに、オレの欲望が底なし沼のように訴えかける。
ほんの少し温まった頬に手を当て、
「今、幸せか?」
そっと聞いた。


2011年10月24日(月)
「託生さん、どうなさいました?」
執事さんに帰宅時間を連絡してくると出ていった託生さんが、顔を曇らせて戻ってきた。
「あ、ギイが体調を崩して、マンションに帰ってるんだそうです」
「副社長が?」
いつも元気な副社長でも、そういうときがあるんですね。……と言ったら失礼ですね。
「では、急ぎましょうか。車をすぐに回します」
と、ヘッドセットでマイケルに指示を出すと、託生さんがホッとしたように溜息を吐いた。
その託生さんの背後で、なにやら女性スタッフが集まりだし、ぼそぼそと話し合いをしていたと思ったら、大野さんがロッカールームに向かいなにやら紙袋を持って戻ってきた。
「託生さん、よかったらこれを」
「あの、これはなんですか?」
はてなマークを頭に飛ばした託生さんに、
「看護師の服です」
「「………はい?」」
大野さんは仏のような慈悲深い微笑を浮かべた。なぜか、背後の女性スタッフも同じような表情で頷いています。
というか、なぜ、看護師の服がここに?
「日ごろ健康な方は、体調を崩されると気弱になることがありますよね?」
「そうですね。たしかに」
大野さんの言葉に、託生さんは頷き、でもそれとこれのどこが繋がるのかわからないという風に困惑の表情を浮かべた。
「そんなとき、看護師さんの姿を見たら、なぜか安心しませんか?」
「あ、それ、わかります。お医者さんだとちょっと怖いけど、看護師さんだったらホッとしますよね」
「ですから、格好だけでも変えたら副社長も早く元気になると思うんです」
なるほど。病は気からと言いますから、それはそれでいいアイデアかもしれません。
同じように託生さんも感じたのか、
「そうですよね。早く治ってもらわないと、仕事に響きますよね。じゃ、お借りします」
と素直に受け取った。
「では、お先に」
「お疲れ様でした」
託生さんと連れ立って事務所をあとにして、気付きました。
なぜ、看護師の服が置いてあったのでしょうか……。


2011年10月23日(日)
自分の体調を騙し無理をしていたのはわかっていた。あと数日、持つだろうとも思っていた。
しかし、デスクから立ち上がったとたん、激しい眩暈に襲われ、気付けばマンションのベッドの上。
執事から「安静にお願いします。お仕事の方は、調整しておりますので」と言われ、ぐったりとベッドに横になった。
なんだよ、もう。
どうせ休みなら、託生といちゃいちゃしたいのに、自分の体が思い通りにならないなんて。
ぶつけようのない怒りを感じながら、しかし薬のせいなのか、うとうとと眠りに落ち、次に目が覚めたのは、ベッドサイドの明かりがほのかに映る薄暗い部屋の中だった。
「うん……?」
「ギイ、起きた?」
声を潜めてオレを呼ぶ声に、心がホッとする。
なんだよ。体が弱っているとき気弱になるってのは、オレには似合わないだろうが。
なんとなく照れくささを感じつつ、声のする方向を見ると。
「託生………」
「気分は悪くない?痛いところある?」
そこに、ナイチンゲールがいた。
「さっき、おかゆ作ってきてもらったから、入るんだったら食べてもらいたいんだけど」
と言いつつ、ほかほかの湯気が立った土鍋をトレイごと差し出した。
うん。腹は減っているから食べるけど。
おかゆよりも、その隠れているウエストラインより下が、ものすごく気になるんだけど。
「食べれそう?」
「あぁ」
そう答えると、託生はほっとしたように微笑み、オレがベッドヘッドにもたれかかるのを手助けし、そしてベッドの上にトレを置いた。
「ふーふーしようか?」
「いや、自分で食べれる。けど……託生」
「うん?」
「その服はどうした?」
「これ?」
うん、そう。薄いピンクの看護師の制服。しかも帽子つき。ものすごく似合ってるんですけど。
「あのね、帰宅時間を連絡したときにギイが体調を崩して帰ってるって聞いて、そしたら、スタッフの人が貸してくれたんだ」
ほぉ、そうか、スタッフがか。
……って、なにも、思わないのか、お前は?!
「あのさ、託生」
「なに?」
「立って」
「はぁ?」
「そこで、立ってくれ」
熱が上がりそうな気がするけど、このモヤモヤしている状態を持ち続けているのも、絶対体によくないと思う。
首を傾げながら、その場に立った託生の下半身は………。
「なんで、ミニスカじゃないんだよ?!」
「はぁ?!」
「看護師の制服と言えば、ミニスカだろうが!」
「あのね、今はパンツが多いの。ってか、なに考えてんだよ」
「託生のチラリズムが……。オレの楽しみが……」
ドカッ!
「…ってー!病人になにをする?!」
「それだけ元気だったら、大丈夫だね。ぼく隣の部屋で寝るから」
「おい、こら、待て!看護師は?!ミニスカは?!」
「夢の中でどうぞ〜」
「託生!」
まずった。熱で頭が回らなかったが為に逃した鯛だった。今度は計画を練って、必ずやミニスカ看護師を託生に!!
………あらぬところに熱はいらないんだよ。
どうしろってんだ、この半身を!
託生〜〜〜〜!


2011年10月10日(月)
「ギイ?」
「精神統一とかしてて邪魔になるんだったら、すぐ出ていくけど」
予定の時間より早く着く事ができたオレは、託生の控え室に顔を出した。
「んー、それはいいんだけどね」
ほんの少し小首を傾げて、困ったように笑う。
「どうかしたのか?」
コンサート直前のこのときに、何か問題でも発生したのか?
眉を顰めたオレに、
「別になにもないんだけどね」
と言いつつ、やはり何故か託生は困り顔。
「オレにできることなら、言ってくれ」
こんな状態でコンサートなんて、まずいだろ。
「んー、ギイ、呆れない?」
「呆れる?オレが?」
「元々、ギイがここに来るからいけないんだけどね」
「オレ?」
「うん、じゃ、責任とってもらおうっと」
「はい?」
言うなり、託生の腕がオレの首に巻きつき……。
おまっ、ちょ……。
熱く口唇を重ねる託生の背中に腕を回そうとするも、ビシッと託生に払い落とされ、思う存分キスを堪能して託生が口唇を離す。
「ふぅ、落ち着いた」
そうか、落ち着いたのか。緊張が解れたのなら、それはよかった。
……と言いたいところだが、この素直な下半身を抱えたオレをどうしろってんだ?!
「そろそろ行かなきゃ」
「そ……そうか」
「じゃ、ギイ、あとでね」
機嫌よく手を振って託生は出ていったが、オレはそのままその場に座り込んだ。
「落ち着け、オレ」
自己暗示をかけつつ、今夜はどうしてやろうなんて余計な事を考えたおかげで、座席にたどり着けたのが1分前。
今夜は、覚悟しろよ。抱き潰してやる。


2011年10月09日(日)
ピンポーン。
いつものように託生さんの部屋のインターフォンを鳴らし、ドアの前で託生さんの応答を待っていると、なんの前触れもなくドアが開き、
「桜井か?」
副社長が顔を覗かせた。
「お…おはようございます」
あ、昨晩の壮行会の後、託生さんのメゾネットマンションに泊まられたのですね。
「話がある。入れ」
副社長はすっと身を引き、私を部屋の中に促した。
通されたリビング兼ダイニングに、託生さんの姿はありません。
まだ上階の寝室にいらっしゃるのですか。
「そこに座っててくれ」
「はい」
言いながら副社長はコーヒーメーカーからコーヒーをカップに注ぎ、私の前に置いた。
「託生さんは、まだお休みですか?」
「あぁ。さすがに昨日は飲みすぎたらしくてな。今日は、休めないか?」
「それは、大丈夫です。事務所内も引越し業者が梱包しますので、託生さんの手をわずらわせることはありません」
普通なら数ヶ月前から荷物を整理し、なおかつ大型の荷物は船便で、残りの小型の荷物は航空便でというのが一般的。
しかし、事務所移転が決まったのが1ヶ月ほど前の事。
しかも、できるだけ早くという副社長の言葉に、事務所内はもちろん各自の荷物の引越しなどどうしようかと思案していた中、なんと副社長が貨物専用の航空便をチャーターし、全員いっせいにNYに移転という、一大プロジェクトになってしまった。
ぎりぎりまで荷物をまとめることができるのはありがたいのですが、一体どのくらいのお金が……。
いや、ありがたいお話なのだから、そんな下世話な事を考えてはいけませんね。
「それでだ。託生の荷物の荷札をこれに張り替えておいてくれ」
「あの、ここは……」
「オレのマンション」
やはり、そうですか。
昨晩、私が口を滑らせたから…。
「あの、託生さんには……」
「あとで言っておく」
と私の台詞をさらうように口を挟みつつ、明後日の方向を向いているのは何故でしょう。
「まぁ、2発くらいは想定内だし」
「はい?」
「桜井。託生に絶対気付かれるなよ」
「はぁ」
「オレの顔面が変形したら、お前のせいだからな」
「えぇっ?!」
そ…そこは、私の責任なんですか?!
「今日の午後帰るから、あとは任せたぞ」
私の肩を力強く握りつぶすように掴み、副社長はにっこりと笑った。
さて、託生さんに気付かれないようにするには、いつ張り替えたらいいのでしょうか。
いや、それよりも、副社長。肩が痛いです。


2011年10月06日(木)
託生を手放す………?そんなこと………。
考えたくない現実を脳裏に浮かべたとたん、目蓋の裏が暗くなり頭がぐらぐらと揺れ、その場に膝をついた。
「か………はっ………!」
息が出来ない………!
床に倒れるように横たわり、手で口を覆う。
咄嗟に過呼吸の対処ができる自分を冷笑しつつ荒い呼吸を繰り返し、何も見えなかった視界が戻ってきたとき、額に滲む汗とは別にこめかみを滴が流れていた。
何を迷ってるんだ。託生の命に変えられるものなんてないだろ。託生が殺されていいというのか?!


2011年10月04日(火)
「今まで、ありがとう。最高の相棒だったよ」
「馬鹿が………」
差し出した右手を、唇を噛み締めて章三が強く握った。赤くなった目には気付かない振りをしてやるよ。
「元気でな」
後ろ手にドアを閉め薄暗い廊下を歩き寮を出たとたん、痛いほど冷たい風がオレの頬を撫でていった。
まだ託生は眠っているだろうか。
振り向いて仰ぎ見た270号室の窓には、カーテンが引かれている。
東の空がようやく変わり始めた頃、バス停に着いた麓行きの始発バス。
これに乗るのも最後だな。
座席に座り、走り出したバスの窓から祠堂を振り返った。鬱蒼とした木々の隙間から見える校舎が小さくなっていく。……夢が遠ざかっていく。
眠る振りをして俯いたとたん、ポツリと水滴が足を濡らした。
「託生………」
奥歯を噛み締め嗚咽を堪える。
生きていてくれるだけでいい。もう二度と会わないから、託生の命だけは狙ってくれるな。


2011年09月22日(木)
【がんばれ桜井さん】
「今年も、託生くんの恋シリーズを出すんですか?」
ラインの向こうから、朗らかな佐智さんの声が流れた。
毎年この時期から企画を始める託生さんのインストゥルメンタル集「恋シリーズ」は、第一弾から佐智さんが企画に加わっていました。
いえ、元々佐智さんが託生さんの部屋で見つけた楽譜を事務所に持ち込んだのが始まりで、毎回楽しそうに選曲をなさっています。
「はい。今、女性スタッフが、いつものようにタイトルに凝ってますよ」
「僕も、来週、そちらに行く予定になってるんです。だから、選曲のお仲間に入れてもらいたいのですが」
「それは、ぜひともお願いします」
そうして、ラインは切れたのですが………。
「桜井、オレも選曲に入れろ」
数日後、突然事務所に副社長が現れた。
「それは、かまいませんが…」
でも、副社長。貴方には本来のお仕事があるはずですが…。
というか、そのスーツの中からブブブブ鳴っている音は、携帯のバイブだと推測されます。
また、抜け出してこられたのですね……。
「ギイ?」
「お、託生。恋シリーズの選曲にオレも加わるから」
「ダメ!」
間髪入れずの否定に、副社長の眉間が寄る。
「なんでだよ?!」
「ギイ、仕事があるだろ?」
「だから候補曲聴いて、いくつか選ぶだけ……」
「それでも、ダメ!」
「佐智がよくて、なんでオレがダメなんだよ?!」
「とにかくギイはダメ!!」
私を挟んでお二人の睨み合いが続く中、事務所の入り口から慌しい靴音が鳴り、
「義一さん!やはり、こちらにいらしたのですか」
島岡さんが飛び込んできた。
「島岡さん、すみません。ほら、ギイ、仕事に戻って」
これ幸いにと託生さんが副社長の背中を押そうとするも、副社長は梃子でも動く気配がなく、その様子に島岡さんが額に手を当て首を振った。
「あのね、ギイ」
すると、力いっぱい背中を押していた託生さんが、反対にスーツの上着を引っ張り部屋の隅に副社長を連れて行き、耳元に手を当て何かを言った。
むっすりとしていた副社長の表情が徐々に輝き、
「よし、わかった。楽しみにしてる」
託生さんの左頬にキスをして、
「島岡、帰るぞ」
「当たり前です」
来たときと同様、慌しく事務所を出て行った。
「あの、託生さん。何を言われたんですか?」
あの副社長があっさりと納得するなんて。
「いえ……ただ、押してダメなら引いてみろを実験してみただけです」
なるほど。確かに(背中を)押したり引いたりしていましたね。
押してダメなら、引いてみろ。
私にも、この技は使えるのでしょうか?
今度、実験してみようかと密かに思ったのは、ここだけの話です。


2011年09月14日(水)
【がんばれ桜井さん】
いつものようにインターホンを鳴らし、最上階のペントハウスに通され、
「これは、桜井様。おはようございます」
これまた、いつものように執事さんが出迎えてくれた。そして、いつものように朝の挨拶を………。
「おはようございます。託生さんのお迎えに………ん?」
廊下の向こう側が、なにやら騒がしい。
「どうか、されたのですか?」
思わず尋ねた私に、執事さんが引きつり笑いを浮かべ、
「お気になさらず。託生様はすぐに来られると思いますので、そちらのソファでお待ちください」
私をホール横のソファへ案内した。
そうこうするうちに、騒ぎの声が大きくなってくる。
「約束しただろ?!なんで起こさないんだよ?!」
「ギイが熟睡していたからだろ!」
「一週間ぶりだったんだぞ?!それだけを楽しみに帰国したってのに!」
「あーーっ、もう!朝から何言ってんだよ!!」
託生さんと副社長の声が近づくにつれて、なんとなくわかりました。
夜遊びの約束をしていたのに副社長が寝てしまったということですね。やれやれ。
「託生さん、副社長。おはようございます」
姿を現したお二人に挨拶をすると、
「お、桜井、いいところに」
「はい?」
そのまま横になってしまったのだろう、しわくちゃの服を着た副社長が足早に近づき、
「今日、託生、休みな」
ドカッ!
「てーーーっ!」
「勝手なこと言うな」
「託生、お…まえ………」
「放っておいていいですから。桜井さん、行きましょう」
容赦なく向こう脛を蹴った託生さんが、私の腕を引きさっさとドアを開けて歩きかけたと思ったら立ち止まり、
「………すみません、少し待ってていただけますか?」
もう一度ドアの向こうに消え、5秒後また戻ってきた。
「大丈夫ですか?」
「もう大丈夫です」
託生さんがそうおっしゃるのなら、大丈夫なのだろう。
その日の仕事が終わったとき、なぜか上機嫌な副社長が現れ、さっさと託生さんを連れていってしまわれた。
「明日のお迎えは、時間を遅らせたほうがいいですね」
私の独り言を聞いたスタッフが、苦笑いしたのはなぜでしょうか……。


2011年07月24日(日)
「そもそも、どうしてパリに?お前、フランス語勉強してたのか?」
「フランス語なんて、できるわけないじゃないか」
当たり前のようにあっさり言われて、あんぐり口を開けた。
「よくそれで授業受けられたな……」
「うーん。バイオリンのレッスンはね、『Non!Non!』とか言われて先生がその場で弾いてくれて、そのニュアンスで言ってることがわかったと言うか」
「あー、なるほど」
実演してもらえば、言葉なんて関係ないよな。
「大変だったのは講義だよね。辞書片手に予習はするんだけどさ、講義中教授が何言ってるかわかんなかったから、ノートにカタカナでそのまま書いてて」
「カタカナ………」
「うん。帰ってから、また辞書見てフランス語に直して、それを日本語に訳して」
「………託生」
相変わらず無謀な。
「でも、なんとかなったみたい」
人事のようにあははと笑う託生に脱力した。

ほい。背中ボツ放流〜。落ち。


【がんばれ桜井さん】
事務所の移転を一週間後に控えた金曜日。
託生さんは「高校時代の友人が壮行会を開いてくれるから」と、嬉しそうに事務所を後にされ、私は託生さんの後を追い、店が見える位置で立っていると、
「桜井」
すっと車が止まり、中から副社長が降りてこられた。
「託生は?」
「お店の方に入られていますが」
そういえば副社長は、託生さんと同じ高校でした。ここにおられても不思議ではないですね。
「桜井。オレのSPがついているから、お前は帰れ。渡米の準備があるだろう」
「それは、ありがたいのですが………」
「気にするな。こっちには数人ついている」
「わかりました」
確かに自分の荷物がまだ片付いていない状態。
副社長の言葉にありがたく帰路につこうとした私の背後から、
「ギイ先輩?!」
若い男性の声がしました。
「真行寺じゃないか。久しぶりだな」
「うわ!本当にギイ先輩だ!お久しぶりっす」
あぁ、この方も祠堂の方なんですね。真行寺さん……ですか。
「あ、もしかして葉山サンがNYに行かれるのって……」
「あぁ」
副社長が答えられると、真行寺さんは感動したように目を赤く潤ませて、
「よかった……よかったです。皆心配してたんです」
よかったと何度も呟き鼻をすすった。
「真行寺………」
この方も、託生さんと副社長が仲直りされたのを喜んでいるんですね。託生さんの側にいる方は本当に優しい方ばかりで、私まで嬉しくなってきます。
これも、託生さんの人柄なんですね。
「じゃ、向こうに行かれたら一緒に暮らすんですよね」
「あぁ」
「え?!」
お二人の会話に、思わず不躾に立ち入ってしまった私に、お二方がゆっくり振り向いた。
「桜井、どうかしたのか?」
「あ……あの。託生さん、スタッフと一緒にマンションを探しておられましたが」
私が言うと、副社長の目がむっすりとすわり、真行寺さんは「葉山サン……」と頭をかかえられました。
もしかして、私は何か失言をしてしまったのでしょうか。
「………そうか。わかった。桜井、礼を言うぞ」
副社長、目が笑っていません。全然、礼を言われているような気がしないのですが。
「真行寺、そろそろ中に入るか」
「はい!」
「じゃな、桜井、気をつけて帰れよ」
そしてお二人は居酒屋の中に消えていかれました。
明日、託生さんにお話した方がいいので………ピピピピピ♪
『託生には何も言うなよ』
ブチッ。
…………託生さん、申し訳ございません。


2011年07月18日(月)
あの頃のぼくは、崩れそうな砂の上に立っていた。
進むこともできず下がることもできず、ただ臆病な心を隠し気丈なふりをして、ピエロのように笑っていた。
時を経て、ぼくの隣には君がいる。
全てをさらけ出すには、まだ少し慣れないけれど、君が好きな気持ちはあの頃と変わらないから。待ってて。


2011年06月24日(金)
「おい、泣くなよ」
ギイは目尻に口唇を寄せ、優しくこぼれ落ちる涙を吸った。
「ギイが優しすぎるのが、いけないんだ」
ぼくの屁理屈にクスリと笑い、
「いい男だろ?」
頬に口唇を滑らす。
「……自信過剰」
「今更」
自信満々に断言するギイに吹き出した。
もう、どうして、こうぼくの心を軽くするのが上手いんだよ。
鼻の頭にちょんとキスをして、
「眠れないなら、軽く二人で運動しないか?」
熱っぽい瞳で、ギイが覗き込んだ。
「……軽く?」
「いや、激しく」
了承を含んだぼくの突っ込みに間髪入れず訂正し、ギイはぼくの体をふわりと持ち上げた。
「ギイ、愛してる」
首に腕を廻しながら耳に口を寄せ囁くと、とても嬉しそうに微笑み、
「お返しはベッドでな」
ウインクをひとつきめた。


2011年06月23日(木)
真夜中過ぎ。そっと音を立てずに、ギイが部屋のドアを開けた。
「ギイ、おかえり」
「託生、まだ起きてたのか?」
ぼくが寝ていると思っていたのだろう。
ソファに座ったぼくを見て一瞬目を見開き、ギイは足早に近寄り、
「ただいま」
ぼくの肩に手を乗せ、ただいまのキスをした。
「明日の仕事に差し障るぞ……それとも、眠れなかったのか?」
そして隣に腰掛け心配げに顔を曇らせ、ぼくの顔を覗きこむ。
自分こそ体を壊しそうなくらい無茶をしているのに、いつもいつも、ギイは、ぼくの事だけを考えてくれている。
ギイの背中に腕を廻し、肩口に顔をうずめた。
煙草とコロンの混じったギイの匂いを嗅いだとたん、ツンと鼻の奥が痛くなる。
『もしも託生に恋人ができて託生が幸せそうなら、見守ってやってくれ』
どんな気持ちで、ギイはあれを書いたのだろう。ぼくの幸せだけを考えて、二度と会わないと覚悟を決め、そして遠くで見守ってくれていた。
ずっと愛し続けてくれたギイ。
「ギイ……」
「ん、どうした?」
優しく髪を梳く指を手に取り、指先にキスをした。
「ギイ、好きだよ」
「オレは、愛してるぞ」
クスリと笑い口唇を寄せるギイに、引き寄せられるまま瞳を閉じる。
深く哀しい愛し方を覚えさせてしまった、ぼくの罪。
一生かけて、君に償っていくよ。
言葉と涙を飲み込んで、口唇に想いを乗せた。


2011年06月09日(木)
託生への3つの恋のお題:優しい笑顔が好きだった/百年の恋って言うけれど/寂しいときに限って居ない http://shindanmaker.com/125562 あ〜、これは切ない。Reset設定で書けそうなお題だ。

目を閉じれば浮かんでくる。ぼくだけに見せる優しい君の笑顔。
けれども、ぼくの隣に君はいない。
あの暖かな手を離してしまったぼくには、そんな権利はないけれど、ひっそりと想う事だけは許してほしい。
いつものように目を閉じ胸に手を当てた。
そして、光の中へ歩き出す。
ぼくの中には君がいる…。


2011年06月05日(日)
【がんばれ桜井さん】
「桜井さん、おはようございます」
「おはようございます、託生さん」
「あ、島岡さんにお聞きしたんですが、桜井さん。ぼくの説明書を持っているんですって?」
悪戯っ子のように笑って、小首を傾げる。
託生さんのマネージャー兼SPになった時、副社長より渡された分厚い紙の束。
全てを頭の中に叩き込み、この5年、内ポケットに入れ片時も離さず持ち歩いていました。
「説明書というよりは、注意書きですが…」
「それ、見せてもらっていいですか?」
「ギイも知ってますから。きちんとお返ししますし」
クスクスと笑いながら促す託生さんに、それならと、内ポケットから注意書きを出して渡すと、託生さんは興味深げに開いていき、
「ぷっ、わざわざ筆で書くなんて」
手近な椅子に座りペン立てから太文字のマジックを手にした。
そして、
「過保護だなぁ。子供じゃないんだから」
と、呟きながら
「これ、いらない。これも、いらない」
ダメ出しをしながら、ペンで線を引き消していきました。
私も、それは思いました。
もう十分20歳を回った大人に、夜遊びをさせないようになんて、さすがに言えません。第一、副社長自身、託生さんを夜遊びに連れまわしている状況なのに。
最後まで目を通した託生さんは、ふと、目を細めて手を止めた。
キュッと唇を噛んで線を引き……うん?やけに丁寧に消してます。
「ありがとうございました。これからも、よろしくお願いします」
そう言って託生さんは注意書きを私に返し、練習室に入っていった。
見届けて紙を広げてみると、半分以上の項目が黒い線で消されていました。
でも、ブツブツと「子供じゃない」と呟いていたわりには、託生さん、緑黄色野菜の部分は消していないんですね。
そして、最後まで目を通したとき、文章そのものが見えないように丁寧に塗りつぶされた一文が…。
確か、ここに書いてあったのは…。
『もしも託生に恋人ができて託生が幸せそうなら、見守ってやってくれ』
色恋沙汰に口を出されるのは困るというところでしょうか。
大丈夫ですよ、託生さん。恋人ができたときは、見て見ぬ振りをしながら、応援させていただきますから。
内ポケットに注意書きを滑らせた。


いつものようにガードにつき、託生様の練習風景を硝子越しに眺めていたその時、イヤホンからジョンの焦った声が聞こえてきた。
「マイケル!すぐに玄関ロビーに来てくれ!」
慌ててロビーに走っていくと、そこには四角い箱を取り囲んだ桜井さんとジョンがいた。
「時限爆弾かもしれません…」
桜井さんの声に、緊張が走る。
「託生様の避難を!」
「マイケル、待ちなさい!」
走り出そうとした俺は、桜井さんが有無を言わさぬ声に引き止められた。
まずは、託生様の避難では……。
「託生さんのテールコートは、できていますか?」
「はい。昨日店から連絡が入っています」
桜井さんは顔を青くしている女性スタッフの大野さんに確認すると、
「ジョン。爆発物処理班に連絡を。スタッフの方は、託生さんを連れ出した後、すぐに避難してください。マイケルと大野さんは、こちらへ」
次々と指示を飛ばし、託生さんの練習室に足早に向かった。
「託生さん」
「桜井さん、どうしました?」
先ほどまで険しい顔をしていたのに、いつものような穏やかな表情を浮かべ、
「託生さんのテールコートが出来上がったらしいので、申し訳ありませんが大野さんとサイズチェックに行っていただけませんか?ガードはマイケルがつきます」
危険な状況である事をおくびにも出さず、ごく自然に託生さんを事務所の外に避難させようとした。
「はい、わかりました」
託生様は、桜井さんの言葉になんの疑いもなく頷き、手早くバイオリンをケースに直して廊下に出てこられ、そのまま3人で車に乗り込み事務所を後にする。
その後、ジョンから「無事時限爆弾は処理された」との連絡が入り、胸を撫で下ろした。しかも、爆弾処理のほとんどは桜井さんがやったものだとの言葉に、度肝を抜かれる。
爆弾処理までこなすとは、伝説の桜井さんの異名は伊達ではない。
それに、あんな切羽詰った状態であったのに、託生様に気付かれず避難させてしまうとは、桜井さんの手腕には頭が下がる。まだまだ俺は青い。
いつかは桜井さんのようなSPになれるのだろうか。いや、いつかは、なってみせる!


2011年05月31日(火)
桜井から送られてきた再来週発売のCD『恋を知った貴方に…』
「また、女性受けしそうなタイトルだな」
クスリと笑ってコンポにセットした。
託生が手がけた初のインストゥルメンタル集。
偶然、作曲して書き溜めていた五線紙を佐智に見つかったのが運のつき。
早速事務所が手を出し番組のBGMなどに使われ始め、「バイオリニスト葉山託生」の名を浸透させた。
それに伴いCD化の声が寄せられ、今回の発売に繋がったと聞く。
コンポからは軽やかな優しいメロディが流れていた。
報告書には「女性スタッフがタイトルに拘り、インストゥルメンタル集には必ず『恋』の文字を入れるそうです」と書かれてある。
「恋……ね」
恋を知り、恋に溺れ、恋をなくしたオレに聴く権利はないのだろうが。
「なぁ。お前は今、恋しているのか?」
呟いた声が、バイオリンの音色に溶けた。


2011年05月08日(日)
【がんばれ桜井さん】
「桜井さん、おはようございます」
「おはようござ…どうかしましたか?」
スタジオに現れた託生さんの雰囲気が、いつもと違うような気が…。
「いえ、何もありませんよ?」
「そうですか。今日のレコーディング。よろしくお願いします」
「はい。全力を尽くします」
そう言って奥に消えた託生さんの後姿が、やはり違うような気がします。そう思っていたのですが、レコーディングが始まると、まるきりいつもと一緒で、
「私の気のせいだったんですね」
ホッと息を吐きかけたところに
「桜井」
「!!!」
背後から低い低い声が聞こえてきて飛び上がらん驚きました。
振り向かなくてもわかります。
「副社長、どうなさったんですか?」
仕方なく振り返ると、案の定そこには、やけに疲れた顔の副社長が。
「託生は?」
「レコーディング中です」
「あとどのくらいで休憩なんだ?」
「あと…10分ほどですね」
「……控え室で待ってる」
そう言って、硝子越しの託生さんに目を向けず、さっさと奥の控え室に入っていった。
「お疲れ様です。副社長が控え室でお待ちですが…」
「ギイが?」
言うなり、託生さんの目がすっと細くなった。
「あの…」
「ちょっと行ってきます」
託生さんは、足早に控え室に向かい、やけに静かに部屋に入っていった。大丈夫でしょうか?
「レコーディングだって言ったよね?」
「悪かった」
「止めてっていったよね?」
「ごめん」
「寝不足がどれだけ影響与えるか、わかってる?」
「本当に悪かった!託生、許してくれ!」
「……一日待ってくれればよかったのに」
「え?!じゃ、今日…!」
「無理」
「託生〜〜」
また、託生さんを夜遊びに連れまわしたんですね。
本当に困ったお方だ。
でも、控え室から出てきた託生さんが、その後なんとなく気分良さそうに演奏されているように見えて、安心しました。
すれ違った副社長のおでこが赤かったのは、たぶん私の気のせいです。


「一体どんな人物なんだろうな。『この人物に何かがあった場合、Fグループは崩壊する』なんて」
「よくわからんが、最重要人物なのは確かだな」
「SPの追加って事なのか?」
「追加と言えば追加だが、今まで桜井さんが一人でガードをしていたそうだ」
「伝説の桜井さん?!あの過去最悪の襲撃事件の指揮をしつつ、最前線で主要人物の喉元を斯き切った?!」
「俺達SPから見れば神様みたいな人物だな」
「そんな人がガードについているのなら、ものすごいVIPって事じゃないか」


2011年04月24日(日)
【がんばれ桜井さん】
「申し訳ありませんでした」
「いいえ!桜井さんのせいじゃないです!無茶を言ったギイが悪いんですから」
副社長より『託生にバレた』と連絡があった翌日、オフィスで頭を下げた私に、託生さんはわたわたと両手を振って許してくださり、それどころか、
「ギイの我侭に振り回されて大変だったでしょう」
労いの言葉までかけてくださいました。
それだけでこの数年感じていた後ろめたい思いが開放されます。
本当に優しくて懐の深い方ですね。
「でも、桜井さんがカメラを構えているのを見た事ないんですが、どうやって撮ってたんですか?」
聞かれるであろうと思っていた疑問に、
「これなんです」
と一式を入れたアタッシュケースを開けると、
「これ、全部、カメラですか?」
と驚いたのもつかの間、
「おっもしろ〜い」
と託生さんは次から次へと使い方を私に聞き、何故か私を被写体に何枚かの写真を撮られた。
たしかに、こんなものがカメラだとは、誰にもわからないでしょう。
「桜井さん、一緒に撮りませんか?」
通りかかったスタッフにシャッターを切ってもらい、
「じゃ、これ、ギイに返しておきますね」
とアタッシュケースを手に帰宅されたのですが、そのまた翌日のこと。
ふらりと現れた副社長が何故か恨みがましい顔をして、
「桜井、シャッターを切れ」
と、練習中の託生さんを拉致し、羽交い絞めにして声をかけてこられた。
言われるがままにデジカメのシャッターを切ったのですが、その瞬間、託生さんの右ひじが鳩尾に入り、確認した液晶画面には副社長のつむじが綺麗に写っている。
「ふうん、左巻きなんだ。珍しいね」
横から覗き込んでのほほんと言う託生さんに、崩れ落ちる副社長。
副社長付きのSPも身動き一つできず、成り行きを見守っていた。
二人の間に挟まれた私は、この後どうしたらいいのでしょうか?


2011年04月20日(水)
「ん、託生、どうした?」
「よいしょっと」
「た…託生?」
「ん?」
「どうして膝の上に乗るのかなぁって」
「乗りたかったから」
「…それだけ?」
「うん」
「本当に?」
「んー、Chu」
「託生、やっとその気に!」
「ストップ!」
「へ?」
「仕事だからここまでね♪」
「おまっ」
「行ってきまーす」


2011年04月02日(土)
【がんばれ桜井さん】
託生さんが留学先のフランスから日本に戻られて、ついに本格的に動き出した頃、
「今すぐ来い」
の一言で呼びだされたFグループ本社副社長室。
ここに入るのは2度目ですが、やはり緊張するものです。
ノックの後、入室を促され室内に入ると
「そこに座っていてくれ」
とソファを薦められ、しばらくすると副社長が手になにやら色々な物を持って向かいのソファに座った。そして。
「どれがいい?」
「はい?」
副社長、話が見えないのですが。
「カメラだよ」
「カメラ?!」
机の上に置かれているのは、ペンに腕時計にライターに、これは車のキーですか?
他にも、ボタン、ipod、サングラス、コーラの缶?これが、全部カメラ?
「あ、お前の趣味もあるかと思って、MINOX DCC Leicaも用意したぞ」
レトロなカメラらしいカメラですが、この小ささおもちゃじゃないんですか?
いえ、それよりも、このカメラでどうしろと?
「報告書に託生の写真も付けてくれ。あ、メモリーカードでいいから」「それは、どういう写真なのでしょうか」
今、ものすごく、背中に鳥肌が立っているのですが。
「何をしているときでもいい。普通の素のままの託生の写真」
それは、もしかして
「盗撮?」
「人聞きが悪い事を言うな」
「申し訳ありません!」
そ…そうですね。副社長ともあろう方が盗撮を命令するなんて、常識的にありえません。
「ま、でも、ある意味、盗撮だよな」
「えぇーーーーっ?!」
「別に覗きをしろと言ってるんじゃないんだ。練習している時とか、コンサートのリハーサルとか、CDのジャケットに使うような正式なものじゃないのが欲しいだけだから」
あぁ、出資者として、託生さんがバイオリンをきちんとされているかを確認するためなのですね。
「頼めるか?」
「承知しました」
副社長の命令なのだから仕方ありません。託生さんにはとても申し訳ないですが。
「お、そうだ。カメラ全部持っていけ。どれが一番使いやすいかわからないだろう?」
そうですね。確かに、使ってみなければわかりません。
アタッシュケースに詰め込んで
「では。行ってまいります」
「桜井」
「は!」
「託生に気付かれるなよ」
「…努力します」
スパイになったような気がするのは、私の気のせいなのでしょうか。


2011年03月25日(金)
散り散りに破った未来図が、まるで桜の花びらのようにはかなく舞い踊る。
風に吹かれるまま、いつかは消えてなくなるのだろうか…。
夢と涙と心を捨て、これから生きていく。
お前のいない陽炎の世界で。


2011年03月06日(日)
「マイケル!ジョン!オフィスまで託生を頼むぞ」
「「はっ!」」
「じゃな、託生。遅くなるから、先に寝てろよ」
「か…」
「か?」
「帰ってくんなーー!!」
「ははは…」
「託生様、大丈夫ですか?」
「……はい」
「オフィスに戻られますか?」
「……そうします(ぐったり)」
「託生さん、お戻りに……どうされましたか?」
「桜井さん…いえ、何もないです…ちょっと練習してきます…」
「マイケル、いったい何があったんですか?」
「あー、副社長が、ニューヨークのど真ん中で愛を叫ばれまして」
「は?」
「『ナイトライフを一週間から五日にしろ』と迫られて、お疲れになったようです」
「はぁ。よくわかりませんが、私はもう少し打ち合わせがあるので、ガードお願いします」
「はっ!」
「…副社長にも困ったものだ。夜遊びに連れ回されて、託生さんが、お疲れにならなければいいが…」


2011年03月05日(土)
「ギイ、話があるんだけど」
「改まって、どうしたんだよ?」
「来月から3ヶ月コンサートツアーに入るだろ?」
「あぁ。全国回るんだよな」
「うん。それで、間のオフの時には帰ってくるけど、各コンサートの1週間前からはベッドは別にしたいんだ」
「なんで?!」
「困るから」
「オレは全然困らない!」
「ふうん。じゃあ一緒でもいいけど、エッチはないよ?」
「なんで?!」
「困るから」
「オレは全然困らない!」
「うーん、それなら、3ヶ月帰らないことにするよ」
「ちょ…ちょっと待て、託生!」
「あ、桜井さん?ツアー中、泊まれる所探してもらえませんか?わっ、ギイ?!」
「桜井!今のなし!」
ガチャ
「わかった!1週間前からはエッチなしにするから!だから、別居は止めてくれ!帰ってきてくれ、託生!」
「これから先、ずっとだよ?いいの?」
「いい!!別居だけはお断りだ!」
「じゃ、オフの時は帰ってくるよ」
「ほっ。あ、託生、スケジュールは?」
「これだよ」
「………1回しかチャンスがないじゃないか!」
「やっぱり、ぼく、どこかに…」
「それはダメ!!」
「……傍若無人に拍車がかかってるような気がする」


【がんばれ桜井さん】
「さぁぁくぅぅらぁぁいぃぃぃぃぃ」
地獄の底から聞こえてくる声というのは、こういう声の事でしょうか。
来月から始まるコンサートツアーの最終調整を詰めていたオフィスのドアから、この世の物とは思えない位おどろおどろした音が響き、私は瞬間息が止まりそうになりました。
背中から漂う気配も恐ろしく黒く感じます。
振り向きたくはないのですが、他スタッフの顔色が白から青を通り過ぎてどす黒く変化する様を見、覚悟を決めて方向転換すると、そこには髪を振り乱した副社長が、まるで鬼夜叉のような顔をして立っていました。
あの美声がここまで変化するなんて、一体何を怒らせてしまったのでしょうか。
「これは、なんだ?!」
あ、託生さんのスケジュール。
「あの、これが、なにか?」
「どうしてオフがここしかないんだ?!」
ちょうどツアーの半分を過ぎた頃に10日程設定したオフ。
とは言え、移動時間を入れると8日間しかありませんが。
「もう少し伸ばすか、別の日にもオフは取れないのか」
「それは、できません」
「桜井ーーーー」
副社長の意志に背いても、こればかりはできません。
託生さんの体力を考えれば、これが限度なんです。
「…今年はもう無理ですが、来年でしたら何とかしますが」
「なんとかとは?」
「今までどおり、コンサートツアーにかける期間を6ヶ月にすれば、オフももう少し長めに取れます」
「ろっかげつ………?」
「はい、六ヶ月です」
「ろっかげつ………」
そうです。副社長の希望を取り入れ、今年は3ヶ月にしたんです。
その代わりかなりの強硬軍になりそうなので、移動時間と託生さんの体調を考えて各国のコンサートでの割り振りを考え、10日間だけですがオフを作ったんです。
…が、副社長、瞳孔が開いているような気がするんですが、私の気のせいでしょうか?
というか、瞳孔が開いていたら死んでますね。失礼しました。
「来年からは、そうしましょうか?」
「………いや、いい」
「副社長?」
「……このままでいい。半年なんて絶対無理だ」
「は?」
なにが、無理なのでしょうか。
「スケジュールもこのままでいいから、進めてくれ」
「はぁ」
そう言い残して副社長はふらふらとオフィスを出て行った。
入れ違いに戻ってきた託生さんが私の話を聞き飛び出していったのですが、一体どちらに行かれたのでしょうか?


「ギイーーー!!また桜井さんに無茶言っただ……ギイ?」
「……託生」
「……な、なんだよ」
ガシッ!
「愛してる、託生!」
「ちょっ…ギイ、ここ、街中(ぼそぼそ)」
「二度と会えないと思っていたけど、オレはずっと託生の事を愛してたんだ」
「わかってるってば。だから、ここ往来…」
「1秒でも離れていたくはないと思うのは、オレの我侭か?!お前を抱いていたいと思うのは、変なのか?!」
「お…落ち着いて、ギイ」
「ずっとずっと、お前に愛を囁きたい。この腕に抱き締めて、愛を確かめたい。今、この瞬間でさえも、託生を抱きたいんだーーーー!!」
「わかってるってば!!!」
「頼む。コンサート一週間禁欲、三日にしてくれ!いや、五日でいい!託生!!」
「わかった!わかったから、五日でいいから!!お願いだから、もう、黙って!」
「……商談成立(ニヤリ)」
「あ!ギイ、ずるい!!」
「あー。よかった。マジに死ぬかと思った」
「ギイってば!」
「男に二言はないもんな。じゃあ、仕事に戻るとするか」
「ギイ!!」
「愛してるよ、託生」
「だ…だ……大っ嫌いだーーー!!」


2011年02月26日(土)
「ガードを増やしてみてはいかがですか?」
「だよなぁ」
「すぐ側で…は、託生さんが気にしそうなので、少し離れて」
「マネージャーはやめてほしくないと言うなら、それしかないよな」
「不服そうですね」
「あいつ相性診断抜群だったんだ」
「義一さんよりもね」
「一言多いぞ、島岡」
「事実でしょう?」
「誰にでも平等に見えつつ、人見知りされますからね。仕事のパートナーなら、気を使わない相手の方がいいと言われたのは義一さんですよ」
「…そうだが」
「SPとしての力量、技量、経験も群を抜いていますし、マネージャー業のような綿密な細かい作業にも向いています。付け足して言えば、託生さんの体調面もメンタル面も彼に任せておけば大丈夫でしょう?」
「……そうだが」
「なにより、桜井さんは真面目です」
「……わかってる」
「天下無敵の義一さんも、託生さんにかかると形無しですね」
「あれだけ『桜井さん、桜井さん』言われてみろ。オレだって自信をなくす」
「そんなに気になるなら、託生さんに聞いてみればいいでしょう?」
「あいつ怒らせると怖いんだぞ」
「大丈夫ですよ。…で、会議の時間なんですが」
「…(ジロリ)」


「えっ?」
「だからな。桜井って、どういう奴?」
「どういうって、ギイが決めたんだろ?」
「オレはテストの結果を持って指名しただけ。桜井の事はよく知らん」
「うーんとね。仕事に関してはね……バイオリンを弾く事だけに集中させてくれる」
「集中?」
「うん。ぼく、大雑把だから、あれもこれもになるとパニックになるし、バイオリンに集中できなくなると本末転倒だろ?だから、全部桜井さんが動いてくれてるよ」
「まぁ、それがマネージャーだからな」
「あとは、一緒にいても疲れない」
「……人見知りの託生には珍しいな」
「うん。気を使わないとかそういうのじゃなくて」
「じゃなくて?」
「あ、利久!!」
「片倉ぁ?」
「うん、歳も違うし桜井さんに失礼かもしれないけど、利久といるみたい」
「な……るほど」
「あ、でも、口数が少ない所は駒澤君」
「…そういう事か」
「なにが?」
「いや、こちらの話」
「???」
「託生、桜井でよかったか?」
「もちろん!!」
「……やっぱり気に食わない(ボソリ)」


2011年02月25日(金)
「ねぇ、ギイ」
先に帰宅していた託生が神妙な顔をして切り出した。
「なんだ?」
「桜井さん」
「桜井がどうした?」
「SPでなくてもいいと思うんだけど」
「どういう意味だ?」
ネクタイを緩め、託生の隣に座る。
「だからね。桜井さんにマネージャー専任でついてほしいなと思って。ずっと神経を張り詰めていたら疲れるだろ?」
託生の言っている意味はわかる。
普通SPは交代制でガードにつくところを、この5年、桜井は一人で託生のガードをしていたのだから。しかもマネージャーというこれまた神経を使うような仕事をこなしながら。
しかし。
「それは、無理だな」
「どうして?」
「桜井自身、基本がSPだから」
「わかんない」
きょとんとして見上げる託生に苦笑し説明する。
「SPとしての能力はもちろん、マネージャーとしての適性検査、託生との相性診断、ストレス診断、心理テスト、ありとあらゆる物をパスしたのが桜井だ。その基本は、SPとしての忠誠心。だから、桜井にマネージャーだけと言っても、今更混乱するだけだぞ」
「でも……」
オレの説明はわかっても心理的に納得できないのか、託生が口ごもった。
別の方法があるとすれば…。
「それとも桜井をSP専任にして、別のマネージャーつけたいか?」
「それはダメ!ぼくには桜井さんが必要だよ!」
間髪入れずに即答した託生に、恋人として深い溜息が零れる。
「………託生」
「なに?」
怒るだろうな。怒るだろうけど……。
「オレと桜井、どっちが必要?」
「………」
昔のようにすぐ手が出なくなったのはいい事なのかもしれないが、この冷たい視線も結構堪えるもんだ。
「どう答えてほしいわけ?」
「いいえ、愚問でした」
「よろしい」
10年前より強くなっているような気がするのは、オレの気のせいじゃないよな。
「桜井の事は考えてみるから、心配するな」
とりあえず託生の心配事を一つ減らして、せっかく二人でいるのだから、オレの事を考えてもらおうではないか。
「ギイ、桜井さんの負担、減らしてね」
「わかってるって」
だから。
このオレの前で、他の男の名前を出す託生が悪い!
「うわっ、ギイ?!おろして、おろしてってば!!」
「桜井が4回、オレが2回」
「な…なにが?」
「託生が名前を呼んだ回数」
「それが、なんだよ?」
「あまり桜井ばかり呼ぶんじゃない」
単純に計算して、オレより桜井と一緒にいる時間の方が長かったんだ。二人きりの時間まで、あいつに邪魔されたくないんだよ。
「………ヤキモチ焼き」
「なんとでも」
クスクス笑う託生をベッドに下ろし、そのままのしかかる。
「今からはオレの事だけを考えるように」
「はいはい」
柔らかな口唇にキスをした。


2011年02月21日(月)
【がんばれ桜井さん】
託生さんと色々な所に挨拶回りし、最後のビルを出て電源を落としていた携帯をオンにして固まった。
「どうしました?」
「着信履歴が…」
常識を弁えている託生さんが携帯を覗くような事をしないとわかっているので、自ら携帯画面を託生さんに見せた。
「えぇ?!」
それは、驚きますよね。着信履歴38件。全て事務所から。
「桜井さん、帰りましょう!」
言われなくても。事務所で何が起こっているのでしょうか。
事務所に飛び込むと、これまた慌てた様子のスタッフが
「託生さん!」
まるで救いの神がやってきたような表情で託生さんの腕を取り、ぐいぐいと事務所の奥に引っ張っていく。
「あ…あの…」
腕を取られるがまま歩いていく託生さんの後ろにつき、周りを見回すとスタッフ一同が冷や冷やと眺めていた。
「よっ」
「……ギイ」
奥の応接室に悠然と座っていたのは、この事務所ができてから一度も訪れた事がない副社長だった。
灰皿の上の吸殻を数えて…かなりお待たせして、スタッフが慌てていたのだなと推測する。
副社長は呆然と立ちすくむ託生さんの側に寄り、右頬にキスをした。とたん
「何するんだよ?!」
間髪いれずに託生さんの右手が飛ぶ。
あの、託生さん。今のはアメリカ式の挨拶ですよね?いや、ここは日本ですけど。というか、いきなり平手打ちというのは、ちょっと物騒だというか。
それより、託生さんがこんなに手が早い事、今まで知らなかったのですが。
副社長は殴られたことなど全然気になっていないようで、
「こっちも」
と言いつつ今度は左頬にもキスをして、もう一回殴られていた。
もしかして副社長はM?!
いやいや、そんな失礼な事を考えてはいけない。
「急になんだよ?」
「出張でこっちに来たから寄ってみた」
「連絡くらいくれればいいじゃないか。桜井さんの携帯すごい事になってて驚いたんだから」
「オレ、入れたぞ?」
「え?」
託生さんは慌てて胸ポケットから携帯を取り出し、何度か電源ボタンを押し
「…充電切れてるみたい」
えへへと誤魔化した。
確かに、よくありますね、託生さん。私も、何度も経験済みです。
「託生の部屋に泊まって鍋が食べたいってメールしたんだけどな」
「え、泊まるの?」
「お前な。NYに日帰りしろと?」
日帰りは厳しいでしょうが、普通はホテルにでも泊まるものじゃないでしょうか。
託生さんの部屋は1LDKですし。ベッドも一つしかありませんし。
「それはいいけど、お鍋の材料ないよ?」
え、託生さん、いいんですか?!
「じゃ、スーパーでも寄って帰ろうぜ」
副社長がスーパー?!まさか、あの籠を持つんですか?!
「うん、そうしようか」
託生さん、当たり前のように頷かないでください。
あまりにも一般庶民の会話に、頭がついていけなくなった私に向かって
「桜井、託生つれて帰るぞ」
と託生さんの肩に手を回した副社長は、容赦なく託生さんに手をつねられ
「いてて」
と顔をしかめつつ嬉しそうに二人は出ていった。
二人揃ったシーンというものを見たのは初めてですが、一体どういう関係なのでしょうか。
今時の友人関係というのは、あんなにもスキンシップが激しいものなのでしょうか?いや、スキンシップが激しかったのは副社長だけのようですけど。
私は、どなたに聞けばいいのでしょうか…。


2011年02月18日(金)
【がんばれ桜井さん】
「誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
少し頬を赤くして照れながらプレゼントを受け取った託生さんに、頬が緩む。
SPにつくようになって初めて訪れた誕生日に、何を贈ったらいいのか悩み、お役に立つものをと佐智さんに相談して決めたバイオリンの弦。
そして小岩井のはちみつ牛乳。
さすがにNYには売ってはいないので、日本に行ったスタッフに買ってきてもらった。
毎年同じものではあるが、託生さんはとても喜んでくれている。
プレゼントを受け取った託生さんは弦を大切にバイオリンケースに直し、はちみつ牛乳を両手で持って
「いただきます」
と礼儀正しくお礼を言いストローをくわえた。
その時、オフィスの入り口辺りが騒がしくなり、しばらくすると副社長が顔を覗かせ、託生さんの手の中にあるはちみつ牛乳を目にすると、機嫌悪そうにじろりと私を睨んだ。
「ギイ、どうしたの?」
「いや、近くまで来たから」
「ふぅん」
「どうしたんだ、それ」
「桜井さんからの誕生日プレゼントだよ?」
「わざわざ託生の為に日本から取り寄せたのか?」
ものすごく『わざわざ』が強調されたような気もしますが。
「いえ、日本に行ったスタッフに買ってきてもらいまして」
「ほぉ、スタッフに頼んで、託生の為にわざわざね」
やはり、強調されているような気がする。
私と副社長の間に挟まれながらチューチュー飲んでいた託生さんが
「飲みたいのなら『飲みたい』って言いなよ。大人げないなぁ」
なんと副社長の口にストローを突っ込んだ
「美味しいだろ?」
ニコニコと笑う託生さんにコクコクと頷く副社長。
なんだ副社長も小岩井のはちみつ牛乳がお好きだったのか。
「ギイ、飲みすぎ!」
「いいじゃん、少しくらい」
はちみつ牛乳を取り合っている二人を眺め、副社長の誕生日には小岩井のはちみつ牛乳を用意しなければと、『副社長取扱書』にメモをした。


2011年02月17日(木)
「ギイ、そっちで寝るの?」
「なんだ。起きてたのか」
「うん。眠れそうなんだけど、眠れない」
「明日もコンサートだろ?体を休めないと」
「うん…」
「……で、どうしてオレのベッドに移動するかな」
「ギイ、暖かいから」
「あのな。オレは託生との約束守って、こっちのベッドに入ったんだけど」
「そうだね…コンサート期間中は…ダメだからね……」
「ダメと言いつつ、お前これはなんだよ?」
「うん…?ギイの腕…枕……」
「こら、寝るな。じゃなくて、隣のベッドに行くから放せ。何日禁欲してると思ってるんだよ?!」
「ダ…メ……」
「託生、襲うぞ?」
「Zzzzzzzz……」
「これは紫のチューリップの仕返しか?」


2011年02月12日(土)
「託生?まだ打ち合わせが残っているのか?」
「ううん。桜井さんとこに行くんだよ」
「こんな時間からか?」
「うん。マッサージしてくれるから」
「マッサージ?!それなら、オレが…」
「いいよ。ずっと桜井さんにやってもらってるし」
「ずっと?!」
「なにか問題ある?」
「大ありだ!あいつには託生に近づくな触るなと言ってあったのに!……あ」
「ふーん。そんな事、桜井さんに言ってたんだ」
「あ…あのな、託生」
「マッサージ受けないと、明日のコンサートに差し支えるんだよ。仕事の邪魔はしないよね、ギイ?」
「…はい。邪魔はしません」
「じゃ、30分ほどで帰ってくるから」
「わかった…(ずーん)」
「あ、ギイ。寝る前にホットワイン飲みたいな♪」
「よっし、わかった。特別に美味しいのを用意しておいてやる」
「うん。楽しみにしてるね」
パタン。
「桜井〜〜〜〜〜!覚えてろよ〜〜〜!」


2011年02月06日(日)
【がんばれ桜井さん】
託生さんのお話を聞くと、まだ何も決められていないという事でした。
それならばと話を進めると、まるで捨てられた子犬のように不安そうな顔をして私の話を聞いてくださった。
そして佐智さんの後押しで
「宜しくお願いします」
と頭を下げられた時は、私こそ
「ありがとうございます」
と土下座したい気持ちになった。これで大手を振って日本に帰れる。
そうそう忘れていました。
日本から何かお土産をと散々悩んだ末、注意書きにお好きだと書いてあった『小岩井のはちみつ牛乳』。
鞄から出して差し出した時、託生さんの顔がパーッと明るくなり
「ありがとうございます!」
ふわりと笑った表情に、すとんと『可愛い人』が落ちてきた。
なるほど。こういう事なのか。
しかし無事託生さんが事務所入りされると報告した時、副社長の機嫌が悪かったのはどうしてだろう。
『小岩井のはちみつ牛乳』喜んでいただけたのに…。


2011年02月05日(土)
【がんばれ桜井さん】
ホテルに荷物を置き託生さんを尋ねた。建物の屋根裏部屋に当る狭いステュディオ。
コンクールの優勝賞金でもっとましな所を借りられるはずなのに、慎ましい生活をされているのですね。
「託生君!」
「佐智さん?!」
佐智さんに抱きしめられて顔を赤くしているこの方が、託生さん?
確かに普通の22歳の男性に見えますが…。
私の顔を見て小首を傾げ、ふわりと笑って部屋に招きいれて下さった。
えと、初対面の人間にこんなに無防備でいいのでしょうか?
あ、『知らない人間についていかせないように!』これですね。
副社長わかります。託生さん、ついていきそうです。色々な意味でSPが必要なわけがわかりました。
その前に何とか話を受けていただかないと…。胃がキリキリと痛んできました。


2011年02月04日(金)
【がんばれ桜井さん】
「もしかして緊張してます?」
「はい」
もしかしなくても緊張してます。あの託生さんにお会いするのですから。それに副社長と事務所からのプレッシャーで眠れなかったんです。
「写真見られたんでしょ?託生君は普通の22歳の男性ですよ?」
「それが…」
「見てないんですか?」
「はい。書類に写真がついていなくて」
私の言葉に佐智さんは目を丸くして吹き出した。この人でもこういう笑い方するんだ。
「あはは。よほど義一君、渡したくなかったんですね」
「はい?」
「桜井さんの手元に託生君の写真が残るわけでしょ?」
渡されていたらそうなるでしょうが。
「もしかして他にも何かありました?」
「注意書きと『近づくな』『触るな』と指示を受けたのですが…」
今度こそ佐智さんは爆笑した。
もしかして私は世にも珍しい物を見ているのではないだろうか。
「単なるヤキモチと八つ当たりですよ。気にしないで下さい」
……ヤキモチと八つ当たり?はて?
「託生君は誠実で真面目で可愛い人ですよ。心配しなくても大丈夫です」誠実と真面目はわかりますが……可愛い人?
今時の若者の友人関係というのは、複雑で私には難しいようです。


2011年02月03日(木)
【がんばれ桜井さん】
久しぶりの日本。
マネージャーの仕事を覚える為に、事務所に送り込まれ日々勉強をしている。
事務所のBGMは、託生さんが弾かれた物だと聞いた。
こんな素晴らしい音楽を奏でられる託生さんは、どんな方なのだろう。
「いつ託生さんはこちらに来られるのですか?」
「まだ契約してませんよ」
「はい?!」
ここは託生さんの為に作られた事務所なのでは?
と言うか、もう既に何度もミーティングを行ないプロジェクトとして始動しているのに?
「来られたときにすぐに動けるようにとの指示だったので」
誰の指示かはわかるような気もしますが…。
「では誰が託生さんに…」
じーーーーっ
「もしかして…私…ですか?」
「説得がんばってくださいね」
そ…そんな。
託生さんを説得できなければ、集められた有能スタッフ全員解散?!
『あぁ大丈夫大丈夫。託生はワンコには優しいから』
「ワンコ……」
私は犬扱いですか?
『ゴツいのには慣れてるし』
そりゃ子供が逃げ出す怖顔ですが…。
『自信がないなら佐智を連れて行け』
「わかりました」
そうしよう。そうしましょう。どんな方なのかもわからないし、怖がられてもいけないし。
『桜井』
「はい!」
「触るなよ」
……近づくなが触るなにレベルアップした…。
私は、どうやってSPをやっていけばいいのでしょうか…。


2011年02月02日(水)
【がんばれ桜井さん】
ある人物の表向きマネージャー、実はSPの任命を受け、呼び出された副社長室。
ただのSPである私がこのような役員室に入る事になろうとは…。
初めて会う副社長は値踏みするようにじっくりと私を見ると軽く頷き
「宜しく頼む」
と一言言った。
上司の命令は絶対。拒否なんて言葉はこの世にない。
「あー、それでだな」
……これは果たし状か?
渡された分厚い紙を開けていき…。
「あのー」
「なんだ?」
「これは一体…」
「お前が警護する人間の注意書きだ。頭に叩きこんでおけ」
そうは言われましても、何項目あるのだろうか…。
「『緑黄色野菜はテンションを下げるからコンサート前は少なめに』と言うのは…」
「まんまだ。あいつ人参やピーマン嫌いだからなぁ。体に悪いのはわかってはいるが、コンサート前だけは甘やかせてやってくれ」
「『冬は暖かく。マフラー、手袋、カイロ必須』と言うのは…」
「極度の寒がりだからな。小道具がないと外出したがらない」
「『心霊、お化け関係は苦手だから見せるな』は?」
「……Xファイルでさえ嫌がったんだ。誰彼かまわず抱きつかれても困る」「は?」
抱きつかれたら困る?
「全部に注釈が必要か?」
「いえ!とんでもありません!」
そんな事されたら何時間かかる事やら。
「報告は忘れるな。スケジュール変更もしかりだ。そして絶対にFグループとオレの名前は伏せろ」
よほど遠慮勝ちな人間なのだろうか。
「では、行ってまいります」
「桜井!」
「はっ!」
「必要以上に近づくな」
「はぁ…?」
警護するのに近づくな?こんな仕事初めてだ。


2011年02月01日(火)
ずっと欲しかったんだ。
お前に触れ、お前に包まれ、お前に溺れて……あの夢のような時間に戻りたかった。
渇ききっていた心に染み渡る至高の水。飲めば最後。お前から離れられない………!


2011年01月31日(月)
【がんばれ桜井さん】
「今まで申し訳ありませんでした」
「いいえ!ぼくこそ、皆さんに気を使わせてしまってすみません」
あぁ、なんて謙虚で頭が低い人なんだ。
あの電話で怒鳴りあっていたのは、私が寝ぼけていたからに違いない。
「移転、大丈夫なんでしょうか?」
「その事なんですが…」
「はい」
「さすがに一週間では少々時間が…せめて一ヶ月は欲しいかなと」
「はぁ?!」
「副社長が一週間で移転しろと…」
託生さんの目が…目が据わった?
「少し、待っていて下さい」
パタン。託生さんどこへ?
「ギイーーーーーっ!一週間で移転なんてできるわけないだろ?!何考えてるんだよ?!事務所の人達に迷惑かけるな!最低一ヶ月はかかるからね!」
パタン
「すみませんでした。一ヶ月以上かかっても大丈夫ですので(にっこり)」
電話のお相手は、まさか副社長とか言いませんよね?
というか、託生さん一方的に言うだけ言って切っていたような。返事聞いてました?
いや、それよりもNYは明け方だと思うんですが。
「あ…ありがとうございます」
一体このお二人の関係って…。


2011年01月30日(日)
【がんばれ桜井さん】
「託生の荷物、全部こっちに送ってくれ。それと事務所もこっちに移転な」
「はい?!」
「ちょっとギイ!勝手に決めないでよ!桜井さん、送らなくていいです!」「こら託生!携帯取るな!」
「送らないで下さいね!」
「桜井!送れ!」
「送らないで!」
AM3:00寝かせてください。


「事務所を移転?」
「お二人から電話があって、たぶんそうなるだろうと」
「ふうん」
「あの…お二人は一体?ご友人ですよね?」
「桜井さん、聞いてないんですか?」
「何をですか?」
「……ご愁傷様です」
……佐智さんのあの哀れみの目はなんだったのだろう……。


2011年01月29日(土)
託生の怒った顔、泣いた顔、笑った顔。
まるで走馬灯のように浮かんでは消えていく。
鮮やか過ぎる夢を見たんだ。オレは託生の人生にかかわってはいけない。それなのに…。
「ギイ?」
背後から聞こえてきた託生の声に、オレの決意は砂の城のように脆く崩れ掛けた。


ふいに視界を横切った人物に呼吸が止まった。
「託生?!」
桜井からの報告では既にレコーディングは終わっているはず。なのに、佐智と話をしながら前方へ歩いていく。
…そのまま通り過ぎればいい。そうすれば託生を巻き込む事はない。
なのにオレは吸い寄せられるように車を近づけていた。


俯いている薄い肩を抱き寄せ思い切り抱きしめたかった。
理性を総動員し鳴り止まぬ鼓動を隠して、何気ないふりをして声を掛ける。
「託生も、久しぶりだな。元気にしてたか?」
ビクリと肩を震わせ顔を上げた託生の瞳に、オレは人生最大の後悔をした。


「あの…な…」
「なに?仕事の邪魔をされる為にアメリカに来たわけじゃないんだけど」「オレだって仕事の邪魔なんてする気はない」
「だったら、あれはなに?」
「だってな。10年離れていたんだから、その分もっと託生といたいと思ったんだよ!」
「じゃあ、DVDの発売反対は?」
「託生の映像をバラまきたくなかったんだよ!…オレだけの託生なのに……」
「……ギイだけに決まってるじゃないか」
「託生?」
「ギイしか知らないぼくだってあるだろ?」
「それって…」
「あ!用事思いだした!」
「て、逃がすか!」


2011年01月28日(金)
バイオリンを構えたとたん託生を包む空気が変わった。
澄んだ朝の空気のような凛とした佇まい。そこから紡ぎ出される音色は託生と絡まり、聴衆を癒しの空間へと導いていく。
そして託生自身、音に揺られ至高の輝きを放っていた。
…こんな託生をDVDにして売れるか、桜井?!


「あのですね。副社長のご希望は、託生さんのコンサートの日数を削り、レコーディングも本国のみ、そして休日を増やせ。でしたね?」
「そうだ」
「これを補う為にはDVDを発売するしかないんですよ!ファンクラブの苦情が殺到しているんです」
「なんとかしろ、桜井」
「できません」
「島岡さん、どうしたらいいんでしょう」
「簡単ですよ。託生さんに選んでもらえばいいんです」
「託生さんにですか?」
「A案とB案、どちらがいいですか?と」
「はぁ」
「大丈夫です。結果はすぐにでます」
「桜井さん?」
「ですから、A案の『コンサート数、レコーディングの場所、休暇の日数が今まで通り』とB案の『ライブDVD発売』どちらか選んでください」
「どちらも仕事ですよね?」
「そうです」
「………はっ!」
「託生さん?」
「ギイーーーー!!いったい何をしてるんだよ!えっ?!……こんな変な選択、ギイが口出ししたに決まってるだろ!だから?!……わかった。仕事の邪魔をするなら、日本に帰る…………絶対?邪魔しない?……とりあえず、桜井さんには謝ってね」
ブチッ
「A案とB案、両方通してください(にっこり)」
「島岡さん、わかりました。切り札は託生さんなんですね?」
「ギリギリまで取っておくと、威力は抜群ですよ」
「ご助言ありがとうございました」 
終わっちゃえ(笑)


2011年01月25日(火)
「ミシェル…」
気をきかせたつもりか?オレのベッドの上で、天使の寝顔を見る事になるとは。
それよりも、託生をどうやって運んだんだ?抱き上げて運んだというのなら…ブッ殺す!
ごめんなさ〜い(/;°ロ°)/


2011年01月21日(金)
夢の終わりを告げられた時。オレは責める事も縋る事もできなかった。
オレがお前に恋をした事、それ自体が間違いだったんだ。
あの柔らかな腕も包み込むような口唇も、全て夢の中の出来事なのだと。
そう思い込まなければ、オレは…生きてはいけなかった。


2011年01月20日(木)
手放してしまった幸せだった。望んではいけない幸せだった。
でも、お前の顔を見れば、微かな希望が叶えられるような気がして…。
お前が笑ってくれるこの時間が、永遠に続いてくれればいいのにと。
叶わない想いを胸に秘めていた。


2011年01月12日(水)
あの笑顔も泣き顔も、思い出だと思っていた全てが、オレの都合のいい幻覚のようで。
酔えない酒でのどを潤しても、この身に巣食う飢餓感がなくなることはない。
何もない空間を彷徨いながら、ただ一つ理解できること。託生がこの腕にいない現実(リアル)
 
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