託生

2015年12月04日(金) Blogより転載
合本版1巻のイラスト3枚目がベースです。

 気だるく、まだ甘い余韻が残っている体を起こし、ひんやりとした床に足を下ろした。部屋の中がくっきり浮かび上がる程の明るすぎる日差しを感じ、促されるように窓に顔を向けると閉め忘れたカーテンが目に映る。それが昨夜の二人の切羽詰まった気持ちを表しているようで、少し気恥ずかしくなった。
「託生……?」
「うん?」
「もう、起きるのか?」
「うん」
 少し掠れた声に答えながら、脱ぎ散らかされた服に手を伸ばす。
 昨夜は、この部屋で階段長会という名の宴会が行われ……階段長会というわりには誰でも参加OKだったからぼくも章三に誘われて参加し、でも、お開きのときには皆で申し合わせたかのように、ぼくだけ置いていかれた。最初から、そのつもりだったのかもしれないけれど。
 そして日曜日の今日を幸せな気分でギイの腕の中で迎えたのだが、頭の中がクリアになっていくにつれて、現状を把握し早く部屋に戻らねばと思ったのだ。
 早朝から出かける用事があると三洲が外出届を出していたから、もう三洲は起きているかもしれないけれど、今の時間なら誰かに会うことはまずない。日曜日だし。
 ぼくがギイの部屋に泊まっていることを皆はわかっているわけで、それだけでも恥ずかしいのに誰かとバッタリ顔を合わせることがあれば、ぼくはどんな顔をしていいのかわからないじゃないか。
「シャワー使わないのか?」
「自分の部屋でするよ」
 それに、昨夜の自分を思い出したら顔から火が出そうだし。
 ……と思い出して、振り払うように急いで服を着る。早く部屋に戻って、熱を冷ましたい。
「ちょっと、ギイ」
 そんなぼくに気付いているのか気付いていないのか、シャツのボタンを留める端から、ギイが邪魔をしてくる。
「もう!」
 悪戯な手を逃れて窓の前に避難し、最後のネクタイを手に取った。
 クスクスと笑いながらベッドに起き上がったギイも、自分の服を身につけていく。
 シャワー行かなくていいのかな?
 そう疑問を感じながらネクタイを結んでいたら、床に落ちていた上着を拾い上げ形ばかり羽織ったギイが、グイッとぼくの腰を引き寄せた。
「帰るなよ」
 怒っているような拗ねているような言葉と共に塞がれた口唇。
 開けっ放しだったカーテンが、今度こそ外界と断ち切るようにぼく達を隠していく。
 締めたばかりのネクタイが、スルリと床に落ちた。


2013年07月09日(火)
柔らかな感触に、粟立つ肌。
触れたのは、ほんの一部分なのに、表面を小波のように広がり、ぼくを包み込む。
思わず漏れた吐息に満足げな吐息を返され羞恥に身をよじっても、また与えられる感覚に、ぼくの思考が霞がかる。
そして、全てが、君の物になっていく。


2013年06月09日(日)
忍び込まれ重なり絡まり、くすぐられる。とたん形作っていた輪郭がおぼろげになり、溶け合い融合する。どこまでが自分でどこからが彼か、判別できない空間の中、熱く内部が高まっていく。呼吸が止まる。意識が霞む。自分が自分でなくなり、彼へと取り込まれるような瞬間。ただただ、幸せな刹那のとき。


2012年12月12日(水)
「愛してる」
そんな言葉、いらないんだよ。だって、その目が雄弁に語っているから。
君に愛されているのは、見つめられるだけで、わかるから。
でも、ぼくからは言わないとわからないよね?いつも恥ずかしがって言えないし。
だから、君の視線がぼくから外れているときに言うよ。愛してるって。


2012年11月18日(日)
水の中にいるみたいだ……。
体を包む曖昧な空気と肌を行き来する熱い手のひらが混ざり合い、ぼくを……ぼく達の周りを見えない膜が包み込んでいる。
外界と遮断し、秒針の音さえも、もう聞こえない。
ふわりと浮き上がるような感覚に身を任せる。
混沌とした意識の中、鮮明に浮かび上がる真実。
足の先から髪の毛の一本一本まで、ぼくは君を感じていた。


2012年10月27日(土)
305号室に来客があり、これから緊急の評議会だとギイが呼び出された。
「こんなことなら、着替えなきゃよかった」
せっかく託生と裏庭デートしようと思ったのに。
ブツブツ言いながら、ギイが制服を身につけていく。
緊急なのだから文句を言ったって仕方がない。それに、校舎内は基本制服着用。こればかりは、諦めないとね。
「じゃ、ちょっと行ってくる。晩飯には間に合うと思うから待ってろよ」
そう言い置いてドアの方向に向いたギイの襟元の形が崩れていたので、
「あ、ギイ」
「うん?」
呼び止めて右手を伸ばし、ブレザーの襟を整えた。
「もう、いいよ。いってらっしゃい」
そのまま軽く手を振ってギイを見送ったつもりなのに、ギイはなぜか微動だにせずぼくの顔を凝視していた。
「……なんだよ」
あんまり見つめるなよ。
嫌悪症が治ってギイの側に近寄れるようになったけど、そうやって見られるのは慣れてないんだから。
「託生………」
「なに……うわっ」
「いいなぁ、オレ。すっげ、感動してる」
「な……なにが」
「あー、幸せ」
抱き潰すつもりがあるんじゃないかと思うほど、ぎゅうぎゅうとぼくを抱きしめ、頬を摺り寄せてギイが呟く。
「ギイ、評議会、遅れるだろ?」
「遅れたっていいよ。もう少し感動に浸らせろ」
「ダメだってば」
渋々ぼくを解放し、こめかみから髪をかきあげるように撫で素早く口唇を奪って、
「今夜は寝かさないからな」
「え?」
ぼくの返事を待たずに一方的に宣言し、部屋を出ていった。
ギイとそういうことをするのは嫌いじゃないけど、いや、むしろ好きだけど……じゃなくて!
ぼく、なにかしたっけ?


2012年08月18日(土)
ガラガラガシャーン!
「おー、落ちたな」
吹き込む雨もなんのその。
ギイが、窓の外に視線を向けのんびりと眺めている。
「ギイ。そんな暢気なこと言ってないで、窓閉めてよ」
「なんだ、怖いのか?」
「怖くないけど、うるさいの」
それに、少し寒いし。
「どうせ窓を閉めたって、それほど変わらないと思うぞ」
そりゃ、こんなおんぼろの寮なのだから、ギイの言うことはわかるけど。
「雷が見たいなら屋上でも行ったらいいじゃないか」
嫌味で言ったのに、
「あー、そうか。託生、ナイス!」
「はい?」
「ちょっと、屋上に行ってくるよ」
へ?
「なんだ?」
「雷が落ちたらどうするんだよ?!」
「落ちるかよ」
「危ないって、ギイ」
シャツの袖を引っ張りながら引き止めるぼくをじっと見詰めていると思ったら、ギイは盛大に吹き出した。そして、嬉しそうにぼくを抱きしめる。
「ギイ……!」
「愛されてるなぁ、オレ」
「だだだって、雷が鳴っている中、子供みたいに飛び出そうなんて」
「そうかー。オレが危ないことをしようとしたら、託生、止めてくれるんだ」
「当たり前だろ」
誰だって、同じことをすると思うけど。
密かに呆れたぼくに、
「オレ、そんな心配性の託生が好きー」
ギイは猫が喉を鳴らすように、ごろごと頬を摺り寄せた。
「はいはい」
たまに、やけに子供っぽくなる。こんなギイも新鮮でいいけど。
「それより、お風呂でも入っておいでよ。髪が濡れてるじゃないか」
窓の外に頭を出していたんだから。
「んー、じゃ、一緒に入ろう」
「はぁ?……うわっ、ギイ、下ろして!おーろーせー!」
「託生、恋人の仲を深めようぜ」
子供から一気に大人の表情に変え、ギイはニヤリと笑って洗面所へのドアを開けたのだった。
あー、もう!大人か子供か、はっきりしろ!


2012年04月15日(日)
「いつ、オレに恋をした?」
聞かれて、言葉が詰まった。
いつ………。
自覚がないまま、気が付けば君に恋してた。
君の眼差しに、君の声に、無意識に追っている自分に気付いたとき、分不相応な想いを持った自分を叱咤した。
馬鹿なことを考えるんじゃない、と。
いつか終止符を打つ恋だと覚悟を決めていたのに、あの暗闇の中で、あの熱い腕の中で、夢のような言葉と熱い口唇を受け止めたとき。
運命の人なんだと、ぼくの本能がシグナルを送った。



熱い指先を肌に受け止め、熱い吐息を口唇に受け止め、ぼくの本能がむき出しになる。
纏っていた理性を一枚ずつ剥ぎ取られ、体の奥深くに君を感じたとたん、抱きしめられている自分が愛しくなった。
こんな自分が愛されるなんて、思いもしなかった。
涙の向こうに揺らいで存在する君に手を伸ばす。
絡められる熱い指に、全てを込めた。
夢よ、どうか覚めないで。


2011年12月30日(金)
手を繋ぐ。ビクリと無意識に拒否してしまうぼくを絡めとるように、力強く握られた手に、ホッと溜息が出る。それさえも、君に気付かれているけれど。でも、このままでいいわけがない。ギイの優しさに甘えているわけにはいかない。君の気持ちに応えたい。だって、ギイが好きだから。


2011年12月28日(水)
ギイはわかってないと思う。
ほんの少し微笑むだけで、ぼくのライバルを増やすことに。
それなのに、ぼくが後輩と少し話しただけで大騒ぎする。
もう少し、自分の影響力ってのを考えてくれないかなぁ。
え?お前こそって?
惚れた欲目だってば。
ぼくが抱かれたいと思うのはギイだけなのだから。
って、ギイ?どうしたの?気分悪い?
そんな恨みがましい目で見られてもわかんないってば。


2011年10月01日(土)
「ごめん、託生。来週行けなくなった」
真夜中の電話。
アメリカと日本の距離。
会いたいと思ってもすぐに会える距離ではなくて。いや、そんなことよりも、彼の過密なスケジュールの中から、逢瀬に費やす時間を紡ぎだす方が至難の業だとわかっているから、
「ううん。ギイ、気にしなくていいよ」
自分の心を押し殺して、返事をするのが精一杯で。
電話の時間さえも慌しく、ギイの謝罪を聞くだけで終わったライン。
切れた携帯を床に放り、膝に頭をぶつけた。
「会いたいよ」
君に会いたい。君に触れたい。君に触れられたい。
伝えられない本心を胸の中で押しとどめようとして、涙が溢れでる。


2011年04月04日(月)
「託生、ここにいるのか?」
ヤバイ!
「託生?」
「う…うん。すぐ行くから待ってて!」
だから、こっちに来ないで。
「カフス見つかったか?」
慌てて脱ごうとするも、パニック状態になったぼくの指がしっかり動いてくれない。
あぁ、もう、ボタンが!
「託生?」
「あ……」
ぼくの姿を見てあんぐりと口を開けていたギイが、不敵にニヤリと笑う。
「そういや、この頃マンネリ気味だったかな」
「そんな事ない!大丈夫!」
全然、マンネリじゃないから。
「懐かしいな、託生の制服姿」
言いながらネクタイ緩めないで!上着脱がないで!
「たまにはいいじゃん。こういうプレイも」
プレイじゃないってば!
「託生君、あきらめなさい」
もしかしなくても、ぼく、絶体絶命?


2011年03月24日(木)
「愛してる」と言われて何も言えなくなる。君の言葉とぼくの言葉と重みが違うような気がして。だから、重なった口唇と背中に回した腕に、ぼくの想いを込めてみるのだけれど。君の想いが大きすぎて、まだまだ足りない気がする。どうしたら、君に伝えられるのだろう。君を求めている心ひとつ分。


2011年03月18日(金)
ポーカーフェイスに隠されて誰にも気付かれないけれど、ぼくにはわかる。君が、どれだけ心を痛めているか。だから、側にいるよ。寄り添う事しかできないけれど、ぼくは君の隣にいる。


2011年03月09日(水)
「………託生?」
バスルームのドアを開けたギイが、真っ暗な室内に声のトーンを落として、ぼくの名前を呼んだ。
「ここだよ、ギイ」
窓の側にいるぼくを確認したギイはホッと息を吐き、
「何してるんだ、託生」
背後からぼくを包み込むように抱きしめた。
「……あれ」
ぼくの指差す方角を見て納得する。
「遠雷か」
「なんだか、ギイみたいだね」
「オレ?」
「うん。遠くから見ていると、綺麗」
………そして、優しい。
ぼくの言葉に片眉を上げ、
「じゃあ、近くなら」
と、頬にキスをする。
「いろんなことに、巻き込まれる」
「なんだ、それ?オレがトラブルメーカーのようじゃん」
「巻き込まれるのも、楽しいよ?」
「託生、フォローになってない」
と言いつつも、なんだか楽しそうだ。
「風が吹いてきた。もうすぐ雨になるぞ」
少し風が強まり、ぼくとギイの髪が乱れる。
「体が冷たくなってる。もういいだろ?窓を閉めるぞ」
「うん」
窓とカーテンを閉め、静かになった二人きりの室内。聞こえるのは少し早くなったギイの鼓動。
もうすぐ大粒の雨が、窓を叩きつけるだろう。
その音を、ぼくは聴く事ができるのだろうか。


2011年02月27日(日)
「ギイ」と呼びたくて。でも、こんなぼくが呼ぶなんて、おこがましくて。「崎君」と呼ぶたびに必ず訂正されて、おそるおそる小さな声で「ギイ」と呼んでみた。風にまぎれてしまうくらい小さな声。それなのに、これ以上嬉しい事はないという表情で「託生?」とギイは振り返った。…君が、好きだよ。


窓際に立つギイの髪が夜風で揺れた。ぼくが見ているのに気づき「寒い?」聞かれて横に首を振る。差し出された手に素直に重ねるとシーツごとぼくを抱き締め「まだ熱い?」からかい混じりにぼくの髪を震わせた。「熱いのはギイだろ?」ぼくの声にクスクス笑い「大当たり」無遠慮な指先が滑り込んできた。


2011年02月18日(金)
優しい腕にストンと滑り落ちる。まるで初めから用意されていたかのような、暖かな場所。外界を閉ざし密閉されたぼくだけの異空間。ゆらゆらと揺れる淡い視界が、まるで水中に咲く花を見ているようで。指先で君を探し、口唇で君を確かめる。どうかこのまま溶けないで。ぼくだけの夢…。


2011年01月08日(土)
夜風が頬を撫でた。なぜか懐かしい匂いがして石畳の上で立ち止まる。優しい街灯の明かりが、ぼくを慰めるように揺らめいていた。あれから何年経ったのだろう。彼を忘れるために日本を離れたのに、まだ忘れられないぼくがいる。見上げた夜空がふいに閉ざされ「託生…」力強い腕に囚われる。これは、夢?


2011年01月07日(金)
「このままだと、託生を守りきれない。だから守れるだけの男になって、もう一度、託生に会いたかった」遠くを見つめて独り言のように言葉をつづっていたギイが、ぼくに戻ってくる。「今はそれだけの力をつけたつもりだ。託生、オレ達やりなおせないか?


2011年01月04日(火)
ぼくからの不意打ちのキス。ギイの目がまん丸になったのがおかしくて吹き出すと「悪戯っ子め」逃げる間もなく長い腕に捕まった。背中に感じる体温とぼくを纏う花の香りが逃げ場を塞いでいく。「託生」肩越しに仕掛けられたギイのキス。ベッドにいざなう甘い合図のキス。


2010年11月28日(日)
いつ気づいたんだろう。雨の日に、ギイはぼくを抱かない。
ただ一つのシーツに包まり、子猫のように温もりを分け合って眠るだけ……。
 
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