Honey 完(〜2003.4)
一人、暗闇の中で立ち止まっていたぼくを、光の中に連れ出してくれた、ギイとの出会い。
喧嘩もしながら二人の想いを育み、未来への階段を昇っていた高校時代。 日本とNY、離れて暮らしながら、二人の愛を確認していた大学時代。 そして、突然の別れ。 ギイとの思い出を胸に、新しい人生を歩こうと決めたNY留学。 偶然がもたらした再会と、二人の変わらぬ想い。 ぼくの全てを………いや二人の想いを詰め込んだ「Destiny」は、今まで作った曲に比べ、かなりドラマティックな転調がなされ、カルテットのメンバーには「新境地を開いた」と称されたが、演奏会で受け入れられるかどうかは疑問であった。 しかし、今、この瞬間。 ぼく達を包んでいる、会場を揺るがすほどの大きな拍手が、演奏会の成功を表していた。 うっすらと汗を滲ませ、ロイ、リチャード、ジェイクに目を移すと、 「やったな」 親指を立て、満面の笑顔を向けた。 この溢れんばかりの感動を共に出来る、メンバーの存在。そして、この想いを託すことが出来る、愛器ストラディバリ。 この舞台に存在する事が許される、幸せ。 ギイ、見てくれた? これが、君の与えてくれた世界だよ。 どこかで見てくれているはずのギイに思いを馳せ、深々とお辞儀をした。 そして、演奏会の幕は閉じた。 ”大成功だ!!” 興奮冷め遣らぬ楽屋では、演奏会の裏方を手伝ってくれた人達が集まり、てんやわんやの状態であった。 普通であれば、ぼくもその中に興じたい所だが、来てくれているのなら今すぐギイに会いたい。 どうやってこの部屋を抜け出そうかと試算していると、 ”タクミ!!” 驚きの表情で、ドアの前に立っていたジェイクが、ぼくを呼んだ。 そのドアの向こうから、白薔薇の花束を抱えた麗しの恋人が、真っ直ぐにぼくを見て一歩中に入ってきた。 「託生………」 そのままぼくの正面まで歩いてくると、 「託生、おめでとう…………泣くなよ」 困ったような表情で、まるでぼくの顔を隠すように、花束を渡した。 「あり……がと………ギイ」 知らず流れてしまった涙を花束の影で拭い、にっこりをギイに笑いかけると、安心したように優しい笑顔を浮かべた。 ”タクミ………?” 誰かの声にハッと気が付くと、部屋の中は異様な沈黙に覆われ、全員がぼく達を凝視している。 忘れていた………!! 考えてみると、この1ヶ月、目の前の人物が社交欄を飾らない日はなく、現在一番旬な人物だったのだ。 ”え………えっとね………あのね………” ”カルテットの方々ですね?” ぼくの声を遮る様にギイは一歩前に出て、 ”託生がお世話になっています。ルームメイトの崎義一です” 柔和な笑顔で挨拶をした。 とたん、絶叫が部屋中に響き渡る。 ”えーーーーーっ?!” ”ルームメイト?!” ”し………知り合いだったのか?!” ”一言も言わなかったじゃないか!!” 矢継ぎ早に浴びせられる質問に、おろおろと視線を彷徨わせた横で、 ”新聞見ても、興味ないって言ってたのに!” 怒鳴ったジェイクの台詞に、ピクリとギイの眉が上がった。 ”興味ない?” ”ちが…違うよ………ギイ………あの………” ”嘘八百だって言えばよかっただろ” ”え、違うんですか?” ギイのはっきりとした口調に、ジェイクが探りを入れるように話し掛けた。 皆もその話題には興味津々で、いつの間にか廻りに集まっている。 相変わらずミーハーだ………。 ”別にオレはキャサリンと付き合っていませんよ” ”でも、新聞では指輪を買ったとかどうとか………” ”あぁ、宝石店に行ったのは、キャサリンが父親のプレゼントを買いにいっただけで、よくわからないからついてきて欲しいと言われて付き合ったんです” ”じゃあ、婚約目前というのは?” ”全く、どこの誰が言ったのか………。恋人関係とか、そういうのはありません” ギイは心外だというような表情を浮かべ、はっきりと否定した。 わかってはいたけれど、ギイの口から否定の言葉を訊く事は、こんなに安心出来るものなのか。 それに、演出を否定する事は、全てが終わったからだという証拠だ。 ほっと息を吐いたぼくの背中を、ポンと一つ叩くと、 ”人を待たせてるのですが、このまま託生を連れて行ってもいいですか?” ”あ……はい………” ”オレはなかなかいませんけど、いつでもマンションに遊びに来てください” 皆に挨拶をして、ぼくを促した。 あれ、でも、ぼくのアパートは、皆知ってるけど? 疑問が頭に浮かんだが「急げ」と急かされて、挨拶もそこそこ部屋を後にする。 人通りの少ない廊下をギイの少し後ろから歩いていると、広い背中が立ち止まった。 「ギイ?」 「何も言わなくて、ごめんな」 振り向いたギイの不安一杯の顔に、この1ヶ月どのような想いで過ごしていたか気が付いた。 「ううん………」 約束どおり、ギイが戻ってきてくれた。それだけで、充分だよ。 どちらともなく軽く口唇を合わせ、差し出された手を取りギイに引かれるまま駐車場まで歩くと、ギイの車の前に立っていた一人の男性が手を上げた。 「久しぶりだね。託生君」 「………………星矢さん?」 ”改めて紹介するよ。彼女はキャサリン・カートン” ”託生さん、始めまして” 星矢さんの声に、隣に座るキャサリンが手を差し出しながら挨拶する。 ”葉山託生です” 握手に応えると、彼女は安心したように微笑んだ。 毎日、新聞やテレビで見ていたけれど、本当に綺麗な人だった。 意志の強そうなヘーゼルの瞳に、さらさらと流れ落ちるブロンドの髪。教養の高さが体から滲み出る、色々な意味でギイと噂になってもおかしくない人物だと思う。 ギイの心がわかっているから、ぼくも暢気に分析できるのだけれど。 車の中には、星矢さんだけではなく、この1ヶ月ギイと社交界を賑わせていたキャサリンが乗っていた。 「時間がないから」 ギイの言葉に、挨拶もそこそこ、大学から近いぼくのアパートに移動して、テーブルを挟んでいるわけだ。 ”本当にごめんなさいね。託生さんがいるのに、恋人のような役目をギイにおしつけちゃって” 申し訳なさそうに、さらりととんでもない事を言う彼女に、 ”え、ギ………ギイ?!” 咄嗟にコーヒーを淹れているギイを振り返ると、ひょいと肩を竦めて、 ”キャシー、託生は免疫がないんだから苛めるなよ” ”あら?苛めてなんかいないわよ。恋人が他人の恋人のように振舞って、嫌な気分にならない人はいないでしょ?その原因作ったのは私なんだから、託生さんに申し訳ないと思ってたもの” ”だから、託生は信じてくれるって言っただろ?” ”よく言うわよ。託生さんに会えなくて、不安な顔してたの、どこの誰だったのかしら?それに、八つ当たりされてたのは私なんだから” 仲睦まじい写真とは程遠い2人の会話に、あれは演技だったんだなと思う反面呆れてしまった。 女性相手に、そうムキにならなくても………。 ”義一君、キャサリン、話を進ませていいのかな?” ”あ、すみません” ”セイヤ、ごめんなさい” 星矢さんの声に、ずれていた話題が軌道修正された。 ”託生くん。俺の仕事覚えてるかな?” ”はい。麻薬取締り官………ですね” 自分の恋人と音信普通になっても………いや、そのまま会えなくなる可能性がある、とても危険な仕事。 その彼がNYにいてギイが一緒にいたと言う事は、ぼくが考えていたよりもとても危険な事に、ギイは足を突っ込んでいたのじゃないだろうか。 テーブルにコーヒーを置いたギイを見上げると、心配ないよと微笑んだ。 ”数ヶ月前から、東京に入る麻薬の量が急激に増えてね。調べてみるとニューヨーク・シンジゲートが関わっている事がわかったんだ” 星矢さんは、ぼくが理解出来るのを待つように、コーヒーを口に運んだ。 ”NY来たのはその為なんだが………もちろんFBIでもすでに大元は割れていて、でもその人物が経済界の大物で内部に入る事が出来なくて、手が出せなかったんだよ” ”経済界の大物………ですか” ”マイケル・カートン………キャサリンのお父さんだよ” ”な………!!” 咄嗟にキャサリンを見ると、哀しい目で頷き、話を引き受けた。 ”私は………もう、ずっと前から気が付いていたわ。そして、こんな事止めて欲しいと思ってた。でも、一人じゃ何も出来なかった。相手は父だけじゃないもの。たとえ父を捕まえても、残りの人がまた新しいルートを作って、麻薬を売りさばくのよ” そして、ぼくの横に立つギイに視線を移した。 ”そんな時に、ギイと知り合ったの。この人だったら協力してもらえるかもと話をして………” ”余りにも大きすぎる話だったから、すぐに星矢さんに連絡を取って、オレとキャシーがステディな仲のように見せかけ、カートン家に出入りしてもおかしくない状況を作ったんだ。そして、中の様子を逐一報告していた” そうだったんだ………。 少しでも不審な行動をすれば、計画が潰れてしまう。もしギイがぼくのアパートに戻っていれば、すぐに彼女との仲は疑われた事だろう。 ”出入りしているうちに、取り引きがいつ行われるかがわかったんだよ。毎月第3土曜日に開催される、カートン家のパーティだってな” ”え、昨日だったの?” ”そう” ギイは、星矢さんに視線を移し、続きを促す。 ”2人のおかげでニューヨーク・シンジゲートの組織図、ルート、もちろん指示をしている奴ら全員捕まえることが出来たよ。まだ取調べがあるけどね” ほっとした表情の星矢さんには悪いが、ぼくはキャサリンの気持ちが気になった。 カートン氏は、彼女にとって大切な家族。その彼を告発して、後悔はしていないのだろうか。 ”キャサリンさん。これで、よかったんですか?” 身内を警察に売って、よかったんですか?。 言えない言葉を汲み取って、彼女はぼくを正面から見詰めた。 ”私、父が好きなの。娘としてじゃなく。だから愛する人が犯罪に手を染めているのが耐えられなかったの” はっきりとした口調に、想いの深さが窺い知れる。 許されない恋。 わかっていても止められない想い。 告発してまでも愛する人を救いたいと、そして、彼を支え続けていきたいと彼女は言った。 強い人だなと思う。 経済界にはもういられないだろうカートン氏も、彼女がいればまた立ち直って、新しい人生を切り開けるかもしれない。 ぼく達も世間的には許されない恋だけど、お互い愛し合って今側にいる。 ただ一つの恋を貫く強さ。 彼女から、大切な事を教えてもらった。 ”じゃあ、そろそろ戻るとするか” 星矢さんの声に、キャサリンが立ち上がりギイに向き直る。 ”交換条件とは言え、面倒な事お願いしちゃってごめんね” ”交換条件?” 全部話してくれたと思っていたのに、もしかしてまだ訊いていない事があった? ギロリとギイを睨むと、 ”あとでな” そそくさと応え、 ”キャシーも元気で” 彼女の頬に、キスをした。 ここはアメリカだから、そのくらいじゃぼくも怒らないけど。 ”義一君、託生君。色々とありがとう。またいつか会おう” 星矢さんとキャサリンは、にこやかに笑い、ドアの向こうに消えていった。 「ねぇ。これからキャサリンさんは、どうするの?」 「身の安全の為、当分の間FBIの保護下に置かれることになってる」 「じゃあ、カートンコーポレーションは?」 「まだ決定じゃないけど、Fグループの傘下に入るだろう」 「そう………」 また違う意味で世間が騒ぐことになるだろう。 ギイの廻りも当分は落ち着かないだろうけど、その辺りもすでに計算済みということか。 それより………。 「ギイ、交換条件ってなに?」 「え、あ、まぁ、あとでいいじゃないか。そんな事より、託生………」 強引に口唇を寄せてきたギイをすんでの所で止め、 「誤魔化されないんだからね」 手の平で口を覆われてもごもご言っているギイを睨む。 「………わかった。わかりました。ちゃんと教えるから」 「よろしい」 両手を挙げ、降参のポーズを取るギイににっこりと笑うと、驚いたように目を開き、「参ったな」とぼくの手を引く。 「ギイ!」 「オレ、理性限界だからな。とっとと向こうに移動しよう」 「はぁ?」 意味不明に呟いて、ぼくの腕を取ったままドアに向かう。 「ちょ………ちょっと、ぼくは交換条件は何だったのか聞いてるんだよ」 「だからその交換条件を教えるんだよ」 ギイは足早にアパートの前に停めてある車にぼくを押し込み、エンジンをかけた。 「ここは?」 とあるマンションの地下駐車場に車を停め、ギイに引かれるままエレベーターに乗り込み、今ぼくは最上階のどこかの部屋の前に来ていた。 「ちょっと待てよ。鍵は………」 胸 元のポケットからカードキーを取り出しドアの横の差し込むと、カチリとロックが外れる。 そのドアを開くと、ギイは突然ぼくを抱きかかえた。 「ギ………ギイ?!」 「暴れるなよ。新居に入る時、花嫁はおとなしく抱かれているもんだ」 「誰が、花嫁だって?!」 「託生」 ギイは足でドアを閉め、そのまま奥に向かい、ひとつのドアを器用に開けた。 部屋の真ん中には、大きなベッド。 ポンと投げ下ろされ、文句を言おうとしたぼくの上に乗り上げ、有無を言わさず口唇を重ねる。 「ん………!」 「もう限界だ……託生………!」 「待って………ギイ!交換条件聞いてない!」 首を横に振り、ギイの腕からやっとこさ逃げだし、誤魔化さないでよとギイを睨んだ。 「だから、これが交換条件なんだ」 ぼくに逃げられ観念したのか、ベッドの上に座り込んだまま向かい合う。 「全然、意味がわからないよ。第一、ここはどこ?」 「ここは、オレと託生の新居だ」 「なんだって?」 呆然と部屋を見回すと、この寝室だけでぼくのアパートが充分入りそうな大きさである。この部屋に入るまでにあったドアの数も、数えてはいないが一つや二つではない。 「ここ、新しく出来たマンションで、どうしても託生とここで暮らしたかったんだ」 「こ………こんな大きな所………わざわざ………って、どうしてこれが交換条件なんだよ?」 「だから、元々ここの購入契約をしたのがキャシーなんだ」 「え?」 「でも、どうしても欲しくて、キャシーに権利を譲ってもらったんだ」 ようするに、ここを譲ってもらう交換条件として、今度の事の協力をしたってこと? 「だからって、協力した事に関してはぼくはよかったと思うけど、あんな危険な事してまで、手に入れる事はないんじゃ………」 「約束しただろ?」 貫くような真剣な目で、ギイはぼくを見詰めた。 「託生が留学する時、オレが二人のマンション探しておくからって」 「ギイ………」 覚えていてくれたんだ。 「遅くなったけど、オレと一緒に暮らさないか?いや………これからの人生、二人で生きて欲しい」 あれ?おかしいな。 ギイの顔がぼやけていく。 「託生、返事は?」 「うん………」 「『うん』じゃ、わからないだろ?」 優しいギイの腕がぼくを包み込んで、昔と変わらない不思議な花の香りが空気になる。 嬉しすぎて応えられないよ、ギイ。 頬に滑った大きな手の平に導かれ、ゆっくり目を閉じた。 「OKと受け取っていいんだな?」 囁いた口唇に、ぼくの答えは吸い込まれていった。 いつの間にか部屋は暗闇に包まれ、ネオンの洪水が眼下に広がっている。 見慣れたNYの街が、初めて優しく見えた。 「これからの人生を二人で………」 ギイと二人の人生。 新しい生活が、この部屋から始まる。 Fin. 終わりました〜〜〜〜。 一時はどうなることかと思ったけれど(マジ、Honey削除しようかなと思ってた;;)なんとか、最後まで書けました。 読み返すと、う〜んってとこが結構あるのだけど、書き直す気力もなく、このままアップしちゃいます(無責任な………) 私に連載は出来ない!ということが身に染みてわかったので、書くとしたら突発になると思います。 お疲れ様でした〜〜(誰に向かって、言ってるんだ?笑) (2003.4.20) NOVELページの引越しに伴い、Honeyを4つに纏めました。 (2007.9.13) |