天使の矢 前編(2007.9)

 世界が終わりを告げるとき
 天使の歌声が地上に鳴り響き朝の光差す所
 我がたから封印す――――――――
 
 バレンタイン騒動も一段落し、束の間の平穏な日がやってきた。
 ぼくは2−D担当最後の図書当番に任命され、喜んで図書館にいた。
 どうして喜んでいるのかと言うと、寮は小さな電気ストーブ一つしか暖房器具がないが、校舎は温泉を利用した空調施設が整っている。
 そういうことだ。
 しかし、閉館間近のこの時間、もう図書館には誰もいなかった。
「葉山君、ちょっと用事があるから、戸締りお願いできる?」
 司書室から顔を出した中山先生が、のんびりと図書カードの整理をしていたぼくに話しかけた。
「いいですよ。鍵は職員室に返せばいいんですよね?」
「えぇ。じゃ、宜しくね」
 慌しく中山先生が出ていき、本当に一人きりになったぼくは、カウンターに突っ伏した。
「はぁ、このまま寝てしまいたい」
 寮とは大違いの暖かさに、自然に目が閉じてくる。
 窓の下に置かれた、小さな電気ストーブの電熱線が赤くなるのを、手をかざしながら待っている時間は寒くて長くて。
『託生、暖めてやろうか』
 ギイが背中から覆いかぶさるように抱きしめる暖かさに、溶けそうになって………。
 じゃなくて!
 誰もいないのに慌てて周りを見回し、熱くなった頬に手を当てたとき、
「お、今日は葉山が当番か」
 野太い声が入り口から響き、飛び上がらんくらい驚いた。
「ま………つもと先………生」
「な………なんだ?そんなに驚かしたか?」
「いぃぃいぃぃいぃえっ!!」
 挙動不審なぼくに眉を寄せながら「そうか?」と、松本先生はカウンターに分厚い本を置いた。
「すまん、これ戻しておいてほしいんだが」
「わかりました。お預かりします」
 誤魔化すように努めて(ぼくなりに)平静を装い、その重い本をカウンター内に引き寄せる。
「じゃあ、頼んだぞ。お前も食いっぱぐれない程度に戻れよ」
 大きな体を揺らしながら、担任らしく一言言い置いて出て行った。
「………びっくりした」
 やましい事はないけれど(いや、バレたら退学なのだけど)、やはり恋人の事を考えていたと知られるのは恥ずかしい。
 それよりも、四六時中一緒にいるのに、少し別行動をしているだけで思い浮かべてしまうのは、3年に進級した時の事を考えると。
「ヤバイよね」
 今年のように、べったりできる事は、どう考えてもありえない。
 同じ部屋は絶対無理だけど(どうせギイは階段長に選ばれてしまうだろうし)、同じクラスだったらいいな。
 と、先の事を考えても仕方がない。
 さてと。
「この本は………と、書庫か」
 誰もいないのだから、少しくらい受付を外してもいいだろう。
 勝手に自己完結し、ぼくは書庫のドアを開けた。
「んん、なかなか入らないなぁ」
 どうして、こんな重い本を本棚の一番上に決めるかなぁ。
 背伸びをして左手で隙間を開けながら、押し込もうと躍起になっていると、
「うわぁぁぁ!」
 本が反乱を起こした。
 バサバサッ!
 降り積もる、本の山。
「………やっちゃったよ」
 なんたる失態。
 もうもうと舞う埃と周りに散らばる本に溜息が出てくる。
 と、その時、
「何してるんだ?」
 待っていました!のレインボーボイス。
 相変わらず神出鬼没だね、ギイ。
 でも、
「見たらわかるだろ?」
 そこで立っているなら、助けてくれたっていいじゃないか。
 無言の訴えを間違えず汲み取ったギイは、ぼくの姿に笑いを噛み殺していても、
「怪我はないか?」
 頭から被った埃を手ではらってくれた。
「どうして、ここに?」
「託生の事だから、暖かい図書室から極寒の外になかなか出てこないだろうから、人間カイロのオレが迎えに来たわけだ」
 と、腕を広げるギイに、ぼくが急遽図書当番に任命された理由がわかった。
 相変わらず、ぼくに甘いんだから。嬉しいけど。
 ギイは、床に散らばった本を拾い手際よく"上段"に並べていった。松本先生が返しに来た、あの重い本もだ。
 むむむ。この身長差が悔しい。
 数ヶ月前は、同じくらいだったのに………!
 
 
「日が暮れてきたな」
「そうだね」
 窓から差し込む夕暮れを、目を細めて眺めるギイの端正な横顔に鼓動が跳ね上がる。
 徐々に日が落ち書庫の中が薄暗くなっていく。
「ギイ、戻らないの?」
「ん〜、これはチャンスかなと思って」
「なんの………んんっ!」
 突然の抱擁にギュッと目を瞑って体を硬くしたぼくに二度三度軽くキスをし、舌で軽くノックする。
 おずおずと力を抜いて唇を薄く開けると、待っていたようにギイの舌が絡み付いてきた。
 ここは、書庫なのに。理性をも揺さぶられるようなキスに、ココロもカラダも落ちていく。
「託生………」
「ダ……メ………だよ。もう………戻らない………と………あぁ!」
 正面に座り込んだギイの手が、服の上からぼくを撫で上げる。
「こんなになってる」
 耳元で囁く掠れたギイの声に電流が走り、反論の言葉が吸い込まれていく。
 意図を持った悪戯な手を止めようと、目を開けた視界に小さな紙片が映り、ぼくの思考がクリアになった。
「ギイ、何か落ちてる」
「落とし物は、落とし主が勝手に探しに来るだろ?そんなことより、託生………」
 もう一度唇を寄せてきたギイの口を両手で押しやる。
「ダメだってば!本を落としたときに、ページが破れたのかもしれないだろ?」
 ギイは、睨んだぼくにガックリ肩を落とし、
「せっかく、いい雰囲気だったのに………」
 溜息を一つ吐いて、でも、あっさりぼくを放すと、折れ曲がった紙片を拾った。
「これ、何かのメモのようだぞ」
 
 『世界が終わりを告げるとき
 天使の歌声が地上に鳴り響き朝の光差す所
 我がたから封印す』
 
「本に挟まっていたのかな?」
「だろうな」
「これって、宝探しのヒントに見えないか?」
 言われてみれば、時と場所のようなものが書かれてある。
「紙も文字もかなり古いから、何十年も前の卒業生が残したものだろうな………ということは、祠堂の中ってことか」
 それはそうだろうけど、ギイの顔を見ていると、ぼくは嫌な予感がしてならないんだよ。
「もしかして、ギイ探すつもり?」
「おや、好奇心旺盛な託生くん。気にならないのか?」
「気になると言えば気になるけど………」
「けど?」
 場所が祠堂の中と言われると、何故か尻ごみしてしまう。
「今は、冬なんだよ?」
 それが、どうした?というようなギイの視線に、
「校舎や寮の中だと限定されているならいいけど、祠堂全体を対象にしているのなら雪だらけじゃないか!」
 こんな寒い中を探すほど、ぼくは酔狂じゃありません!
「まぁまぁ」
「ギイ!」
「まずは、時と場所を特定しないといけないだろ?祠堂の中を探すのはその後だから、大丈夫だって」
 探す気満々のギイには、何を言っても通じない。
「それにしても、何故かこの時期は、宝探し話が出てくるよな」
「そうなの?」
 ギイは目を見張り、ふっと優しげに笑った。
「託生、オレと宝探ししないか?」
「というか、そのつもりだったんだろ?」
「や、そうだけど、一応託生くんの許可を取ろうと思って」
「でも、寒いだろ?」
 寒いのは苦手なんだよ。
「オレが人間カイロになってやるから、オレと宝探ししよう。な?」
「………うん」
 とたんギイは破顔し「約束の印」と口唇を落とした。
 
 
 
長編というわけではありませんが、まぁ、2話………か3話くらいで終わるかと;
でも、続き物は基本的に苦手なんで、あまり期待せずにお待ちいただければ嬉しいです。
(2007,9,4)
 
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