天使の矢 中編(2007.9)

 図書室から極寒のグラウンドを横切って(ギイが人間カイロをしてくれたけど)、寮の玄関に入ったとき、
「先に部屋に戻っておいてくれ」
 と言われ、さっさと305号室の電気ストーブを独り占めしていると、小脇に何かを抱えギイが帰ってきた。
「ギイ、それ何?」
「天使がいそうな場所を探そうと思って、業務員室から借りてきた」
 誰もが一度はお世話になる『校内見取り図』。
 改めて見ると、あまりの広さにくらくらしてくる。この中を探すのか………。
 気乗りしていないぼくを知ってか知らずか、ギイはぼくを椅子に座らせ、温めるように背中から抱きしめた。
「天使と言えば相場は教会だが、十数年前に取り壊されているしな」
「そうなんだ」
「他にあったか?」
「もしかしたらレリーフかもしれないよ?あの窓枠のように」
「窓枠に何かあるのか?」
「え、角に祠堂の『S』の文字が彫られてるじゃないか」
 ぼくの言葉に、ギイは窓枠をじっと凝視して
「知らなかった」
 と呟いた。
「すごいぞ、託生」
 ギイに褒められて満更でもない、ぼく。
「しかし『天使の歌声が地上に鳴り響く』んだろ?もう少し大きいと思うぞ」
 そりゃ、こんな小さくはないだろうけど。
「『歌声』なら、音楽室か………音楽堂かな?」
「音楽堂か。ゆっくり見たこともなかったな。明日の放課後にでも行ってみるか」
 う………あの雪の中を歩くのか。
 尻込みしそうになったぼくに気付いたギイは、「一緒に行こうな、託生」とニヤリと笑って先手を打った。
 
 
「大丈夫か、託生?」
 言いながら、ギイはぼくを自分のコートでくるむように、肩に腕を回した。
 ホワホワのセーターが暖かい。
「うん、大丈夫。雪が止んでよかったね」
「あぁ、滑りやすくなっているから、気をつけろよ」
 翌日の放課後、寮の部屋に荷物を置き、ぼくとギイは雪だらけの道を音楽堂に向かって歩いていた。
「ねぇ、結局、天使って、校舎内にはなかったの?」
「あぁ、一応島田御大にも聞いてみたんだが、それらしきものはないとおっしゃっていた」
「そうなんだ」
 学園長よりも、誰よりもこの学院のことに詳しい島田先生がそう言うなら、間違いはないだろう。
 しばらく歩くと白くキラキラした風景が開き、古びた音楽堂の影が見えてきた。
 閉じ込められたこともあり、黒くて怖い印象の音楽堂であったが、ここから始まったんだと思うと、今は愛おしささえ感じる。
 ぼくが感慨に浸っていると、
「託生、あれ!」
 ギイが、指を差して叫んだ。
 なんと音楽堂の屋根の中央部、塔の上に天使の像が一つ立っていたのだ。太陽に反射して黒く見えるけど、間違いなく天使の像だ。
 でも。
「『天使の歌声が地上に鳴り響き朝の光差す所』だろ?あの天使像が歌うわけがないよね」
「んー、じゃなくて、あの天使像そのものが、針の役目をしているんじゃないか?」
「どういうこと?」
「だから、見たところ、あの天使像に光を通す穴はないし、第一に朝日があの天使像に当たったとき、角度的に光は斜め上になるだろ?だが天使像に反射した光は、もしかしたら地上を差すかもしれないじゃんか」
 なるほど。
「でも、そんなに上手く反射するかな?」
「それはわからないが、反射はすると思うぞ。あの矢の部分、少し光ってるし」
「そう?」
「あぁ」
 目をこらして見るのだが、ぼくには矢しか見えない。
 でも、視力のいいギイが言うのなら、そうなのだろう。
「ということで、天使の確認もできたし、寮に戻って前半の謎解きをするか」
 託生が凍っちゃう前に。
 からかうギイに、
「ぼく、ギイのコーヒーが飲みたいな」
 ちょっと我侭を言ってみると、嬉しそうに「了解」と髪にキスを落とした。
 貧乏臭いギイが、文句も言わずにコーヒーを入れてくれるなんて、何か裏がありそうで、少し怖い。
 
 
「おい、葉山」
 夕食後、ギイが評議委員に呼び出され、305号室で一人宿題と格闘していると、軽やかなノックの音と共に、章三部屋に入ってきた。
「赤池君?」
「ギイ、どうしたんだ?」
「ギイなら、評議委員に呼ばれて………」
「それは知っている。じゃなくて、あの浮かれようは何だ?見ているほうが恥ずかしい」
「ギイ、浮かれてる?」
「あぁ、あれは4月以来の浮かれようだぞ。葉山以外に原因は考えられん」
「人聞き悪いこと言わないでよ。何もしてな………あ」
「やっぱりか」
「や、でも、………っていうか、ギイ話してない?」
「何を」
 宝探しなんて面白いことを、ギイが相棒の章三に言わないわけがない。なので、問われるがまま、ぼくは宝探しの件を話したのだった。
「なるほど。それなら奴が浮かれるのは当たり前だ。だが僕は不参加だな」
「あれ、赤池君、興味ない?」
「そうじゃなく、僕はギイに恨まれたくないってことだ」
「どうして?あ、そうだ!去年、この時期に宝探しの話あった?」
 とたん、章三は冷たい眼差しで、
「………葉山、記憶障害か?」
 と、支局極まりないことをのたまった。
「もう、失礼しちゃうな。自分で宝探ししていたら1年前のことくらい覚えてるよ」
「『祠を一緒に探す約束をした』と、麻生先輩から聞いたがな」
「麻生先輩って………卒業した?………うーん」
 そういえば、人間接触嫌悪症のぼくに、適度に距離を置いて話しかけていた麻生先輩が、言っていたような気がする。
 
『俺と一緒に祠を探そう。きみの接触嫌悪症、なおしてくださいって』
 
「………言われたような気がする」
「ほら、記憶障害じゃないか」
「でも!約束してないし、祠探しもしてない!」
「………と誘えたことが、あいつには羨ましかったんだろうさ」
「はい?」
「そういうことだから、興味深いが宝探しは二人でしてくれ。じゃ」
 あっさりと納得して、章三はさっさと部屋を出ていった。
 事件があれば、どこにでも参上!な章三にしては、らしくない。なので、ぼくは章三の言葉を反復してみた。
 誘えたことが羨ましい?
 もしかして、去年ギイは祠探しにぼくを誘いたかった?
 でも、あの頃のぼくは、ギイが話しかける素振りをすると、近づく前に逃げていたのだ。
「ただいま!」
「あ、お帰り、ギイ」
 そんなぼくでも、誘いたかった。
「ん、どうした?」
「なんでもない。ね、ギイ、宝が見つかるといいね」
「そうだな。どんなお宝が眠っているか楽しみだな」
「お宝って………そんなにすごいものだとは限らないし、もう誰かが見つけているかもしれないよ」
「だとしても、その探す過程が面白いんじゃないか」
 鬱陶しがられても、ぼくをずっと想っていてくれたギイ。
 ぼくは、ギイの首に抱きついて、左肩に頬を寄せた。
「ギイ、好きだよ」
「おいおい、今日はやけに積極的だな、託生くん」
 からかい混じりの声なのに、ギイの鼓動が一気に速くなったのが聞こえる。
「うん、昨日よりも、好きになった」
「なんだ、そりゃ」
 ぼくの髪を梳く優しい指が、明確な意図を持って頬に移動する。
「愛しているよ、託生」
「うん、ぼくも」
 近づくギイに目を閉じ、熱い吐息を口唇に感じた。
 
 
 
モデム内臓アクセスポイントがぶっ壊れて、当たり前だけどネットで遊ぶことができなくて、拗ねておりました。
ということで、PCを出してもやることがなかったんで、お話を少し前進させたのだけど、最後まで集中できるかどうかが今の課題です。
(2007.9.8)
 
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