天使の矢 後編(2007.9)

 昼休み、寒いグラウンドを突っ切って食堂に行くのが億劫なぼくに付き合って弁当を食べていたギイは、メモを片手に眉間に皺を寄せた。
「『世界が終わりを告げるとき』ってのが、ネックだよな」
「それって"日にち"を表しているんじゃないのかい?」
「そうだと思うが。今の日の出時刻が大体6時半頃だろ?けど、毎日1分ほどのずれが出てくる。それに、方角も二日に1度位動いているはずだ。現に、今光が反射している場所は、ただの木だった」
「え、ギイ見に行ったの?」
「一応な」
「声かけてくれればよかったのに」
「そういうわけにはいかないだろう?寒がりの託生くん」
 朝の寒さじゃ、凍えるぞ。
「そうだけど………」
 ギイはくしゃとぼくの髪を撫でて、
「そのときは、容赦なく起こすから」
 綺麗に微笑んだ。
 未だに慣れない絶品の笑顔に、赤面してしまった顔を誤魔化そうと、
「ギイは」
「んー?」
「ギイは、世界が終わると感じるのは、どういうときだと思う?」
話題転換を試みる。
「………託生は?」
「ぼく?うーん、日本沈没とか宇宙戦争とか?」
「お前っ、映画の影響受けすぎ!」
「もう、赤池君に言ってくれよ。それにギイだって一緒に行ったじゃないか」
「あぁ、そう言えば、章三が面白そうな映画があるから、週末に行かないかって言ってたな」
「ほんと、赤池君、映画好きだね」
「一種の趣味だからな………っと、それ貸せよ」
 タイミングよく予鈴がなり、ギイは二人分の空になった弁当を手に席を立った。
 あれ、何か誤魔化されたような気が?
 でも、追求するのを忘れてしまいそうな自信がある。
 
 
「おい、葉山!」
「森山先輩?」
「今、暇か?そこでコーヒー飲もうぜ。おごってやるよ」
 森山先輩は、ぼくの返事を待たずに談話室に入り、ミルク増量、砂糖抜きの100円コーヒーを入れてくれる。
「ほい」
「ありがとうございます」
 ぼくが受け取ったのを確認し、自分の分のコーヒーを入れて、手近なソファに座った。
 先輩方の中で、少しだけ親しい森山先輩と話をするのも、これが最後かもしれない。
 この頃のぼくは、少し感傷的。
「もう受験は終わったんですか?」
「あぁ、とりあえず全部終わった。晴れて自由の身だぞ」
「おめでとうございます!」
「サンキュー………って、合格発表はまだなんだがな」
 苦笑いをしながら、でもすっきりとした表情の森山先輩は、見ているだけで清清しい。
「来年は、葉山の番だな」
「あー、それは言わないでくださいよ。まだ3年生ではないんですし」
「葉山が3年生か。不思議な感じがする」
「ぼくも、そう思います」
 ぼくの答えに爆笑しながら、来年の為にと、受験に関する色々な話を聞かせてくれた後、森山先輩は大きな溜息を吐いた。
「しかし、とうとう俗世間に戻る日が来たか」
「はい?」
「いや、祠堂って隔離されているから、ここと外とは別世界って感じがしねぇか?」
「別世界………」

世界が終わりを告げるとき――――――――――

「あーーーーーーっ!!」
「わっ!な、なんだよ、急に?!」
「森山先輩!ありがとうございます!!」
「お………おい、葉山?」
 祠堂で世界が終わるのは、あれしかないじゃないか。どうして、気付かなかったんだろう。
 ぼくは、ギイが帰っているはずの305号室に飛び込んだ。
「ギイ!ギイ!!」
「託生、どこ行ってたんだ?今から探しに行こうと」
「わかったんだ、世界の終わりが!!」
「なんだって?!」
「卒業式だよ!森山先輩が言ったんだ。『ここと外とは別世界だ』って」
「なーるほど」
「ね、卒業式だろ?」
「だな。………で?」
 ギイは、拗ねたような顔で、ぼくを見た。
「何が、で、なの?」
 キョトンとしてしまうぼく。
「あのなぁ。お前、今、浮気をしてきましたって、宣言したようなものなんだぞ」
「なんだよ、それ!」
「森山先輩といたんだろ?」
「そうだけど」
「話をしていたんだろ?」
「………そうだけど」
「恋人のオレを放っておいて」
「放っておいたわけじゃ………ギイ、ヤキモチ?」
「悪いか」
 ムッとしているギイには悪いけど、嬉しくなってしまう。
 そっと顎を上げて、ギイにキスをした。
「こら、キスで誤魔化すなよ」
 小突く真似をしながら、でも瞬時に機嫌がよくなったギイに、笑ってしまった。
「こら、笑うな」
 言いつつ、ギイもつられて笑う。
「ま、今回は、世界の終わりを教えてくれたんで、これで妥協いたしましょう」
 悪戯っぽく片目を瞑り、ギイは自分の口唇を指差した。
 
 
 3月1日、卒業式。
「託生、起きろよ」
「う………ん」
「そろそろ用意しないと、日の出に間に合わないぞ」
 その言葉に、一気に思考がクリアになる。
「ギイ、今何時?!」
「しーっ、5時半過ぎだよ。今日の日の出は6時16分だから、今から着替えたらちょうどいい時間だ」
 完全装備して、まだまだ静かな寮の廊下を足音を殺して歩き、玄関へ行った。
 ドアを開けると、冬特有の凛とした空気が頬を撫で、眠気を吹き飛ばしてくれる。
 音楽堂にたどり着いた頃には、東の空が紺色から薄い水色、そして暖かなオレンジ色へと帯を作っていた。
「日の出だ」
 それは、幻想的な光景だった。
 塔の上に立つ天使の矢が太陽の光を反射し、跳ね返った光は音楽堂への道なりの街頭、更に反射して林の中に続いていた。
 ギイが、光を追いかけて駆け出す。
 その後ろを追いかけるぼくの目に、まるで光の矢が、刺さっているような1本の木が映った。
「あれだ、託生」
「うん!」
 林の中の、どこにでもあるような目立たない木。しかし、よく見てみると、幹と枝の分かれ目に、自然にできたのであろう小さな穴があった。
「ギイ、何か入ってる」
 ギイは頷くと、穴の中に手を入れ小さな木箱を取り出した。
 目と目を合わせ、ゆっくりと蓋を開けてみる。
 そこには、2つずつ赤い糸で結ばれた、無数の校章が入っていた。
「これが"たから"?」
「どういうことだ?」
「あ、また、メモがあるよ」
 校章の下から、書庫で見つけたのと同じようなメモが覗いている。
 
 
『二人がこの祠堂で出会い愛しあい、そしてこれからも愛し続けることを、この証を持って、ここに誓う。新しい世界で肉体が離れようとも、心は永遠に傍にある。我等に、天使の加護を………。』
 
 
「だから"宝"ではなく"たから"だったんだな」
「うん」
 あのメモに気付き、この場所を探し当てた恋人同士は、誓いを残して祠堂を旅立ったのだ。新しい世界でも、愛し合うことを誓って。
 ギイは、箱の中に紙片を入れ、元通りに穴の中に仕舞いこんだ。
 もう光の矢は、消えていた。
 ギイはぼくに向き直ると、強く抱きしめ、
「卒業式の日、二人でここに来ようか」
「ギイ」
 ぼくも思ってた。
「託生を愛し続けることを、ここで誓うよ」
「うん」
 ギイを愛し続けることを、ぼくも誓うよ。
 ココロの声が聞こえたかのように、ギイは優しく微笑むとゆっくりと口唇を重ねた。
「でも、オレは世界を終わらせない」
 口唇が離れると、ギイは真剣な顔をして言った。
「え………?」
「オレの世界は一年前に始まったばかりだからな」
「それって………」
「"オレの世界が終わるとき"は、託生がいなくなるときだ。だから、絶対終わらせない………離さないからな、託生」
 覚悟しろ。
 脅しにも似た台詞は、長いキスにかき消された。
 まだ卒業後の事は考えてないけど、もしかしたら離れ離れになるかもしれないけど、心は繋がっていると信じたい。
 ぼくは、ぼくの世界を終わらせない。
 ギイを愛し続けることを誓います。
 
 
 
やっぱり、最後は駆け足になってしまいました;
えっと、本当は何十年も前の暦を知りたかったのだけど、国立天文台のサイトで1997年が一番古かったので、その年の静岡県の日の出時間を採用しております。
が、難しいことはよくわからないので、その辺りのことはスルーしてくださいませ。
ついでに、毎年太陽の高度と方位も変わっているので、『たからを隠した年』と『見つけた年』は、本当なら微妙に太陽の位置が違いますが、その辺りもスルーで(以下略)
えー、実はこれ、2002年頃に書き始め、書いては放り、書いては放りを繰り返していたんです。
なので、『夏の残像』でお宝探しが始まって、どうしようかなぁと思っていたら、『暁を待つまで』で、本当にこの時期のお宝探しが書かれていて、ありゃりゃ。
ここまでくりゃ、原作のエピソードも入れるか、と考え方を変えたのでありました。
ということで、最初のプロットからかけ離れたものになってしまいましたが、ラストはそのままで。
あんまりラブラブじゃなかったかな?
(2007.9.11)
 
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