波間を照らす月-完-(2012.8)

「お帰り、ギイ」
「ただいま……まだ、起きていたのか?」
 日付が変わり、コンサートの疲れから、もう寝ているだろうと思っていた託生が、ソファに座っていたことに驚きの声を上げた。
「うん、ちょっと眠れなくて」
 そう言いながら、右手でグラスを上げる。
 眠れない時は寝酒でも飲んで寝ろと言ったのを、実行しているわけだな。
「ギイも飲む?」
「あぁ、少し貰おうかな、ロックで」
 託生の隣に座り、グラスに氷を入れウイスキーを注いでいる託生を見ていた。
「はい」
「サンキュ」
 置かれた酒を一口飲むと、自然に大きな溜息が零れ落ちる。
 疲れてたんだな、オレ。
 自覚して背もたれに体を預けると、託生がオレのネクタイの結び目に指をかけた。
「なんだ、積極的だな」
「もう!窮屈そうだから外してあげようと思っただけだろ?」
 ほんのり目元を染めて睨むも、その流し目は色っぽいだけだぞ。
 スルリとネクタイを落とした指先を捕らえ、口唇を重ねる。冷たい口内が熱く変わるまで舌を絡ませてから解放すると、ほぉと託生が甘い吐息を漏らした。
「終わった?」
「うん?」
「漏洩事件」
「あぁ、終わったよ」
 二人きりの空間で、なんとも色気のない話題だが、託生を巻き込んでしまったのだから、結果は伝えなくてはいけないだろう。
 松本のことを除いて。
「明日から余罪を調べることになるそうだ」
「そう」
 キスの余韻に浸っているのか、単純に眠たいだけなのか、託生はオレの胸に頭を預けながら目を閉じている。
 しっとりとした黒髪を梳きながら託生の香りを楽しんでいると、ふと託生が顔を上げた。
「ミス・イートンは………」
「なに?」
「彼を愛してたんだね」
 その断定的な言い方が、託生らしくない。酔っているのか?
「そうか?」
「だって、彼のために犯罪に手を出したんだろ?」
 愛する男が望んだことだから、犯罪に手を染め他の男に抱かれたと、そう言いたいのか?
 馬鹿馬鹿しい。それは愛じゃない。単なるイートンの自己満足だ。ここまでして、田村を愛しているのだと自分に酔っていただけだ。
「それなら、田村はイートンを愛してなかったんだな」
「え?」
 田村にとってイートンは手駒でしかなかった。金のために、自分の女を動かし他の男に抱かせた。
 オレなら託生にそんなマネは絶対させない。考えるだけで虫唾が走る。
「ふぅん」
 託生は否定も肯定もせず相槌を打った。元から、それほど深い会話をする気もないようだ。
 ぼんやりとグラスに口をつけている託生を見ていたら、ふと聞いてみたくなった。
 託生はなにも聞かない。オレがあいつらをどうやって潰したのか。
「もしも、オレが犯罪に手を染めるようなことになったら、託生はどうする?」
 オレの質問に、託生はオレの真意を見極めるようにじっと瞳を見詰め、
「どうもしない。変わらないよ」
「託生……?」
「ぼくはギイを愛してるから。もしもギイの手が汚れるようなことがあるのなら、ぼくも同罪だよ。ギイのためなら、自分の手が汚れてもいい」
 きっぱりと覚悟のほどを見せ付けられて息を飲んだ。
 託生は、知っているのかもしれない。知っても、尚、オレの側にいるのだと、離れないのだと、そう言ってくれているのか?
 しかし。
「そんなこと、オレがさせない」
 そんなことはオレだけでいい。託生には、そんな汚いことは絶対させない。
「託生」
 助けを求めるように手を伸ばしたのに、託生は綺麗に微笑んで腕の中に落ちてきた。
 直接手を下さないまでも、オレは何人もの人間を死に追いやっているというのに、お前はオレと一緒だと言う。
 いや、波に飲み込まれるのはオレだけだ。
 闇夜を照らす優しい月の光のように、お前はそこにいてくれ。
 それだけで、オレは永遠に幸せな夢を見ていられるのだから。



お読みくださり、ありがとうございました。
「えぇ?!」と、なってくれていたら、私がニヤリと笑います(笑)
彼を出したときから、いつかは仲間(?)に引きずり込まないといけないよなぁとか考えておりました。
なので、今回、こういう形で入れちゃいました。
……にしても、私の頭の中が、ずっとパズル状態でして;
今回、すごく難しかったです。色々と。伏線が。
あまり、無謀なことは考えないほうがいいなと実感しました。
仲間にはなりましたが、彼の性格というのは変わらないと思いますので、これからも、ヨロシクお願いします。
(2012.8.2)
【妄想BGM】
⇒Time After Time(動画サイト)
 
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