波間を照らす月-14-

「……お前の名前はあがらないさ。FBIにはわざと囮を使ったと言ってあるし」
「なぜですか?!」
「このまま、お前を放し飼いにするわけにもいかないしなぁ」
「え?」
 呆然と見返す松本に、クスリと笑った。そして、今は雑草だらけの空間に目を向け、胸元に手を差し込んだ。指先に冷たい感触が当たる。
「さっきの話は嘘だ」
「どのお話……ですか?」
「秘書になる人間だからお前を調べたって話。オレがお前を調べたのは、十年前だ」
「え?」
「リチャード・エドワーズの血縁ではないが、メアリー・エドワーズと繋がりのある者だったからな」
「メアリー……?」
 どうしてここでメアリーの名が出てくるのか不思議そうだな。
「ここには、オレとメアリーが密会していたログハウスがあったんだよ」
 振り返り銃口を松本の眉間に狙いを定めた。それが合図となり、周りを囲んでいたSP達が銃を構える。
 驚愕の表情に変わっていく表情を、どこか冷めた目で見ているオレがいた。この数年一緒に仕事をしてきた相手でも、オレには関係ないらしい。
「じゃあ、メアリーが言っていた妄言は……」
「ターゲットはリチャード・エドワーズだった。あいつが溺愛しているメアリーを使って殺すのが一番効果がありそうだったから、少し入れ知恵をしただけさ。そのついでに、お前を調べた。異母兄妹だからな」
 もしも妹メアリーの妄言を信じ、調べるようなことがあれば、いつでも始末するつもりで。
「僕を秘書にしたのは……」
「監視のつもりであったのは否定しないが、秘書として優秀な要素があった。それは保証する。お前を第二秘書に押したのは島岡だからな」
 一石二鳥ではあったけれど、実際松本は秘書に向いていた。こいつの行動力と情報収集能力、そして勘の良さは抜群だ。島岡ほどになるには、あと数年かかるだろうが。
 ふと松本がなにかに気付いたように首を傾げ、目を見開く。
 そう、こういう勘の良さが、お前のいいところだよ。
「まさか副社長。メアリーが死んだのは……」
「薬のOver Doseだろ?……表向きは、な」
 リチャード・エドワーズは孫娘に殺され、アルフレッド・カーターは獄中死。ピーターソンもスラム街の一室で変死した。
 そして最後の生き残りメアリーも、出所と同時に売人を送り込み甘い言葉と薬に溺れさせた。罪人とは言え、一生遊んで暮らせるだけの金は持っていたからな。売人達のいい鴨になり、メアリーはドラッグパーティであっさりと死んだ。
 当事者全員が死に、今やオレと島岡、そしてごく少数の実行部隊しか知らないトップシークレット。
 風が葉を揺らし、月が雲に隠れた。
 松本の顔が闇に混じり、表情が見えなくなった。反対に、松本からもオレが見えないだろうから丁度いい。
「死ぬか生きるか、お前に選ばせてやるよ。どうする、松本?」
 元から死ぬつもりで、お前はイートンに情報を提供したのだろう?
 FBIに出頭し人知れず秘密裏に殺されるなら、この場でオレが殺してやる。トップシークレットを知った口封じとして。
 だが生きるのならば、監視代わりにオレの側にいてもらうしかないな。
 お前はどっちを選ぶ? 
「リチャード・エドワーズを殺した理由を……お聞きしてもいいでしょうか?」
 そんなこと。ここまで知ったんだ。いくらでもネタばらししてやるよ。
「簡単なことさ。託生を狙ったからだ」
「葉山さんを……?!」
「リチャード・エドワーズとそのお仲間達は、人の命を賭けて楽しんでいた。……お前の母親も賭けのターゲットになったんだろうな」
「賭け……人の命で遊んでいた。そういうこと、です、か?」
 松本の無念は、誰よりもよくわかっている。
 命よりも大切な託生を、二度にも渡り殺そうとした。あの手放さなければならなかった悔しさは、たぶん一生忘れられないだろう。
 雲が流れた。柔らかな月の光がオレ達を浮きぼりにする。
 松本は、背筋を伸ばしまっすぐにオレを見ていた。
「これからも、よろしくお願いします」
 銃を胸元に入れ、頭を下げた松本の肩を軽く叩く。島岡が片手を挙げ、SPに合図を送った。
 綺麗ごとばかりで世の中が上手くいくのなら、それに越したことはないが、生憎オレの周りは許してくれない。
 そんなオレの秘書を続けられるのは、島岡とお前くらいだろう。
「お前は、いい秘書になるよ」
 オレの言葉に松本は嬉しそうに頭を上げ、今まで背負っていた悲壮感が漂う空気を綺麗さっぱりと吹き飛ばし、
「島岡さんを倣って、がんばります!」
 まるで選手宣誓のように言い切った。
 ………大物過ぎるぞ、松本。切り替えの早さも天下一品だな。
 それよりも。
「ほどほどでいいぞ?」
 これ以上、小うるさいのが増えてもらっては困る。
 苦虫を噛み潰したようなオレに一礼をし、松本は島岡の側に走りよった。自分を秘書に押してくれたことに対する礼を言っているようだ。義理堅いヤツめ。
 煙草に火をつけ、月を仰ぎ見る。
 闇を照らすたった一つの光。おぼろげに照らす先には、それぞれの道が浮かび上がる。
 託生が月のように輝いていてくれるから、オレは道に迷わず歩いていけるんだ。
 
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