ラビリンス-7-完(2014.8)

 テレビのチャンネルを変えたかのように、さっくりと目の前の景色が変わったような気がした。それはたぶんオレの気のせいで、実際にはベッドで寝ていて目覚めただけだが。
 富貴蘭の香り漂うここはオレ達の寝室で、昨日は託生がアジアツアーから帰ってきた日。
 時差ボケで半分眠りに入っている託生をベッドに運び、オレもそのまま託生の隣に滑り込んだはずだ。
 しかし、あれが夢でないのは、このオレがよくわかっている。あれはオレの心の中の………託生と再会してからずっと彷徨っていた迷いの森だったからな。
 離れることなく一緒に帰れるようにと、小屋の前でしっかりと抱きしめた託生が腕の中にいて、ホッと息を吐いた。
 大丈夫だとは思っていたが、万が一、一緒に戻れなければ、もう一度あの世界に行く方法を調べなければいけないところだった。なにしろ小屋は燃やしてしまったのだから。
「ん………」
「託生?」
 小さく身じろぎした託生にしっとりと口唇を合わせ、覚醒を促す。
「ギ………あ………ここ?!」
 勢いよくベッドの上に起き上がり、忙しなく周囲を見回して、ついでに自分の体をペタペタと確認した。
「夢?あれ?」
 小さく呟いた託生は、鮮明な記憶に残る夢を見たと思っているのだろう。しかし、このまま夢だと思わせておいてもいいが、いつか綻びが出てくるだろうし、きちんと話をしなければいけない。
 だから安堵の息を吐きかけた託生の頬に口唇を押し当てながら、
「夢じゃない、託生。オレ達は戻ってきたんだ」
 驚かせないようにそっと囁くと、ピタリと動きを止め呆然とオレを見つめ返した。


 わけのわからない世界に放り込まれて振り回され、しかもパラレルワールドのオレ達にも会い、託生の処理能力も限界だったのだろう。そのままパニックを起こしそうになった託生をキスで黙らせたのはいいが、そうなればツアー期間中離れていた分の精力が溢れ出し、気付けば託生を組み敷きもつれ合っていた。
 本当に、二人でこちらに帰ってきたのかを確かめたかったのかもしれない。
 足を抱え上げ押し入った瞬間、全身を包み込んだ安心感と安堵に溜息が零れ、上半身を倒して託生の口唇を求めた。
 乱れた吐息の間に絡めあい触れる舌先に、本能がむき出しになる。視界に入った肌を濡らす汗さえもオレ以外の異物なのだと思え、独占欲が我が身を支配していく様に苦笑した。
 腕の中に託生がいて、オレを求めオレを受け止め、そして愛の言葉をオレだけに囁いてくれるこの至福の時間を知っているのに、託生を手放そうなんて到底無理な話なんだ。足掻くだけ滑稽だ。そんな単純なことに、オレはやっと気が付いた。
 大きく体をゆらめかして辿り着いた頂に眉根を寄せ、二人で快楽に身を投げる。
 幸せそうに微笑んだ口唇にキスをして吐息を交換し、やっとオレ達はこの世界に戻れたことを実感した。


「ほら」
「ん、ありがとう」
 枕を背もたれにした託生にカフェ・オ・レを手渡し、オレはブラックを片手にベッドに腰掛けた。
 一口飲んで大きな溜息を吐き、
「あの世界は、本当だったんだ」
 確認するようにオレを見上げた託生に苦笑しつつ頷く。
「ギイの心の中って言ったよね?」
「あぁ」
「ギイは、いつわかったの?それとも、初めから心の中だって知ってた?」
「いや、最初は全然わからなかった。託生と同じで、いつの間にかあの世界にいて託生ちゃんと会って………、ただルフェビュール城を見たとき、あっちの二人ではなくオレ達に関係しているんだろうなと思った」
「うん。義一君も知らないって言ってた」
 だから、この世界から脱出するのは、オレしかわからないのではないかと思ったんだ。あの二人には無関係な世界だったから。唯一存在していた城に行けば、なにかしらのヒントが必ずあると思った。そして、見つけた。
「じゃあ、いつわかったの?」
「ヴィエルだよ。ミシェルがオレの部屋に置いておくと言っていたから、実際のオレの部屋にヴィエルは置いてあるはずなんだが、あれ以来触っていないらしいからは壊れたままだ。でも、いつか修理できる人間がいたら、直してもらおうと思っていた」
「心の中で思っていたギイの望みが叶っていたから、ギイの心の中の世界だと。そういうこと?」
「あぁ」
 ヴィエルが直ったら託生が喜ぶだろうからと、腕のいい職人を探していたところだったんだ。
 託生は、少し考え視線を彷徨わせ、
「ぼくのため?」
 躊躇いながら、遠慮がちに小さく聞いた。
 どうして、そう自信なさげなのかわからないが、託生のためじゃなかったら、誰のためだって言うんだ。
 苦笑しつつ頷いたオレに、
「過保護」
 嬉しさ半分、呆れ半分といった表情を浮かべ、溜息交じりにボソリと呟く。
「義一君ほどじゃないぞ。彼なら、その場で職人を探してきそうだ」
「………言われてみたら、たしかに、そうかも」
「だろ?オレの方が、まだマシ」
「………自慢にもならないよ、それ」
 心底呆れた風情の視線を受け流し、少し温くなったコーヒーを飲んだ。そして気付く。ルフェビュール城で食事をしたときに飲んだコーヒーと、寸分違わない味に。
 あの時点で気付くことも可能だったんだな。勘がにぶくなってるのか?
「そうそう、義一君と託生ちゃん。あの二人はどうして迷い込んだの?」
 義一君の名前が出て思い出したのか、託生がさっくりと次の質問に移した。
 オレも、自分の心の中だとわかったとき、それが謎だったのだ。あの二人が迷い込む理由がなかったから。しかし、その後、彼と話をして、たぶんこういうことなんだろうと仮説を立てた。
「義一君は、呼ばれたんだろうと言っていた。どちらかと言えば託生ちゃんの方が」
「託生ちゃん?」
「彼女は、オレ達が思っている以上の運命の歯車に巻き込まれていたんだ。それこそ、普通の人間なら生きていたくないと思えるほどの」
「………女の子だったという話以外に?」
「あぁ、それが前提にあって、色々なことが複雑に絡み合っていた」
 プライベートなことだからと詳細に聞いたわけではないが、生まれ育った家庭環境があそこまで根深く、生き方そのものに影を落とす事になろうとは思わなかった。それは、オレの託生が男だからだ。女性の立場で考えると、全てが糸で繋がっているのがわかる。
 それだけならまだしも、両親の件は怒りに目の前が真っ赤に染まった。オレの託生ではないが、託生なんだ。オレの託生は、両親とそれなりの付き合いを続けているが、イレギュラーなことが起こったとき、同じようなことがないとは言い切れない。
 分別を持ち、絶縁だけで終わらせた義一君は尊敬に値する。オレなら怒りの感情そのままに、実行部隊を送り込んでいる。
「何度も落ち込んだとは聞いたけど………」
「あの二人が落ち着いたのは、ほんの数か月前のことだそうだ。託生ちゃんは、離婚を申し出ていたらしいぞ」
「そんな……!」
 痛ましげに顔を歪めた託生の肩を抱き、髪にキスを落とす。
 今の二人を見れば、全く想像がつかないが、事実なんだろう。
 いくつもの山谷を乗り越え、そのたびに結び合わせた二人の絆はオレ達より強いかもしれない。
「何度も傷ついて立ち上がって前を向いて……彼女の腹の中にいる赤ん坊は、あの二人の未来の象徴だ。過去を振り返らず未来を生きていくという覚悟なんだ」
 子供を産めないと言っていたらしい彼女が、愛しそうに腹を撫でる姿は、愛情に満ち溢れていた。大切なのは過去より未来。彼女はその身を持って、オレに教えてくれた。
「あの二人が迷い込んだのは、彼女の強い意志が、今一歩前に進めなかったオレの背中を押すためだったんだと思う」
「ギイ?」
 空になった託生とオレのカップをベッドサイドのテーブルに置き、託生に向き直る。
 再会以後、託生はいつも笑っていたけれど、笑顔の裏にある影にオレは気付いていた。心の底から笑えない状況に置いているのに気付きながら、それでも、いつか手放さなければいけないからと、解決するつもりもなかった。原因はオレだったのに、無責任に見て見ぬ振りをしていた。
「オレと一緒にいると、命の危険が伴う。それでも、一緒にいてくれるか?オレの未来に、託生は存在してくれるか?」
 オレの言葉に、託生は目を大きく見開き、なにか言おうとして小さく口唇を開き、しかし言葉にならずきつく噛みしめた。
「託生なしで生きていくことができないとわかっていたのに、覚悟を決めることができなかった。だから、オレの心の中にあの小屋があったんだ。遅くなったけれど、一緒に未来を歩いてくれないか?」
 溢れる涙を懸命にこらえ、オレを睨む託生の頬に手を当てた。とたん、ポロリと涙が零れ落ち、
「バカだよ、ギイ。ぼくは………ぼくは、ずっと側にいるって言っているじゃないか!」
 オレの胸を力任せに両手で殴りながら、一つ覚えのように「バカ」と繰り返す。

「命を守るためだと聞きました。でも、オレの託生も、そういう意味なら危険があります。Fグループ次期総帥崎義一の妻ですから」
「義一君……」
「わかっていても、オレは託生を手放すことなんて考えられません。それなら、オレにできるのは、託生を守ることだけ。これから生まれてくる子供も。オレが全力で守ります」

 オレより年若い、もう一人のオレ。
 はっきりと言葉に出さずとも、覚悟を決めろと言われたような気がした。

「ぼく達の未来です」

 きっぱりと言い切った彼女の顔が鮮やかに浮かぶ。
 誇らしげに、傷ついた過去を忘れてしまいそうになるほどの強さで、笑顔を絶やさないもう一人の託生。
 そして、親友のために躊躇いなく頭を下げた片倉。オレが知っている中で一番懐の大きい男。
 託生と別れた直後からずっと側にいて、覚悟を決めろと言い続けてくれた島岡。

「過去も未来も、ずっと託生を愛してる」
「ぼくの台詞だよ。………愛してる、ギイ。これからも、ずっと」

 もう二度と会うことがない君達に誓うよ。
 見守られてきたオレ達の恋に終止符はない。ずっと未来永劫、二人の恋は続いていく。




一度やってみたかったReset、Lifeのコラボでした。
でも、両方の時期は違います。
Resetの方は「月夜に揺れる白い花」直後の9月末。Lifeは「受け継ぐ心、伝える想い」後の2月末。
そのあたりは、コラボだから適当にと思ってください;
元々(書き始めたのは今年1月)、迷いの森で出会うギイタク×2の妄想をしていたのですが、ラスボスは決まらないし、ResetなのかLifeなのかよくわからない状態で、いつものごとくお蔵かなと思っていたんです。
それとは別に「月夜〜」の翌日をいつか書こうと思っていて、それをミックスさせてみたらどうだろう…と考えてみた結果、Resetでなら書けるかもしれないと仕上げてみました。
書き分けに思っていた以上に悩むことになりましたが、野望が叶えられて私的には満足してます。
(2014.8.27)
 
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