Reset -12-完(2011.1)

 車窓をのどかな田園風景が流れている。暖かなシートに座りぼんやり眺めていると、
「託生、寝ていていいぞ」
 ギイの心配そうな声が、隣から聞こえてきた。
「ううん、大丈夫」
 そのまま眠ってしまいそうなくらい快適なシチュエーションではあるけれど、今は眠ってしまうのが勿体無い。


 昨夜は最後の夜だからと、ミシェルとナタリーがディナーに招待してくれた。
 初めて会ったときから笑顔が絶えない二人だったけど、昨夜はぼく達を見ては嬉しそうに微笑み、
「ワインじゃ物足りない!ブルボネ産ウイスキーだ!」
 と、ディナーではなく飲み会のような乗りになってしまった。
 ナタリーの手料理を堪能し談笑していると、しばらくして、
「ギイ、あれ、もう壊していいよな」
 言うタイミングを計っていたのだろうか。
 ミシェルの声に隣にいるナタリーも、グラスを置いてギイの返事を待っていた。
「あぁ、もう壊してくれ」
 ギイの了承の声に、
「あぁ、よかった。お貴族様の領地にあのボロ小屋は不似合いだからな」
 ミシェルはわざとらしく、オーバーアクション気味に両手を広げた。喜んでいるのは、そんな事ではないと承知の上だ。
「悪かったなぁ。ルフェビュール侯爵」
「お前、僕がそう言われるの嫌いだってわかっていながら!」
 ポンポンと言いあうギイとミシェルを見ながら、ぼくも安堵の溜息がこぼれ出た。
 もうギイが『未来を考えない』事はないのだ。それは、ぼく達の未来に続く新しい道に繋がる。ギイのよりどころは、もういらない。
 そして夜が更けた頃、ホテル棟に戻ったぼく達は、迷う事なくギイの部屋に入っていった。


 昨夜の事を思いだしていると、
「託生、あと何日休みは残ってる?」
 確認の為か、ギイが聞いてきた。
「ぼくは7日残ってるよ。ギイは、すぐに仕事なのかい?」
「いや、あと3日残ってる」
 3日あるのか……。
 そう言えば、ギイの予定を聞いていなかった。というか、これから、ぼく達はどうするのか、具体的な話は一切出ていなかった。それどころじゃなかったと言うのが、的確かもしれないけれど。
「来るか?」
「え?」
「NYに」
 それは、ギイのオフが終わるまで、側にいてもいいという事?
 フランスからアメリカへ、そして日本へ。移動でくたくたになりそうだけど、今はギイと一緒にいたい。
「うん」
「じゃ、日本に連絡してお前の荷物送ってもらうか」
「えぇっ?!」
 ちょ…ちょっと待った!いきなり、そこまで飛躍する?!
「ギイのオフが終わるまで一緒にいるだけだよ!すぐにNYに引越しとか、それは無理。ぼく、東京に事務所があるし、その事務所に所属しているのぼく一人だし。他の人に迷惑かけちゃう」
「お前、昨日、オレの側にいると言わなかったか?」
 〜〜〜〜〜っ!!この傍若無人の我侭男!!側にいるとは言ったけれど、お互いホームグラウンドが違う状態なのに、今すぐこの瞬間から一緒にいるなんて、無理な話に決まってるじゃないか。
「それとこれとは別だよ!ぼく一人で決められる問題じゃない」
 それに、ぼくにとってアメリカは未開拓地だ。事務所からの話があっても、アメリカだけはとことん避けてきたのだから。
 ギイは車を路肩に止めて、溜息を吐きながら向き直った。
「お前のマネージャーの桜井」
「桜井さん?」
「あれ、SP」
「は?」
 SP?SPってあれだよね。シークレットサービスの事だよね。いや、桜井さん、マネージャーなんですけど。なんでSP?
 ハテナマークを頭に飛ばしたぼくを見ながら、
「それと、スタッフ全員、元々アメリカで働いていたFグループの社員な。もちろんマネージメントの腕はトップクラス。事務所そのものもFグループ傘下だし。託生の実力があってこそだけど」
 スラスラと内情を暴露するギイ。
「マネージメントのプロ………」
 新しくできた事務所なのに、どこから資金が出ているのか不思議に思ってはいたけれど。バックがFグループだったなんて。しかもマネージメントのプロ集団。それならば納得できる。無名のバイオリニストの名前をたった5年で浸透させた事に。
「だから、事務所ごとNYに移転しても、なんの不都合もないんだ」
 そう締めくくられても。
 全く気付かなかった裏事情に、唖然呆然言葉が出なくなった。
 ぼく事務所ぐるみで騙されてたってわけ?いやいや、騙されてない。それだけの信頼関係は築けているはずだから、ギイの事だけ黙ってただけだ。
「託生、怒ったのか?」
 黙りこくったぼくを、情けなさそうな顔で覗きこみ、
「託生が心配で、いや、託生の事だからもちろん大丈夫だろうとは思っていたんだが、他の人間がバックに付くよりはオレが付きたかったし、ファン1号としては1番にCDが欲しかったし」
 あたふたと言い訳を募るギイに吹き出した。
 これが、冷静沈着で切れ物の、あのFグループの副社長だなんて。
「託生!」
「ギイ、愛してる」
 身を乗り出して、ギイの頬にキスした。
「託生……」
「もう二度と隠し事なんて許さないからね」
 嬉しそうに目を細めたギイの口唇が近づいて、目を閉じた。
「愛してる、もう二度と離さない」
 触れ合う瞬間、呟かれた言葉に目の奥が熱くなる。ギイの背中をしっかりと抱きしめ、思いの全てを受け止めた。

 離れてしまったぼく達。離れてしまった10年。過去に戻る事はできないけれど、リセットボタンを押して最初から始めよう。
 もう一度、恋を始めよう。




短期集中連載……とする予定はなかったのですが、最終的にはそのようになってしまった「Reset」でした。
年末にたまたまバグパイプの音を聞きまして、そこから昔エレクトーン関係の友人に誘われてハーディ・ガーディを聞きに行った事を思いだし(音がバグパイプに似てるんです)、フランスで活躍してたんだっけとルートも思いだし、ブルボネ式……フランス唯一のウイスキーもブルボネ産だったよなぁ(←酒飲み)
なんというか、連鎖してしまったわけで。
で、もう終わったから言ってもいいかなぁ。
モデルの城は、コンピエーニュの森のピエールフォン城でありました。
いや、全然描写できてないし;ついでにパリからの方向全く違うし。(ピエールフォン城は北東、ブルボネ地方は南南東)
いいんです。ネタだから(笑)
色々と伏線をとっ散らかして、最後にあたふたと拾ってなんとか整理してみましたが、わかりにくかったかもしれません。

最後に、ものすごく連載という形が苦手で、全く続ける自信がなかったのですが、毎回感想をいただいた事が励みになりました。
感想を送ってくださった方々、ありがとうございました。
連載が出来たということを自信に、これからもがんばります♪
(2011.1.27)
 
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