背中で感じる恋 -3-
「桜井!」
「副社長、どうしました?」 スタッフルームに飛び込み桜井を呼ぶと、会議でもしていたのであろう、スタッフの視線がオレに集まった。 つかつかと歩み寄り、その場に立ち上がった桜井に詰め寄る。 「どうして、黙っていた?」 「あの、なにを」 「ピーター・モリスの事だ!」 その名前にスタッフ全員の顔色が瞬時変わった。佐智の言っていた事は、やはり本当だったのか。 「仕事上の報告はしなくていいとは言ったが、こんな託生の重大問題まで黙っていろとは言っていないはずだ!」 「も……申し訳ございません」 怒りに桜井の襟首を掴み拳を振り上げた瞬間、視界に黒い何かが横切った。 そして。 「託生さん!」 悲鳴と桜井に背中を預けたまま崩れ落ちる託生の体。握り締めた右手の痛み。 「た……くみ………」 「っ……!」 目の前にある光景に、音を立てて血の気が引いていく。拳の震えが全身に伝わっていくようだ。 「託生さん!」 「だいじょ……ぶ………」 桜井の腕の中で米神の辺りを押さえ、痛みを堪えるようにギュッと目を閉じる託生の姿を、信じられないような思いで見詰めていた。 オレは、何て事を………。 「託生さん、タオルを!」 「ありがとうございます」 体勢を立て直し濡れタオルを受け取った託生は、呆然と突っ立ったままのオレの腕を引いた。引かれるがまま、その場に膝をついたオレの右手に濡れタオルを巻きつける。 「ぼく、石頭だから、きっとギイの手の方が腫れるよ」 「託生………」 「落ち着いた?」 そして、どっこらしょとその場で胡坐をかいて、オレの目を覗きこんだ。 「ここは祠堂の裏庭じゃないんだよ?もう、幾つになっても血の気が多いんだから」 あからさまに作ったとわかる渋い顔をしながら、目は優しく微笑んでオレを諌める。 「ごめん………」 動揺に震えるオレの声に、 「冷静沈着の副社長を、どこに落としてきたんだよ?」 あとで拾いに行かなくちゃねと、可笑しそうに茶化した。 張り詰めた空気を物ともせず、のほほんとした態度を崩さない託生に、スタッフ達の肩の力が抜ける。 再度、差し出された濡れタオルを自分の頭に押し付け、 「ぼくが言わないでくださいと頼んだんだ。いつかギイの耳に入るとは思っていたけどね。心配かけちゃって、ごめん」 託生は困ったように微笑んだ。 「本当………なのか?ピーター・モリスがお前を手に入れるために、各所に圧力をかけているのは?」 「みたいだね」 「どうして、オレに………」 言わなかった?と続けようとしたオレの言葉を遮り、 「あのさ。日本でもこういう変な人っていたんだよ。ここまでの妨害はなかったけど、やっぱり絡まれたりもした。その度に、皆で一緒に乗り越えてきた。だからね。今度も大丈夫」 きっぱりと言い放つ。 スタッフへの絶対なる信頼が、託生の顔に浮かぶのを見て気がついた。 あぁ、そうだ。ここにいる連中は5年一緒にやってきた仲間なんだ。恋人とは言え、付き合いの短いオレよりも信頼関係が密なのは当たり前。 オレは部外者なのだと痛いほどに感じ、離れていた10年の重みを改めて思い知らされたような気がした。 いつも感じていた飢餓感の原因はこれだったのか。 「ごめん、痛かっただろ」 「謝るなら、皆に謝って」 びっくりしてるじゃないか。 プッと子供のように頬を膨らませた託生に、お前こそ一体何歳だよ?と思うだけにして、 「すまなかった」 頭を下げたオレに、成り行きを心配そうに見ていた皆は、ふるふると頭を振って弱弱しく笑顔を作った。 「痛っ!」 その様子を見てクスリと笑った拍子に痛みが走ったのか、痛そうに顔を歪ませた託生に、 「桜井!病院に連絡しろ!」 慌てて桜井に指示を出す。 「はっ!」 「病院なんて大げさな………って、うわっ!ギイ、おろして!」 「頭だぞ?!すぐに診てもらわないと!」 オレが本気で殴ったんだ。暢気に話をしている場合じゃなかった。 「大丈夫だってば。たんこぶくらいはできるかもしれないけ………」 「副社長、すぐに来てくださいと」 「わかった。車の用意を」 「だから、おろせってばーーーーっ!」 顔を真っ赤にしてギャンギャン騒ぐ託生を横抱きにし、ロビーへと向かう。 託生、口を閉じた方が視線は集まらないんだけどな。言っても無駄か。 |