背中で感じる恋 -6-完(2011.7)
『どうしましょうか?』
「圧力がかかったのが原因でも、託生を締め出したんだからな。多少嫌味を言っても許されると思うが。その辺りの駆け引きはお前達の得意分野だろ?任せる」 『わかりました』 携帯を切りガラスのテーブルに置いた。 眼前には透き通るような青い海が広がっている。 オレの誕生日に合わせて取った一週間のバカンスは、どうしても二人きりで過ごしたかった。それだけの為に島を買った事は、託生には内緒だ。オレにとっては、貴重な一週間なんだからな。お小言は遠慮したい。 頬を撫でる心地よい穏やかな風に乗って聴こえてくるのは、できたばかりの恋シリーズだ。旅行前日に託生が持ち帰り、そのまま荷物に紛れ込ませた。 「ギイ」 「サンキュ」 ぼんやりと海を眺めていると、アイスティーを持って戻ってきた託生がそのままオレの隣に座り、ポスンと肩に頭を預けた。潮の香りと託生の甘い香りが混じり眠気を誘う。 こんなにゆったりとした時間は、託生がNYに来てから初めてじゃないか? バイオリンの音が止み、次の曲へと移った。NYの夜景をイメージしたような、煌びやかな中に物静かなフレーズが流れている。 「なぁ、いつから作曲してたんだ?祠堂では作っていなかったよな」 「うん。留学……してからかな」 のんびりとした口調に、託生もオフモードに切り替わっているのかと感じ、クスリと笑う。放っておけば、今にも昼寝しそうな声だ。 ………そう言えば、昔、佐智が言っていたな。託生は日本が嫌で留学したと。 今まで聞く機会がなかったけど、託生はどんな10年を送っていたのだろうか。 「どうして留学したんだ?バイオリンで生きていく事を決めたからか?」 「え?」 ぼんやりとしていた託生がポカンとしてオレを見、質問を反芻して首を振る。 「当時はバイオリンで生きていく事なんて、考えてなかったよ」 「じゃあ、何故?」 突っ込んだ質問に、託生は遠くに視線を移し、 「……考えたくなかったから」 ポツリと言った。 「何を?」 「…………ギイを」 躊躇いがちに答えた託生を、ハッとして見詰める。 遠くを見詰める託生の瞳が、当時を思い出すように細くなった。 「日本にいたら考える時間が多すぎて。留学したら、ぼく言葉なんて全然わからないから、必死で勉強しなくちゃいけないから、考える時間がなくなるだろ?」 「託生………」 「ギイを忘れようと思った。無理なのにね」 苦く笑って託生はグラスに口をつける。 「実際、バイオリンとフランス語の勉強だけで、精一杯だったんだ。でもね、大学からの帰り道に夕日を見てさ。……祠堂で見た夕日と同じで。そしたら、忘れようと思っていた思い出が流れ込んできて……。どこに行っても無理なんだとわかったら、仕方がないなと開き直っちゃった」 自嘲気にクスリと笑った横顔に、そっと口付けた。 苦しかったのは託生も一緒だったのだと、どうして考えなかったんだ。 オレ自身、確かに同じ10年を生きてきた。しかし、復讐という目的があったから、まだ耐えられたんだ。バイオリンしかなかった託生の気持ちを思うと、オレが取った行動が本当に正しかったのか迷うばかりだ。 「ごめんな」 「ううん。でもね、ぼく、ギイと離れた事を後悔してないよ」 後悔………してない? 「今回のCD、ぼくがタイトルをつけたんだ」 「託生が?」 確かタイトルは………裏返されていたCDケースを手に取り、 「背中で感じる恋」 呟いて首を捻る。 今回、やけに変なタイトルだなと思っていたら、託生がつけたのか。 悪戯っ子のような表情でオレを見ている託生に、 「意味わかる?」 と聞かれ、 「いや、全然」 首を振る。 背中に恋人が抱きついているシチュくらいしか、思い浮かばないぞ。 「ギイ、あっち向いて。体ごと」 「こうか?」 託生の言われたとおり右を向くと、背中ごしに託生の重みがかかった。じんわりと背中いっぱいに広がる温もりに、託生が背中を預けてきたのだと認識する。
「いつもギイとは見ている風景が違うけど、でもギイの心をずっと感じてるよ。こんな風に」 背中合わせに座った託生の声が、振動と共に聞こえる。視界に託生はいないけれど、託生を背中で感じてる。 もしもどちらかがその場を退けば、もう一人は倒れてしまうだろう。支えあう力が対等だからこその背中合わせ。 離れていた間に、託生はバイオリニストとしての立場を確立し、オレはFグループの後継者として、実質副社長の地位についている。 もしも、別れることなくあのまま付き合いを続けていたら……。たぶんオレは託生を自由に飛び回らせることはできなかったに違いない。託生自身、バイオリニストの道を選んでいたかもさだかではない。 それは、依存しあい、お互いの人生そのものを潰しあうような、哀しい生き方になってしまうだろう。 託生が伝えたかった事が、何となくわかったような気がした。 手を繋ぎ合って一緒に歩く季節は、もう終わっていたんだ。 お互いに生きていく世界がある。違う方向を向きながら、けれども振り向けばいつでもそこにお前がいる。 「ギイ」 「ん?」 「愛してる」 体を包み込むように響く託生の声。 「あぁ、オレも。愛してるよ」 託生の温もりを背中に感じながら、空を見上げた。この広がる青空は背中越しの託生にも続いている。 背中を預けあって、同じ空を見よう―――――――。 未来に続く、オレ達の空を見よう―――――――。 短期集中連載しちゃおうと思ったのですが、できちゃったorz ので、一気アップしました。 連載の方が楽しいよなぁと思いつつ、更新作業の手間を考えると、一回で済むし。 すみませ〜〜〜〜ん;横着者で。 (2011.7.23) 朱音さまより、イラストを戴きました〜♪ イラストを描いてくださるとのお話に、ラストシーンが「絵」で落ちてきて書いた、この「背中で感じる恋の背中合わせの二人をください!」と遠慮もなくお願いしましたところ、こんな素敵なイラストを3枚も描いてくださいました。 朱音さま、本当にありがとうございました! PDFファイルも戴きましたので、jpg(画像ファイル)に変換しまして、下記にリンクを張っておきます。 ⇒1枚目のイラストの原画はこちら(21.3KB) ⇒3枚目のイラストの原画はこちら(27.0KB) *イラストの著作権は朱音様にございます。転載はご遠慮ください。 (2013.5.22) |