波間を照らす月-10-
託生からイートンの話を聞き、調べてみる価値があると思ったオレは、島岡にイートンの素行調査を指示した。
そして、託生に借りたDVDを片っ端から調べた結果、数枚のDVDからイートンが見つり、託生の言うとおり、イートンの表情はコンサートを楽しんでいるようには全く見えず、別の思惑が隠れているような印象を受けた。 それと、もう一つ。 託生はイートンしか目に入っていなかったようだが、必ず横に日本人の男がいた。 偶然隣り合った席に座っている他人を装っているようだが、これだけ何度も隣り合うわけがない。知り合いなのは一目瞭然。 これは、きっとなにかがある。 イートンに的を絞ったせいか、たった数日で報告書が出揃った。 「託生さんの勘が当たりましたね」 島岡がイートンの足取りと漏洩事件の時期をまとめたものを、テーブルに置いた。見事なほど、ぴたりと重なる。 「ここ一年間のイートンの足取りを調べました。おっしゃったとおり、各国で開催された日本人のクラシックコンサートに足を運んだ直後、大小関わらず情報が漏洩していた可能性があります。情報の内容は多岐に渡りますが、どの社でも研究されているような内容ばかりですから、先に結果が出たのだと当時は思っていたようです」 島岡の報告に頷き、松本を見上げる。 「隣に座っている男はわかったか?」 「はい、名前は田村。ミス・イートンはこの男の愛人をしているようです。田村の足取りを調べたところ、こちらの漏洩事件先の国をコンサート後に訪れています」 松本が用意した報告書の時期も、イートンのそれと重なる。 仕事柄、各国を回るんだ。誰も疑うことはなかっただろう。 「なるほどなぁ。でも、これだけの情報をイートンはどうやって手に入れたんだ?まるきり分野はバラバラだろう?」 あまりにも多岐に渡りすぎている。 「イートンもブローカーなのだと思いますよ」 オレの疑問に迷うことなく島岡が答える。 「元の情報提供者がいるってことだな」 「それが一人なのか数人なのかはわかりませんが。情報提供者がイートンに情報を流し、クラシックコンサートで田村に情報を渡す。その後、田村が各社に売っていた。たぶん流れはこういうことでしょう」 「金か体か。その辺りに興味ないが、大胆にやってくれたもんだ」 いっそのこと、天晴れと褒めたいくらいだが、あのデータに手を出したのが運のつき。イートンも田村も未来はない。 駒を一歩前に進めるためには。 「情報提供者に動いてもらうか」 島岡と松本が頷く。 情報提供者が動けば、イートンと田村も必ず動く。 「所長に連絡して、最後のデータを公表してもらおう。フェラー・コーポレーションもデータが足りないことに気付いたみだいだしな」 「そうなんですか?」 「今頃になって恥も知らずにもう一度打診が入ったんだよ。共同プロジェクトの」 「それはそれは」 軽くあしらい、 「そして、もう一度『話はなかったことに』と言わせるんですね」 島岡がニヤリと笑った。 「言う暇はないと思うがな」 笑い返しながら、胸元から携帯を取り出して気付いた。 「あ、松本。近々開催される日本人のクラシックコンサートを調べておいてくれ。向こう側も時間がないから、たぶんNY中心の都市しかイートンも動けないはずだ」 「はい!」 足早に松本がドアの向こうに消えるのを見ながら、研究所のコールを鳴らした。 所長に連絡をし手筈を整え、網にかかるのを待って五日後。松本がコンサートの予約をイートンが入れたとの情報を持ってきた。 しかし、予約したのがNYで行われる託生のコンサートだと知り、目の前が暗くなる。 よりによって託生のコンサートとは……。 「使いたくはないんだが……」 「でも、これしかないんです」 それはわかっている。これが託生のコンサートでなく佐智のコンサートであれば、さっさとオレも佐智に話をしている。それどころか事後承諾で、勝手に話を進めているかもしれない。 託生だって、話をしたら迷うことなく「使え」と言うだろう。 けれど、託生が大切にしているものを、このような形で使うなんて。 「副社長!これからも葉山さんのコンサートが使われるかもしれないんです!ここで捕まえないと!」 「松本………」 「葉山さんだって、ご自分の演奏を聴くつもりのない客なんて、迷惑以外のなにものでもないと思います」 拳を握り締めて、きっぱりと松本が断言する。 最後のデータを握らせた今、チャンスは一度きり。それがたまたま託生のコンサートを使われただけのこと。 「義一さん」 「副社長」 二人が決断しろと迫る。いや、覚悟を決めろ、か。 これから先も託生のコンサートを取引の場に使うなんて。 託生のバイオリンを汚すようなことは、オレがさせない。そんなことは絶対させてはならない! 「島岡。FBIに連絡を」 オレの言葉に、松本がホッとしたように微笑んだ。 |