Reset -7-

 穏やかな日が続いていた。
 ギイと再会した日は気まずさに言葉が詰まってしまう時があったけれど、変わらなく接してくれるギイの態度に助けられ、ぼく達は寝る時以外の時間を共に過ごしていた。
 城の中を見学したり、時には近くの村を散策し、10年ぶりに会った元恋人だなんて思えないほど、二人の間に流れている空気は自然だった。
 二日目の夜。部屋の前での別れ際、
「ホットワイン、持っていこうか?」
 ギイの申し出に、一日目の醜態を思い出して一瞬どうしようかと思ったのだけれど、
「まずかったか?」
 と聞かれれば、
「すごく美味しかったよ」
 と素直に答えてしまい、ニンマリと笑ったギイの顔を見てしまったと思ったのは後の祭り。
「1時間後くらいに、持っていってやるよ」
 その日から、毎晩ギイがホットワインを持ってきてくれていた。
 ギイの気持ちがぼくにないのは、わかっている。こんな穏やかなオフも、あと数日の事だ。
 ここを出れば、また以前と同じ生活が待っている。
 ギイのいない生活が………。


 意識が浮上して目が覚めた。時計を見ると午前6時半。
 こんなすっきりとした日は久しぶりで、窓のカーテンを開けると秋晴れの空が広がっていた。
 ギイが朝食に行くのを誘いに来てくれるまで一時間。
「散歩でもしてこようかな」
 ぼくは軽く身支度を整え、裏の森に向かった。
 夏ならば、さぞ緑豊かな森なのだろう。今はひっきりなしに枯葉が落ちて、歩くたびに足元から楽しい音が聞こえてくる。
「祠堂の裏庭も、こんな感じだったよね」
 この季節の外掃除ほど面倒な事はなかった。なのに、ギイはそれさえも、焼き芋という魅力ある遊びに変えてしまったけど。
 鮮明に覚えている高校時代を思い出しながら、ゆっくりと森の小道を歩いていると、背後から誰かの足音が聞こえてきた。……二人かな?
 ぼくと同じように散歩しているのだろうか?いや、この速さはジョギングか。
 後ろの人の邪魔にならないよう、左端に寄って歩いていると、いきなり口元を何かでふさがれた!
「んんんっ!!」
 逃れようと暴れてみるものの、二人がかりだと身動き一つできない。
 ツンとした薬品臭。
 吸っちゃ駄目だ!!
 本能が告げるものの呼吸困難になりそうになったぼくは、反射的に吸ってしまい目の前が暗くなる。
 ギイ………!
 崩れ落ち意識がなくなる直前、ギイがぼくを呼んだような気がした。


 頭を鈍器で殴られたような鋭い痛みが走り、意識が浮上した。
「託生……?」
「ギ…イ……っ!」
「急に動かすな。エーテルを嗅がされたんだ。頭痛がひどいはずだ」
 割れるような頭の痛みに顔をしかめると、ギイは辛そうに膝の上に乗せたぼくの頭を撫でた。
 痛みに目が潤み、頭痛だけではなく吐き気までしてくる。浅く呼吸をして痛みの波を何度かやりすごして、
「ここ……は………?」
 声がかすれる。喉も痛い。
「どこかの廃墟だろうな」
 ギイはぼくの声に眉をしかめ、口唇をかみ締めた。
 薄暗い部屋。なぜ、ぼく達はこんなところに?
”なにをしゃべっている?!”
 二人だけだと思っていたぼくは、咄嗟にギイの足にしがみついた。
 ギイが睨みつける方向に視線だけ向けると、一人の男が銃を持って立っているのが見える。
”気がついたようだな”
 ………誰?
”そいつを人質に呼び出そうと思ったら、呼び出す前に来てくれて手間が省けたよ。まさかFグループの次期トップが、SPなしでうろつくとは思わなかったがな”
 思い出した!裏の森で、ぼくは二人組みに襲われたんだ。
”お前らのターゲットはオレだろう?こいつは返してくれ”
”それはできないな。お前さんをここに引き止める大切な人質だからな”
 顔の真横にあるギイの拳が、怒りで震えている。
 ぼくが捕まったりしたから、ギイ………。
”崎義一、お前達が見放さなければ、会社は潰れなかった。俺達も路頭に迷う事もなかったんだ”
”GMショックの煽りを受けて倒産した会社なんて、お前達以外にも世界中に星の数ほどある。それだけじゃなかったな。ここ数年、総資本回転率もマイナス続き。建て直しをしようとも、あれだけワンマンな経営をしていれば、GMショックがなくてもいつかは潰れていたさ”
”うるさい!”
 男は苛立ちまぎれに、銃口をギイに向けた。無言の睨み合いが続く中、眼光の鋭いギイに根負けしたように銃を下ろした。
”身代金を要求した。ま、金が入れば万々歳。警察が介入するのなら、お前たちを殺して逃げるだけだ。連絡が入るまで、大人しくしておくんだな”
 そう言うと、ドアの横に置いた箱にどっかりと座った。
「ごめ………」
 ぼくが、散歩にさえ行かなければ、こんなことには。
「謝るな。謝るのは、お前を巻き込んだオレの方だ。すまない」
 そんな辛そうな顔しないで。
「大丈夫だから。いざとなったら、託生だけでも………」
 ぼくだけなんて、イヤだよ。どこかでギイが生きてるから、そう思ってるから、ぼくは今までがんばってこれたのに。
 そう言いたいのに、頭の痛みに耐えるのが精一杯で。
 でも、ぼくよりも辛そうなギイを抱きしめたくて、ぼくは撫でてくれている手を取って、掌に口付けた。
 
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